偽り男11

心にもつれる足

「『この結婚式を無効とする』って言え。」
「なっ…、」

なんで…そんなことを……?

『っ…土方さんが好き…っ!』
『…合格』

まさか……私のため?

「…総悟、こんなことは今すぐやめろ。」
「いーや、やめる気はありやせんぜ。」
「お前らの行いは謀反に値する。」
「謀反?そりゃちょっと違うんじゃねーですかね。俺達のリーダーは近藤さんであって土方さんじゃない。」
「…同じことだろ、この式をぶち壊してんだから。」
「どう同じなんでさァ。この結婚式をぶち壊すことが、真選組をぶち壊すことになるとでも?」
「…。」
「ちゃんと分かるように説明してくだせェ、土方さん。」
「……、」

土方さん…?

「言え、土方コノヤロー。」
「…近藤さんが一手に引き受けた結婚式に、お前らは泥を塗ってる。それは近藤さんに逆らうことと同じだろうが。」
「こんな時にでも、まだその場のしのぎの言い訳ですかィ。アッパレとしか言いようがありやせんねェ…反吐が出らァ。」

ペッと赤い絨毯に唾を吐き捨てた。

「わかりやした、」

沖田君は左手を軽く上げる。山崎さんが小刀を出し、楓さんの首に突きつけた。

「ッキャア!」
「山崎ッ!…っ、総悟ッ!!」
「…副長、ちゃんと言ってくださいよ。俺達、副長の結婚なんかで存続する真選組なんて嫌です!」

……え…?

「…。」

ちょっと…待ってよ。

「野郎が言わねェなら俺が言ってやりまさァ。」
「…やめろ、総悟。」

やっぱり土方さんは……

「ここにいるほとんどのヤツらは、この結婚式が幸せなものだと思ってることだろう。だが、それは違う。」
「やめろ、総悟。」
「土方さんは夏目に脅されて結婚するんだ。結婚しなけりゃ江戸から真選組を消すって耳打ちされてな。」
「!」

やっぱり真選組のために……結婚を決めたの?

「お、お父様…、…それは…本当?」

楓さんが夏目さんに問い掛ける。夏目さんは、

「っ…、」

目を逸らした。

「お父様…、」
「楓も…望んでいただろう?」
「っ、私は松平のおじ様が十四郎さんと知り合いだって言うから紹介をお願いしただけよ?なのに…っ、十四郎さんを脅していたなんて…っ」

唇を噛み、うつむく。静かに涙を流した。

「楓さん…」
「まァ野郎にとって救いだったのは、親がバカなわりに賢い娘だったってとこでさァね。」
「っ…キミ!口を慎みたまえ!!楓と十四郎君は愛し合っている!きっかけなどどうでもいい話だ!」
「俺達もそう思ってましたよ。」

山崎さんが言った。

「出逢いはどうあれ、当事者の気持ち次第だろうって干渉しなかったんです。けど…」

私を見た。

「副長の気持ちが…変わらなかったみたいだから。」
「…?」
「…。」

土方さんも私を見ている。この雰囲気、まさか……

「…え?」
「わかってねェのは紅涙だけですぜ。」
「えっ、……え!?」

ほんとに!?

「…、」
「ひ…土方さん…、」

「っいい加減にしろ!!!」

夏目さんが声を張り上げた。

「こんなことをしてタダで済むと思うなよッ!」
「やめなせェ、見苦しい。それ以上俺達を脅すと、大事な娘に二度と口を利いてもらえなくなりますぜ。」
「くッ…、」

苦虫を噛み潰したような顔で睨みつける。隣にいた松平長官が、

「…おい近藤、」

壇上を見た。

「テメェなんでさっきから黙ってんだァ?コイツらをなんとかしねーかコラァ。」
「……とっつァんに聞きたい。」
「あァん?」
「とっつァんは、夏目さんがトシを脅していたこと…知ってたのか?」
「……薄々な。あれだけ渋ってたトシが、こうも簡単に結婚を決めるたァ普通じゃねェ。」
「ならどうして言ってくれなかったんだよ!」
「トシが言ってねェのに俺が言うわけねェだろうが。」
「っ…、」

弱く眉を寄せ、口を閉じた。

「…、…じゃあ、」

ゴクッと喉を鳴らし、松平長官を見る。

「じゃあもしトシが結婚を断り、夏目さんから『今後は江戸に真選組を置かない』って言われてたら…どうしてた?」
「そりゃお前……、…、」

松平長官は少し黙って、

「とりあえず夏目に事情を聞くだろうなァ?」

片眉を上げる。

「それで?」
「それで……、……嬢ちゃんに言っただろうさ。『真選組の男なんかやめとけ。選ぶとテメェの親父に人でなしのバッチが付くぞ』って。」
「とっつァん…!」
「松平っ…お前までそんなことをッ!」
「夏目、娘を思う気持ちはよォォく分かるよ。俺も似たような道を通ったってなもんだ。しかもトシ相手に。」
「なに!?」
「俺達の娘はなぜかこの男に惚れるらしい。」

松平長官が土方さんを見て、ハッと笑い捨てた。

「だが悪いこたァ言わねェ、親が口挟むのだけはやめとけ。俺達には力がある。それがある限り、息のかかる範囲にいる男は絶対に無理なんだ。力でねじ伏せて結婚させたところで、こっちの顔色ばかり窺う男になるか、よそで女作るような男になるぞ。」
「…、」
「それで楓ちゃんは幸せか?どうよ、夏目ェ。」
「……。」
「…お父様、」

楓さんは未だ涙に濡れた瞳で、

「私…そんな男の人は嫌ですよ?」

困ったように笑った。夏目さんは、

「………そうだな、」

溜め息を吐き、何度も頷く。

「私もそう思うよ……楓。…すまなかった。」
「…。」

沖田君が刀を下げた。山崎さんも楓さんから一歩離れる。松平長官が、やれやれといった様子で溜め息を吐いた。

「これで望み通りかァ?総悟。」
「お陰様で。綺麗に片付けてくれて助かりやした。」
「片付ける?何言ってんだ、まだ片付いてねェだろうが。」
「?」

葉巻を取り出し、火をつけた。

「俺ァ昔から友情は大事にしてんだよ。きっちりケジメつけさせてもらうぞ。」

ケジメって……

「野郎どもォォッ!」
「「「!?」」」

松平長官の声が広間にビリビリと響き渡る。

「長官命令だ!耳かっぽじってよく聞きやがれェェ!」
「と、とっつァん…何を」
「今から沖田、山崎、近藤、土方、早雨の五名を指名手配犯とする!」
「「「っええ!?」」」
「…マジかよ。」

名指しされた全員が顔を引きつらせた。そんな私達に、松平長官は容赦なく続ける。

「今日中に捕まえてきたヤツには報酬をくれてやらァァッ!」
「報酬!?」

…こ、これはマズい。

「何くれんの!?金!?」
「俺は休みが欲しい!」
「いや女だろ!」

この光景には見覚えがある。

「なんでも望むもん与えてやるさ!」
「「「うおぉォォォッ!!」」」

この流れになると……

「やってやるぜェェッ!」

隊士達の目の色が変わって……

「もう捕まえていいのか!?」
「いつだ!?いつから有効なんだ!?」

周りが見えなくなる。

「どっ、どうするんですか!?」
「落ち着けみんな!」

もはや近藤さんの声は届かない。

「とっつァん!俺たち捕まったらどうなんの!?」
「さァな。」
「フワッとしてるゥゥー!」

それが一番怖い!!

「まァ人数的に不公平すぎるからなァ~。五分やるよ。」
「「五分!?」」
「自由時間だ。作戦会議しようが逃げ出そうが自由。好きに使えェ。」
「っ…、」

五分…。とにかく屯所から脱出すべきだ。こちらは一人あたりの戦力が高い。分散して隊士を相手にすれば、捕まらずに済むかも……。

「…松平、」

色んなことを思案する私達を横目に、夏目さんが声を掛ける。

「なんだ?」
「私も参加していいか?」

ええ!?

「そりゃもちろん構わねェが…報酬に結婚がどうとかはやめとけよ。」
「ははっ、もうそんなことはしないさ。…ただ、八つ当たりくらいはさせてもらってもいいかなと思ってね。」

懐から銃を取り出した。…え、銃!?

「夏目さん!?」
「お父様!!」
「案ずるな、腕には自信がある。かすり傷程度に済ませるよ。」

こ、この人…

「お前らツイてんなァ~。伝説のショットマン、サマーアイを拝めるたァよ。」
「さ…サマーアイ…?」
「やめろ、松平。昔の話だ。」

夏目さんが笑いながら弾倉を確認する。…うそ、本気!?

「…おもしれェ、」

沖田君が刀を構えた。

「相手させてもらおうじゃありやせんか。」
「ちょっ…沖田君!?」
「…そうだね、式をぶち壊したのはキミだ。まずはキミから仕留めることにしよう。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

私は沖田君と夏目さんの間に入った。この人達が真っ直ぐ視線を交わすのは危険だ。

「冷静になって考えてください!私達、こんなことするために集まったわけじゃないんですよ!?」
「だったら結婚式を続けるのかね?」
「っ…それは……」
「出来ないだろう?故に憂さ晴らしで終いとしようじゃないかという、松平からの良案だ。これ以上、邪魔しないでもらおう。」
「っ、それならもっと他の方法を探しませんか?楓さんだってこんなことは望んで」
―――パンッ!
「「「!!」」」

…夏目さんが、

「お父様っ!!」

発砲した。

「…失礼、」

銃口は天井に向いている。

「彼女が勝手に楓の気持ちを代弁しようとするから、ついな。」
「……っ、」

ヤバい…この人、ヤバい人だ!

「さすがはとっつァんの友達ってとこですねィ。」

誰もがあ然とする空気の中で、沖田君ただ一人が笑う。

「どきなせェ、紅涙。」

私の肩に手を置いた。

「お前は近藤さんと土方さんを連れて逃げろ。」
「えっ…」
「コイツら全員、引き受けまさァ。」
「っ!?」
「なめられたものだな。」

夏目さんが笑った。山崎さんが「無理ですよ!」と声を上げる。

「そんなの無理です沖田隊長!この人数に銃まであるのにっ…一人では到底、太刀打ちできません!」
「誰が一人っつった?テメェもいるだろうが、山崎。」
「え…ええェェっ!?俺捕まりたくないし!」
「当初の予定と似たようなもんでさァ。まだ殺し合いにならねェだけマシだと思え。」
「そうですけど~…」
「…いい、俺がやる。」

土方さんが前に出た。

「お前らは逃げろ。元はと言えば俺の責任だ。テメェのケツはテメェで拭く。」
「トシ…!」
「そりゃそうですが。帯刀もしてないそのナリで何が出来ると?」
「時間稼ぎくらいにはなる。俺は素手のケンカも強ェんだよ。」
「な…何言ってるんですか!みんなで逃げれば済む話でしょ!?」

なんで誰かが犠牲になる前提なの!?

「紅涙、そんな甘っちょろいこと言ってるから後手後手になるんでさァ。」
「っ…」
「土方さん、アンタもですぜ。」
「…。」
「これ以上、迷惑かけんじゃねーやィ。」

沖田君…。

「仕方ない、」

近藤さんが祭壇にある机の下から刀を取り出した。

「こうなりゃ祭りだ。俺も付き合おう。」
「近藤さんまで…!」
「行け、トシ。総悟にばかりカッコいいことさせていいのか?」
「そんなことはどうでも…」
「お前も護れるもんを護れ。」
「っ、」
「もう見誤ったりしてねェよな、トシ。お前が今、護りたいもんは何だ?」
「俺は……」

土方さんが私を見る。けれどすぐに目を伏せた。

「だがっ…」

きつく眉を寄せる。

「あと一分ゥ~。」

松平長官の秒読みが始まった。

「行くんだ、トシ。総悟も山崎も、ずっとお前のことを気にかけてたんだぞ。」
「…そりゃ話を盛り過ぎですぜ、近藤さん。」
「俺はどちらかと言うと早雨ちゃんの方が心配で…」
「山崎、空気読め。」
「はい!副長のことをとても気にかけてました!」
「…。」
「コイツらの行動を無駄にしてやるな。」
「……、」

「残り四十秒ォォ~。」

「!」
「もういい紅涙!そのバカを連れて行け!」
「っ、土方さん!」

私は土方さんに手を差し出した。

「私と逃げてください!」

まるで略奪するプロポーズのよう。

「……、」
「土方さん!!」
「…俺でいいのかよ。」
「あなたが好きなんです!」
「!」
「あ!」

今…すごいことを…!!

「……と、とにかく早く!」

手を揺らす。それを見た土方さんは小さく笑って、

「わァったよ。」

私の手を取った。

「あと二十秒ォォ~、」

「早雨君、トシを頼んだよ。」
「必ず逃げきりなせェ。」
「っうん!皆も無事で!」
「早雨ちゃん、今の変だよね!?俺達、絶対無事じゃ済まないのに変な言い方だよね!?」
「うるせェ山崎。」
「ァイタっ」

「十ゥゥ~、九ゥゥ~…」

迫るカウントダウンを聞きながら、私は土方さんと手を繋いで屯所を出た。走って、走って。とにかくこの場から遠い場所を目指して。

にいどめ