~意識編~
「原田、お前は屯所で待機。今日は俺と紅涙で行く。」
なぜか土方さんは急遽、自分が巡回へ行くと言い出した。
原田さんにはちょっとしたサプライズプレゼントだと思う。案の定、あの細い目がキラッキラに輝いている。
「いいんスか副長!」
「許可する。」
「っシャァァ!!俺見てェ番組あったんスよ~!」
「誰が休めっつった?待機だ待機。」
「っス!」
これは絶対に番組見る気だな…。
私だってずっとDVDを見ていたいのに!…あそうだ。
「土方さん、私と代わりませんか?巡回に行くなら原田さんと二人で…」
「それじゃあ意味ねェだろうが。」
「意味って何の…」
「うるせェ。行く…Come on!紅涙。」
「ブッ。」
「ふ、副長!?」
噴き出す私を横目に、原田さんはギョッとした様子で声を掛ける。
「だ、大丈夫っスか!?どっかで頭を打ったんじゃ…」
「打ってない。大丈夫だ。」
「…早雨!どうせお前の仕業だろ!お前が副長に何かしたんだろ!?」
「しっ失礼ですよ原田さん!私は何もしてません!」
「なら『Come on』って何だよ!副長が言うか!?」
「言ってるんだから言うんでしょうよ!」
「言わねェよ!俺の尊敬してる副長は言わねェ!!」
「だったら原田さんは土方さんのことを全然わかってなかったってことですね!」
「ぐっ…」
勝った…!
「行くぞ、紅涙。今日は歩きだ。」
「は……っえ!?車で行かないんですか!?」
「YA。戦国時代に車なんてねェからな。」
なんだそりゃ!
「そういうとこまで寄せなくていいんですよ!せっかく原田さんが車を用意してくれたんだからっ」
「じゃ俺、車を戻しときますんでー。」
「くっ…!」
原田めっ!
私は本当に土方さんと共に徒歩で市中見廻りすることになった。
ちなみに徒歩はかなり久しぶりだ。うまい具合に数ヶ月当たっていなかった。もはや伝説的記録になっていたというのに!
「もうっ!原田さんってば私を何だと思ってるんですかね!」
街を歩きながら土方さんにグチる。
「あの人の言い方って、なーんか癇に障るんですよ。」
いちいち言われなくても分かってるようなとこを突いてくるというかさ。そりゃあなかなか動かない私も悪いけど、それでも頭の中では分かってるんだから。そういうところがオカン…ううん、小姑っぽいんだよね。
「あの小姑めっ!」
「小姑?」
「原田さんのことですよ!いつまでも根に持つとことか、細かいところが小姑っぽくて…」
…ん?
「小姑…、……。」
「紅涙?」
こじゅうとめ…、…こじゅうと……こじゅう………?
「どうだ?」
「…え?」
いつの間にか土方さんが私より少し先を歩いていた。
真剣な顔で私を見て、「どうなんだ」と聞いてくる。
「何が…ですか?」
「……。」
じっと見つめられた。そして、
「チッ。」
「ええェェ!?」
なぜか舌打ちされる。
「ちょっと!何なんですか、人の顔見て舌打ちって!」
「何で変わんねェんだよ!」
「はい!?何の話ですか!」
「俺の声は伊達政宗に似てんだろ!?」
「クリソツですよ!」
「だったら変われよ!」
変わる、変わらないって…何の話?
「俺の顔が似てねェせいか?」
「顔は…まぁそうですね。似てませんけど、土方さんも綺麗な顔ですよ?」
「んなことはどうでもいいんだよ…。」
うんざりした様子で溜め息を吐いた。
「ッそうか、わかったぞ!」
「今度はなんです?」
「これでどうだ!?」
土方さんが自分の右目を隠した。もちろん自分の手で。一体なんなんだ…。
「どうって言われましても…。」
「伊達政宗は右眼が隠れてるだろ!?」
「…そうですね。」
「俺も今、右眼を隠してる。英語だって使ってる。」
「英語と言っても、土方さんのはルー語ですけど。」
「同じだろうが!」
「若干違いますよ!」
若干な!
って、土方さんが言う『変わる』は、私が憑依された状態になるってことか。
「憑依されてほしいんですか?」
「……。」
物好きだなぁ。あの時の状態は、周りが見ててもかなり鬱陶しかったって聞いてるのに。
「でも憑依されるのはシーズン壱のDVDを持ってた時ですよ?おそらくあのDVDがないと――」
「No.関係ない。」
「えっ……あ、土方さん!今のはかなり政宗さまっぽかったです!」
「マジか!…よし、じゃあどうだ?」
「だから憑依はもう…」
「お前はついさっきまで憑依されてたんだぞ。」
「!!」
そんなの聞いてない!
…まぁ言ってもらったところで、原因となっているBASARA断ちをする気はないけど。
にしても、いつの間に憑依を?うーん……、…あ。そう言えば、副長室で変な時があったな……あの時か。
「……うん?」
「なんだ、紅涙。」
ちょっと待って。ということは……
「土方さんは、私が憑依されてほしいから努力してた…ってことですか?」
そういうことになるよね?
「急にDVD見るって言い出したり…」
「……。」
「無理に変なルー語を使おうとしたり、」
「…あれは伊達政宗がルー語なんだよ。」
「若干違いますから。」
……なんだ。
「…私、ちょっと嬉しかったのに。」
土方さんが、理解してくれようとしたこと。
「紅涙…、」
「なのにそれが全部…憑依した女の人に会いたいがためだったなんて…。」
土方さんが気まずそうに私を見る。
「…否定、しないんですね。」
「……しねェよ。」
「っ…、」
あれ…?今……私、ちょっと傷ついた?
「…憑依された私の方がいいんですか?」
たとえ見た目が私であっても、意識は全くの別人。憑依された私は、私ではない。
「…憑依されてるお前の方が素直だからな。」
「っ…。」
やっぱり…。やっぱり私…傷ついてる。
土方さんの言葉に、土方さんの…視線の先に……。
「素直って…、その時の私は政宗さまとして土方さんに接してるんでしょう!?」
「ああ。」
「それなのにっ…っ、」
それなのに…、そんな人なのに…、
「その人の方がいいって…っ、思うんですかっ!?」
「……。」
「っ、変ですよ、土方さん。」
「…もういい。」
「変っ…」
「やめだ。」
土方さんは鬱陶しそうに私を見て、「そもそも」と言った。
「そもそも何で俺がこんなことしてんだよな。」
自嘲するように鼻先で笑い、煙草に火を点ける。
「お前なんかどーでもいいわ。」
「っ…、」
「じゃあな。」
言うだけ言って、土方さんは一人で勝手に歩いて行った。
何もかも斬り捨てように歩いていく土方さんの背中に、私はぽつりと呟く。
「市中見廻り…どうする気ですか…。」
冷静なわけじゃない。これしか思い浮かばなかった。
私は今、ひどく傷ついていたから。
「土方さん……」
大して眼中になかったモノでも、ずっと同じ場所にあったモノがなくなると…寂しくなるもので。
「…行かないでよ、土方さん。」
案の定、私の頭の中は、
「憑依してる人って、どんな人だったんだろう…。」