結婚できない男 7

~認知編~

言い争いみたいになって、立ち去ってしまった土方さん。私としては、なんとか屯所へ帰ってしまう前に関係を修復したかった。おそらくその他大勢がいる環境では、今よりもっと聞く耳を持たなくなるから。

「そのためにも…っ、」

土方さんの気を引かねば!

「っま…、…政宗さま!!」

私は遠く離れていった土方さんの背中に声を掛けた。行き交う人々の視線を感じる…。

「…紅涙?」

土方さんが振り返った。どうやら気の引き方は正しかったらしい。
私が思いついた作戦は、『なんちゃって憑依作戦』。読んで字の如く、例の忍に憑依されていると見せかける。土方さんは憑依された状態を望んでいるわけだから、そうやって接する私には上機嫌で話すはずだ。現に今……

「お前…さっき『政宗様』って……」

私の前まで戻ってきた。
全く…。むなしいこと極まりないが、背に腹は変えられない。

「…言ったよな?」
「え、えーと…」

どう話せばいいんだっけ?
皆から聞いた情報では確か……そうだ、大奥に出てきそうな口調で話してたんだ!

「おっお待ちくださいませ!」
「…いやもう待ってるし。」

しまった!土方さんは既に目の前にいる!

「え、えっと、ひ…一人は……心細いので、一緒にいて…くれませぬか?」

恥ずかし!

「そうか…、そうだよな。憑依した状態で外にいるのは初めてだもんな。」

疑わないんだ…。
胸の中で罪悪感が見え隠れする。…けど、

「悪かった。もう置いてったりしねェから。」

こうして優しく気に掛けてくれるのが嬉しかった。たとえ、私に向けられた愛情じゃなくても…

「…大丈夫か?紅涙。」

私の姿をした誰かに向けられている愛情だとしても、土方さんが望んでいるのなら、私は……私を捨ててもいい。

「あ……、」
「どうした?」
「…いえ、大丈夫です。」

そっか…私、土方さんが好きなのか。
いつのまにこんな自己犠牲を考えるまでに――

「本当は体調が悪ィんじゃないか?」

唐突に土方さんが顔を覗き込んできた。

「えっ?な、なんでございますか?」
「…なんか言葉遣いも変だしな。」
「へ!?そっそんなことはないで…ございますよ?」
「栗子みてェになってるじゃねーか。」

栗子!?松平長官のところの!?あれはダメだ、違和感がありすぎる!
…やばいな。『ございます』をつけるのはやめておこう。

「だが、」

土方さんがポンと私の頭に触れる。

「お前ならそういう話し方をしても悪くねェ。」

フッと微笑んだ。
……なんだこの甘々っぷりは。
私の中で、ふつふつと何かが湧き起こる。…だけど今は我慢だ。土方さんが求めている姿であらねば!

「そうだっ、ひじ…政宗さま。今日は政宗さまのお誕生日ですよね?」
「…ああ。」

あー疲れる。話すの疲れるわ。
…ってあれ?つい『誕生日』の話題を振っちゃったけど、普通に会話が成り立っていいの…?戦国時代に『誕生日』なんて言葉、あったのかな。
…あ。アレか。土方さんが憑依してる私に話したから不思議に思わないのか。そんなに祝ってほしかったんですね…土方さん。

「せっかくですし、帰りにケーキでも買って帰りましょうか。」
「……ケーキを…買う?」
「!!」

…し、

「お前……」

しまったァァァ!墓穴!自爆!!
戦国時代にケーキなんて言葉は存在しませんよね!いくらBASARAでもケーキは出て来てませんし!…たぶん。

「いっいえ今のは、あのっ…」
「……。」

怪しんでるゥゥ!
で、でも政宗さまに『南蛮言葉を教えてもらいました』とか言い訳しても通るんじゃ…?それよりも土方さんが私に教えたっていう可能性は…!?

「ケ、ケーキというのは…何かと…言いますと……」

なぜ説明しようとしているんだ私ィィ!

「…フッ。バカ、んなのは知ってるに決まってんだろ。」
「!!でっですよね!そうですよね!」

なんだか掴みは悪くない気がする…!

「…そうだな。外に出たついでにケーキでも買って帰るか。」
「はっ、はい!そうしましょう!」

よし!突破した!ケーキの話題を乗り越えた!!

「ケーキはロシアンルーレットみたいな物にしたいな。」

変に続いてたァァァ!というかロシアンルーレットなケーキってどんなのよ…。

「ろ、ロシアンルーレット…とは?」
「ハズレを引かないように選んでいくゲームだ。」
「それをどうやってケーキに…?」
「小さいのをいくつか買ってだな、その全てに青唐辛子とワサビを大量に入れんだよ。」

…全てに?

「全てに辛いものを入れてしまったら意味が…」
「それでいいんだよ。だって…」

土方さんはニィッと私に笑みを見せた。
「ケーキは全部、紅涙。テメェが食うんだからな。」
「!?」
「どういうつもりだ?お前は。」

バレてたァァァ!!
土方さんは眉間に皺を作って、私に詰め寄る。

「俺が気付かなかったらいつまでその設定で生きていくつもりだったんだ?一生か、一生なのか?」
「べ、別にっ…悪気があってやったわけじゃなくて…」
「最低だな。」

っ!!そ、そんな言い方しなくても……。

「どうせ俺をネタにして総悟と笑い転げるつもりだったんだろ。」
「ちっ違います!馬鹿にするつもりは一切――」
「黙れ。言い訳なんて聞きたくねェ。」

土方さんは呆れた様子でハッと笑い捨て、

「お前はそんなヤツだ。」

そう言った。
この人…っ、この人、なに勝手に人のことを解釈してんだコラァァ!!

「私の何を知ってるっつーんですか!!」

ダンッと足を踏み出し、今度は私が土方さんに詰め寄った。
こんな言われ方は腹が立つ!いくら何でも大人しく聞いていられない!

「土方さんの方が最低じゃないですか!」
「んだと…?」
「何も聞かずに勝手に決めつけて!私の気も知らないで、あーんなに憑依した方に優しくして!」
「っ…そこまで態度は違わねェだろ。」
「違いましたよ!なんですかあの『お前なら何しても可愛い』的な発言は!」
「んなこと言ってねェよ!」
「言ってましたー。この耳でちゃんと聞いてましたー。」
「ガキか…。」

ガキとか関係ない!

「『憑依してる人の方がいい』なんて言われる気持ち、どんな気持ちか分かりますか!?その人はお化けですよ!?人の身体を借りなきゃ話せない霊なんですよ!?」
「…霊じゃねーよ。」
「霊ですよ!」
「……はァ。これはあくまで個人的な見解だが、」

土方さんが眉間を指で挟む。

「俺は、あれがお前なんじゃねェかと思ってる。」
「…え?」
「憑依されてる時も『紅涙』っつー名前だし、なんつーか、接している時の感覚が紅涙のままなんだよ。」

よ…よく分からない。言ってることがよく分からない!

「これ以上話をややこしくさせないでください!」
「お前が霊とか言い出すから俺は――」
「とにかく!私の気も知らないで、私じゃない方を好きになるなんてやめてください!」
「……、」

言ってやった!声高らかに言ってやった!!
……けど、今の言い方、

「紅涙…お前、」

まるで私……、

「お前、俺のことが好きだったのか。」

やっぱり告白してるみたいですよね!?
というか、好きなのを一方的に押し付けて怒ってるみたいな…?え、やだ鬱陶しい女!

「何だよ、だったら始めからそう言えよ。」
「いやっ、そうじゃなっ…くないですけど……うっ」
「なんだ、『うっ』て。…くくく。」

物言いたげな視線を向け、堪えるように笑う。

「ほんと素直じゃねェな、紅涙は。」

私の頭をグシャグシャに撫でつけてきた。
すぐに調子乗るんだから!

「やめてください!私の心は政宗さまのものに変わりないんですからね!」

そうだそうだ!生きてる人の中では土方さんが一番好きだけど、二次元も入れると政宗さまの方が断然好きなんです!

「Me too!俺もだぞ、紅涙。」
―――チュッ

額にキスをされた。
…え、……ええ?今のって……何?

にいどめ