しゃぼん玉 7

嘘と真実

首が痛い。痛くて、だるい。

「…ん、…?」

目を開けると、夜の景色に大きな川が流れていた。

ここ…どこだっけ…?
…ああそうだ、私、おかしな世界に行ったんだ。銀魂の世界と私の世界が混じったような場所で、土方さんと一緒に『繋いだ物』を探して。河原で少し休もうって話になって、それで……

「…夢じゃ…なかったんだ。」
「ん…?」

頭の上で声がする。

「ヤベェ…、寝すぎちまったか。」

互いにもたれ合っていた身体を起こす。土方さんは自分の首を押さえ、眉間に皺を作った。

「寝違えた…。」
「わかります…。私も首が痛くて。」
「ずっと変な体勢だったからな。ちょっとばかし休むつもりが…」

土方さんが携帯を取り出す。ディスプレイの眩しさに目を細めた。

「五時間くらいは寝ちまってるな。」
「五時間!?」

私もスマホを取り出した。
『23時』
ここの世界と同じ時刻かは分からないけど、眠る前よりかなり夜が更けたのは間違いない。

「どうしよう…時間ないのに。」
「心配ねェよ、『繋いだ物』は分かってんだから。」
「でもまだ確かじゃありませんし…」
「なら『確か』にする。」

土方さんが立ち上がった。

「坂田のところへ行くぞ。」
「こんな時間から!?」
「構やしねェよ。『分かり次第すぐに来い』っつったのは――」
「『アイツなんだから』、でしょう?」
「フンッ、分かってんじゃねーか。行くぞ。」

早いに越したことはない。非常識な時間でも行った方がいい。私もそう思うけど……

「あの、土方さん。」
「なんだ?」
「実は…言ってなかったことがありまして。」

再びアジトへ行くには、銀さん以外の問題がある。

「私、土方さんと分かれた後に一度銀さんのところへ行ったんです。」
「なに!?」
「一人ではどうしていいか分からなくて…アドバイスを貰おうと。」
「……そう、だったのか。」

気まずそうにして首を擦る。

「で?それがどうした。」
「そこで、さっちゃんさんに出会ったんですけど……『二度と来るな』と言われてしまいまして…。」
「『さっちゃんさん』って、あの猿飛か。」
「そうです。もしかしたら私達が銀さんに会いに行っても邪魔される…というか妨害されるかもしれません。」
「あの女に邪魔される筋合いはねェだろ。」
「それが…私達と関わることは、銀さんにとって迷惑でしかないからって。」
「迷惑?」

怪訝な顔をする土方さんに頷く。

「本来、変わり種との接触は違法らしいんです。なのに銀さんは変わり種から得た物を売り、大金を得ていて…。」
「それのどこが迷惑になってんだよ。アイツの行いが悪いだけだろ。」

まぁ…そうなんですけど。

「私達が関わらなければ、変わり種と接触することもない。銀さんが悪事に手を染めることもない…っていう考えじゃないですか?あの長屋周辺の人達から妬まれてるそうですし…。」
「さすがストーカー女だな。責める方向が完璧に間違ってやがる。」

土方さんは鼻先で笑い捨てた。

「気にするなよ、そんな言い掛かり。放っておけ。」
「そう…ですか?」
「ああ。…というか、」

目頭を指で押さえる。

「猿飛は俺達が変わり種だと知ってんだな。」
「はい。私達の話を全て天井裏で聞いていたらしく…。」
「ったく、どの世界でも厄介な女だ。…あっちは天人か?」
「天人です。頭にキツネのような耳がありました。」
「はァァ…、…紅涙。これから坂田のところへ行くが、もし手前で猿飛の妨害を受けた時は逃げろよ。」
「え…?」
「逃げて、坂田のところへ向かえ。」

私…一人で?

「俺は力づくで突破する。だが護りながらじゃ全力では挑めねェ。」
「……わかりました。」

……、

「大丈夫…ですよね?」

相手は元御庭番衆。火がつくと本気の殺し合いになることも…あり得る。

「土方さんに何かあったら私……」
「誰に言ってんだ?」

土方さんが得意げに鼻を鳴らす。

「俺の腕は、『銀魂』で知ってるはずだろ?」

…うん。土方さんは負けない。負けそうになっても、最後は必ず勝ってきた。

「信じてます。」
「ああ。」

そうして銀さんのアジトへ向かったけれど、私達の想像の斜め上をいく事態が待っていた。

「…なんだあれ。」

長屋に続く細いあぜ道を抜けたところに、おそらく深夜であるこの時間にも関わらず、異常な人だかり。長屋の住人が全員出て来ているように見えた。

「何かあったんでしょうか。」

人々は皆、同じ場所を見ている。いや、見ようとして見えないのか、どうにか見ようと必死に隙間を探している。

「…嫌な予感がする。」
「嫌な予感?」
「ああ。大抵こういう時は……坂田が絡んでる。」
「……まさか。」

顔が引きつった。そこに、

「痛ェって!」

聞き覚えの声が聞こえてきた。…この声、

「銀さん…?」

土方さんを見る。土方さんは肩をすくめ、「ほらな」と言った。
でも銀さんが痛がってるって…どういう状況?ケンカに負けるような人じゃないのに……

「放せよ!」
―――ガシャンッ!

何かが倒れる音まで聞こえてくる。相当暴れているらしい。

「一体何が…」
「おや、昼間の二人じゃないかい。」
「「!?」」

声を掛けてきたのは、昼間にあった長屋の女性。銀さんと親しげに話していた、あの女性だ。

「アンタ達、銀さんに会いに来たのかい?」
「は…はい。あの……何かあったんですか?」
「ま~…そうさね。銀さんに会いたいなら出直しな。」
「ヘマしたのか。」
「そうだよ。バカだよねぇ、あれほど気を付けなって言ってたのに。」

頬に手を当て、呆れたように溜め息を吐く。

「アンタ達はこれ以上近寄らない方がいいよ。そこに真選組がいるから。」
「しっ真選組!?」
「シーッ!」

女性が人差し指を唇にあてた。

「捕まりたいのかい?変わり種は即ブタ箱行きだよ。」
「っ!」
「…坂田はバレたのか?」
「バレたって言やバレたんだろうね。とにかく独占し過ぎたのが悪かったのさ。」

独占?…ああ、

「変わり種の物をですか?」
「そう。ウチらにも回してくれりゃ誰も裏切らなかっただろうに。」
「……、」

妬みから通報されてしまった、ということか。

「銀さん…。」
「私で良かったら力になるよ。」
「え?」
「銀さんがあんな状態じゃアンタ達は誰にも相談できないだろう?私に言ってみな。」
「ああ…えーっと…」
「必要ない。」

土方さんがスッパリと断る。

「俺達は坂田に別れを言いに来ただけだ。」
「え、土方さ――」
「……。」

視線で『黙れ』と言われた。

「悪いが、力になってもらいたいようなことはない。」
「…なんだ、そうなのかい。」
「まァ次に来る『変わり種』のヤツらには、アンタのことを売り込んでてやるよ。協力的な天人がいるってな。」
「あら~!そりゃ嬉しいねぇ。ぜひよろしく頼むよ!」

女性は土方さんの肩をポンと叩き、機嫌よく去って行った。

「…お上手ですね。」
「ああでも言わねェと俺達を通報し兼ねない。」
「…確かに。」

あの人が銀さんを通報した人かどうかは別にして、通報者が狙う次の行動は『変わり種』との接触だろう。
もし私達が何の利益にもならないと知れば、腹いせに通報する…なんてことも想像できる。

「…出ましょうか、ここ。」

長居しない方がいい。
土方さんを見た時、アジトを囲む人混みの間から少し様子が窺えた。

「痛ェって言ってんだろ!?」

声を響かせ、長屋から銀さんが外へ押し出されている。体勢は悪く、腕を後ろへ回されて身体をもじっていた。その腕を持っていたのが、

「旦那、そろそろ静かにしてくだせェ。」

真選組一番隊隊長、沖田総悟だ。

「っ…!」
「お出ましか…。」

今の彼は頭にフサフサのケモ耳を生やす天人。小さな尖った耳がとても愛らしい。
嗚呼…っ、こんな状況じゃなかったら声を上げて興奮していたのにっ!

「あの耳はタヌキだな。総悟がタヌキとは…フッ。」

土方さんが馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「意外ですね、どう見てもタヌキキャラじゃないのに。」
「なんだ、『タヌキキャラ』って。」
「優しそうというか、おっとりしてるというか…臆病的な?」

これまでの人達は微妙に性格とケモ耳が一致していた。そう考えると、あれはタヌキというより、可愛くても実は凶暴な…

「アライグマじゃないですかね、総悟君。」
「『総悟君』はやめろ。」
「変ですか?」
「気持ち悪い。総悟でいい。」
「いえ、それはさすがに…」

「旦那ァ、こんなにも野次馬を集めてどうする気で?」

総悟君が辺りに目を向けている。私達が人混みに身を潜めると、「俺が集めたわけじゃねェよ!」と銀さんの声が聞こえた。そこに、

「バカ言え、お前が集めたようなもんだろうが。」

長屋から新たに人が出てくる。黒い髪を揺らし、煙草の煙を携えるあの人は…

「ほんとにテメェは近所迷惑の塊みてェな野郎だな。」

「土方さんっ!」
「…静かにしろ。」
「っす、すみません…。」

天人の土方さんだ。ケモ耳も見える。猫耳っぽい形状をしているが、あの雰囲気を考えると豹…黒豹といったところか。

「近所迷惑はお前らのせいじゃねェか!こんな時間にゾロゾロ来やがって!」
「その声がうるせェっつってんだよ。軽犯罪法違反を付け加えてやってもいいんだぞ?」
「うぐっ、」

「副長!出てきましたよ、例の瓶。」

小走りに監察の山崎退…さんが駆けてきた。彼の頭には細長く尖った耳が真横に伸びている。

「…アイツ、何の動物だ?」
「なんでしょう、…鹿?」
「鹿にしては長ェし尖りすぎてるだろ。つーか邪魔じゃねェか?あの耳。」
「あんな真横に耳が生える動物なんて見たことありませんね…。」

なんだろう?
謎のケモ耳を生やす山崎さんは、手に小さな木箱を持っている。それを天人の土方さんに見せると、フタを開けた。

「あれって…!」

黒い小瓶だ。私達に必要な、黒い小瓶。

「坂田。お前、これを高値で売りつけていたらしいな。」
「バッ…金なんて取ってねェよ!誰だ、そんな適当なこと言ってるヤツは!」
「とぼけんじゃねェ。これの見返りに金品受け取ってんだろうが。」
「だからキンはねェって!ピンだけだ!」
「あーらら、認めちまいやしたね。」

ちょっと待って。この流れ…相当ヤバくない?

「空の小瓶に価値つけるなんざ、とんだ詐欺師だな。」
「詐欺じゃねェって!俺は確かに何人ものヤツをそれでっ」
「嘘はいけねェや、旦那。あんまりつまんねェこと言ってると、その唇、まち針で仮止めしやすぜ?」
「こっわ!何その裁縫宣言!それも仮止め!?こわいこわい!何かと怖い!やりそうで怖い!」
「うるせェ野郎だな。もういい。総悟、縫っちまえ。」
「へい。」
「へいじゃねーから!」

総悟君がポケットを探る。

「あったあった。それじゃあ、」

ガシッと音が鳴りそうな勢いで銀さんの頭を掴んだ。にんまり笑い、顔を覗き込む。

「じっとしててくだせェよ。違うとこまで縫っちまいやすんで。」
「はァ!?おまっ、なんで針を持ち歩いてんの!?」
「俺の新しい技にしようかと思って試行錯誤中でさァ。」
「ちょっ、その手つきはまだ実践早ェ!やめっ、放せこの野郎!」

頭を振り、身体をもじって抵抗する。その時だった。

「……あれ?」

大きく揺れる銀髪の中で何かが見える。それは髪と一緒に揺れ、頭頂部でパタパタと動いた。まるで……

「……おい、紅涙。」
「……はい、」
「あれ……見えてるか?」

まるで銀さんの頭に、

「……見えてます。」

犬のタレ耳が、くっついてるみたいに。
土方さんにも見えているのなら…見間違いじゃない。

「アイツ……、」
「……天人、だったんですね。」

元からこの世界の住人だったんだ…。

「じゃあ私達が聞いた話は全部……」
「嘘だった、ってことだろうよ。」

土方さんが苛立った様子で溜め息を吐いた。

「無駄なことさせやがって。結局どこの世界でも最低なクズ野郎だな、アイツは。」

そんな……

「また一から……てことですか?」

全部嘘なら、振り出しに戻ったってこと?
戻る方法も、『繋いだ物』の存在も、私達以前に来たという話も……。

「考え直しだな。」

土方さんが懐から煙草を取り出す。箱を開け、一本取り出した。

「…何するんですか?」
「吸うんだよ。ったく、我慢して損した。」

口に咥え、ライターを擦る。

「ッ、待ってください!」

火がつく直前で腕を掴む。

「まだどこまでが嘘かは分かりませんよ。」
「全部嘘に決まってんだろ。」
「でもっ……、」

『お前に覚えがなくても、俺は色んな女とここへ来た土方を見てる』
『分からなかった時は天人のテメェを殺しに行け。そうすりゃこの世界で生きていけんだからよ』

「…きっと、全てが嘘じゃありません。」
「まだ坂田を信じる気か?」
「……はい。」

あの時、私達に話す目に嘘はなかった。適当な応対に見えても、言葉に迷いがなかった。

「あれだけ私達に話せたのは、これまで本当に何度も経験したからだと思います。」
「……。」
「何が嘘で真実かは分かりませんけど、銀さんに言われたことは守っておきましょう。」

念のために。

「……チッ、わァったよ。」

土方さんが煙草をしまう。そんな私達の背後で、

「確かに興味深い人達ね。」

小さな声が聞こえた。この声は、さっちゃ――

「振り返らないで。」
「!」

制止され、土方さんと横目で見合う。さっちゃんは小声で続けた。

「少し顔を貸してちょうだい。裏のあぜ道を抜けたところで待ってるわ。」
「……。」

さり気なく人混みから抜け出し、私達は指定された場所へ向かった。

「ここよ。」

さっちゃんは民家の陰に立っている。

「これをアナタ達に渡すわ。」

差し出された物を見て目を丸くした。先ほど押収されていた、あの黒い小瓶だ。

「どうして…これを…?」
「銀さんからの預かり物。」
「!」
「だがさっき、これは真選組に押収されたはずだろ。」
「この手の小瓶は何本もあるのよ。大切なのは中身なんでしょう?」

小瓶の中は当然、空だ。私達が銀さんに伝えることで初めて繋いだ物を入れる手筈だったから。

「それじゃあ、さっちゃんさんが調達してくれるんですか?」
「甘えないでちょうだい。私は何かあった時に渡すよう頼まれていただけ。それ以上の仕事はしないわ。」

肩に掛かる淡い紫色の髪を手で払う。

「…アイツはどうなる?」
「無罪放免で釈放よ。変わり種との接触を裏付ける証拠なんてないもの。」
「なら裏付けなしに真選組は動いたってのか?ましてや逮捕にまで踏み切るようなこと…」
「動くしかなかったのよ。幕府が信頼を寄せる忍から密告されたら、放っておくわけにはいかないでしょう?」

幕府が信頼を寄せる…忍?

「まさか…」
「猿飛、お前が坂田を…?」
「勘違いしないでもらえる?私は銀さんを助けたの。」
「助けた…?」
「これ以上、変わり種と関わりを持たないよう匿ってあげただけ。痛い目に遭わないうちにね。」

赤い眼鏡を押し上げ、

「わかったら金輪際、銀さんに近寄らないでちょうだい。」

私達を冷たい目で睨みつける。

「次に約束を破ったら、始末屋の名にかけて跡形もなく消してあげるから。」

ふわっと風が吹いた。民家の影に、さっちゃんの姿はもうない。

「…坂田のヤツ。」

土方さんは手元の小瓶に目を落とした。この小瓶が、銀さんの話に真実味を出す。やはり、話していたことは全てが嘘じゃないらしい。

「そこに入れましょう、ガソリン。」

私達を繋いだ物。
銀さんが導いてくれた、唯一の手掛かり。

「…そうだな。」

これを使って、必ず元の世界へ戻る。

「でもどうやってガソリンを手に入れましょうか。」
「金は使えねェしな。かと言って盗むわけにも…。」

小瓶を見つめ、二人で思案する。しばらくして、

「…そうだ、」

土方さんが薄く笑った。

「お前の行きたがっていた場所に行こう。」

※天人山崎の動物は…『スプリングボック』

にいどめ