結婚できない男 8

~実存編~

今のさり気ない私へのキス…。まるで欧米か!とツッコミたくなるような、こ慣れた額へのキスは一体……?

「あ、あの…、」
「What’s wrong?どうした、紅涙。」

それにこのルー語じゃない英語…。

「早く城へ戻ろうぜ。」
「城!?」
「戻って俺のpartyをする。そう言ったのお前だ。You see?」

ぱ、パーリィ!?ユーシー!?
やっぱりだ…やっぱり……この感じ…っ!!

「ま、政宗さま…ですか?」
「Ha!なに当たり前なことを。」
「…ッッき」
「『き』?」

キタァァァァァ!!土方さんに政宗さまが憑依したァァァ!!!
でもなんで!?どうして!?いやこの際どうでもいい!!

「あああ愛しております!!」

見える!見えるぞ!
真っ黒な隊服を着てるけど、どこからどう見ても土方さんなんだけど、確かに政宗さまがここにいる!

「お前が俺を愛してるなんて、今さら口にしなくたって分かってるさ。」

今なら土方さんの気持ちも分かる!

「俺の気持ちも分かってるはずだ。Right?」

ぐはァァァ!!
も、もうダメ…。今の言葉で爆死するかと思った。

「ほら、帰るぞ。城下見学は終いだ。」

政宗さまが屯所の方へ向かって歩き出す。どうやら城=屯所という認識らしい。
でもさすがに中へ入ったら違和感に気付いて醒めちゃうじゃ…?くっ…それはつらい!まだ憑依したばかりなのに!

「…っ、政宗さま!」
「Ahn?なんだ、紅涙。」
「け、ケーキ…まだ買ってませんよ?」

もう少しだけ引き延ばしても罰は当たらないよね!?

「ケーキ?」
「南蛮のお菓子です。誕生日パーリィに必須の物ですよ!」
「…そうなのか?」
「はい!」
「Partyに必須なら買うしかねェな。よし、案内しろ。」
「承知しました!」

よっしゃァァ!延長決定ィィ!!

「Oops!紅涙、その前に小十郎を呼んでくれ。」

小十郎!?そんなの準備してない!

「い、今呼ぶのは…ちょっとアレなんじゃないですか?」
「『アレ』?アレとは何だ。」
「おっお忙しいんじゃないかなーと思いまして。…畑仕事とかで。」
「たとえそうだとしても、俺が呼んでると知れば必ず来る。」
「ですよねぇ…。」

どうしよう。小十郎さんか…小十郎……うーん、似てる人っていないなぁ。せめて『怖い顔でも根は優しい』みたいな人がいてくれれば……

「あ、副長ー!!」

向こうの方から原田さんが走ってきた。走ってるなんて珍しい…。
原田さんは息を切らして、「勘弁してくださいよ」と言った。

「連絡つかないから探しに来ちゃったスよー。つーか二人して携帯忘れて行きますかね、普通。」

原田さんの迷惑そうな視線にポケットを探る。
…あ、ほんだ。持ってくるの忘れてる。

「あのっスね、沖田隊長からの伝言で――」
「だっダメです原田さん!」

原田さんの胸を押して遠ざける。でも両手で押してもビクともしなかった。

「なんだよ、早雨。」
「今はダメです!今は」
「Good Timing!」
「「え?」」

私と原田さんの声がハモる。

「小十郎、真田に文を届けてくれないか。文は部屋に置いてある。」
「ええ!?」

小十郎さんが原田さん!?それでいいの!?その認識大丈夫!?じゃ、じゃあ真田は!?幸村君は誰!?ていうか手紙なんて書いてた!?ああもうっ、気になることが多すぎる!!

「どうした、紅涙。」
「っな、なんでもないです。」
「いやあの、副長?真田って誰っスか。つか俺、小十郎でもないし…」
「モタモタするなよ。必要なら忍を飛ばせ。紅涙、一人借りるぞ。」
「どっどうぞどうぞ!」
「え、俺のまともな疑問は無視っスか。」

原田さんが顔を引きつらせる。私は「いいから従ってください!」と背中を押した。

「おっおい、俺はどうすりゃいいんだよ!?」
「副長室で手紙を探してください!で見つけたら、食堂に置いてる私のDVDを積んでいるところに置いておいてください!」
「なんか頼まれてた話と随分違ェんだけど!?」
「いいんですよ!」

背中をグイグイ押して歩かせる。図体が大きいせいでかなり大変だ。

「副長は大丈夫なのかよ!明らかに様子がっ」
「おかしいです!おかしいですけど、私が責任持って見てますから!」
「心配しかねェェ!」
「大丈夫ですから!!」

ギャーギャー言う原田さんをどうにか屯所へ戻らせる。立ち去る間際、

「言っとくけどお前と副長、かなり行き交う人間に痛いと思われてるからな!気を付けろよ!」

そんな言葉を残していった。
…ふふ、私には分かる。あれはヒガミというやつだ。

「Hey,紅涙。どういうつもりだ。」
「!」

背後から不機嫌そうな声が掛かる。

「な、何がです?」
「俺抜きで小十郎と随分親しげに話してるじゃねェか。」
「そう…ですかね……。」
「いつの間にあれほど親密になってんだ、Ahn?」

いけない!あんなハゲと仲が良いなんて勘違いは御免だ!

「私はいつだって政宗さま一筋ですよ!」

政宗さまの手を両手で握り、懇願するように見つめる。

「紅涙…」
「嘘じゃありません。命を賭けても!」
「Stop it!そんな簡単に命を賭けるな。ただでさえ、お前には忍を辞めさせたいってのに。」
「政宗さま…。」

私の髪を政宗さまが撫でる。

「なぁ、…紅涙。」
「は…はひ……」

きっ距離がッ!距離が近い!!
政宗さまはクスッと笑い、私の耳のそばで囁いた。

「Partyは後回しにして、このままrendezvousってのはどうだ?」

はいィィ!ぜひそちらでお願いします!!

「ま、政宗さま…」

見つめていると、ゆっくりと唇が近付いた。

「あのっ、外…ですから……」
「見せつけてやればいい。」

ああっ…政宗さまがそう言うのなら……。
私はゆっくりと目を閉じた。唇が触れる直前に息を吸う。そんな時、

「ぁっ…」

嗅ぎ慣れた煙草の匂いがした。思わず目を開ける。

「紅涙?」
「……、」

これまではどう見たって政宗さまにしか見えていなかったのに、

「…すみません。」

煙草の香りを嗅いでからは、もう土方さんにしか見えなかった。

にいどめ