会うは別れの初め

強がりなのは、私の悪い癖で。

「…強情なヤツ。」

彼にも、いつも呆れた様子でそう言われていた。

「早雨、お前はほんとに可愛くねェ女だよ。」

わかってる。わかってるけど、失う時が恐いから強がってるんです。素直になんか…とてもなれない。

そんなことが言えないせいで、

『お前は俺がいなくてもどうってことねェだろ。』

私は、その電話をいつものように切ることしか出来なかった。

『…じゃあ早雨、元気でやれよ。』

彼は、
土方さんは、この街を離れるそうだ。
会うは別れの始め

『彼』と言っても、土方さんは私の恋人ではない。
ただ以前、スリに遭った時にお世話になって、

「日を置けば思い出すこともある。何かあったら連絡してくれ。」

手渡された番号に、

「すみません、日を置いても何も思い出せなくて…。」

私が馬鹿正直に電話したのが始まりだった。

『何も思い出せねェなら、普通は連絡なんてしてこねェよ。』
「そうなんですか!?すみません…。」
『いや悪いことじゃねェが……ああそうだ、これから出てこれるか?』
「え?」
『正直な情報提供者に礼だ。』
「れっ礼!?そっ、そそそんなっ」
『気を遣うほどのもんじゃねェから。近場のファミレスだ。来れるか?』

そう言われて会ったのが、一度目。

「お前みたいなヤツは初めてだよ。」

隊服で来た土方さんは、コーヒーを片手に私を笑った。

「他の被害者の方とか、目撃者の方達は連絡しないんですか?」
「しねェな。何も伝えることがねェんだし。」
「そういうものなんですね…。私、連絡しないまま放ったらかしにしておくのが少し気になって。」
「フッ、律義っつーか何つーか。変わった女だな。」

そう…なのかな?
でもそんな風に笑われても、悪い気はしなかった。たぶん相手が土方さんだったからだと思う。

「まァ被害については、こっちも全力で捜査してるから。」
「っあ、はい。ありがとうございます。」
「お前も協力頼むな。」
「協力…?」
「情報提供。」
「ど、努力します。」

思い出すことがあるのか分からなかったけど、何か思い出せたらいいなとは思っていた。それが、こうして会えるきっかけになるのなら。

―――~♪
「はい。」
『早雨、今日空いてるか?』
「今日…ですか?」
『ああ。事件の経過報告をしようと思って。』

あの日をきっかけに、私達は度々会うようになった。もちろん全てスリ関連の用で。手掛かりを得たとか、これに見覚えはあるか?などの内容だった。
けれどいつもそれについて話すのは五分もなく、私達が交わす会話の大半は世間話。だからこそ、

「事件のことは…もういいですよ。」

いつも隊服で来る土方さんの姿が、引っ掛かるようになった。

『あ?何言ってんだよ。』
「真選組の皆さんには充分、していただいたので…。」

電話を握り締め、土方さんに伝える。
少し前まではどんな理由であっても会いたいと思っていたのに、今はそんな理由で会うことを不満に思う。
…欲張りだ。自分でも分かっている。それに、こんな話の切り出した方をすれば、もう会えなくなってしまうかもしれないことも分かっていた。…だとしても、

『捜査を打ち切れってことか?』
「…打ち切っていただいて構いません。」

それでも私は、被害者と警察官の立場を越えたいと願ってしまった。今なら越えられるかもしれないと、少しの自惚れが背中を押して、今の立場をわずらわしく思っていた。

『…犯人、捕まえてほしいんじゃねーのかよ。』
「そうですけど…私としては、もう充分かなと。」
『……そうか。』

だから土方さん。これからは普通に会いませんか?ただの時間に。隊服を脱いだ、あなたのプライベートな時間に。

『…ならもう会う必要ねェな。』
「っ…、」

自惚れの後悔は、

「そう…ですよね。」

先に立たない。

『……。』
「……、」

言わなければよかった。
…いや、言わなければ始まらなかった。始まらなければ終わりもしなかっただろうけど、それはゆっくり私の首を絞めるだけ。いつかもっと後悔する日が来る。いつか、誰かの隣で笑う土方さんを祝福しなければならない日が来る。そうなるくらいなら……
うん、言ってよかったんだ。

「じゃあ…」
『……。』
「今まであり――」
『なら今日は』
「っえ?」
『俺の息抜きに付き合えよ。』
「え…、」

土方さんの言葉に、頭が固まった。
これってつまり……事件が関係なくても会いたいってこと?それとも今回だけ例外に?…もしくは私が、

『予定あんのか?』
「……、」

単に、都合のいい存在だから?自分のタイミングで連絡しても、必ず断らない相手なんて…都合がいい以外ない。
だとしたら私がここで呼び出しに応じてしまうと、ゆっくり首を締められる道を選ぶことになる。土方さんに大切な人が出来る、その日まで。

「……。」
『なんだよ、予定あるなら――』
「っ予定は…、……。」
『ん?』

どうする?

「…、…わかりました。」

…なんて悩んでみても、結局は断れきれない。
どんなことだろうと、私を思い浮かべて連絡してきてくれたことが嬉しい。だから応えたい。……けど、

「私も暇でしたし、いいですよ。」

せめて、これからは喜ぶ姿を見せないようにしよう。いつか傷つかなければならない日が来る道を選んだ限りは、少しでも、その日の傷を浅く済ませるために。

「悪いな、いつも急に呼び出しちまって。」
「…いえ、いつものことですから。」

冷めた自分の態度に、小さな罪悪感が湧く。それでも見て見ぬふりをして、

「お前がいて良かったよ。」

どんなつもりで言ったのか気になっても、

「特に何もしてませんけどね。」

笑って受け流していく。

「俺にとっちゃ、こうして外で話す時間は貴重な息抜きなんだ。」

私じゃなくてもいいんじゃないの?と思うような口振りにも、

「そうですか、お役に立てて良かったです。」
「フッ、なんだその言い方。」

軽くあしらっていこう。
元から素直に感情を表現できるタイプじゃないけど、これからはもっと一瞬一瞬に気持ちを置いていかないようにしようと思った。
唐突にくる誘いの電話だって、『別にいいですけど』と決まって返す。そうしていくうちに、いずれ誘いもなくなるのだろうと覚悟の上で。

「私と土方さんの関係って何なのかな…。」

知人…?いや、友人…でいいのかな。
自分から警察官と犯罪被害者という分かり易い関係を壊したのに、名前のない関係に歯がゆさを感じる。

「私って、ワガママだな…。」

だからだと思う。
だから、神様はこんな私に、

『早雨、今いいか?』
「…大丈夫ですけど。」
『ちょっとお前に言っておきたいことがあってよ。』
「え?」

こんな自分勝手で、自己中心的な私に、

『俺、江戸を離れることになった。』

罰を、下したんだと思う。

「…江戸を…離れる?」
『ああ。ちょっと暴れ過ぎちまってな。』

電話してきた土方さんの口調は、いつもと欠片も変わらない。なんてことのない、他愛ない話のように私に言った。

『色々と面倒なことになっちまって。場所を変えることにしたんだ。』

いつもは電話の向こう側に土方さんを感じていたのに、なんだか急激に遠くなったように思う。
江戸からいなくなるって…なに?そんな…どうしよう。どうしたらいいの?うそだよね、…本気?やだ、いやだ。さみしいよ。

行かないで。

『聞いてるか?』
「……はい、聞いてます。」

想いが言葉になって、頭の中にどんどん積み上がっていく。なのに、何ひとつ声に出来なかった。

「…一体…何をやらかしたんですか。」
『ちょっとな。』
「……。」

話してくれない。当然だ、私は真選組の関係者じゃないし、……そこまで親しくもない。

『行くのはいいんだが、なんつーか、真選組のことが心配でよ。』
「…え?土方さんだけ…行くんですか?」
『ああ。だからこれからは近藤さんが真選組を回していってくれねェと困るんだが、上手く行くのかどうか心配で…』
「そう…なんですか。」

本当に心配そうな声音に、胸が痛む。真選組を憂いて傷んだわけじゃなく、

『他のことは心配ねェんだがなァ…。』
「…他のこと?」
『総悟のこととか、……お前のこととかよ。』
「……。」

そういうことだ。
私は、私を土方さんの中の心配される側に入れてほしかった。これまであんな振る舞いをしていたから仕方ないのかもしれないけど…そんな些細なことすら今は悲しい。

『お前は俺がいなくてもどうってことねェだろ。』
「……そう…ですね。」

どうして言えないんだろう。
私は強くない。あなたが思っているような女じゃない、って。
本当はいつも、飽きられることを恐れていて、もう連絡は来ないんじゃないかって怯えてる。私の存在なんて忘れてしまったんじゃないかって、毎日怯えているんです。
それくらい、土方さんの存在は特別なのに……

「私には…、……関係のない話ですし。」

どうして私は言えないんだろう。

『そうだな。でもまァ街から急に消えたら気にはなるだろうと思ってよ。連絡だけしておいた。』
「…、…ありがとうございます。」

どうして私は、こんな女なんだろう。

『…じゃあ早雨、元気でやれよ。』
「……はい。」

たったひと言でも、素直に想いを伝えられたのなら、

「…土方さんこそ、お元気で。」

何か違う形になったかもしれないのに。

「……っ、どうして…っ」

電話を切った後、喉の奥がギュッと痛くなった。言えなかった言葉の数々が、つっかえている。

「っ…、」

押し戻すように呑みこめば、代わりのように涙が出た。

「ぅっ…」

さみしい。

「土方さん…っ、」

かなしい。

「っ、やだ、っ…」

行かないで。私はまだ、あなたに会いたい。都合のいい友人として、誰か好い人ができるまで付き合う覚悟はしたから。こんな…こんな終わり方だけは、

「……絶対嫌だっ。」

私は携帯を握り締め、家を飛び出した。
去ってしまうなら、素直になる。もう逢えないなら、ちゃんと言う。目を見て、自分の気持ちを…伝えたい。

「っ…」

そこからは直感で動いた。
聞こえるのは、焦る足音と荒い息だけ。それでも屯所へ近づいてくると、さすがに不安が膨らんだ。

いきなり押し掛けて会ってくれるのかな。
そもそも門前払いされるんじゃない?
もし会ってくれた場合は、告白した後に何を話したらいいんだろう。フラれた後に傷つかない自信もないし…

「……そうだ、」

餞別を渡そう。そうすれば別れ際も綺麗だ。

思いつくや否や、私は近くのスーパーに立ち寄り、マヨネーズをカゴいっぱい購入した。
これは必ず喜んでくれる物。私が来たことや告白を迷惑に思ったとしても、これだけは大丈夫だと思う。せめて餞別くらいは迷惑がられない物にしないと。

「はぁっはぁっ、」

スーパーから真選組の屯所へ向かう。屯所の門前には、門番が二人立っていた。

「あの、すみません。土方さんを呼んでもらえますか?」
「はァ?副長?」
「何の用だよ。」
「渡したい物があって…、」

二人に買い物袋の中を見せる。

「餞別です。もうすぐ真選組を出るって聞いたから…」
「ああ、副長の知り合いな。」
「じゃあご自身でどーぞ。」

門番の人が『中へ』と手で指し示した。

「え?…入ってもいいんですか?」
「どうぞ?ただし今、すげェ気ィ立ってるぞ。」
「今まで真選組を空けたことなんてねェ人だからな。色々と準備で大変なんだってよ。」
「つってもちょっと用心しすぎじゃね?だって局長いるんだぜ?」
「局長だけじゃ不安だから準備してんだろ。知らねェけど。」
「あ、あの…それじゃあ私、お邪魔しますね。」
「へいへい。」
「お気をつけて~。」

門番に会釈をして、屯所に足を踏み入れる。とはいえ、どこへ向かえばいいのか分からなかった。
土方さんの部屋があるのかな?とりあえず玄関で声を掛けたら誰か出てきてくれるはず…

「……?」

ふと、煙草の匂いが鼻をかすめる。僅かな風に乗って、どこからか届いた香り。導かれるように目を向ければ、庭の方に人影を見つけた。

「あれは…」

煙草を片手にぼんやり立つのは、

「…土方さん…。」

土方さんだ。ぼんやり立つ姿がどこか寂しげに見える。目に映るものを、当たり前だった光景を忘れないように焼き付けているみたいだった。

「……、」

このまま声を掛けなかったから、風と共に消えてしまいそうで。

「……土方さん。」

私は足を踏み出し、そっと声を掛けた。

「!?…早雨、お前…」
「お邪魔してます。」

驚く土方さんに会釈する。

「なんで…ここに?」
「…土方さんの電話を聞いて。」

うつむく。自分の気持ちを伝えるためにここへ来たのに、本人を前にすると目を合わせるのすら緊張した。

「…悪かったな、変な電話しちまって。」
「変だなんて…そんな……。」
「……。」
「……、」
「……買い物帰り、だったのか?」
「え?」
「それ。」

アゴで私の方をさす。買い物袋だ。

「これは……、…。」

……仕方ない。このマヨネーズは、綺麗に別れるための切り札だったけど、

「餞別です。」

私は抱えていた買い物袋を差し出した。

「俺に?」
「…他に誰がいるんですか。」
「だな。…サンキュ。」

土方さんが買い物袋を受け取る。

「随分重いな。」
「たくさん買ってきたので。」
「何を…っておい、これ…全部マヨネーズか?」
「はい。それならいくらあっても困りませんよね。」
「ありがてェ。わざわざすまねェな。」
「………いえ。」

目が合う。

「……、」

途端に胸が苦しくなった。

「……本当に…行くんですか?」
「…ああ。行く。」
「……。」

土方さんは買い物袋を片手に抱き、空いた手で煙草を持った。そしてフッと小さく笑うと、

「俺もここで死ぬんだろうと思ってはいたんだが…何があるか分かんねェもんだな。」

遠い目をする。その姿を見て、この人は本当にいなくなるんだと実感した。充分に実感していたはずだったのに、急激な焦りが込み上げてくる。今までみたいな急な呼び出しも、偶然、街で見かけることも…

「……。」

もう、何もかも…なくなってしまうんだ。

「…早雨?」
「…、…もし、」
「…ん?」

ちゃんと…伝えなくちゃ、私の気持ち。

「もし私が……、…。」
「なんだ?」
「もし、……寂しいって、言ったら…」
「…早雨、」
「残って、くれますか…っ?」

…ううん、そうじゃない。

「私が悲しいって、言ったら、っ、…行かないで、くれますか…?」

もっと簡単に、もっと素直に。

「…悪いな。こればかりは俺の意思でどうこう出来るもんじゃない。上の命令だ。」
「っ、」

寂しい。悲しい。ずっと江戸にいてほしくて、どこにも行かないでほしい。だって、

「っ…っ好きなんですっ、」

そう。

「私、っ、土方さんのことが…っ、好きなんですっ!」

これが、伝えたかったんだ。

「……早雨…、」
「嫌ですっ、いなく、ならないでっ、」
「……、」

素直になるのは難しい。自分の想いを声にするのは、こんなにも難しい。その上、私は…

「……遅ェよバカ。」
「っ…!」
「遅すぎだ。」

遅…すぎ……?

「ごめ…なさ……、」
「違う。そこは『嬉しい』って言うとこだろ?」
「…え?」

うれ…しい…?

「『同じ気持ちで嬉しい』。違うか?」
「!…っ、ぅっ」

胸が痛い。キュッと締めつけられて、苦しくなる。

「早雨の気持ちが聞けて良かった。」

土方さんは弱く笑って、咥え煙草で私へ右手を伸ばした。

「ありがとな。」

ポンポンと私の頭に触れる。

「あと、ごめん。こんな風に泣かせるつもりはなかった。」
「っ、」

首を振る。悪いのは私だ。素直になれない私。もっと早くに言っていたら…もっと真っ直ぐに生きていたら、今とは違う明日があったかもしれないのに。

「…っ、土方さん、」

でも。過去には戻れないし、何を言っても土方さんは行ってしまうから。せめて、最後くらいは素直に。

「抱き締めても…っいいですか、っ?」
「…フッ、ああ。」

想いのままに、向き合おう。私は、

「だがちょっと待て。先に荷物を」
「っ、」
―――ドンッ
「おわっ!?」

土方さんが何か話しているのも気にせず、抱きついた。渡した餞別が邪魔になって、思っていたより強くぶつかってしまう。そのせいで、

「おまっ、…ッ!」
「えっ…!?」
―――ドサッ!

土方さんが体勢を崩した。片手に餞別を、片手に私を抱え、咥え煙草で後ろへ転ぶように腰をつく。

「いっ、てェ…」
「っご、ごめんなさい!」
「いや……、…怪我は?」
「ありません!」
「そうか。ったく、」

傍に荷物を置いた土方さんが苦笑する。

「普段からこれくらいぶつかってきてくれてたら、楽だったのに。」
「っ…、…ごめんなさい。」
「なんだよ、いつもの早雨はどこに行った?」
「…反省したんです。もっと…素直に生きてれば良かったって。そうしたら…、……。」

そうしたら…もっと、

「もっと…一緒に過ごす時間、作れたかもしれないのに、って…。」
「今さら昔のことを悔やんでも仕方ねェよ。」
「…そうですね。」

分かってる。分かってても、悔やまずにはいられない。

「…俺は、」

土方さんはギュッと私を抱き締め、

「俺はこうしてお前を掴まえられた今に、充分満足してるよ。」

「やっとだな。」

優しい声音で、私の耳を撫でた。

「っ…土方さん、」
「ん?」
「好きです…!」

背中をギュッと握り締め、くっつく。隙間なんて1ミリもない。

「好きですっ…!」
「わかったって。」

クスッと笑う振動が、私の身体にも伝わる。

「…なァ、早雨。」
「なんですか…?」
「…俺は明後日――」
「っ。」

聞きたくない。
束の間でも現実から目を逸らしたくて、土方さんの胸に顔を埋める。すると、小さく笑った土方さんが私の肩を掴んだ。

「聞けって。」
「……。」

渋々、身体を離す。真っ直ぐに私を見つめる視線とぶつかった。

「俺は明後日、ここを離れる。」
「……、…はい。」

変わらない。私の気持ちくらいで変えられることじゃない。頭では分かってるのに、

「っ、」

涙が込み上げてくる。

「早雨…、」
「ごめっ、…なさい、っ、大丈夫、ですから。分かってますから、っ、」
「……いいや、」

困ったように笑う土方さんが、私の涙を指ですくい取る。一度すくわれたくらいでは、止まらなかったけど。

「お前は分かってねェよ。」
「分かってますよ!」
「まァ聞けって。」
「…なんですか。」
「俺は明後日、ここを離れる。…一ヵ月だ。」

私に人差し指を見せる。

「……え?」
「休暇を取らされてな。一ヵ月間、真選組を離れることになったんだ。」
「…え……、え、ちょ…」
「だから丁度いい機会だと思って、早雨には話を盛って伝えてみた。」

『伝えてみた』って…、

「ええェェ!?」

何ですかそれ!

「なんでそんなことっ」
「お前がどんな顔をするのか気になってな。」
「なっ!?…なんですかそれ!なんなんですかそれ!!」

さすがに涙も引っ込んだ。

「じゃあっ、じゃあ全部が嘘だったってことですか!?」
「全部じゃねーし、嘘も吐いてねェよ。言っただろ?俺は話を盛っただけ。」
「でも江戸を離れるって…!」
「ああ、離れる。義兄の墓参りを兼ねてな。」
「しっ、真選組のことが心配だって!」
「ああ心配だ。一か月も休みなんて取ったことねェから。」
「っっ~…!」

騙されたような、してやられてたような悔しさがある。…けど、

「他に聞きてェことは?」
「……、」

土方さんは、いなくならない。

「……土方さんは、」

それでいいんですよね?

「ずっと…これからも江戸にいるんですよね?」

私の問いに、土方さんは少し間を開けて、

「ああ、…いる。」

頷いた。

「…じゃあ、あと一つだけ…質問。いいですか?」
「なんだ?」
「……私のこと、……、…好き?」
「…フッ。愚問だ。」

土方さんは、私の髪を撫でるようにすくって。

「好きだ。」

優しくて苦い、キスをした。
会うは別れの始め

「お前も来いよ、墓参り。義兄に会わせたい。」
「…でも一ヵ月間の中の予定ですよね?」
「ああ。」
「そうなると私も一ヵ月…」
「付き合えよ。」

いつか来る、その日まで。
さよならは、お預け。
2012.06.15
illust…くろだ様
novel…せつな
2020.5.25 novel加筆修正

にいどめ