終が始まる日+それを知る日
松平長官も夏目親子も、満足げに帰って行った。
土方さんはまた隊士達から冷やかされることになったけど、それも夜が明ければ落ち着く。
そんな日から五日くらい経った頃、
「度々集まってもらってすまんな!」
私達は再び召集された。今回は近藤さんの後ろにホワイトボードがある。
「トシの結納は皆の協力もあって無事に終了した。ありがとう!」
「よっ!」
「やりましたね副長!」
「色男!!」
「三白眼!」
「あァん!?」
指笛が響いたり、祝いの言葉が投げ掛けられたり。広間は祝福の音に溢れていた。誰もが笑顔を浮かべる中、
「…、」
相変わらず私は笑えなくて。ここでも居場所がない気分に陥っていた。
…なんで私、こんな風になっちゃったんだろう。
「辛気臭ェ顔だこと。」
隣にいた沖田君と目が合う。
「…私、人の不幸しか楽しめなくなったみたい。」
口の端を吊り上げてニヤりと笑ってみせると、
「右に同じ。」
沖田君も同じような顔をして笑った。
「次は本番の結婚式だ!」
「「「おおォォォっ!!」」」
近藤さんが立ち上がり、ホワイトボードに何かを書き始める。大小様々な四角形や線を描き、「よし!」と私達に振り返った。
「局長~。何すか、それ?」
「この大きい四角形は広間だ!で、こう廊下があってだな、屯所の玄関に繋がって……」
「わかりづれェ…。」
「つーか、なんで屯所のマップ?」
「今言ったヤツ、いい質問だぞ!なんと結婚式も屯所で行うことになった!」
「「「ええぇェェ~ッ!?」」」
…本気?
これには私も驚いた。結納だけでなく、結婚式までここでやるなんて…。
「しかも、式は明後日だ!」
「「「明後日ェェ~!?」」」
…勘弁してよ。
隊士達もザワめく。近藤さんは笑って、土方さんは苦笑いを浮かべていた。
「すまんな。先方が忙しいお方で、今後の予定を考えるとどうしても明後日に挙げてしまわねばならんのだ。」
「新婦の方は大丈夫なんスか?」
「問題ないらしい。ウェディングドレスは既に夏目さんが用意してるそうだ。」
「「ウェディングドレス~!」」
一部の隊士が目を輝かせた。
「当日については、前にも話した通り新郎新婦の護衛を含めた結婚式の警護と、式の準備をお前らに頼むことになる。」
…なんか増えてるし。
「式の準備って何するんすか?」
「屯所をそれっぽく飾り付けんだよ。」
土方さんが煙草片手に言った。
「こんな内装のまま結婚式なんて味気ねェだろ?」
「そう思うなら土方さん一人でやりなせェ。」
「…あァ?」
沖田君の言葉に、土方さんが片眉を上げた。
「自分のことをやってもらう分際で、謙虚さが足りねェんじゃありませんかィ?手伝ってほしいなら、頭の一つくらい下げてもらわねーと。」
「何言って…」
「もしくは見返りがあるってんなら、話は別ですけど。」
「見返りだと…?」
「そっ、そうだそうだ!」
「!」
「何かくれ!」
「金くれェェ!」
「俺は休みが欲しい!」
「いや女だろ!」
「…。」
「みんなこう言ってることですし、ね?」
「総悟、テメェ余計なことを…」
隊士達が口々に欲しい物を挙げる。いよいよ収まりがつかなくなった頃、
「…はぁぁぁ、」
土方さんは眉間を押さえて口を開いた。
「わかった…。手伝ったヤツには手当を出してやる。」
「「「おぉぉっ!」」」
「ト、トシ、おそらく勘定方の許可は下りんぞ?」
「心配ない。…俺が出す。」
「「「うおぉォォォッ!!」」」
「いくらっすか!?五万!?十万!?」
「百万だ!」
「んな金あるわけねェだろ。五千だ、一人五千円。」
「「「えェェ~。」」」
「ケチくせェ~。」
「そう思うヤツは手伝ってもらわなくていい。」
「「「…。」」」
みんな分かりやすいな…。
「では折り合いがついたところで、当日の話に戻るぞ。結婚式のメイン会場は広間、ここだ。」
近藤さんがホワイトボードを指さしながら説明する。
「誓いの儀を終えた二人は車で夏目家へ移動だ。護衛は夏目家に到着した時点で終了。」
「何のための移動するんスか?」
「…挨拶。」
「うわー…。」
「今のところトシの護衛には腕が立つ総悟を、新婦である楓さんの護衛には早雨君と山崎で考えている。」
え…、そう……なんだ。
「他の隊士は式の準備、もしくは屯所内、屯所周辺の警護をしてもらいたい。それに伴い、今から班を作るぞ。」
ホワイトボードに間隔を空けて三本の線を引く。左の枠内には『飾り付け』、中央には『屯所内』、右の枠内には『屯所外』と書いた。
「ひとまず全員の希望を聞きたい。前へ書きに来てくれ!」
隊士達がぞろぞろ前へ出た。
私は強制的に楓さんの護衛係だから書かなくていい…んだろうな。…どうせなら準備係が良かったな。準備だけなら当日不参加でも問題なかったかもしれないし……
「早雨君、」
「っあ、はい…。」
「ちょっといいかな。」
近藤さんが私の元へやってきた。…なんとなく、嫌な予感がする。
「どうしました?」
「折り入って、キミにお願いしたいことがあって。」
やっぱり…。
「…なんでしょう。」
「式当日は楓さんの着付け役として、夏目家から数人連れて来るそうなんだ。だが当日ドレスの裾を持つ者がいないらしくてな。その役目をぜひ早雨君にと…仰っている。」
「裾持ちを…私に……。」
「気心知れた使用人に持ってもらった方が良いのではと提案してみたんだが、…どうしても早雨君がいいと。」
「…それは夏目さんが?」
「いや、楓さんだ。」
「…。」
モヤッとしたものが胸に広がる。
…やりたくない。でも、
「…わかりました。」
断ることなんて出来ない。近藤さんも提案を蹴られた上で私に話を下ろしている。だからこれは『やってくれないか?』ではなく『やれ』に等しい話だ。
「すまないな…、よろしく頼む。」
「はい。」
近藤さんの背中を見ていると、つい溜め息が漏れた。
「面倒くせェ役ばっか引き受けちまいやがって。」
隣で沖田君が呆れたように笑った。
「…引き受けてるんじゃないよ、なぜか回ってくるの。」
「そりゃ不運な星回りだこって。事が済んだら厄除けにでも行きやすか。」
「うん、いいね。行きたい。」
頷きながら笑ったのに、
「…そんな顔して笑うんじゃねーやィ。」
頭をグシャグシャにされた。
「ちょっ、何よ…!」
「ひでェ顔してるから。」
「…その言い方、ひどくない?」
その翌日、
式の準備担当になった者は買い出しへ、屯所の警護にあたる者は計画を練っていた。
「ここから入場するわけだろ?」
「いや、ここは花を並べるらしい。」
「じゃあこっちの方の……」
「そこも花だ。」
「花、多くね!?」
「大量にありゃ綺麗に見えるんじゃねーかって話になったらしいぞ。」
「まァ…そうだな。」
彼らなりに一生懸命、頭を捻る。土方さんと楓さんが、良い結婚式を挙げられるように。
「…頑張ってるなぁ。」
皆が奮闘する声を遠巻きに聞きながら、私は日が差し込む廊下でゴロゴロしていた。
「呑気なもんでさァ。」
「…あ、沖田君。」
寝転ぶ私の顔を沖田君が覗き込んだ。
「このバタついた空気の中で寝るたァ良い根性してるじゃねーかィ。」
「沖田君も呑気組でしょ?一緒にしようよ、昼寝。」
隣を叩く。けれど沖田君は冷めた目で見下ろした。
「働け。」
「え…、やだどうしたの?らしくないじゃん。」
「お前は最近サボりすぎだ。」
…な、何よ。
「土方さんみたいな言い方しないでよ。それに『最近』っていうのは語弊あるし。私は誰かさんと違って、こうやってゴロゴロするのは今日が初めてだもん。」
「俺ァ『ここ最近ほとんど市中見廻りに行ってねェだろ』って言ってんだよ。一時は一日何十回と行ってたくせに。」
「それは…、…。」
「街への愛がすっかり冷めちまったってか?」
「…そんなことない。もちろん今も愛してる。」
「なら旦那は?」
「旦那…?……なんでそこで旦那が?」
「あら~?おっかしーなァ。紅涙は旦那をストーカーするために街へ出てたと思ってやしたが。」
「…。」
旦那は……
「もちろん…今も好きだよ。」
「ほほーん。」
「…変な相づちしないで。」
だって私を助けてくれた王子様だもん。男らしくて、爽やかな……あれ?
「……、」
顔を思い出したいのに、
「…?」
「どうした?」
「旦那の顔が…、……思い出せない。」
銀髪の下にある顔がボヤけて、うまく完成しない。
「それだけ街を見てない証拠だろ。」
「…、」
ほんとにそうかも。…これはマズい。
「行ってこようかな…。」
「そうしなせェ。明日は忙しくなる。悪そうなヤツも片っ端からしょっぴいて来い。」
「無茶言わないでよ。」
起き上がり、うんと伸びをした。
「よしっ、そうと決まれば早速行ってくる!」
「おお、行ってこい行ってこい。」
沖田君は廊下に腰を下ろし、ひらひらと手を振った。
「そうなの…?じゃあそこから行ってみるよ。」
「へーい。」
屯所を出て、言われた通りにまずコンビニへ向かった。
けれど、特に何もない。旦那がいるわけでも、トラブルが起きているわけでも。
「…残念、沖田君の勘はハズレましたー。」
他の場所へ行こう。
コンビニに背を向けた、その時。
「よう、紅涙。」
「!?」
前から旦那が歩いてきた。
旦那…、私の名前をちゃんと覚えててくれたんだ!
「久しぶりじゃねーか。」
「っお、お久しぶりです!」
「なんだ、元気そうだな。」
「?」
「こっちの話。」
旦那は耳の穴に小指を入れながら、「お前さ」と言う。
「これから予定あんのか?」
「よ…てい?」
「ちょっと付き合ってほしいんだけど。」
「!」
初めてのお誘いだ。…なのに、不思議とそこまで嬉しくない。
「……、」
少し前なら大興奮していたのに。…疲れてるのかな、私。
「なんだよ、先約アリか?」
「あっいえ…、…ありません。どこに行くんですか?」
「ファミレス。小腹減っちまってよ、何か食いてェんだわ。」
「…は、はぁ…。」
べつに一緒に行かなくてもいいんじゃないの…?と思ったけど、まぁいい。
「それじゃあ行きましょう、旦那。」
「『旦那』ってお前…」
「?」
「もしかして俺のこと、ずっと『旦那』って呼んでたのか?」
「そうですよ?名前を知らないので、沖田君のマネして。」
「坂田銀時だ。」
「?」
「俺の名前、坂田銀時。銀さんとか銀ちゃんって呼ばれてるから、そう呼べ。」
「ああ、だから銀髪だったんですね。」
「これは生まれつき!」
そうなんだ…。
「わかったか?なら試しに名前で呼んでみろ。」
「えっ!?いや…、…時が来たら呼びますから。」
「なに恥ずかしがってんだよ。」
「だ、だっていきなりそんなジャギ様みたいなこと言われても…」
「違ェし!『俺の名前を言ってみろ』なんて言ってねェだろ!?つか、なんで今ジャギ!?まさか少数派熱烈ファンなわけ!?」
すごっ…、めちゃくちゃノリいいな。
「やっぱりステキな人ですね、銀さんは。」
「やめろ…今褒められても羞恥心しか湧かねェ。…ってお前、」
「ふふっ、言ったじゃないですか。時が来たら呼びますって。」
「…フッ、可愛くねェやつ。」
ファミレスに着くなり、
「あー、パフェ食いてェな…。」
すぐさまメニューを開く。しかもスイーツページだけを見て、頭を抱えている。
「パンケーキも悩むなァ…。」
私も一応メニューを開いた。お腹は減ってないけど……あ、おいしそう。
「紅涙は何食う?」
「私は…」
…甘い物なら入るかも。
「パンケーキにします。…あ、でもこっちのフォンダンショコラも捨て難いかな。」
「なにっ!?」
―――ダンッ!
「!!」
銀さんが勢いよくテーブルに手をつき、私のメニューを覗き込んできた。
「どこだ!?どこに書いてある!?」
「え、えっとこの隅に…」
「なんでこんな小せェんだよ!…やべェ、うまそう。俺それにするわ。」
座り直した。
「好きなんですか?フォンダンショコラ。」
「んもーめちゃめちゃ好き。中からトロッと出てくるチョコとか最高すぎだろ。」
「ふふっ、わかります。あの温かいチョコを付けて食べるのがまた良いんですよね!」
「だよな!お前もフォンダンショコラにしろよ。」
「そうですね、そうします!」
注文ボタンを押そうとしたら、
「まァ待て。」
止められた。
「先に二皿目も考えとくから。」
「っえ!?」
「何にすっかなァ~。パフェはシメにするか。」
シメ!?
「い…いくつ食べる気なんですか?」
「食えるだけ?」
「なっ…」
お金持ち!?じゃなくて、お腹減ってるの!?これはもう小腹すいたレベルじゃないじゃん…。
「ん~、このケーキセットもいいな。」
真剣な目つきでメニューを見ている。
お腹を満たしたいなら主食系ページを見ればいいのに…。
「つーかさ、」
「はい?」
「お前、最近サボりすぎじゃね?」
「…え。」
唐突に、沖田君と同じようなことを言われた。
「…そ、そんなにサボってますか?私。」
「サボってんだろ。これまで一日に何度も見掛けてたのに、最近は全くじゃねーか。」
「そう…ですね、」
そっか、銀さんの目には映ってたんだ。知らなかったな…、会えなかった時の方が多いと思ってた。
「だけど仕事はサボってないんですよ?本当の巡回はちゃんと出てますし。」
「ふーん。」
『ふーん』って…。
銀さんは興味ないとでも言うかのように薄い反応でメニューを見た。視線を落としたまま、
「にしても、まさか多串君が結婚たァね。」
同じくらい興味がなさそうに言う。
「誰ですか?多串君って。」
「お前んとこの、妖怪マヨラだよ。」
「ああ、土方さん。……って、ええっ!?」
外部には公開してない情報を…っ、なんで!?まさか盗聴!?
「何で知ってるんですかっ!」
「沖田から聞いた。」
沖田君っっ!!
「別件で頼まれ事があってな。その時の流れで。」
「…そうでしたか。すみません、うちの隊長が。」
一般市民になに頼んでんのよ…。
「アイツ、引越しまでするんだって?」
「…そうみたいですね。」
「信じらんねーな。真選組命で、女に一番遠い男だと思ってた野郎が。」
…そうですね、私もそう思ってました。
「あれか?誰かに揺すられてんのか、真選組。」
「…私達も初めは真選組を理由に結婚するんだと思ってたんですけど…、…どうやらそうでもないらしくて。」
「と言うと?」
「……、…好きみたいですよ、お相手のこと。」
土方さんと楓さんの姿が目に浮かぶ。胸の辺りが重くなって…にぶく痛んだ。
「マジでか。」
「はい。…私にはそう見えました。」
「もしかして相当な美人?」
「……そうですね、可愛いらしい人です。」
「じゃァそうなるわな。」
「…、」
だよね。楓さんみたいな人なら…たとえ始まりが無理やりな形でも、好きになるのだろう。……ただ、
「つっても意外は意外だけどな。」
土方さんは…
「俺ならまだしも、アイツは美人とかそういうもんで心が動くタイプじゃないと思ってた。」
「……私もです。」
私も……土方さんだけは違うと思ってた。
「…、」
なんでこんな気持ちになるんだろう。
結婚を聞いたあの瞬間から、今まで真選組で一緒に過ごした時間や経験、そういう土方さんとの間にある記憶が全部…泡となって消えてしまうような寂しさを感じている。
結婚しても…楓さんと籍を入れても、副長という座も、土方十四郎という人格も何も変わらないはずなのに、私達とは違う場所へ行ってしまうような……そんな寂しが消えない。
「お前ほんとに…」
「…?なんですか。」
「……いや、」
メニューをしまい、銀さんは小さく笑った。
「勿体ねェことしたなと思ってよ。」
「?」
「こうなる前に、もっと話しときゃよかったな。」
…銀さん?
「言ってる意味がよく……」
―――コンコン
「…?」
右手にある道に面した窓ガラスがノックされた。見れば、
「…うわっ、土方さん!?」
『…。』
眉間に皺を寄せ、こちらを睨みつけている。
『…、』
窓ガラスの向こうで、親指をクイッと後ろへ動かした。
『出てこい。』
「……ヤバい。」