結婚できない男 4

~執着編~
「おい総悟、紅涙にそんなもん突きつけんな。」

政宗様が私に向けられた刀を手で押し、遠ざける。

「紅涙もやめろ。コイツが食えねェのは今に始まったことじゃない。」
「しかし!」
「ジッとしてることも出来ねェなら、動物園にでも入ったらどうですかィ?紅涙。」
「貴様ァァ!!」
「もういいっつってんだろ。」

政宗様が私の腕を掴んだ。
それでも私は、この小僧に、総悟に一言申さずにはいられなかった。

「貴様!政宗様に免じて私を愚弄したことはなかったことにしてやる!ただし!」
「ただし?」
「いつまでも馴れ馴れしく愛称呼びしていると、いずれはその命、途絶えることになるぞ!」

おそらくは私以上に小十郎様が許すまい!

「何ですかィ?愛称呼びってのは。」
「とぼけるな!政宗様のことを何度も違う名で呼んでおろうが!」
「あァ?」
「あー…分かりやしたぜ、土方さん。」
「それじゃ!」

私は総悟に向かって指をさす。目を突き刺してやりたいくらいの気持ちで指をさしてやった。
御心の広い政宗様は気に留めておらぬようだが、私は見過ごせぬ!

「間違ってるのは紅涙の方ですぜ。」

鼻先で笑う。小さき背丈のくせに、私を見下すような視線を向けた。

「土方さんは土方さん。それ以上でも以下でもありやせんよ。」
「政宗様は政宗様だ!ご託はいらぬ!」
「だから政宗様ってのが間違――」
「総悟、紅涙が混乱してる。お前はもう行け。」
「…あら~?土方さんは一体どっちの紅涙を守りたいんですかねィ。」
「っ…、」
「ま、俺ァ面白いんで構いやせんよ。それじゃ、どうぞごゆっくり~。」
「待て小僧!」
「ああそうだ、忘れてやした土方さん。これ、クリーニングに出してた上着でさァ。置いときやすんで。じゃ。」

入り口の方へバサッと放り投げた。

「貴様!宗様の物を粗末に…っ!!」
「…紅涙、」

私を掴む政宗様の手に力がこもる。
……仕方あるまい。

「申し訳ありませんでした政宗様。次に会った時は必ずや…」
「土方って言ってみろ。」
「…?」

その言葉、いつかに聞いたことがある。確かあの時も政宗様は私に…

「言ってみろ。」

政宗様にとって特別な言葉なのか…?

「…紅涙。」
「…、…承知…しました。」

その言葉を私が言って、政宗様の御心が満たされるというのであれば……喜んで口に致しましょう。

「ひじか、た…、…。…っは!何!?何で私は副長室に!?」
「……。」

パッと視界が開く。気が付けば私は副長室で立っていた。なぜか右腕は土方さんに掴まれている。

「はっ放してくださいよ!」

腕を振りほどく。容易に解放された。
だが土方さんの表情は険しい。怒っているというよりは…考えあぐねている……みたいな?

「わ、私…何かやらかしました?」
「……。」
「え、えーっと…?」
「……疲れる。」
「へ?」
「お前といると疲れる。」

溜め息を吐き、煙草に火をつけた。
な、なんだろ…。何かしたの?私。…そう言えば何かの用事でここに来たような。
部屋を見回した。なぜかBASARAの7巻が落ちている。

「あ!」

なぜかじゃない!そうだ、DVDを返してもらいに来たんだ!

「もうっ、返してもらいますからね!」

障子の前に落ちていたDVDを拾いあげる。すると、

「ああぁァァっ!!」
「…なんだよ騒々しいな。」
「これ!ここ!!」
「あァ?」

私は土方さんにDVDを見せつけた。

「ケースの角!この角、へこんでるじゃないですか!!」

大事にしてたのに…っ、擦り傷すら付かないよう気をつけてたのに!
7巻は小十郎ジャケットだからまだいい!けど!けど私だってまだ見てないし、ここまでの傷をつけられるのは……っ!

「何したんですか土方さん!」

弁償しろ!

「ああ…そう言えば投げてたな。」
「投げる!?誰ですかそんな輩は!」
「……紅涙、それ、俺にも見せろ。」

私に向かって手を出す。

「見ても直せませんよ!」
「直すんじゃねェ。そのDVDを俺も見てみる、つってんだ。」
「……。」

…はい?

「BASARAを…ですか?」
「そう。」
「土方さんが…BASARAを?」
「そうだ。」

どういう風の吹きまわし?……っていやいや!

「そんな風に話題を替えても誤魔化されませんよ!」

騙されん!

「DVD!弁償してください!!」
「わァった、弁償するから。」

…え。

「そのDVDは俺が買い取る。お前には新しいのを用意してやるから。」

「それをよこせ」と言う。

「そ、それなら…いいですけど。」

新しいのが手に入るなら文句はない。…けど、なんだ?このモヤモヤは。

「一体どうしたんですか?」

調子が狂う。

「もしかしてこの傷、土方さんは無関係ですか?」
「まァな。」
「えっ、じゃあ誰のせい――」
「言っても意味ねェから。俺が買い取りゃ済む話だろ?」
「……。」

そんな言い方されると…うーん。
私の中で罪悪感がポツポツと湧いてくる。

「べっ別に…買い取らなくてもいいですよ?見れるとは…思いますし。」

ほんとは新しい方がいいけど。
ほんとのほんとは、買い直してほしいけど。

「な、なんか……すみませんでした。」

とどめには謝ってしまった。
恐るべし、滅多に出ない素直土方…。
謝る私の頭上から、土方さんは「単に見てェんだよ」と言った。

「お前が好きな物を、俺にも共有させてくれ。」

ひ…土方さん……。

「伊達政宗を、俺にも教えてくれ。」

これまでにない真剣な眼差しに、私は手に持っていたDVDを土方さんに渡していた。

にいどめ