結婚できない女 4

~覚醒編~

嗚呼…、政宗様の指が私に触れている。

「べつに、気にしてなかったんだ。」

まぶたに触れた指が頬へと滑る。

「俺の名前がお前の口から呼ばれようが、呼ばれまいが。どうでもよかった。」

政宗様の声が私の耳の奥で響く。内側から溶かされていくような気分だった。内容なんてどうでもいい。

「だがこうも長く呼ばれねェと、そろそろ寂しくなるもんだな。」

政宗様の顔が近い。

「あ、の…政宗、様…?」
「お前の顔、今すげェ赤いぞ。」
「っ…そう思います。」
「これで本当に恋仲かよ。」

鼻と鼻が触れそうな距離で、政宗様が意地悪に笑った。

「あんなことやこんなことって、何したんだよ。」
「そっそれは…」
「忘れたんだ、教えてくれ。」

内緒話のように囁く。もう唇が触れてしまいそうだ。

「っ、政宗様…」

心臓がうるさい。意識を飛ばしてしまいそうなほど動いている。
これまでこんな近くでお顔を見たことなんてなかったんだもの。だって私達、

「なァ、紅涙。お前と俺は恋仲なんだろ?」

恋仲じゃないから。
あんなことも、こんなことも、はたまたあの夜なんてものも存在しない。

「紅涙…、」
「っっ、」

だけど今回初めて言った『ジョーク』ではない。
そう、ジョークだ。政宗様がよく言う言葉遊び。
今まではそれを分かった上で私に付き合ってくださったのに、なんだか今回は…

「教えろよ、俺の知らないお前を。」

いつもと違う。

「まっ政宗様っ…、あの話はいつもの『じょ…」
―――チュッ
「!!」

鼻の頭に政宗様の唇が触れる。

「おーおー。赤ェ顔。」

く、唇が…政宗様の唇がっ!私の鼻に!!

「これでその程度なら、ここにすりゃあどうなるんだろうな。」

政宗様の親指が私の唇を撫でた。
あ、頭が沸騰する…!

「…フッ。」

小さく笑って、政宗様が近づいた。

「ッ、だめ、待って!」

思わず胸を押して止める。
これ以上は私の心臓が破裂してしまいそうなんです!

「ちょ、ちょっと待ってください。ゆっくり心臓の準備を…」
「待たない。」

唇が重なる。
だ…ダメだ…心臓が…破裂した……。

「ま、さむね、様ぁっ…」
「…もういいだろ。」
「っ、え…?」
「土方って言ってみろ。」

ひじかた…?

「それは…どのような意味ですか?」
「語学勉強だ。言ってみろ。」

ああ、いつもの南蛮言葉か。
…でも待って。よく似たことが…あったような…?

「早く言え。」
「あっ、は…はい。分かりました…。えっと…」

気のせい、だよね。でも何だか、

「ひじ、かた、……、」

この言葉、悪くない気がする。

「っっ!?…あれ!?私どうして居間に…、って土方さん近っ!」
「……。」
「…土方さん?」
「……お前、戻ったのか。」
「へ?戻ったって…どこにですか?」

何だ…?何が起きてる?どうして私は居間にいる…?
私、何してたっけ?…あれ?また思い出せない!!

「へえ~、戻ったんだな。」
「ッ、近い!近いですよ土方さん!」

私は目の前に座る土方さんから後ずさった。
だけど土方さんは私の左手首を捕まえ、「お前知ってるか?」と口の端を吊りあげて笑う。

「ここで今、俺とお前が何をしてたのか。」
「え!?なっ何ですか、それ!何って…何もしてないでしょ!やめてくださいよもうっ!」

捲し立てるように話す。
本能的に、土方さんの笑みの後ろに恐ろしいものが見えたせいだ。

「知りてェか?俺達がした、あんなことやこんなこと。」
「ええ!?」

あああんなこと!?それにこんなことって…、…どんなこと!?

「覚えてねェんだろ?お前と俺、付き合ったんだぜ?」
「ええェェェ!?」

知らない知らない!聞いてない!何言ってんの、この人は!

「局中法度 第1046条、俺と付き合えねェとか言う奴は切腹。」
「どんだけ独裁者なんですか!ってかほんと何条まで規律が!?」
「よかったじゃねェかよ、」

土方さんに顎を掴まれた。

「お前の貰い手がこーんな男前で。」
「なっ、何勝手に言って…」

「聞ーちゃった、聞ーちゃったー。」

「おっ沖田君!?」
「総悟、またお前盗み聞きを…」
「とんでもねェ。ここは公共の場ですぜ。」
「くっ…」

沖田君は居間の障子を顔の1/3だけ開けて、その僅かな隙間から歪んだ笑みを見せた。

「いいネタをありがとうごぜェやした。」
「ちょ、ちょっと待ってよ沖田君!これは土方さんが勝手にっ」
「俺が変態みたいに言うなよ。」
「土方さんは黙っててください!」
「痴話喧嘩はその辺にしてくだせェ。」
「痴話喧嘩じゃないし!」
「へいへい。そんなことより土方さん、そろそろ市中見回りの時間ですぜ。これ、刀。」

沖田君が土方さんの刀をポンと投げる。

「気が利くじゃねーか。」
「遅くなると後に差し支えるんで。」
「真面目かよ。わかった、すぐに行く。」

お、おいおい…。ろくに誤解を解かずに行っちゃう気ですか?…いいならいいけど。またBASARAでも見ようかなっ。

「おい紅涙、」
「ヒッ…」

心を読まれたのかと思い、つい声が漏れた。

「いいか?お前は罰を二つ受けてんだ。忘れんなよ。」
「ふ、二つ!?」
「1059条と1046条。」
「っ!!そんなっ」
「まァ良い子で待ってろ。話は帰ってきてからゆーっくり聞いてやるよ。」

そう言って、土方さんは沖田君が持ってきた刀を手にして部屋を出て行く。
カチャリと音を鳴らし、右手に一本の刀を握り締めて。

一本。一本の、刀…。
一本なんかじゃ足りないではないか!

「お待ちください、政宗様!!」
「……またかよ。」
「あとの五本はお部屋ですか!?お持ちしますので少々お待ちください!」
「…いや、紅涙。刀は――」

「まーた戻ったみてェですね、土方さん。」

「総悟!?お前まだここにいたのか。」
「いや~、どうなるかと気になって…」
「小僧!」

私は小僧の隙をついて、その腰に刺さっていた刀を一本引き抜いた。

「これで二本でございますね!」
「今のはすげェや。その動き、確かに忍でしたぜ。」
「たわけ小僧。当然であろうが。政宗様、即席ではございますがお持ちください。あとの四本もすぐに準備いたしますので。」

走って行こうとすれば、「待て待て」と腕を掴まれる。

「俺の刀はこれだ。この一本で十分。」
「何を仰りますか!竜の爪は六本でなければなりませぬ!」
「…なんつー設定してんだよ、その戦国物は。」
「ではお待ちを!」

私は政宗様にニッコリ笑って再び駆け出した。が、再び腕を掴まれる。そして、事もあろうに…

「っ!」

口付けをされた。
傍で見ていた小僧が「変態二人」等と言う。あとでその口、斬り削いでやらねば…。
しかし今は…嗚呼…っ、私の視界は政宗様でいっぱいだ。

「紅涙、」
「政宗様…、」

唇を離した距離で見つめ合う。

「土方、だ。」
「え…?」
「土方。言え。」
「ひじ…かた…、っ!?…ぅわ、ちょ、何ですか!離れてくださいよ!」

土方さんの胸を押す。
この人、なんか今日ずっと距離近くない!?

「戻りやしたね。」
「面倒臭ェ女だな…。」

土方さんが深い溜め息を吐く。
いや溜め息を吐きたいのは私の方だし!

「総悟、あのDVD燃やしとけ。」
「へ~い。」

二人はそんな会話を残して去って行った。

そして。

「…ない!ない!ないィィィィィ!!!私の筆頭ォォォォ!!!」
「うるせェェ!!!」

私が屯所中を探して泣き叫んだのは、言うまでもない。
2010.08.12
拍手お礼2009.11.27
2015.08.13&2019.11.14加筆修正 にいどめ せつな

にいどめ