星合い1

むかしむかし。
仕事熱心な男と、仕事熱心な女がいました。なんやかんやで二人は恋に落ち、結婚します。
しかし二人はあまりにも仲睦まじく、仕事そっちのけで過ごすので、

『お前ら全然仕事しねェから、今後は会うの年に一回な!』

罰を受けてしまいました。その年に一回の貴重な逢瀬の一日が、七月七日なのです。
星合い

「…だそうですよ。」

私は向かいに座る土方さんを見ながら、手にしていた冊子を閉じる。ストローでアイスコーヒーをかき混ぜれば、カランカランと音が鳴った。暑い季節に氷のぶつかる音は心地いい。

「『だそうですよ』、じゃねェし。」

土方さんが煙草に火をつける。そのせいでまた1℃暑くなったように思う。…まぁファミレス内はクーラーが効いていて涼しいけれど。

「お前、そんな冊子どっから持ってきたんだ?まさか持ち歩いたりしてんじゃ…」
「ないですよ。さっきの子から貰ったんです。」
「さっきの子?」
「ファミレス前で迷子になっていた子。もう忘れたんですか?」

ハンッと鼻で笑ってやった。土方さんは右頬を引きつらせ、「ガキから貰い物してんじゃねーよ」と言う。ひがみだ。

「優しい子だったなぁ~。『お姉ちゃんも会えますように』って、この冊子くれて。」
「お前も仲間だと思われてたんだろ、迷子の。」
「違いますよ!『彦星に』です、彦星に会えますように!」
「彦星ィィ~?まだ四歳くらいのガキだったろうが。とんだマセガキだな。」

相変わらず、うちの副長は口が悪い。

「最近の子達は土方さんの子ども時代と違うんですから。鼻をたらして歩いている子なんて一人もいませんよ。」
「俺の時代でもレアだ!」
「それは失礼しました。」
「ったく、生意気な口ききやがって。」

煙草に口を付ける。先端が瞬くように赤く灯り、チリチリとフィルターが燃えた。

「…ところで連絡は来ました?」
「連絡?何の。」
「七夕祭りですよ、商店街の。」

「ああ、アレか」と土方さんが思い出す。あまり記憶に残っていないのは、おそらく真選組がこの件に関わっていないせいだろう。
『商店街の七夕祭り』は、今夜初めて開催されるイベントだ。境内では夜店も出るそうだが、警備要請はなく、私達の出番はない。つまり今のところ無関係な行事。

「このまま連絡が来なかったら、本当に出動せずに済みますよね。」
「そうだな。祭りに来る連中が大人しく慎ましく楽しんでくれりゃ出動せずに済むだろうよ。」
「あははっ。そんな奇跡みたいなこと、あるわけないですけどね!」
「フッ、あるわけねェだろうな。」
「「……、はぁ……。」」

祭りにトラブルは憑き物だ。酒さえ提供しなければマシになるかもしれないが、それはそれで楽しさも美味しさも半減してしまうというもの。致し方ない。

「私も七夕祭りに行きたいなぁ…。」
「諦めろ。」

土方さんは全く興味がないらしい。所詮、私の気持ちを分かってくれる人なんて真選組にいないんだ…。
不貞腐れた気持ちでアイスコーヒーに手を伸ばす。氷が溶けて、透明とこげ茶色の二色に分離していた。

「は~あ。そろそろ陽も傾いてきましたし、戻りましょうか。」
「そうだな。」

席を立つ。忘れ物がないか振り返った。…って、

「ちょっとちょっと、土方さん。」
「あァ?」
「『あァ?』じゃありませんよ。忘れ物してますよ。」
「?…してねェよ。」
「何言ってんですか。これです、これ。」

テーブルの横に備え付けられていた伝票を土方さんに差し出す。

「市中見廻りの最中に、『暑いから店に入るぞ』って言ったのは土方さんでしょ?」
「だとしても頼んだのはお前のもんばっかじゃねーか。」
「それも含めての『店に入るぞ』でしょうが!」
「おまっ、」
「ご馳走様でーす。」
「何様だ!」

私は土方さんに軽く頭を下げ、出入口の方へ向かった。土方さんは舌打ちしつつも精算する。あんな不満げな様子だけど、どうせ経費で落とすのだ。どちらが支払おうと同じこと。
…と分かっていても私は支払わない。だって経費で落ちなかった時は損しちゃうし?…ウケケ。

「またのお越しをお待ちしております~。」

店員の声を背中で受け、土方さんが出てきた。私を見るなり、「食い過ぎだ」と言う。

「二時間もすれば晩飯だっつーのに。」
「甘味は別腹ですよ。」
「わかんねェ。」
「土方さんにとってのマヨネーズみたいなものです。」
「!…マジか。別腹どころか、カロリーにすらカウントされねェぞ。」
「そういうものです。」

頷きながら歩き出したところで、

「あ、副長!」

後ろから声を掛けられた。振り返れば、真選組の隊士が二人。彼らもまた、巡回の帰りだと思われる。

「お疲れ様です、副長!」
「おー。」
「早雨もお疲れ。」
「おー。」
「てめっ…マネすんな!」

土方さんが手を伸ばす。私の頬でもツネるつもりだったのだろうけど、

「まぁまぁ副長!」
「こらえてこらえて。」

慌てて二人の隊士が間に入った。

「早雨が生意気なのはいつものことじゃないですか、ねっ!」
「……チッ。」

この状況だけを見ると、まるで私は隊士二人に守られているようだ。…けれど実際は違う。彼らは私でなく、自分達を守っているに過ぎない。土方さんの機嫌を損ねないように、それが自分達に飛び火しないように。

「つーか早雨。お前、さっき副長とファミレスから出てきてなかったか?」
「っえ、」

やば、見られてたんだ!

「まさかと思うが、二人で茶でも飲んでたんじゃ……」
「あるわけねェだろ。」

土方さんが言う。シレッとした顔で煙草に火をつけ、横目で私を見た。
『お前が上手くごまかせ』
そう言われたような気がする。

「ファミレスはー…アレですよ。巡回の最中に面倒な客がいるから追い出してくれって頼まれまして。」

ナイス、私。

「ああそういうことな!」

隊士の一人がポンッと手を打った。

「そうかそうか、やっぱそうだよな!」
「よりにもよって副長と早雨だもんな!ありえねーよな!」
「え、ええ…そうですよ。」
「…ありえねェよ。」

私と土方さんが何とも言えない顔で頷く。
隊士の二人は納得した様子で「じゃあ俺達は晩飯当番なんで」と小走りに立ち去った。その様子を見送っていると、

「大した舌だな。」

土方さんがフンッと鼻先で笑う。

「うまい具合にやるじゃねーか。」
「誰かさんのお陰で、二枚舌になってしまったようで。」
「ほう…。そりゃあ誰のお陰だ?」
「私の『大嫌いな上司』、じゃないですかね。」

土方さんを見る。

「…フッ、言いやがる。」

土方さんは流し目で私を見た。

「俺達も戻るぞ。」
「…はーい。」

土方さんと私は、副長と副長補佐。通称、『鬼の副長』と『喰えない補佐』だ。
隊士達は皆、私達を『似ている』と言う。もちろん顔が似ているなんて話ではなく、性格や考え方が似ているらしい。
…そうは思わないけどね。

「あっ!やっと帰って来た!!」

屯所の近くに差しかかると、近藤局長の大きな声が聞こえた。手を振りながら、こちらへ走り寄って来る。

「怪我は!?斬り合いは!?」
「え?」

斬り合い?

「…してねェよ。」

土方さんが溜め息混じりに答える。近藤局長は心底ホッとした様子を見せた。

「よかったァ~…!」
「…もしかして近藤局長、私達を待っててくれたんですか?」
「ああ。前みたいにケンカして斬り合ってたらどうしようかと思ってな!なにせ二人で見廻りなんて久しぶりだったから。」

ガハハと笑う。
…近藤さんが言っていることは、少し前の話だ。勤務中に私と土方さんがどうしても譲れない点で揉め、ひょんなことから斬り合いのケンカに発展した。当然、相手を仕留めてやろうとまでは思ってなかったけど、

『こういうことは心臓に悪いから二度とやめてくれ…!』

近藤局長に泣いて止められた、という過去がある。

「…さすがにもうあそこまで酷ェケンカはしねェよ。」
「ほんとか?」
「ああ。あの時にも約束したろ?だよな、早雨。」
「はい、しました。」
「…二人を信じてるからな!」

近藤局長は土方さんの手と私の手、その上に自分の手を重ねてギュッと握った。

「ワンフォーオール、オールフォーワンだ!」
「「……。」」

熱い…。
念を込めるように、近藤局長は私達の手を握って目を閉じる。私と土方さんは顔を見合わせた。

『どうするんですか、これ』
『知らねェよ。しばらくすりゃ満足して放すんじゃねーか?』
『さっさと切り上げさせてくださいよ』
『んな可哀想なこと出来るわけねェだろ!?』

視線で会話する。
私達は、似てるが故に分かり合えないとよく言われる。真選組では有名な間柄。そう、言わば犬猿の仲だ。あの万事屋が認めるほど、仲が悪い。

…と言っても、顔を合わせればケンカするといったわけではなく、互いに腹の中で何かを隠しながら日々暮らしているという感じだけど。

『土方さん。早く』
『……』
『土方さん!』
『……、』

舌打ちしそうな目つきで私を睨み、土方さんは「…近藤さん、」と声を掛けた。

「うん?なんだ。」
「いや、そのー…まさか本当に俺達が心配なだけで待ってたのか?わざわざ外に出て。」
「おお、それもあるんだが実はな、」

近藤局長がそう話を切り出した途端、私の胸に嫌な予感がよぎった。これはまさか……

「さっきとっつぁんから連絡が来て、今夜から明日にかけて隊士を借り出したいそうだ。」
「…目的は?」
「七夕祭りの護衛らしい。」

やっぱりな!

「七夕祭りで何かあるのか?」
「急遽将軍が行くことになったそうだ。その警護にって。」
「またかよ!」
「またですか!」

そりゃツッコミもかぶるというものだ。私達は一体何度、将軍の遊びに付き合わされているのやら。…いや正式には松平長官の遊びにか。

「毎度のことながら、とっつぁんには参るよ。」

近藤局長は、ハハハと乾いた笑いで頬を掻く。
そう思うなら断ってくださいよ!…とは言えない。松平長官は、この真選組設立に計り知れない役割を担ってくれたそうだから。

「その上な、」
「…なんだよ、まだ何かあるのか?」
「いや…、…実はその、」

頬をポリポリ。

「既に将軍は、祭り会場でお楽しみ中だったりする。」
「「どええェェ!?」」

はっや!将軍、行くの早っ!!

「そんなに楽しみにしてたのか将軍!」
「だったら前もって言ってくれればいいのに!」
「うん…まァ…そうなんだけどな。」

…あ、近藤局長に言っても仕方ないよね。

「でだな、あまりに急でトシ達に連絡する間もなかったから、今は俺が立てた警備計画で護衛させてるんだ。」
「そうなのか?なら俺達もすぐ持ち場に就く。警備計画を見せてくれ。早雨、準備。」
「はー……」
「いや、トシ達はいい。」
「「……え?」」

『いい』って……

「全員配備させたことで人数的には足りてるんだ。トシと早雨君は補欠程度の腹積もりで屯所にいてくれれば充分――」
「補欠!?」
「あ、ああ…ダメかな。」
「ダメなわけでは…」
「早雨、顔がニヤけてるぞ。」
「!」

だだだだって補欠ってことはッッ!!

「私達、七夕警護しなくていいんですか!?」
「バカ、全くせずに済むわけじゃねェよ。言わば待機だ。有事に備えて、いつでも出動できるようにしておくって話にすぎない。」
「…わかってますよ、それくらい。」

いちいち言わなくても…。
口を曲げて土方さんを睨む。それを見た近藤局長が、慌てた様子で「待て待て!」と声を上げた。

「俺もウカツだった!二人で待機するのは危険だよな!現場に立つ人間は多いほどいいし、俺達と現場に出てくれれば…」
「いや、処理しておきたい書類が溜まってたんだ。」

土方さんは私を横目に見て、

「丁度いい。俺達は屯所で待機させてもらうよ。」

近藤局長に言った。

「つ、つまりトシ…。早雨君と待機する、と…?」
「ああ。ボーッと警備させるくらいなら、書類整理を手伝わせる。」
「……大丈夫、なんだよな?」

不安げに問いかける近藤局長に、『何が』とは聞かない。

「しつけェぞ、近藤さん。」
「だがもし…」
「『もし』はない。俺達を信じるんじゃなかったのか?」
「……そうだったな、すまない。」

困ったように微笑む。ここまで気を病ませてしまっていることに、少し心が痛んだ。

「…大丈夫ですよ、近藤局長。あの日のことは、本当に反省したんで。」
「早雨君…、」
「同じあやまちは、二度もおかしません。」

近藤局長の目を見て、頷いた。土方さんも同意する。

「二人で大人しく書類整理しながら待機する。心配すんな。な?早雨。」

そう言って、

「!!」

土方さんが、そっと私の手を握った。近藤局長からは見えない、私達の背中側で。

「……。」
「……。」

土方さんの表情は変わらない。でも今、私達は確かに手を繋いでいる。

「早雨、返事は?」

真剣な顔で言う。私はそれに小さく笑って、

「はーい。」

とても棒読みな返事をした。

私と土方さんは、屯所でも有名な犬猿の仲。
けれどそれは、みんなが知らないだけ。
私達は、相思相愛だ。

にいどめ