しゃぼん玉 6

パラドクス

あんな態度を取って立ち去っても、少しすれば戻ってくるんだと期待していた。煙草を吸って、気持ちを落ち着かせて、「悪かったな」って。
けれど土方さんは何分経っても、何十分経っても…戻ってこなかった。

「ほんとに怒っちゃったんだ…。」

土方さんの表情が目に焼き付いている。あれは嫌悪感そのものだった。
…止めなければ良かったの?

「でも消えちゃうかもしれないのに吸うなんて……」

それでも止めなければ良かった?
一にも二にも煙草が必要な人だから、吸いたい気持ちを優先させてあげるべきだった?

「……はぁ、」

これからどうしよう。
『繋いだ物』を探すと言っても、私の道のりで気付くことはなかった。かと言って土方さんの道のりで気付けるようなことがあるわけもなく。

「次はどこを探せばいいんだろう…。」

私と土方さんを『繋いだ物』なのだから、私一人で分かるはずもない。
何度目かの溜め息を吐き、辺りを見渡した。少し先に、橋の架かる大きな川がある。

「あの橋、さっき渡った線路かな…?」

…なんて。どうでもいいか。今は『繋いだ物』が何か考えないと。せめてアドバイスしてくれる人がいれば……

「あ!」

そうだ、銀さんがいるじゃん!

私はすぐさま来た道を戻った。
そして再び『アジト』の扉を叩く。

「銀さん、いますか~?」

引き戸の外から声を掛けた。が、返事はない。

「銀さーん、開けてもらえませんか~?」
「…。」

…あれ。ほんとにいないのかな?

「銀さんならいないわよ。」
「!!」

予想外の声音に身体が跳ねる。女性の声が頭上から聞こえた。頭上、つまりは屋根の上。銀さんのアジトである屋根の…上?

「もしかして…」

少しドキドキしながら視線を上げる。そこには薄紫色の長髪をなびかせ、腕組みして私を見下ろす、

「さっちゃんさん!」

さっちゃんがいた。

「あら。どこかで会ったかしら。」
「あ…う、噂で…お聞きしてまして。」

あえて『銀魂』は伏せる。面倒くさいからではなく、さっちゃんの頭にキツネ耳があったから。
ケモ耳は元からここの住人である天人の証だ。私達『変わり種』のことを良く思っていないはず。

「私の噂って何?アナタ、幕府の関係者か何かなの?」
「い、いえ。そういうわけじゃないんですけど…」
「……。」
「……、…えーっと…」

視線が痛い。

「怪しいわね。」

そう思いますよね…。

「怪しくはないんです。けどその…どう言えばいいのか……」
「……ふーん。」

スタッと地面に下り立つ。

「ま、嘘を並べなかっただけ良しとしてあげるわ。」
「嘘…?」
「アナタ、あっち側の人間でしょう?知ってるわよ。」
「!?どうしてそれを…」
「さっき天井裏で聞かせてもらったから。」

あー…なるほど。さっちゃんって感じだな。

「それで見つかったの?『繋いだ物』。」
「まだなんです…。土方さんとも別れちゃって。」
「別れた?」
「はい。なので――」
「まさか銀さんに乗り換えに来たわけ!?」

え!?

「最低!信じらんない!」
「や、ちょっ…さっちゃんさん、声が大き…」
「最低よ最低!この尻軽女!帰りなさい、二度と来ないで!」
「だっ、だから違いますって!私は過去の話を聞かせてもらうために来ただけです!」

周囲からの視線を感じる。当然だ、これだけ声を張り上げてるんだもの…。

「…話?銀さんと話したくて来ただけって言うの?」
「そうです。考えても分からなかったから、何かヒントを貰えないかなと思って。」
「ああそういうこと。だったらそれを先に言いなさいよね。」

フンッと鼻を鳴らし、肩に掛かる長髪を払う。その時にようやく周囲の視線を感じ取ったのか、さっちゃんは目を三角にして「見世物じゃないわよ!」と周囲を一喝した。

「そ、そんな言い方しなくても…」
「いいのよ。私、ここの連中が嫌いだから。もちろん銀さんは別。」
「皆さんフレンドリーでいい人そうでしたよ?」
「見る目ないわね、アナタ。外面がいいだけの利己的人間ばかりじゃない。もちろん銀さんは別だけど。」

さっちゃんが辺りに目を配る。

「ここの連中はね。皆、腹の底で銀さんをひがんでるのよ。」
「ひがむ?」
「銀さんは変わり種を相手にしているでしょう?そして報酬として『物』を貰ってる。」

『報酬は……そうだな、その服で許してやるよ』

「変わり種の持ち物って珍品好きに高値で取り引きされるのよ。」
「そうだったんですか…。」

どうりで隊服を欲しがったわけだ…。
てっきり、隊服を着て詐欺まがいなことでもするのかと思っていた。

「けれどこの世界では変わり種と接触することはご法度。だから皆、自分達には出来ないことをやってのける銀さんが羨ましくて憎いってわけ。」

憎い…か。

「そんな風に思われていることを銀さんは…?」
「気付いてるわ。それでもここに居続けるの。……はぁ~ん、危ない男ってス・テ・キ!」

さっちゃんは自分を抱き締め、モジモジと身体をくねらせながら頬を染める。放っておくと永遠にモジモジしそうだ。

「…ところで銀さんはどこにいるんですか?」
「知らないわよ。出先にまで付いていくほど野暮な女じゃないわ。」
「そ、そうですか。」

仕方ないな…。

「出直します。」
「いいえ、二度と来ないでちょうだい。」
「え、」
「話を聞いて分からなかったの?アナタが関わると銀さんに迷惑が掛かるのよ。」

さっちゃんが真剣な顔で言う。

「いい?もうここには来ないで。」
「……、」
「これはアナタのためでもあるの。一人でこんな場所を歩いていると、身ぐるみ剥がされてもおかしくないんだから。」
「…、……わかりました。」

…結局、私は何も得られないまま、また道で立ち尽くすことになった。あそこまで言われると、さすがに食い下がることは出来ない。

「どうしよう…。」

そろそろ土方さんは煙草を吸い終えただろうか。だとすれば街中で『繋いだ物』を探し始めるはずだ。偶然を装って出会えば、また一緒に……

「なわけないか…。」

頑固そうだもんなぁ、土方さん。私に会っても無視しそう。……でも……もしかしたらってこともある。

「…行くだけ行ってみようかな。」

どうせ大した目的地もない。
私は線路を渡り、銀魂の街へ入った。地球防衛軍の前を通って、事故処理したという現場付近を歩く。…けれど、

「いない…。」

土方さんはいない。少し離れたところまで歩いてみても、土方さんの姿は見つけられなかった。

「探す物が変わってるじゃん…私。」

『繋いだ物』を探さなくちゃいけないのに、いつの間にか土方さんを探している。それでもやっぱり、一人で探すよりは二人で探したい。土方さんと、探したい。

「…どこにいるんだろう。」

周りを見渡した。行き交う人と目が合う。

「……。」
「……、」

たぶん、偶然だ。
そう思いながら視線を外せば、今度はまた別の人と目が合った。…たまたまだ。たまたま目が合っただけ…のはずなのに。

「っ…、」

疑われているように感じる。天人じゃないことがバレたような気がする。視線が痛い。落ち着かない。息苦しい。

「人目に付かないところに…行きたい。」

激しい動悸に襲われ、胸を押さえた。
ふと、川が目に入る。

「そうだ、河川敷…。」

日も傾き始めた今なら、河川敷にいる人は少ないだろう。私は川を目指し、歩くことにした。

「…よかった。」

辿り着いた河川敷は、思った通りほとんど人がいない。とりあえず土手に腰を下ろし、ふぅと息を吐いた。

「疲れたなー。」

行ったり来たりしただけでも、結構な距離を歩いている。

「何か飲みたい…。」

喉が乾いた。飲めないと思うと余計に飲み物のことを考えてしまう。

「あ~、喉乾い――」
「はい、どーぞ!」
「!?」

横から可愛らしい声と共に小さなペットボトルが出てきた。見れば、三歳くらいの女の子が座っている。

「いつの間に……」
「おねえちゃんにラナのジューシュあげる!」
「えっ…?」

女の子の頭上で熊のような丸い耳がピクピクと動く。

「ラナの、あげる!」
「えっと…ラナ、ちゃん?」
「うん!」
「あ、ありがとう。」

気付かなかったな…。いつから隣に座ってたんだろう。

「ジューシュどーぞ!」
「う、ううんごめん、やっぱり大丈夫になった!ありがとう。」
「いらないの?」
「うん、もう平気。ラナちゃん、お母さんは?」
「あっちにいるよー。」

指をさす。少し離れたところで楽しげに話す二人の女性がいた。どちらかがラナちゃんのお母さんだろうけど、当然どちらも天人。

「ねーねー、おねえちゃん。おねえちゃんのおぼうしかわいーね!」
「っえ、あ、ありがとう。」

ラナちゃんが立ち上がった。

「わぁぁっ、かわいーなー。ラナにかしてほしいなー。」
「うぇ!?う、うーん、それは……」

とっさに帽子を手で押さえる。…いや、押さえようとする前に女の子の手は伸びていた。ワシッと帽子を掴まれる。

「かしてー!」
「ちょっ、ちょっと待って!これはっ」
「いっかいだけラナにかしてよー。」

子ども特有の力強さに帽子がズレていく。このままだと破れるか脱げるかしかない。そんなことになったら、私が天人じゃないと簡単にバレ……

「っあ!」

などと考えてる間に、

「やったー!」

帽子を取られてしまった。

「かわいいー!…あれ?」

ラナちゃんの視線が私の頭上で止まる。

「おねえちゃんのおみみ、どこにいったの?」

キター!!すぐバレたー!!

「え、えっとぉ…」
「おぼうしにくっついちゃったの?」
「そっそうそう!帽子にくっついて取れちゃった。」
「ラナのせい!?」
「えっ、」
「ラナのせいでおみみ、とれちゃった!?」

目に涙を浮かべ、帽子の中を覗き込む。
…しまった、子どもに通じる冗談じゃなかった。

「だっ大丈夫だよ、ラナちゃん!ラナちゃんのせいじゃ…」
「どうしようっ!はやくおみみ、もどして!!」

帽子を返してくれる。かぶり直すと、しっかり触って確かめにきた。

「おみみある?」
「うん、あるよ。」
「ほんと?どこ?」
「え……、…うーんと、この辺?」
「ないよ?やっぱりおみみ、なくなっちゃったの?」

再びラナちゃんの目に涙が溜まる。短く息を吸い上げ、今にも泣き出しそうだ。

「あ、あのねラナちゃん。お耳は――」
「ラナ、どうしたの?」
「ママ!」

心配そうな顔つきで女性が近付いてきた。ラナちゃんの母親だ。ラナちゃんは母親に抱きつくと、謝りながら泣いた。

「ラナのせいでおねえちゃんのおみみがとれちゃった!」
「え?」
「あっ、いえその…」

「どうかしたのか?」
「!?」

今度は誰!?って、この厳しめの声……

「子どもが泣いているようだが、何かあったのか?」

まさか土方さん!?
振り返る。予想通り土方さんが立っていた。けれど嬉しくなったのも束の間。格好を見て驚いた。

「っ…、」

土方さんの服装が、別れた時とは違う。上下、きっちりと真選組の隊服に身を包んでいる。これはもしかしなくとも…天人の土方さんだ。要するに、この世界の警察。……非常にマズい。

「おまわりさん!ラナね、わるいことしちゃったの!」
「悪いこと?」
「おねえちゃんのおみみ、とっちゃったの!」
「…耳を?どういうことだ。」
「てっ、手品ですよ!手品をしたら驚かせちゃって。」
「まあ!そういうことでしたの。」

母親が口元に手を当てて笑う。

「ごめんなさいね、うちの子と遊んでいただいて。ラナ、お姉ちゃん大丈夫だって。」
「…ほんと?」
「う、うん。驚かせてごめんね。」
「事件性はないということでいいのか?」
「はい!ご迷惑をお掛けしました。」

天人の土方さんに頭を下げる。ラナちゃんと母親は手を振りながら帰って行った。……が。

「あ、あの…まだ何か?」

天人の土方さんは立ち去らない。

「捜したぞ。」
「っえ!?」
「どこに行ったのかと思えば、こんなところまで来てたのか。」

おもむろに隊服のジャケットを脱ぐ。中に着ていたのは、グレーのパーカー。

「土方さんっ!」

私が知ってる、私と一緒にいた土方さんだった。

「なんだ…っ、よかった…!」

力が抜ける。

「手品とは上手く言ったもんだな。もしあの母親が耳を調べさせろって言ってきた時はどうするつもりだったんだ?」
「そ、そこまでは頭が回っていませんでした…。」
「ったく。」

土方さんはパーカのフードをかぶり、隊服を羽織りなおした。

「つーか、あんま一人で歩き回るなよ。捕まりてェのか?」
「…『一人で探せ』って、土方さんが言ったから。」
「……、」
「でも結局、何も見つけられませんでした。それどころか…土方さんを捜してしまって…。」
「……そうか。」

気まずそうにして、懐へ手を入れる。あの時に貰った煙草の箱を取り出した。

「こっちの世界の煙草はどうでしたか?」
「……。」

土方さんは手にしていた煙草の箱を、なぜか私に向かって放り投げる。

「えっ、わ!」
「見てみろ。」
「?」

箱を開ける。煙草がギッシリ詰まっていた。

「…吸ってないんですか?」
「吸ってない。」
「どうして…?」
「『繋いだ物』は俺と紅涙を繋いだ物だ。俺がいないと、何が二人を繋いだのか分からない。なら俺が消えたら、お前は戻れなくなるってことだろ?そう考えたら…吸う気が失せた。」
「土方さん…。」
「…悪かったな、八つ当たりして。」
「……、」

私は首を横に振り、微笑んだ。

「その気持ちだけで十分です。」

土方さんに手を差し出す。

「改めて、よろしくお願いします。」
「…ああ。」

土方さんは笑みを浮かべ、私の手を握った。

ひとまず、二人で土手の先にある高架下へ移動することになった。時折電車が頭上を走るものの、人目につかなくて良い。

「歩き回ってみて思ったんですけど、」

腰を下ろし、傍に落ちていた石を手に取った。

「私としては、土方さんの行動を辿る方が早く見つけられる気がします。」
「俺の?」
「はい。」

地面に線路を描く。大江戸マートや地球防衛軍も記し、簡易な地図を描いてみた。

「『顔を上げたら沖田さん達がいなくなってた』っていう土方さんの話。あれを考えると、顔を上げるまでの間に『繋いだ物』があったってことでしょう?」
「そうは言っても、なァ……、」
「覚えている限りを話してみてくださいよ。些細なことも含めて。話を聞きながら私も記憶を辿ってみます。」

鍵になるのは、二人の共通点。
私は地面に描いた地図の中に、土方さんが事故処理したという場所を書き込んだ。

「確かあの時は……」
「はい。」
「直前まで…雨が降ってたんだ。」

土方さんが地図を見ながら話し出す。

「俺達が事故処理した車は、おそらくその雨のせいでハンドル操作を誤り、スリップして電柱にぶつかっていた。左後方の損傷が酷くてな。車の下にガソリンが漏れ出ていたから、『火気には気をつけろよ』って話しながら顔を上げたら…」
「誰もいなくなっていた、と。」
「ああ。…『繋いだ物』候補としては、車くらいしかない。だが俺の世界の車は、紅涙の世界で走ってない。そうなると、」

肩をすくめる。

「同じ物と言えば、パッと見は同じに見える電柱くらいだ。」
「…電柱なら、そこら中にありますしね。」
「もし電柱だった場合、坂田はどうやって手に入れてくれんだろうな。」

くく、と土方さんが笑う。

「電柱だったって言いに行ってみるか。」
「もう。ダメですよ、貴重な協力者なんですから。機嫌を損ねたら戻れなくなっちゃうかもしれません。」

ある意味、銀さんは私達の命綱だ。
『繋いだ物』を代わりに手に入れてくれる銀さんにそっぽを向かれると、戻れなくなる可能性は高い。
とはいえ、さっちゃんには『二度と来ないで』と言われてしまっているけれど…。

「そう言えば、銀さんはどうやってこの世界に来たんでしょうね。」

聞いて参考にすれば良かったな…。

「俺達と同じじゃねェか?知らぬ間に、だろ。」
「じゃあ誰かと一緒に来たんですよね?この世界には私達も、それ以前の人達も二人一組で来てるみたいですし。」

もしかして、さっちゃんが相手?
いや、さっちゃんにはキツネ耳があった。彼女は元からこの世界の住人だ。

「紅涙、お前…いいところに気付いたな。」
「え?」
「思えばアイツ、自分のことを全く話してねェじゃねーか。」
「まぁ…私達が聞かなかったっていうのもありますけど。」
「アイツなら聞かなくても自分の話を混ぜてくる。まさかとは思うが…殺してるんじゃねェか?」

ええっ!?

「一緒に来た相手をですか!?」
「ああ。ここで生きるために自分を殺すようなヤツだ、邪魔になって消したのかもしれねェ。」
「ま、まさか~!それはさすがに…ありえないでしょ。」

あんな銀さんとはいえ、そこまで自分勝手な人殺しはしない…と思う。

「相手が消えちゃったんじゃないですか?で、それを見た銀さんは天人の自分を殺しに行った…みたいな。」

自分は消えないために。…この街で消えた彼女を想い、一人で生きていくために。

「私達に協力してくれるのも、いなくなった自分の相手みたいな人を作らないために…とか。」
「ああ見えて、アイツの心には今もその女がいるってか。」
「ありえます。」
「……かもな。」

土方さんは否定しなかった。犬猿の仲とはいえ、通じ合うものがあるから分かるのだろう。
もし銀さんがそんな経験をしていたら、誰にも言わず、誰にも見せず、極自然に振舞って…力を貸そうとするって。

「…俺達は一体なんのためにここへ来たんだろうな。」
「これまでの銀さんの見立てでは、『この先も相手と一緒に過ごすため』でしたよね。」
「今回は当てはまらないんだよな…。」
「…ですね。でも、」

でも私達も結ばれる運命だったからでは…?…なんて、恥ずかしい考えは胸の中に秘めた。

「『でも』なんだ?」
「いえ…。そもそも全員がここへ来て元の世界に戻るっていうシステムも不思議ですよね。」
「だな。まるでここが色んな世界と繋がってるみてェな…」
「むしろ、ここの世界が軸になってるような…?」

うーん…。
首を傾げる。同じような顔をしていた土方さんと目が合い、笑った。

「つくづくおかしなことに巻き込まれちまったもんだ。」
「ほんとに。もう何が真実か分からなくなってますよ。」

自分の目で見ていることが実際に起きていることなのか。何が本物で、何が空想なのか。

「私達の住む世界の方が架空だったりして。」
「となると、紅涙も漫画の登場人物だったってわけだな。」
「ふふ、そうかもしれませんね。」

それならそれでいいと思う。元の世界がどんな場所でも、私達がいた場所に変わりはない。戻る場所がどこであっても、単純に、戻るだけだ。

「話がそれちまったな。」

土方さんは傍に落ちていた石を拾い、地面に描いた私の家に丸をつけた。

「紅涙は家を出てから駅に直行した。」
「はい。チョコレートバイキングに胸を弾ませながら、この道を歩いて…」

石で線を引く。そこで、

「……あ。」

思い出した。

「そう言えば私…、この辺りで水溜まりを見ました。」
「水溜まり?」
「はい。水溜まりが光ってて、不思議だなぁって。」
「光る水溜まりか…。」

土方さんが難しい顔で思案する。

「あっでもそんな大袈裟な話じゃないんですよ?単にガソリンか何かが浮いていて、光を受けて光っていたっていう。」
「……!」
「だけど不思議なのが、雨も降ってなかったのに水溜まりが…って、あ!」
「気付いたか?」
「はい!もしかして私達を『繋いだ物』って…」
「「ガソリン?」」

絶対そうだ!ちょっと思っていた感じと違うけど、私達の唯一の共通点に違いない!

「銀さんのところへ行きましょう!」

立ち上がる。けれど土方さんに「まァ待て」と座らされた。

「少し休憩してからでいいだろ。」
「え!?でも早い方がっ」
「まだ時間はある。」

そうだけど…

「休めるうちに休んでおけ。お前、目ェ真っ赤だぞ。」
「っえ!?」
「くくっ、冗談だ。だが少し休め。二、三時間後に出発すりゃ問題ない。」
「夜遅くになると銀さんの迷惑になりませんか…?」
「関係ねェよ。『分かり次第すぐに来い』っつったのはアイツだ。」

まぁ…そう言ってたけど。

「休め、紅涙。座りながらじゃ寝づらいって言うなら、俺にもたれりゃいいから。」

ポンポンと土方さんが自分の肩を叩く。

「休むって、寝るんですか?」
「好きにしろ。」
「…じゃ、じゃあ。」

せっかくだから…肩を借りようかな。
身を寄せ、土方さんの肩に頭をのせる。

「っっ…、」

これは…っすごい距離感だ!土方さんの息遣いが耳の傍で聞こえる!思った以上に至近距離!!

「休めそうか?」
「ぅっは、はい…。」

すみません、全く休めそうにありません…!

「こうしてると紅涙の体温がよく分かるよ。」
「っ!?」

な、なんてドキドキするようなことを…っ!

「そう…ですね。私も…分かります、土方さんの温もり。」
「頭借りるぞ。」
「…頭?」

トンッと土方さんの頭が私の頭にもたれ掛かった。

「俺も少し休む。」
「っあ、はいっ、ど、どうぞ…。」

緊張感マックス!

「…変な話だよな。」
「へ!?な、何が…」
「俺は漫画の中の登場人物で、本当は血が通うどころか肉体すら持ってねェのに。」
「……、」
「なのに今の俺には確かに体温があって、紅涙の体温を感じ取れるなんて――」
「やめてくださいよ、…そんな話し方。」

どうしたの…?土方さん。

「土方さんが言ったんですよ?自分は生きてるって。」

『俺は今お前の前で生きてる。そこは変わらねェ』
『だったらここが俺達の『現実』だ。そうだろ?』

「…私の傍にいる土方さんは、呼吸して、会話して、元の世界へ戻ろうと一緒に知恵を絞っている人。私の隣で生きている人ですよ。」
「紅涙…、」

ずっと土方さんの中で引っ掛かってたんだな…。自分の世界が、漫画の中の架空世界だったってこと。
なんとなく受け入れたように見えていたけど、本当はずっと…呑み込めずにいたんだ。

「…土方さん、」

だったら余計に、

「土方さんは、ちゃんと生きてますから。」

そう思ってほしい。
あなたは確かに、ここにいる。

「だから……」

だからそんな距離を感じるような、寂しくなるようなことは言わずに、

「生きてください、私と。」

一緒に、歩いてほしい。

「私、土方さんがいないと心細くて…何も出来ないんです。」
「……、」

土方さんは優しく目を細めて頷いた。

「……ありがとな。」

微弱ながらも伝わる互いの体温と、呼吸に合わせて上下する二人の肩。
いつしかそれは子守唄となり、私達は知らぬ間に意識を手放していた。

にいどめ