Lesson 1
恐れ多くも、女中の私が真選組の副長に告白した。
「どこに付き合うんだ?」
「い、いや、そうじゃなくてですね…。」
そ、そうだよね…、いきなり過ぎたよね。
的外れな答えに思わず顔を引きつらせる。すると土方さんは何かに勘付いたらしく、
「ああ、そっちか。」
なんとも素っ気なく呟いた。
これは……可能性なし、だな…。良い返事を聞ける気がしない。
覚悟はしていたけど…返事を聞く前から、既に告白したことを後悔した。
「……。」
「……、」
土方さんは煙草を吸って、こちらに背を向けたまま筆を走らせている。私が告白する前と何ら変わりないペースだ。
…って、え?これはまさか……流されてる?
Any separation from you will be painful for me.
Remember that before you get along with me.
私の一生はだいたい10年から15年。
あなたと離れることは一番つらいことです。
どうか私と暮らす前に覚えておいてください。
告白後の沈黙は続く。さながら罰として立たされている子どものように。
このまま黙って部屋を出ても、土方さんは気にしないのだろう。そして告白すらもなかったことになる。どうせ振られるなら…それがいいかもしれない。…部屋、出ちゃおうかな。
「……。」
いや、出ない!返事を聞かなければ帰れない!私ひとりモヤモヤした気持ちで、明日も明後日も土方さんからの返事を思案するのは御免だ。
「あ、あのっ…」
「ああ?」
筆を走らせたまま、声だけを私に投げかける。…雑だ。
私はお茶を乗せてきたお盆を胸に抱き、勇気を出して聞いた。
「お、お返事…は…?」
なんと恥ずかしい。告白した私が相手に返事を促すなんて。普通は聞かなくても言うものでしょう?
「何の?」
「なっ…何のって……い、いやさっきのですね、」
告白に決まってんじゃん!なんで告白したことまで説明しなきゃいけないわけ?そもそも私の告白は受け流す程度だったんですか。この一世一代の緊張をどこまで雑に扱えば気が済むのですか!
…ああそうか、あなたはモテる。女性からの告白など、日常茶飯事なのですね。でも残念でした。私はとても強気な女なのです。ここで折れたりなんてしてやりませんよ!
「…私、土方さんが好きです。」
「……。」
…まだ無視してるし。私はしつこいほどに名前を呼んでやって。
「土方さん土方さん。土方さん?聞いてますか、土方さん。」
「…っせーな、なんだよ。」
名前を呼べば返事をするくせに。私の告白、聞こえてないわけじゃないんですね。だったら、
「私のこと、嫌いですか。」
「はァ?」
ようやく会話っぽいものが成り立った。けれどまだ背を向けたままだ。土方さんは指に挟んだ煙草を灰皿で叩く。
「何でそうなるんだよ。」
「さっきから私の話…無視してるじゃないですか。」
「してない。」
「してます!!」
「お前なァ…、俺は忙しいんだ。」
溜め息混じりにそう言って、私の方に向き直した。立ったままの私を見て、あからさまに『面倒くさい』と言いたげな顔をする。
「そこに座れ。」
「…はい。」
指された場所に座る。正座をすると、土方さんは傍に灰皿を置いて煙草を消した。
「何で俺なんだよ。」
「…え。何でって…、…?」
「これだけ男がいて、何で俺になったんだ。」
い、意味が分からない…。
だって、人を好きになるってそういうものでしょう?何百万人も、何億万人もいる中から、『この人が好き』ってなるものです。
「土方さんがいいから…好きになったんですけど。」
「俺じゃなくても総悟とかいるだろ。」
「沖田さん…ですか?」
「ほら、アイツは、その…、可愛い系なんだろ?顔だけは。」
「……。」
この人は何が言いたいのだろう。いや、何を伝えたいかは分かる。
「土方さん、」
「何だ。」
「そんな遠回しな言い方しかできませんか。」
「遠回し?」
呆れた。噂には聞いていたが、こんなところでヘタレだったとは。私は振るならハッキリ振ればいい。そうしてくれないと私も割り切れない。次にも進めない。
「……土方さん、」
私は溜め息をついて、どこか冷静な声で呼んだ。
「私のこと、嫌いなんでしょう?」
「だから何でそうなる!」
「そういうことじゃないですか!!」
「違ェよ!!」
「何が違うって言うんですか!」
「俺が言いてェのはっ……、…。」
言葉をにごす。…なによ、気になるじゃない。
「はァ……。」
深い溜め息を吐いて、新しい煙草に火を点けた。
「なっ何なんですか、その溜め息は!」
若干ヤケになった私は、土方さんを煽るように声を上げる。そんな私を見ながら、妙に落ち着いた様子で「あのな早雨、」と話し始めた。
「俺達は、いつ死んでもおかしくない世界で生きてんだ。常に死と隣合わせ。」
「……知ってます。」
「俺はそうやって生きるのが好きだ。残酷と言われようが、刀を振って生きていくのが好きだ。逆に俺はそんな世界でしか生きていけないと分かっている。だが、」
土方さんは煙草の灰を落としながら、
「お前は違うだろ?」
「……。」
「…刀を振るってことは、それだけ多くの相手を斬るってことでもある。どういう意味か分かるか?」
私に問いかける。望んでいる答えを出せそうもなくて、私は首を振った。
「俺はそいつらにも待っていたであろう幸せな未来を、斬りさばいて前に進んでるってことだ。なのにそうしてあの場所を駆けるのが楽しいと思ってる。」
煙草に口を付け、静かに息を吸う。ゆっくりと目を閉じたその先には、愛しい場所が映っているのだろうか。
「そんな生き方をする俺が、人並みの幸せを望むのは罰当たりだろ。」
「……そんなことは…ないと思います。」
「お前は分かっちゃいねェんだよ、人を斬る重みが。」
「……。」
「皆、わかってるつもりだ。斬られても、そこは戦場なんだから。死んだって誰も文句は言えねェ。」
土方さんは言った。
『生きたいと願うヤツを俺は平気で斬る。妻子がいると請うヤツを、俺は平然と斬る。それが職務だ』
「たとえばお前の言うように、俺が人並みの幸せを手に入れたとしても、」
「…はい。」
「もしいつか俺が斬られる立場になって、絶対に助からないとしたら……」
土方さんは、肩が揺れるほど煙を吐いた。
「俺は、そいつと一緒になっちまったことを後悔する。」
ああ……、
「やっぱり悲しい思いをさせちまった、って…、一緒にならなけりゃそんな思いをさせずに済んだのにって…後悔する。」
私は、今またあなたに恋をした。悔しいけれど、この不器用な考えの人が好きなのだ。
「だから俺に女は必要ねェんだよ。」
土方さんは黙る私を見て小さく息を吐き、「そういうことだ」と煙草を消した。
納得したと思ったのだろう。でも勘違いですよ、土方さん。私が黙っているのは、別に土方さんの信念を理解したからじゃない。私は…
「私は、…誰にも死は訪れるものだと思います。」
「はァ?」
「私だって…いつ死ぬかは分かりません。今日かもしれないし、百年後かもしれない。私じゃなくても、誰でも同じです。」
諦めませんよ、土方さん。
そんな理由で特別な人を作らないと言うのなら、それはまだ私にも脈があるということじゃないですか。
「あのなァ、早雨。俺ァそういう意味で言ったんじゃ――」
「残された人は悲しいかもしれません。…ううん、悲しい。だけど、」
だけど。私なら、
「いずれ心は満たされると思います。すぐには無理だけど、いなくなった人は確かに傍にいたんだから。」
その人と過ごした日々があるから、その人と過ごした時間があるから。初めら何もないよりは全然いい。
「肉体は消えても、思い出までは消えません。だから大丈夫ですよ、土方さん。」
「っ…、」
「それに私なら、土方さんが死んだって好きでいます。」
「お前…」
「変ですか?でも嫌いになる理由もないですし。ということで私は、土方さんから何を言われても諦めないことにしました。」
「はァ!?」
お盆を握り締め、私は立ち上がった。
「ちょっ、おま」
「私、覚悟出来てますから!」
「何の!?」
「遺骨、喰ってやりますよ!骨まで愛してやります!」
「こ、こわ…。」
私は勢いそのままに「失礼します!」と障子を開ける。後ろから「やべェ…」と呟く土方さんの声が聞こえた。
…あなたが出逢ってきた綺麗な人達からすれば、どうせ私はヤバイ女でしょうよ。それでも告白をちゃんと断れない人よりマシだと思ってます。
「…それに!」
「!!」
土方さんに向かって勢いよく振り返る。土方さんの肩がビクッと揺れた。
「私は『はァ?』と言われるのが大っ嫌いですので!!」
―――ピシャッ!
障子を閉める。
これからは戦いだ。土方さんがハッキリ私を振るまで、脈があると思って積極的に攻め続けてやる!
……なんて、気合いを入れていたのだけれど。
翌日。
「…ご用は何ですか。」
早々に私は土方さんから呼び出しをくらった。…予定外だ。まだ戦ってもないのに振られてしまうなんて。
「昨日の話だが、」
「はい。」
「お前が覚悟できてんなら構わねェよ。」
やっぱりか。振られるのは分かってたけど……って、
「え!?」
「なんだよ。」
「『構わない』って……ええ!?」
なんか…思ってたのと違う答えだったような……?
でもお茶を頼まれたのかと思うくらいサラッと言ってたから、私の聞き間違いだったのかも…。だってほら、また机に向かったまま話してるし。背中越しにあんな大事なこと言わないでしょ、普通は。
「……あの、」
「なんだよ。」
「言われた意味が、よく分からなかったんですけど。」
「だから、覚悟できてんなら構わねェって。」
「……、」
聞き間違いじゃなかった…。
え、じゃあ私と付き合うってこと?いや、え?そんな感じしない言い方だけど、そういうことだよね?
というか何なんですか、その言い方。『お前が覚悟できてんなら構わねェよ』って…。まるで入隊を志願してる人に入隊許可を出すみたいな言い回しじゃないですか。
…あら?もしかして、そっち?『みたい』じゃなく、隊士に入れてやるよとか言う話にすり変わってます?…ありえる。ありえるな。土方さんならありえるぞ!ちゃんと確認しておかないと!
「あの、もっと分かりやすく言ってもらえませんか?」
「……テ、メェ…ッ」
土方さんが机の方を向いたまま肩を震わせている。筆まで小刻みに揺れてるなぁ…と観察していると、バンッと机に筆を叩きつけて振り返った。
「まだ分かんねェのかよ!」
「わっわかりませんよ!もっと簡単に言ってください!」
「十分簡単だろうが!あァったく…」
わずらわしそうにして首元のスカーフをゆるめ、顎で自分の前をさした。
「そこに座れ。」
あ…これヤバいやつだ。かなり怒ってる。
こんな感じで山崎さんが殴られるところを何度も見てきた。女中にも殴ったり…するのかな。痛いんだろうな…。
そう考えている間に、土方さんは舌打ちして立ち上がった。
「お前、ほんと可愛くねェ女だな。」
なぜか指をポキポキ鳴らしながら近づいてくる。
やっぱりこの人、私が入隊する的な話にすり変わってる!!
本能的に危険を察知し、一歩後ろへ下がった。だけど、
―――ガタンッ
腕が障子にぶつかる。これ以上は逃げられない。
「なっ、何するつもりなんですか!?」
「早雨、お前口だけか?ビビッてんじゃねェよ。」
バカにしたような笑みを向けられ、私は逃げ腰をやめた。
「ばっ馬鹿にしないでください!ビビってなんて…っないんですから!」
「上等。なら、」
私の左肩を力強く掴む。そしてその肩を引き寄せ、吐息が掛かりそうな距離で土方さんが言った。
「お前と付き合ってやるよ。」
「…え?」
ニヤッと笑った土方さんはそのまま一瞬で距離を詰める。気づいた時には唇が触れ合っていた。
「ああああの、土方さん!?」
「こういうことを望んでるんだろ?」
まるで子どもの意地の張り合いみたいな流れで、私たちの関係は始まった。