パラドクス
けれど土方さんは何分経っても、何十分経っても…戻ってこなかった。
「ほんとに怒っちゃったんだ…。」
土方さんの表情が目に焼き付いている。あれは嫌悪感そのものだった。
…止めなければ良かったの?
「でも消えちゃうかもしれないのに吸うなんて……」
それでも止めなければ良かった?
一にも二にも煙草が必要な人だから、吸いたい気持ちを優先させてあげるべきだった?
「……はぁ、」
これからどうしよう。
『繋いだ物』を探すと言っても、私の道のりで気付くことはなかった。かと言って土方さんの道のりで気付けるようなことがあるわけもなく。
「次はどこを探せばいいんだろう…。」
私と土方さんを『繋いだ物』なのだから、私一人で分かるはずもない。
何度目かの溜め息を吐き、辺りを見渡した。少し先に、橋の架かる大きな川がある。
「あの橋、さっき渡った線路かな…?」
…なんて。どうでもいいか。今は『繋いだ物』が何か考えないと。せめてアドバイスしてくれる人がいれば……
「あ!」
そうだ、銀さんがいるじゃん!
私はすぐさま来た道を戻った。
そして再び『アジト』の扉を叩く。
「銀さん、いますか~?」
引き戸の外から声を掛けた。が、返事はない。
「銀さーん、開けてもらえませんか~?」
「…。」
…あれ。ほんとにいないのかな?
「銀さんならいないわよ。」
「!!」
予想外の声音に身体が跳ねる。女性の声が頭上から聞こえた。頭上、つまりは屋根の上。銀さんのアジトである屋根の…上?
「もしかして…」
少しドキドキしながら視線を上げる。そこには薄紫色の長髪をなびかせ、腕組みして私を見下ろす、
「さっちゃんさん!」
さっちゃんがいた。
「あら。どこかで会ったかしら。」
「あ…う、噂で…お聞きしてまして。」
あえて『銀魂』は伏せる。面倒くさいからではなく、さっちゃんの頭にキツネ耳があったから。
ケモ耳は元からここの住人である天人の証だ。私達『変わり種』のことを良く思っていないはず。
「私の噂って何?アナタ、幕府の関係者か何かなの?」
「い、いえ。そういうわけじゃないんですけど…」
「……。」
「……、…えーっと…」
視線が痛い。
「怪しいわね。」
そう思いますよね…。
「怪しくはないんです。けどその…どう言えばいいのか……」
「……ふーん。」
スタッと地面に下り立つ。
「ま、嘘を並べなかっただけ良しとしてあげるわ。」
「嘘…?」
「アナタ、あっち側の人間でしょう?知ってるわよ。」
「!?どうしてそれを…」
「さっき天井裏で聞かせてもらったから。」
あー…なるほど。さっちゃんって感じだな。
「それで見つかったの?『繋いだ物』。」
「まだなんです…。土方さんとも別れちゃって。」
「別れた?」
「はい。なので――」
「まさか銀さんに乗り換えに来たわけ!?」
え!?
「最低!信じらんない!」
「や、ちょっ…さっちゃんさん、声が大き…」
「最低よ最低!この尻軽女!帰りなさい、二度と来ないで!」
「だっ、だから違いますって!私は過去の話を聞かせてもらうために来ただけです!」
周囲からの視線を感じる。当然だ、これだけ声を張り上げてるんだもの…。
「…話?銀さんと話したくて来ただけって言うの?」
「そうです。考えても分からなかったから、何かヒントを貰えないかなと思って。」
「ああそういうこと。だったらそれを先に言いなさいよね。」
フンッと鼻を鳴らし、肩に掛かる長髪を払う。その時にようやく周囲の視線を感じ取ったのか、さっちゃんは目を三角にして「見世物じゃないわよ!」と周囲を一喝した。
「そ、そんな言い方しなくても…」
「いいのよ。私、ここの連中が嫌いだから。もちろん銀さんは別。」
「皆さんフレンドリーでいい人そうでしたよ?」
「見る目ないわね、アナタ。外面がいいだけの利己的人間ばかりじゃない。もちろん銀さんは別だけど。」
さっちゃんが辺りに目を配る。
「ここの連中はね。皆、腹の底で銀さんをひがんでるのよ。」
「ひがむ?」
「銀さんは変わり種を相手にしているでしょう?そして報酬として『物』を貰ってる。」
『報酬は……そうだな、その服で許してやるよ』
「変わり種の持ち物って珍品好きに高値で取り引きされるのよ。」
「そうだったんですか…。」
どうりで隊服を欲しがったわけだ…。
てっきり、隊服を着て詐欺まがいなことでもするのかと思っていた。
「けれどこの世界では変わり種と接触することはご法度。だから皆、自分達には出来ないことをやってのける銀さんが羨ましくて憎いってわけ。」
憎い…か。
「そんな風に思われていることを銀さんは…?」
「気付いてるわ。それでもここに居続けるの。……はぁ~ん、危ない男ってス・テ・キ!」
さっちゃんは自分を抱き締め、モジモジと身体をくねらせながら頬を染める。放っておくと永遠にモジモジしそうだ。
「…ところで銀さんはどこにいるんですか?」
「知らないわよ。出先にまで付いていくほど野暮な女じゃないわ。」
「そ、そうですか。」
仕方ないな…。
「出直します。」
「いいえ、二度と来ないでちょうだい。」
「え、」
「話を聞いて分からなかったの?アナタが関わると銀さんに迷惑が掛かるのよ。」
さっちゃんが真剣な顔で言う。
「いい?もうここには来ないで。」
「……、」
「これはアナタのためでもあるの。一人でこんな場所を歩いていると、身ぐるみ剥がされてもおかしくないんだから。」
「…、……わかりました。」
…結局、私は何も得られないまま、また道で立ち尽くすことになった。あそこまで言われると、さすがに食い下がることは出来ない。
「どうしよう…。」
そろそろ土方さんは煙草を吸い終えただろうか。だとすれば街中で『繋いだ物』を探し始めるはずだ。偶然を装って出会えば、また一緒に……
「なわけないか…。」
頑固そうだもんなぁ、土方さん。私に会っても無視しそう。……でも……もしかしたらってこともある。
「…行くだけ行ってみようかな。」
どうせ大した目的地もない。
私は線路を渡り、銀魂の街へ入った。地球防衛軍の前を通って、事故処理したという現場付近を歩く。…けれど、
「いない…。」
土方さんはいない。少し離れたところまで歩いてみても、土方さんの姿は見つけられなかった。
「探す物が変わってるじゃん…私。」
『繋いだ物』を探さなくちゃいけないのに、いつの間にか土方さんを探している。それでもやっぱり、一人で探すよりは二人で探したい。土方さんと、探したい。
「…どこにいるんだろう。」
周りを見渡した。行き交う人と目が合う。
「……。」
「……、」
たぶん、偶然だ。
そう思いながら視線を外せば、今度はまた別の人と目が合った。…たまたまだ。たまたま目が合っただけ…のはずなのに。
「っ…、」