結婚できない男 3

~依存編+欲望編~

唇を離せば、政宗様は何とも言えない顔をしていた。いつもなら……

『Mischievous girl!やってくれるな』
『あぁっ、政宗様っ…、』

すぐに抱き締め返してくださるのに…。

「政宗様…?」
「…そうか、またDVD買いやがったから…。」
「?」

政宗様は何かを呟いて、舌打ちした。

「あー、何だっけかなァ。」
「何がです?」
「お前を戻す方法。」
「私を?」

首を傾げれば溜め息を吐かれる。

「お疲れですか?」
「いや、そうじゃねェけど…ちょっとな。」
「…私を戻すというのと……関係はありますか?」
「……。」

政宗様は私を黙り見て、再び溜め息を吐かれた。

「何でまた今日なんだよ。誕生日だっつーのに…。」

…え?

「たんじょうび…ですか?」
「あァ?もう何度も言わせんな。…テメェの男の誕生日くらい覚えてろよバカ。」

たん…じょうび?

「それは、如何様なものでございましょう。」
「何が。」
「『たんじょうび』と呼ばれるものは…どのようなことをさすのでしょうか。」
「……。」

政宗様は口をポカンと開けて、心底、私に呆れたという顔をした。

「も、申し訳ございません…。」
「紅涙…お前、俺を辱めるのが目的か?」
「え!?まっまさかとんでもない!」

嗚呼っ…私はまた政宗様の機嫌を悪くしてしまっている!

「もっ申し訳ありませんっ!私の覚えが悪いばかりにっ…」

額を畳に擦りつけて謝罪した。
きっと以前にお教えくださった言葉だから怒ってらっしゃるんだわ…!どうして覚えていないの!ううっ…私の馬鹿!!

「…もういい。顔を上げろ。」

恐る恐る、顔を上げる。目と目が合えば、政宗様は私の顔を見て大層驚かれた。

「お前…泣いてんのか?」
「不甲斐なさに…情けなく……。」
「…はァ~。わァったよ、教えてやるから。」

ぐしゃぐしゃと私の髪を撫で、目元を拭ってくださった。
…私、自分が思っている以上に涙もろくなってしまっているわ。政宗様といる時は強がる理由もなくて…すぐに涙が込み上げてしまう。

「政宗様っ…!」

愛しさが余って、私は性懲りもなく政宗様に抱きついた。政宗様は先ほどとは違って…

「ほんと…手の掛かる女だな、紅涙は。」

私の背中を優しく、ポンポンと叩いてくれた。

「いいか?誕生日っつーのはだな、」
「はい。」

ぎゅうっと抱き締めたままで話を聞く。
政宗様の身体から私の耳に直接声が届き、今聞いたことは絶対に忘れない自信があった。
誕生日は、この世に生を受けた日のこと。その日は皆に祝ってもらえる特別な日だという。それは幼少期のみに限らず、どれだけ年老いても変わらず祝っていい行事だそうで…

「なんとそれは…。とても素敵な行いですね。」

私もぜひ加わりたいと思った。

「今日が政宗様の『誕生日』なのですか?」
「…まァな。」

この日を二度と忘れないようにしなければ。大切な…政宗様の誕生日……。
…あれ?でも以前、ご生誕は夏だと小十郎様から聞いたような……

「どうかしたか?」
「……いえ、なんでもありません。」

きっと小十郎様が嘘をついたのね。あの人は政宗様を盗られると私に妬いているのです!小姑め!片倉 小姑に名前を変えればよいのです!…語呂も良くてお似合いではありませんか。

「ふふふ…。」
「なんだ?」
「っいえ!少し妙案が思い浮かびまして…。」
「妙案?何の。」
「つ、つまらぬことです。」
「ふーん…。」

身体を離し、政宗様が私の顔を窺う。
嗚呼、綺麗な人…。この人を傷つける者は、誰であっても絶対に許さない。

政宗様の髪をするりと撫でる。すると、どこか困ったような表情を浮かべられた。

「複雑だな。」
「何がです?」
「…気にしなくていい。なァ、紅涙。」
「はい。」
「お前はっ祝ってくれんのか?俺の誕生日。」

その問いに、私はすぐに頷いた。

「祝わせてください。」

政宗様が微笑む。私は「でも」と続けた。

「どうやって祝えば良いのか分かりません…。」
「お前なりでいいよ。気持ちがあればそれでいい。」
「でしたら、何か仰ってください。私、政宗様のために何でも致します。いつも以上に!」

いつも以上に、私に出来ることがあればいいのだけれど。

「なんでも…か。」

政宗様は私の額に口付けを落とされ、

「紅涙に変わりはねェんだけど…やっぱ複雑だな。」

私の問い掛けを封じるように抱き締めた。

政宗様、どうかご安心ください。
あなたのためならば、この早雨 紅涙、なんでも致します。
たとえこの身が消えようとも、あなたのためならば…何でも、必ず。

「それで、私は何を致しましょうか。」
「そうだな…、……。」

政宗様が思案する。

「それじゃあ、とりあえず一本やってくれねェか。俺のを。」
「え?」
「あァ?」

顔を見合せて二人で首をひねる。政宗様が仰ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。ならば一体どこから…?

「何してんだ、早く服を脱がせろよ。」
「「!!」」
「ま、まさか政宗様の心の声が漏れているのでは…」
「バッ、違ェよ!俺の声じゃない!」
「であればこの正体は―――」
「早くしろっつってんだろーが、この雌豚が!」
「なっなんと…」

言葉遣いに驚く。

「…悪い、紅涙。ちょっと待ってろ。」

すくっと立ち上がる。踏み締めるようにして歩き、障子の方へ向か歩かった。だがその先に、

「政宗様、お待ちください。」
「ん?」
「何やら…不穏なものを感じます。」

よからぬ気配だ…。
障子の向こうを観察する。すると僅かな隙間から誰かが覗いていた。

「くせ者!」

私は傍にあった物を障子に向かって投げつけた。この際投げられれば何でもいい!

―――ガシャンッ

投げた物がうまい具合に隙間へ突き刺さる。くせ者は「おー怖」と言って障子を開けた。

「この女、本気で投げつけてきやしたぜ。」
「貴様っ、いつぞやの小僧か!」

ニヤニヤした腹立たしい笑みを浮かべ、小僧は足下に落ちていた物を拾う。
威嚇してもこれだけの余裕だ。以前にも感じたが、こやつ…やはり出来る。そして好かぬ…。

「政宗様、お気をつけくださいませ。こやつは中々の手練でございます。」
「…俺もそこは認めるよ。」

重い溜め息を吐き、「総悟、」と小僧に話し掛ける。

「毎度その覗き癖はやめられねェのか?」
「ひでェな土方さん。これは癖じゃありやせん、趣味でさァ。」
「なら尚更やめろ!」

この小僧、何度か政宗様と接触しているところを見るが、そこそこ親しい間柄のようだな…。

「しっかし、また憑依されてるとは。根源は絶ったはずじゃなかったんで?」
「そのつもりだったんだが…おそらくそれが原因だ。」

政宗様が総悟と呼ばれた小僧をアゴでさした。

「ああなるほど。紅涙が買い直したと。」
「違ェよ。よく見ろ、『弐』になってるだろ。」
「うわ、シーズン弐ですかィ。設定も変わらず?」
「らしい。」

何の話かしら…。

「紅涙、お前はまだ俺の忍なんだよな?」
「もちろんでございます!私は奥州筆頭 伊達政宗様の――」
「ああもうそこはいらねェんで。長ェし。」
「なっなんという物言い!!」

やはり好かぬ!

「じゃあこれも燃やしてきやしょうか。」
「いや待て…検討中だ。」
「検討中?……ははァん、見えやしたぜ土方さん。さては、これを機に自分好みに育て直すつもりで?」
「バッ…!なんつーこと言ってんだテメェは!!」

政宗様が声を上げる。何やら気分を害されてるようだ。

「政宗様、あやつを斬りますか?」
「あァ!?やめろ、それはややこしすぎる。」

くっ…無念。私が二人の会話を理解できれば、もっと行動に移せるというのに!
悔しいことに、話についていけない私はただ政宗様の表情を窺うしかない。

「物は考えようですぜ。これは神様からの誕生日プレゼントかも。」
「…やめろ、気持ち悪い。」
「実際、何倍も楽しそうじゃありやせんか。」

ニタニタと笑う。政宗様は総悟とやらの言葉に怪訝な顔をした。

「いいと思いやすけどねェ。今のところ土方さん次第でオンオフ出来るわけだし、どうとでも出来るじゃねェですかィ。」
「…言葉遣いには気を付けろよ、総悟。」

こやつ、これ以上政宗様を苦しめたら……

「俺なら遊び倒しやすぜ。」
「…総悟、」

滅殺してやる!

「覚悟っ!」

私は総悟に向かって駆け出した。
小僧!後悔するがいい!私のクナイで息の根を――あれ?クナイがない。くっ、ならばこの腕で絞めるまで!

「大人しく滅せよ!」

総悟の首に手を伸ばす。
だが私の指が触れるか触れないかの頃合に、総悟は私に向かって不敵な笑みを浮かべた。

「っく、」

本能が警戒して一瞬怯む。その隙に総悟は、

―――ヒュッ…
「!?」
「取ったァ。」

私の鼻先に、刀の切っ先を突きつけた。

「俺の勝ちですねィ。」
「っ、」

この男…やはり嫌いだ!

にいどめ