偽り男2

好き嫌いの日+騒がされた日

旦那に助けてもらった日から、私は積極的に市中見廻りへ出るようになった。もちろん、旦那に会うため。

けれど私には知らないことが多すぎる。
どこに住んでいるかはもちろん、出没しやすいエリアすら知らない。

「パフェの時に聞いておけば良かったな…。」

おいしそうに食べる姿に見惚れて、ぼんやりしたまま時間を使ってしまった。とりあえず甘い物が好きということだけは分かっているけど、名前すら聞かずに別れてしまうとは……。

「ねぇ沖田君、旦那の名前って何なの?」
「んー…確か金角みたいな感じだった。」
「きんかく?」
「あ、いや違ったな。えーっと…銀角?」
「……双子?」
「もう面倒くせェ、角さんにしときなせェ。」
「諦めるの早くない!?」

もうちょっと頑張ってよ!

「俺ァ普段から『旦那』って呼んでるもんだから、名前を思い出せって言われても無理がありまさァ。」

そんなに記憶に残らない名前なの?よほど平凡な名前か、逆に難しい名前か…、もしくはわざと伏せているのか。

「……もう私も『旦那』でいいや。」

ま、単に沖田君が覚えてないだけだろう。

そんな旦那と遭遇するのはかなりレアだった。
沖田君や他の隊士は色んな場所で見かけているそうだけど、運が悪いのか私はあまり遭遇できない。だから会えた日は超ハッピー!……でも、

「……。」

私から話しかけることなんて到底出来なくて、

「………。」

いつもただジッと遠くから見るだけ。
たまに前を通ってみたり、物を落としてみたりして声が掛かるのを期待するけど、

「あ、これ落としましたよ。」

目を輝かせて振り返っても、

「…スミマセン、アリガトウゴザイマス。」
「?」

眼鏡の少年が拾ってしまう。
いつも。何度落としても。

「そろそろ落し物減らしません!?アンタ真選組でしょ!」

四度目の時には叱られた。

「あ…ハイ、スミマセンデシタ。」
「あとなんでカタコト!?」

これを機に、落し物で期待するのはやめた。

旦那が私に話しかけてくれたのは、あのパフェの時が最後。もう私の名前すら覚えているのか怪しい。そもそも私の名前をちゃんと聞いていたのかも怪しいし。…それでも、

「はぁ~…私、恋をしてる~。」
「死ねよ、紅涙。Squall歌いながら沈んで死ね。…。」

目を閉じて、こうやって思い出すだけで胸がドキドキしてワクワクする。

「これってアレかな…、『胸騒ぎ』?」
「そりゃ随分と不吉じゃねーか。」
「!?」

こっ、この声、沖田君じゃない!
ギギギと音が鳴りそうなくらいゆっくりと振り返った。

「よう。」
「ひ…土方さん…じゃないですかィ。」

どこ行っちゃったの沖田君ゥゥゥ~!

「お前、あんま惚けてっと死ぬぞ。」
「……なんですか、藪から棒に。」
「わかってねェから言ってやってんだ。」
「…。」

…なによ、いちいち。

心の中が一瞬で真っ黒になった。
土方さんはそんな気分にさせるのが得意。人の揚げ足を取るみたいな小言ばかり並べて、正論を突きつける。
…そういうのが必要じゃない時もあるのに。皆が常に気を張ってる土方さんみたいな性格じゃないのに。

かたい。わからずや。面白くない。
だから苦手。いやむしろ嫌いなタイプ。

それが、土方さん。

けれど土方さんも私に対して同じような思いを抱いてる。…だって、

「ダメだ、紅涙。」

目の敵にするかのように、私のことを否定するから。

この前だってそうだ。

「山崎さん、早く~!」
「よし、行くぞ早雨ちゃん!俺のシャトルを受けてみよ!!」
―――ブンッ

勢いよくラケットを振り、山崎さんが羽根を飛ばす。
昼間の休憩中、たまに私達は屯所の庭でバドミントンをやっていた。山崎さんは上手いから、どんなパスも打ち返してくれて楽しい。
キャッキャ言いながら遊んでいると、

「暑っ…!山崎さん、ちょっとタイム!」
「オッケー。」

暑くなったきたから、羽織っていた上着を脱いだ。ついでにスカーフも取り、シャツのボタンを三つほど外す。

「は~…だいぶ涼しくなった。」

仕上げに腕まくりして、ラケットを握る。

「よし、来い!」
「行くぞ~!!」

再びキャッキャ言いながらバドミントンを始めたけど、

「あ~、山崎さんちょっと待って!」
「またァ~!?」
「このベストが暑くって。」

副長と言えど、隊服の形は沖田君の物とほぼ同じ。だから妙に堅苦しくて、風が通らない。

「暑い~。」

シャツをパタパタさせても効果は一時的。

「じゃあもうやめる?」
「まだしたい!」

どうにかして涼しく……、…そうだ。

「脱いじゃえ。」

シャツも脱げばいいんだ!

「っどえェェ!?早雨ちゃん、それはマズイでしょ!!」
「大丈夫ですよ~、サラシ巻いてるし。」
「でででっでも!!」

サラシ姿を見て『卑猥だ』なんていう輩は屯所にいない。まぁ山崎さんみたいに気にしてくれる人はいるけど、ここには山崎さんしかいないんだから全く問題なし。

「よし、来い!山崎!!」

私はシャツを脱ぎ、サラシ姿でラケットを持った。

「…もー。俺知らないからね?」

口を尖らせた山崎さんが羽根を投げる。狙いを定め、打とうとしたその時。

「コルァァァァァッ!!」
「「!?」」
―――スカッ

山崎さんのラケットが空を切った。おまけのように頭で羽根を受ける。

「アダッ…、ふっ副長!?」
「やば…。」

しまった、うるさいのに見つかった。

「だっ、だから俺言ったのに…!」
「…平気ですって。」

今は休憩中。自由時間だ。庭が外から見えるわけでもないし、任務中でもない。堂々としていればいい。
私は走ってくる土方さんを見据えて待った。

「何やってんだテメェらわァッ!!」
「バドミントンです。何か用ですか、土方さん。」
「何か用ですかじゃねェ!服着ろ!!なんつー格好してんだ!」
「暑いからですよ。」
「知るか!服着ろ!!」
「…休憩が終わったら着ます。」
「ッ、今すぐ着ろ!!」

私の隊服を掻き集め、雑に押し付けてきた。

「ほら!!」
「…。」
「早雨ちゃん、着た方がいいって。…だから言ったのに。」

ぽつりと呟いた山崎さんの言葉で、

「お前もお前だ山崎!」

標的が切り替わった。

「え、俺ェェ!?」
「紅涙になんつー格好させてんだ!!」
「すっすみませんゥゥッ!!!」

振り上げた拳を山崎さんの頭に落とす。

―――ゴンッ
「ぐぁッ、…なん、で……、…。」

山崎さんは砂利の上にペチャりと倒れた。すぐに土方さんがこちらへ向き直る。

「紅涙!お前それでも真選組か!?」
「…。」
「ここが屯所だからって気を抜くな!いつどんな奇襲に遭うか分かんねェんだぞ!?」

この一言で『休憩中だから』と反論できなくなった。

「……すみません。」

悔しいが、言われていることは正しい。いつだって間違ってない。…でも、こうして頭ごなしに怒られると、

「たるんでんじゃねェェ!!」
「…。」

そんな言い方ばかりされると、

「……。」

どんどん素直に聞けなくなる。そのくせ、いつも少し傷ついている自分が許せなかった。

…そして今も。

「惚れるなとは言わねェ。だが惚けるな。」

つまらない正論を並べている。誰でも分かってる正論を突きつけてくる。

「真選組に属している以上、私情は全て後回しにしろ。お前の感情なんて優先させる時はない。」
「…。」

…うるさい。

「一般市民に助けられたことをもっと恥ろ。アイツは本来、俺達が護らなきゃならねェ立場なんだぞ?お前が護られてどうすんだ。」

わかってる。

「お前が護れ。そのためにも自分に厳しくいろ。」

聞き飽きた。

「俺がいつまでも口うるさく言ってやれるわけじゃねェんだから。」

……?

「ガミガミ言ってるうちに聞いとけ。」

土方さんはそう言って、フンッと鼻息を残し、去って行った。

「なに…あれ。」

あんな言われ方をしたのは初めて。
まるで先が見えているかのように聞こえた。土方さんがここからいなくなる…みたいな。

「……ほんと、」

本当に、

「…嫌いだ、あの人。」

いつも私の胸を騒がせるから、嫌いだ。

にいどめ