なのに、どうして+重大報告と面倒役
『どうして?』とか『なんで?』とか、
そんな言葉ばかりが心の中に渦巻く。ただ箸を持ったまま、呆然と。
「あ、あれ?もしかして俺…言っちゃいけないことを……」
「山崎ィィ~、」
「おおお沖田隊長!?」
「紅涙に言っちまいやがったな、テメェ。」
「おっ俺はてっきり沖田隊長のことだから、もう早雨ちゃんには言ってるのかとっ…」
「隊長クラス以下には伏せろって指示だったろうが。」
「そうですけど…って、え?お、沖田隊長!?ちょッ痛い!痛いですよ!?」
「失せろ。」
「ギョエェェェェェェ!!!」
―――ガタンッ
「!」
机が揺れて、手から箸が滑り落ちた。そこでようやく、
「あれ…?沖田君…いつの間に。」
傍まで沖田君が来ていたことに気付く。
「紅涙、土方コノヤローの件は今夜解禁される内容だ。夜まで口外禁止。」
「…あ、うん分わかった。」
「…。」
「…、…なに?」
「ちょっと顔貸しなせェ。」
浅い溜め息を吐き、アゴで向こうの方を指す。話すって…
「何を?」
「いいから。」
「でっでもまだご飯食べてるし…」
「おばちゃーん、」
すぐさま沖田君が女中に声を掛けた。
「ちょっと席外すから、紅涙のご飯置といてくだせェ。」
「あいよ。」
私をチラッと見て、
「行くぞ。」
「…、」
「…話って?」
連れて来られたのは、私達がよく使う廊下。
庭の向こうに見える客間は昼間こそ閉ざされていたものの、今は堂々と開け放たれている。
「なんか学生みたいだよね。沖田君に呼び出されて、校舎裏に来ました~的な。」
クスクス笑う私とは逆に、沖田君は真顔。まるで説教する前みたいな顔つきでいる。
「え…なに、真剣な話なの?」
「…紅涙、」
「……はい。」
ちょっと緊張する。
「俺達もあの話を聞いたのは二日前でさァ。事が動き出したのは三週間前、松平のとっつァんから申し入れがあったらしい。」
「ああ…、」
その話。…そっか、だから続けざまに来てたんだね。それで土方さんの様子も変だったと。
「一週間前に顔合わせを済ませて、結婚することに決めたんだってよ。」
「……そう…なんだ。」
松平長官からの申し入れなら、顔合わせしようがしまいが断れないんだろう。…でも、
「今までそういう話があっても受けなかったのにね…。」
これまでだって紹介はあった。一度や二度じゃないのに、今回に限って結婚しちゃうなんて……
「…なんで?」
「おおよそ、とっつァんが色々と条件出してきたんだろ。じゃねーとあんな辛気臭い顔しねェ。」
沖田君も気付いてたんだ…。
「じゃあ土方さんは真選組のために結婚を…?」
「だろうな。」
「…、」
「とっつァんも土方さんの気持ちが伴ってねェことに気付いてる。だから女の実家がある隣の県へ引越しさせるらしい。」
「えっ!?」
引越しって…
「し、仕事は?副長の座は?」
「俺がやりまさァ。」
「ええ!?」
驚く私にニヤッとして、沖田君は肩をすくめた。
「そうなりゃ良かったんだが、隣の県から通うって話になってやがる。」
「な…なんだ、通うんだ。」
「まァ言っちまえば隣だし、そう遠くねェんだろ。」
「そう…なのかもね。」
真選組のために結婚して、真選組のために他県から通勤…。ほんと、変わってる。
ただでさえ日頃から真選組のために身を粉にして働いてる人なのに、生涯を共にする相手まで真選組のために決めちゃうなんて。
「ちなみに相手の女は野郎を気に入ってるそうで。土方さんの方も一週間前から愚痴をこぼさなくなったところを見ると、なんだかんだ言いながら会ってみりゃ満更でもなかったってことだろうねィ。」
…なんだ、仕方なしに結婚するんじゃないのか。始まりこそ圧力的なものが絡んでるけど、当の二人は順調に愛を育んでいると。……なーんだ、可哀想だとか思って損した。
『惚れるなとは言わねェ。だが惚けるな』
自分が順風満帆だから、そういう言い方してんだ。…なら昼間にあんな顔しないでよ。あんな苦しそうな顔…、……する必要ないじゃん。
「これからの日程は今夜近藤さんから詳しく説明がある。おそらく紅涙も護衛に付くことになりまさァ。」
「…わかった。…、」
なんだろう…さっきから動悸が酷い。胸が苦しくて……息苦しい。
「…、」
なんで…
「…、…っ、」
なんで……
「っ、」
「…紅涙、」
「なにっ…?」
「鼻水、たれてますぜ。」
「…っるさい。」
なんで結婚するの…?
「目から水まで流れてやがる。」
「っ…いちいち言わないでよ!」
なんで私…どうでもいい話に、嫌いな人が結婚する話に、こんな……
『紅涙』
『お前が護れ。そのためにも自分に厳しくいろ』
こんな……、
「ぅっ…っ、」
「紅涙がどんどん不細工になっていきまさァ。」
「…っるさいってば!」
どうして…?
どうして私は泣いてるんだろう。どうしてこんな…悲しいんだろう。
「えー、コホン。」
その日の夜、
「諸君、夜分にすまんな!」
沖田君の予告通り、近藤さんが広間に召集を掛けた。前で座る近藤さんの隣には、いつものように土方さんが座っている。
「今夜は皆に報告したいことがある。」
広間がザワついた。当然だ。臨時招集されて報告だなんて、大きな戦でも始まるのかと思ってしまう。
「実はな…、我が真選組副長のトシが……なんと結婚する運びとなった!」
「「「…ッえエェェェェェェェェェ!?!」」」
その驚きは屯所の外まで届いていただろう。広間にいる隊士の反応は皆、おもしろいくらい同じだった。
「うるせェな。」
当の本人は鼻先で笑い、煙草に火をつける。
「きょっ局長!!そのお相手は!?」
「その鬼と言う名のマヨオタと結婚する心優しきお相手は!?」
「誰だコラァァッ!長々と言った野郎は立て!!」
隊士達から次々と質問が湧く。それを見た近藤さんは困ったように笑った。
「わかったわかった、落ち着けお前ら。皆が気になってるお相手の方は、幕臣の娘さんだ。」
「「「おおぉォォォッ!!」」」
「逆玉っすか副長!」
「やりましたね副長ォォ!!」
「うるせェって。」
沸き立つ広間は落ち着きを取り戻さない。
「出逢いは何すか!?」
「とっつァんの紹介だぞ。ぜひトシにと持ちかけられたのがキッカケだ。」
「どんな人っスか!?」
「野獣っすか!?」
「…そりゃどういう意味だ。」
「いい娘さんだぞ~?まさに才色兼備という言葉が相応しい、美人で頭もキレて料理も得意な女性だ!」
「勿体ねェッ!」
「副長なんかには勿体ねェ!!」
「コラァァァ!今言ったヤツらは出て来い!!」
ダンッと土方さんが足を立てた。広間が少し静かになる。
「まァこうしてめでたい話なわけだが、」
近藤さんが私達の顔を見回した。
「皆に頼みがあるんだ。」
…頼み?
「明日、結納の儀を執り行う。結納の先には式も控えている。それをお前達に手伝ってもらいたい。」
「俺達に手伝えることなんてあるんすか?」
「主に護衛だな。この期に何かあれば面目が立たない。失敗は許されない重要な任務となるが…どうだ、やってくれないか?」
「…なに水臭いこと言ってんですか、局長。」
「もちろんやるっスよ!なァ?」
「「「おォォッ!」」」
皆の顔は笑顔で、近藤さんも嬉しそうに頷いている。土方さんですら、照れくさそうにしながら小さく笑っていた。私は…
「…、」
私は……
「…。」
皆みたいに……笑えない。なんでだろう。顔の筋肉が笑顔の形を忘れたみたい。…ほんと…なんで?
「聞こえてねェようですぜ、紅涙の耳には。」
「!」
沖田君の声にハッとする。
「えっ、なに?」
「あ。今、開通しやした。」
ハハハと周りの隊士が笑った。なぜか皆が私に注目している。
「な…何かあった……?」
「呼ばれてまさァ。」
「え?」
「とりあえず立ちなせェ。」
「なっ、なんで…」
「俺が早雨君を呼んだからだ。」
「!!」
近藤さんの声が聞こえて、慌てて立ち上がった。
「っす、すみません!」
「考え事か?」
「はい…っあ、いえ…。」
「俺の話はどこまで聞こえてた?」
「どこまで…、……皆に護衛を頼みたいというところまでです。」
「そうか。ではもう一度言うが――」
「ボーッとすんな、紅涙。」
近藤さんの話を遮り、土方さんが険しい顔つきで煙を吐いた。
「言ったよな?『気を抜くな』って。」
「……すみません。」
「トシ、個々に悩みがあるのは当然だ。話を聞いてなかったなら何度も言えばいいだけのこと。」
「甘ェよ。アイツは最近たるんでんだ。今のうちにしっかり言っておかねェと――」
「その辺にしておけ。」
「…。」
「フッ…。それより早雨君、」
近藤さんの視線に姿勢を正した。
「な、何でしょう。」
「明日の結納の儀は、向こうの希望で屯所にて執り行うことになっている。そこで早雨君にお茶出しを頼みたい。」
「お茶出し…?」
なんで私が?
そう思う心を読み取ったのか、近藤さんが大きく頷いた。
「結納が済むまで公にしたくたいんだ。よって明日は屯所を閉鎖して執り行う。」
つまり女中さん達も休み…か。
「加えて我が真選組の紅一点である早雨君を、ぜひとも紹介してほしいと頼まれていてね。」
「…私を?」
「あちらの方はキミと同じ年頃の娘さんだ。興味があるんだろう。緊張されているだろうし、少し話し相手になってやってくれないか。」
「……わかりました。」
頭を下げて座る。
「…。」
胸の中がモヤモヤしていた。明日が来なければいいのにとさえ思う。単なるお茶出しと、話し相手になるだけの任務なのに、どうしてここまで心が重くなるのか…。
「面倒くせェ役を任されちまって。」
隣で沖田君が笑った。
…そうか、面倒くさいせいだ。
「変わってよ、沖田君。」
「御免こうむりまさァ。」