結婚できない男 10

~合理編~

おもむろに、沖田君はポケットの中から小さな何かを取り出した。それを私達の方へ見せつける。

「控えおろーう。これが目に入らんのかー。」

細く、手の平サイズの黒い物体だ。…まさか、録音機?沖田君はその黒い物体を少し押し込む。

―――ピッ

小さな電子音が鳴った。すると、

『Oops!紅涙、その前に小十郎を呼んでくれ』

土方さんの声で、なおかつ政宗さまの声がしっかり収録されている。な、なんで…?

「あ、これっス!」

原田さんが少し嬉しそうにして指をさした。

「これ、まさに俺に向かって副長が話して内容っスよ。」
「どうですかィ土方さん。テメェの耳で確認しやしたが?」
「くっ……。」

政宗さまの会話は延々と流れ続けている。土方さんは否定することも反論することも出来なくなった。やはり直接的な証拠は強い。
だけど…ちょっと何?この人、一体いつからこんなことしてたの……。

「…総悟、それはどうやって録ったんだ。」

土方さんが悔しさを滲みませながら尋ねる。沖田君は土方さんの方を指さして、「それでさァ」と言った。

「その隊服の上着に付いてる録音機から、こっちの機械に飛ばして保存を。」
「上着…だと?」
「確認していいですか?」

一回りして隊服を見てみる。見た限りでは何も付いていない。

「内側…?」
「当前、内側に付けやしたぜ。簡単に外されちゃ困るんで。」
「お前なァ…、」

ピラッと上着を捲る。
…あった!黒くて小さな機械だ。隊服と同化していて、よく見ないか指が当たらない限り気付きそうにない。

「いつの間にこんなもんを…」

土方さんが引きちぎった。た、高そうなのに…。

「沖田隊長、どうやってそっちの機械に飛ばしてたんスか?」
「無線。だからあんまり遠くに行かれねェように『巡回を早めに切り上げさせろ』って原田に言ったんですがねィ。」
「あ!そういや俺、早雨に伝言し忘れてましたね。すんません。」
「まァ途中で醒めちまったから構いやせんが。」

なるほど…。…こういうの、どこから仕入れてるのかな。あとで聞いておこう。何かと役に立ちそうだし。…ウププププ。

「だがなぜ録音してたんだ。お前、俺の話なんか興味ねェだろ。」
「俺自身は興味ありやせんよ。けど今は妙な現象があるみてェなんで、」

ニタッと笑い、

「面白いかなァと思いやしてね。」

その場にいた全員が『やっぱりな』と思う答えだった。

「あとはこの貴重なデータを小分けにして高く売ったり、晒すぞと脅して日々生かしていこうと思っただけですぜ。」

そっちが本心だろ!

「…あのですね、沖田君。」
「なんですかィ、紅涙。」
「そのデータ……買わせてください。」
「おいィィ!そこは処分しろって言うとこだろうが!」
「そんなもったいないことさせませんよ!小分け上等、高値上等!さぁいくらで売ってくれますか!!」

グッジョブ沖田君!それは間違いなく家宝物になります!!

「あの、俺もう戻りますんで…。」

原田さんは「やってらんねェわ」と溜め息を吐きながら立ち去った。

「まァ良かったじゃねェですか。二人目の人格設定が同じ相手なんて普通いやせんよ。まさに運命の相手ってやつ?」
「違ェだろ!俺は紅涙に巻き込まれたせいだ!」
「私のせいって言いたいんですか!?」
「お前が俺に圧力かけたせいだろ!?」

圧力!?逆でしょ逆!!

「へいへい、仲のよろしいこって。」

沖田君は手元の機械を懐にしまい、「それじゃあ」と片手を上げる。

「あとは二人でお楽しみくだせェ。失礼しま――」
「待て総悟。」
「まだ何か?」
「何かじゃねーよ。さっきの機械、置いていけ。」

立ち去ろうとした沖田君が肩を揺らして溜め息を吐いた。懐を探り、取り出す。

「置いてはいけやせんので、消しまさァ。」
「ええ!?ちょ、待っ――」

ピッピッと何度か音を鳴らして操作する。

「消しやしたぜ。」
「そんなァァァッ!!」
「うるせェぞ紅涙。総悟、それを貸せ。確認する。」
「……はァ、どーぞ。」

小さく息を吐き、沖田君がポンと投げた。土方さんは小さな機械を手にすると、中を確認して鼻先で笑う。

「せいぜいこういう労力は無駄に終わるってことを覚えとくんだな。」

沖田君に投げ返した。ああっ…私と政宗さまの貴重な記録がっ!

「用は終わった。もう戻れ。」
「へいへい。」

沖田君は頭の後ろで手を組み、立ち去った。心なしか、その横顔が暗くない。いやむしろ楽しげ?まるで口笛を吹きそうなほどに……

「♪~」

現に吹いてる!

「な、なんか不気味なほどに明るくないですか?」
「強がってんだろ。もしくはそこまで気にすることじゃなかったか。」
「うーん…。」

引っ掛かる。もしかして……今消した音源、まだ残ってるからじゃない!?それとも本当にどうでも良かったのか…………わからん。

「ったく。まさか俺まで妙な人格を作り出しちまうたァ…。」

土方さんは腰を下ろし、煙草に火を点けた。

「土方さんが作り出した割に完璧でしたよ。」
「DVDを見たからな。」
「たった一本ですけど?」
「俺を誰だと思ってる。一本ありゃ十分だ。」

さすが、何に対しても強気の本気…。

「じゃあ今後に備えて、煙草もその一本でやめてくださいね。」
「あァ?何でだよ、関係ねェだろ。」
「ありますよ!その香りのせいで私はっ…、……。」
「『私は』?」
「うぐ……。」

い…言えない!
『その香りのせいで土方さんのことを思い出して、政宗さまとのキスし損ねました。ガッカリです!』なんて言えない!!

「『私は』何だよ、言えよ。」
「わ……私は受動喫煙で寿命が縮むんです、よ。」
「……。」
「……。」
「嘘だな。」
「ううう嘘じゃありません!実際に受動喫煙の方が病気になったり――」
「そっちの話じゃねェよ!…まさかお前、また伊達政宗関連か!?」
「ぅっ…、」
「やっぱりな。」
「だって!だって土方さんも言ってたじゃないですか!…忍の方がいいって!」

我ながら子どもみたいな言い返し方だ。

「…だから俺より伊達政宗の方がいいってか。」
「そういうわけじゃ…、……。」

そういうわけじゃないと思う。でも、ああやって政宗さまを体験してしまった後だと…また答えに悩んでしまう。正直、政宗さまが出てきたのは予定外だ。

「…俺はお前とは違うぞ。」

煙草の灰を落としながら言う。

「俺はお前がいいと思ってる。」

土方さん…。

「…じゃあ忍の方はいらないんですか?」
「いや?ずっと言ってるだろ。忍の紅涙も、紅涙だ。」

……。

「…それってなんかズルくないですか。」
「どこがだよ。」
「全部です!そんなこと言うなら政宗さまも土方さんじゃないですか!」
「あれには伊達政宗としての元のビジュアルがあるだろうが!だからお前の忍とは話が別。却下。」
「やっぱズルい!」
「ズルくねェよ!」

横暴だ!土方さんは自分勝手な解釈をし過ぎる!政宗さまならきっと…っ……、……。

「……、」
「…なんだよ、急にシュンとして。」

政宗さまなら、きっとこんなことはしない。もっと紳士でスマートな行いをする。だけど、政宗さまは現実には存在しないから……

「…土方さん、」
「ああ?」

現実を生きる私が選ぶのは……

「私は……政宗さまが好きです…。」
「はァァ!?お前ってやつはッ」
「でも!」
「……。」
「でも……土方さんも、好きです。」

土方さんと政宗さまを比べると、政宗さまの方がいい。それは二次元だからだ。生きてる人間よりも整っている。だからいいのは当たり前。ましてや私は絶賛戦国ブーム中だから色眼鏡を掛けている贔屓目状態。誰も敵うわけがない。
……にも関わらず、そんな私に文句を言いながらも傍にいて、私のために政宗さまを知ろうとして、とどめには政宗さまになってしまうくらい私を振り向かせようと努力してくれたのは、

「煙草やめてくれたら…もっと好きになりますよ。」

後にも先にも、私の目の前にいる土方さんだ。
どちらがいいとかは、もうこの際置いておこう。ああ政宗さま…複雑だけど、政宗さまのおかげで彼氏が出来てしまいました。

「紅涙、テメェ…」

土方さんは煙草を灰皿でねじり潰すように消して、顔を上げた。

「まだこの状況で伊達政宗引きづってんのかコラァァ!!」

ヒィィッ!!

「だっだから土方さんも好きだって言って…」
「『も』って何だよ!『も』って!おまけ感半端ねェわ!」

そ、そんなこと言われても…

「どっちも好きなんですよぉぉ…。」
「欲張りか!」
「いいじゃないですかー…、一方は二次元の人なんですから。」
「良くねェ!俺は認めねェぞ!もう絶対ェ伊達政宗になってやらねェからな!」
「そんなっ!嫌です!なってください!政宗ってください!!」

政宗さまを忘れろなんて無理です!

「…お前、俺の話を全く聞いてねェだろ。……ったく、わァったよ。」
「え!?また政宗さまになってくれるんですか!?いつですか!?」
「違ェよ!二次元に悶えるのは好きにしろってことだ。」

あー…そっちですか。申し訳ないですが、土方さんに許可されなくても密かに悶え続ける気でした。だってやめられるわけないじゃん!私の中で戦国ブームが落ち着くまでは、誰になんと言われようが本能寺の如く燃え続けますよ!

「つーか、お前の話より大事なことがあったからな。」
「政宗さまの話よりも大事なことなんてありましたっけ。」
「あるだろうが!誕生日!!今日は俺の誕生日だから!!」

ああ!そうでした!一日の内容が濃すぎて、すっかり忘れてました。…でも、

「どうして今年はそこまで祝ってほしいんですか?」

去年は何も言ってこなかったのに。屯所内で個々の誕生日を祝う習慣なんてものもないし…ねぇ?

「こんなに『祝え!』って圧をかけてくるのは今年が初めてじゃないですか。」
「…当然だろ。」

私を見つめる。真剣な眼差しに、思わず心臓が鳴った。

「お前がいるからだ、紅涙。」

っ……、…て、え?…何?…あの、土方さん。

「…私、去年もいましたけど。」

そんなキメ顔して、そんな斜め上なこと言いますか?

にいどめ