焼きついた日+聞いてない真実
部屋を片付けている様子もないし、出世して屯所から出て行きそうな話も聞かない。……ただ、
「またお客さん?」
最近、よく客間が閉まる。
庭を挟んで向かいにある客間は、普段から開け放たれた部屋。なのにここ一週間、閉まってばかりいた。
「誰が来てるんだろうなぁ…、ふぁ。」
例の場所で先に昼寝していた沖田君の隣に寝転がった。沖田君は頭の下に自分の腕を引いて、既にアイマスクまで装着している。
「誰って決まってまさァ。」
「え、知ってるの?」
「え、知らねェの?」
変わらずアイマスクしたままで口を動かす。
「あー…そう言やァ各隊の隊長以下には下ろさないっ話だったっけかな。」
「何それ…。秘密ってこと?」
「秘密ってこと。」
「…。」
気になる。
「教えてよ。」
「何を?」
「誰が来てるのか。」
「松平のとっつァん。」
教えていいの!?というか、
「松平長官!?」
なんで警察庁長官が…。
「もしかして、また誰かが何かをやらしたとか…?」
「いーや。」
「え、じゃあ攘夷関係?」
「ハズレ。」
「……他に何かあるの?」
「秘密。」
ここが秘密か!
「何?どんな感じの内容?」
「だから言わねェって。」
「沖田君は言わなくてもいいよ。私が当てる!」
「いや当てるも何も――」
「良い内容?それとも悪い内容?」
「だから紅涙、」
「誰に関わること!?」
「はぁ…、……。」
「…?」
「…。」
「……沖田君?」
「…。」
返事がなくなった。アイマスクのせいで、寝たのか無視してるのか分からない。
「ねぇ、沖田君ってば。」
「…。」
「…まさか本当は沖田君も知らないんじゃない?」
「…。」
「知ったかぶりしてるから、それを私に悟られないように黙ってるんでしょ。」
「…。」
「…、……もうっ。」
そこまでするなら確認してやる!
私は沖田君のアイマスクに手を伸ばした。まずは頬の辺りから捲って様子を窺う。
「…。」
未だ動きなし。ならばと引っ張ってみた。
おお…これはなかなか強いゴムだ。
もし私が手を離したら、パチンッと音を鳴らしてゴムは収縮するだろう。おそらく飛び起きるくらいの強さで沖田君の顔面に張り付くはず。
…くくく、私に隠し事なんてするから悪いのだ!
「…、」
でも仮に、本当は起きていた場合。
ここまで頑なにダンマリを決め込む理由は何だろう。ダメと言われて守らないのが沖田君。普段なら私くらいには喋りそうなものなのに……
「…一体なんなの?」
この人がそれほど黙っておきたいことって……何だろう。
「チューすんぞコラ。」
「!?」
アイマスクの下にある目と目が合った。ビックリして、思わず手を離す。そうなれば当然、
―――バチンッ!
「痛ァァァァー!!!」
収縮したゴムが沖田君の顔にアイマスクを張りつけた。
「紅涙、テメェッ…!」
「ご…ごめん、つい…。」
「何が『つい』だ!」
手で顔を押さえ、指の隙間から私を睨みつける。その目は心なしか涙目だ。…いやいや、
「ちょっと大袈裟じゃない?布で出来てるんだし、そこまで痛くないでしょ。」
「人事だもんなテメェは!」
「違う違う。ほんとごめんね。」
手を合わせ、小さく頭を下げる。
その時、
―――ススッ…
「おっ!?」
客間が開いた。
「沖田君!障子が開いたよ!!」
「だから中にいるのは松平のとっつァんだって。つか向こうに聞こえる。」
「!!」
そうだった…!
自分の口を押さえ、少し身を隠した。
「いや今さらだから。」
沖田君に呆れられながらも、私は客間を注視した。
出てきたのは松平長官。ここからでは聞き取れないくらいの声量で部屋の中へ話し掛けている。その部屋にいたのは、
「近藤さん…と、…土方さん?」
松平長官に頭を下げる、真選組の重役二人だった。
「…沖田君、」
「あん?」
「やっぱり…すごい事件じゃないの?」
こんな人達が一週間ほぼ毎日会ってるなんて…余程のことでしょ。
「まァ事件と言や事件。三面記事程度のねィ。」
「三面記事…?」
大したことない、ってこと?
「真選組に関わること?」
「…。」
「…ねぇってば。」
振り返る。すると、にっこり笑った沖田君が、
「……え、」
私にアイマスクを掛けた。
「な、なに…?いきなり。」
「まァまァ、」
アイマスクを目の辺りまで持ってくると、
「紅涙には関係ねェことでさァ。」
瞬間的にギュッと引き伸ばし、
―――バチンッ!
「痛ァァァっ!」
手を離した。
い、今…布が目に入りましたけど!?
「ッぅぐ…」
「くくっ、痛ェだろ。ま、気にすんなや。」
私に掛けたアイマスクを雑に引っ張り抜く。それを人差し指でクルクル回しながら、沖田君は去って行った。
「っえ!?ちょっと!まだ話はっ…、……。」
くっ、はぐらかされた!
「三面記事ほど興味深いものはないのに…っ!」
今わかっているのは、私に関係ない些細な事件ということ。けれどそれは各隊長以下に口外禁止で、松平長官が一週間も通い詰めるほど関わっている……
「全然些細じゃないじゃん!」
わからない…。一体あの部屋で何を話してるの?
客間に目を向けた。土方さんの顔が見える。…でも、
「…、」
弱く眉を寄せ、目を伏せていた。
「……あんな顔、初めて見た。」
「気になるっ!」
「何が?」
夜、食堂で隣に座っていた山崎さんが首を傾げた。…しまった、口に出てたんだ。
「すみません、何でもないです。」
「今日の早雨ちゃん変だね。」
「え、そうかな。」
「うん、食堂に来た時から変だよ。」
「変変って…さすがにちょっと失礼すぎませんか、山崎さん。」
顔を引きつらせて笑うと、山崎さんは慌てて訂正した。
「いやっ、俺は決して早雨ちゃんの顔が変だと言ってるわけじゃ――」
「わかってますよ!」
誰も顔の話なんてしてないし!
もうっ…山崎さんってほんとデリカシーない。…違うな。真選組の男にデリカシーを求める私がデリカシーないんだ。
「でもほんとに変だよ?」
「しつこいですから。……あれ?」
「どうかした?」
そう言えば、
「山崎さん、…土方さんは?」
なかなか座りに来ない。私の向かいの席が定位置なのに。
「ああ、局長といるんじゃないかな。」
「近藤さんと?」
「うん、」
山崎さんはお茶を飲んで、満足そうに頷いた。
「明日の結納の打ち合わせだよ。」
「…?」
ゆい…のう……?
「ゆいのうって…、…結婚前にするアレですか?」
「もちろん。」
え…、っえ!?
「近藤さん結婚するんですか!?」
「アハハッ!やだな、早雨ちゃん。」
山崎さんは可笑しそうに、私の背中を軽く叩く。
「とぼけないでよ、副長に決まってんじゃん。」
「!?」
…聞いてない。聞いてないよ…?そんなこと。
「土方さんが……結婚?」
「そういう話だったでしょ。」
『まァ事件と言や事件。三面記事程度のねィ』
沖田君の声が頭に響く。…これだったのか。
『紅涙には関係ねェことでさァ』
…そう、だけど。
私が知る必要もないし、嫌いな人なんだし、結婚しようが何しようがどうでもいい……けど、
『俺がいつまでも口うるさく言ってやれるわけじゃねェんだから』
『ガミガミ言ってるうちに聞いとけ』
「……、」