結婚できない女 3

~接触編~

「あの夜って…あんなことやこんなことって何だよ!」
「あの夜はあの夜!あんなことやこんなことでございます!!」
「答えになってねェし!」

政宗様が激しく動揺する。私はさらに一歩詰め寄った。その時、

「聞ーちゃった、聞ーちゃったー。」
「ッ、総悟!?」

どこからか出てきた少年を見て、政宗様が青ざめた。

「てめッ、いつからそこにいやがった!」
「あーんなデッケェ声で痴話喧嘩されてちゃ、どこにいても聞こえやすぜ。」
「くっ…、」

ニヤニヤ笑う少年が政宗様に近づく。政宗様は目に見えて怯んだ。もしやこいつ…くせ者か!!

「政宗様にそれ以上近づくな!!」

政宗様を脅かすほどの兵であるなら、私の手に負えないのだろう。それでも私が守らなければ…っ!

「出たな、変態娘。」
「へっ変態!?っ…貴様、私を愚弄する気か!」
「放っとけ、紅涙。」

政宗様が私の腕を掴む。私はそれに構わず声を挙げた。

「私は奥州筆頭 伊達政宗様に仕える忍頭だ!このような下賤な輩、放ってなどおけませぬ!!」
「そんな役職だったんですかィ。見えねェ~。」
「っ貴様ァァァ!!」
「お前忍だったのか。」
「なっ!政宗様まで何を仰られるのですか!!」

これはひどい!雇ってくださったのは政宗様だというのに!

「…はっ!」
「何かに気付きやしたぜ。」
「妙なことじゃなきゃいいんだがな…。」

そ、そうか。先ほどから投げ出されてる政宗様の言葉は、いつもの『じょーく』なのでございますね!

「ふっ、ふふふ…」
「何でィ、一人で笑ってまさァ。」
「政宗様、これまでのは『じょーく』でございますね?私、見破りまし――」
「いや、別にジョークなんて一度も言ってねェけど。」
「なっ!!」

なぜでしょう…、心なしか政宗様が私に辛く当られているように感じる…。

「……。」
「ありゃ?今までキャンキャン鳴いてたくせに、涙目になってやせんか?」
「ぅっ…、そっそんなことはない!」
「総悟と同じで打たれ弱ェんだろ。」
「うるせェ、土方コノヤロー。」

こ、このようなところで泣いてはならぬ…!
このような輩の前で涙などっ…!!

「…し、っ失礼いたします!!」
「あっおい紅涙!」

駆け出す。けれど、

「待てって。」

政宗様が私を繋ぎ止めた。

「俺を労うんじゃなかったのか?」
「そう…でしたけど……」
「全身全霊込めてやってくれんだろ?」
「っ……、」
「何ですかィその話。ものすごーくイヤらしい響きに聞こえやすが。」
「そう聞こえんのはお前だけだ。」

政宗様は「行くぞ」と言って、私の腕を引いた。
あの小僧が私に「変態忍」と言ったので、何か言ってやろうとすれば「放っとけ」と口を塞がれた。…もちろん手で。

「にしても、お前今回長くねェか?」
「長い…ですか?」

何の話だろう。
政宗様に続いて部屋へ入り、障子を閉めた。振り返ると、政宗様は座布団を折り曲げうつ伏せになっている。

「なっ…」

なんと無防備な…!
って、私が揉みほぐすからだけど。でもまさか全身だったとは。

「どうした?」
「い、いえ……失礼します。」

お疲れなんだな…。
「失礼します」と声を掛けて、政宗様の傍に腰を下ろした。

「さっきはどうやって戻ったんだったかなァ…。」
「何のお話でございますか?」
「…いや。」

政宗様は短く返事をした後、座布団に頬をつける。それを合図に、私は肩の方から揉み解し始めた。
背中の方まで下りてきた時、政宗様が「お前ってさァ」と仰る。

「はい、なんでしょう。」
「お前って俺のことはどんな風に見えてんだ?」
「どんな風…とは?」
「そのままだ。見た感じとか。」

見た…感じ……。

「普通、でございますが…。」
「『普通』って?」
「えっと…、…その……、」

どう答えればいいか分からない私に、

「…わかった。」

政宗様はわざわざ起き上がって座る。私と面を合わせて向き合った。

「お前の目に、俺の髪は何色に映ってる?」

…なんて普通のことを仰るんだろう。


「もちろん、黒みがかった茶色にございます。」
「……茶色、なァ。」
「?」

政宗様が怪訝な顔をする。まるで私の答えに不満があるように。

「髪型は?どんな風になってる?」
「…さらさらと流れる、…とても綺麗な髪で…、」
「……。」
「っ…えっと、…、」

じっと黙り見る視線に緊張する。
私はおかしなことを言ってるのだろうか。

「顔は?」
「っ、顔は…整っておられます。」
「もっと具体的に。」
「前を…見据えた力強い眼と、…それと……」

私はおずおずと政宗様に手を伸ばした。

「それと、あなたの…右目がございます。」

政宗様は私の行動に驚いた様子を見せたが、伸ばした私の手を振り払おうとはしなかった。
指先が政宗様の頬に触れる。そのまま、右目の方へと……

「……。」
「…どうした。」

触れない。右目だけは、触れなかった。

「右目を…触れられるのはお嫌いだと、聞いたので…。」
「右目に?…何かあるのか。」
「政宗様の右目には…私共などが感じてきた重圧や痛みなどでは比べ物にならない、計り知れぬものがあると聞きました。」

隠されたこの右目を他者に見た者がいるのか、私は知らない。誰も口にしない、禁忌のような話だ。
小十郎様なら知っているのだろうけれど、話題に上がったことはない。噂では、幼少の頃に小十郎様が取り出したそうだが…

「ずっと…辛い思いをされてきたのでしょうね。」
「紅涙…、」

政宗様の眼を思うと苦しくなる。
それと同時に、小十郎様が羨ましくなる。
あなたのためならば私は喜んで先の時間を捧げるというのに、右目として傍に置くのは…今も昔も小十郎様。

「私が…あなたの右目になれたらどれほどいいか…っ…、」

声を詰まらせた時、政宗様が「なるほどな」と頷いた。
まるで他人事のように「俺の右目は無いんだな」と仰られた。

「何で俺はそんな風になっちまったんだろうな。」
「…それは……私には分かりません。」
「そうじゃなくて。」


政宗様は不思議なことを言って、私に近寄る。今度は政宗様が私の頬に触れた。

「!」
「お前の目に、映る俺は俺なのにな。」
「まさ…むね様…、」

私がしたのと同じように、政宗様は私の右目の傍を指で撫でた。

にいどめ