結婚できない男 9

~流言編~

土方さんに政宗さまが憑依して、政宗さまといい感じになっていたのに…煙草の香りが私を現実に引き戻した。

「ん?どうしたんだ、紅涙。」
「い、いえ…。」

目の前にいるのは土方さんなんだ。たとえ政宗さまみたいでも……やっぱり土方さんなんだ。

「…さては紅涙、やはり小十郎と」
「ごっ誤解です!ありえません、そんなこと!!」
「Shut up!それならなぜ今無意識に嫌がったんだ。」
「無意識じゃないですよ!」
「意識的ならもっと問題だろ!」

うっ…。嫌じゃないんですよ?政宗さまが好きだから、嫌じゃないんです。けど…土方さんがチラついて……キスは出来ない。

「政宗さまのことは…本当に好きなんです。」

でも、元の土方さんのことも好きなんです。
……あ。もしかしてこれが土方さんの心境?私を好きだけど、憑依された状態の誰かのことも好きで…。

「失礼な話ですよね…。」

自分のことを棚に上げて、土方さんのことばかり責めて。

「That’s right!分かればいい。」
「政宗さま…?」
「続き、しようぜ。」

そう言って唇を近づけてくる。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

胸を押して、距離を取った。

「政宗さまは…土方さんなんですよ。」
「Ahn?ひじか…た…、っ、お、俺はここで何を……」
「…あれ?」

戻っちゃいました?な、なぜこのタイミングで……もしかして怒って消えちゃった!?

「ごめんなさい政宗さま!謝ります!謝りますから!!」
「ちょ、っ何だよ!まだそんなこと言ってんのか!?」
「ごめんなさいィィ…!」
「落ち着け!つか離れろ!なんか妙に視線を集めてるから!!」

ああ…このムチのような言葉遣い…。間違いなく土方さんだわ。

「……もう。」
「それはこっちのセリフだ。…ったく。おい散れ!見せもんじゃねーぞ!」

周囲の人々に向けて声を張り上げる。いつからか見守ってくれていた野次馬の皆さんは不満顔で立ち去った。

「…土方さん、」
「ああ?」

煙草に火をつける。これだ、この香りが私を引き留めた。

「土方さんは、憑依された私がキスをしたいって言ったら」
「ブッ!?ッ、ゲホゲホッ」
「キスしたいって言ったら、どうしますか?」

聞いてはいけないことかもしれない。私自身、答えを聞くのは怖い気がする。
だってもし『する』と言ったら、それは私ではない『忍』への好意を見せつけられるようなものなのだから。

「愚問だな。」

土方さんは平然とした顔で煙を吐き出し、一言で答える。

「する。」
「ひっど!」

思わず声に出た。だが土方さんは「まァ聞け」と話を続ける。

「さっき少し話したが、俺は憑依された状態のお前も紅涙だと思ってるからだ。」
「っ、そんなの都合のいい言い訳です!」
「だから違うっつってんだろ?俺の前にいる紅涙は、ずっとお前一人だ。」

そんなこと言われたって…信じられるわけないし。

「信ぴょう性がないっつーんなら、次に出て来た時に聞いててやるよ。忍のお前が、今のお前しか知らねェ内容を知ってるか。」
「…どう聞くんですか?」
「たとえば紅涙の好物を聞いて、忍の方の好意と一致するか、とか?」

ショッボ!聞く内容がショボすぎる!

「…それじゃあつまり、土方さんの見解としては誰かに憑依されてるわけじゃないってことですか。」
「そうなるな。」
「だったら憑依されている間の現象をどう説明するんです?」
「一つのことだけを考え過ぎた結果、それに適応した別人格を生み出して無意識に現実逃避していた。」
「そんなっ…まるで二重人格じゃないですか!」
「そこまでは行ってないんだろ。何せ名前が同じだ、あくまで本体を満たすための存在。言っちまえば、思い込みだな。」

……最もらしい説明だ。だけど、

「それなら土方さんの場合はどう説明するんですか?」

土方さんは『政宗さま』として存在していた。とはいえ、二重人格としてはあまりにBASARAの『政宗さま』すぎる。BASARAは二次元の話だけど、何らかの念が混ぜっていい感じに憑依した…みたいな話の方が辻褄は合う。

「…俺の場合ってなんだ。」
「さっき土方さんが政宗さまになってた時のことです。」
「……はっ。またつまんねェ嘘を。」

なっ!!

「嘘じゃありません!」
「いーや、嘘だ。俺は伊達政宗になった記憶なんかない。」
「そういうものなんですよ!私だって忍になってた記憶なんて欠片もありませんし!」
「……。」
「土方さんは確かに政宗さまでした。私が保証します。」
「……信じねェ。」
「もう!」

ああ惜しいなぁ。さっきの野次馬が残ってくれていれば証人として使えたのに。他に誰か証人になってくれそうな人は……

「あ!います、いますよ証人!」
「証人?何の。」
「決まってるじゃないですか。土方さんが政宗さまになっていたことを証明する人です。」

私は土方さんの手を引き、足早に屯所まで戻った。そしてすぐさま目的の人を探す。

「原田さーん!原田さんどこにいますかぁ~?」
「なんで原田が知ってんだよ。」
「ちょうど土方さんが政宗ってる時に来たんです。沖田君の伝言があるとか言って。」

そう言えば伝言って何だったんだろう…。聞くの忘れちゃった。

「なんでもいいが、『政宗ってる』とか変な言葉作んな。なんか腹立つ。」
「報告に便利じゃないですか。これからまた何回か出てくるかもしれないし。」
「出てこねェよ!」
「わかりませんよ~?」

まぁ政宗さまが怒ってなかったらの話だけど…。…ってそれよりも原田さんを探さなきゃ。

「原田さーん。どこですかぁ~?はーらーだーさー――」
「うるせェよ、早雨!」

原田さんが部屋から顔を出した。その部屋は副長室だ。

「おい原田、なんでテメェがそんなとこにいるだ?」

土方さんが苛立った様子で原田さんの元へ行く。
そりゃそうだ。自分がいない時に部屋へ入られるほど嫌なものはない。

「理由を言え、原田。話の内容によっては斬る。」
「えェェ!?おっ俺はあのっ、なんか『手紙を出しといてくれ』って言われたからっ…」
「誰に。」
「もちろん副長っスよ。あ、でも見当たらなくて。」

やっぱりなかったのかー…残念。

「俺は手紙を出せなんて頼んでねェ。」
「頼みましたって!『忍を使ってもいい』とか訳わかんないこと言って。」
「!!…忍…だと?」

土方さんの顔が引きつる。私はその横顔を見ながらニヤッと笑い、「ね?」と言った。

「土方さんは政宗さまになってたんですよ。」
「……嘘だ。」
「まだ信じないんですか!?」
「お前らは全員、俺を笑いの種にしてェだけなんだ。エイプリルフールか何かなんだろ!」
「違いますよ!」

もう、頑固なんだから~。

「原田さんもあの時の状況を話してあげてください。」
「…話すほどの接触はしてねェけど、まァ…妙な言葉遣いはしてましたよ。ルー語っつーんですかね。」
「ルー語…。」
「英語です!英語混じりの日本語!!」
「あと俺のことを『小十郎』って呼んだり、『真田』とか聞いたことねェヤツに手紙を出せとか言ったり。」
「っ!!」

土方さんの顔色がどんどん悪くなっていく。追い詰められていく様子が手に取るように分かった。
フフフ…もはや認めざるを得まい。

「土方さん、原田さんの口から出てきた名前、DVDを見たから分かりますよね?」
「……。」
「認めましょう、自分が憑依されていたことを。」

肩をポンと叩く。まるで犯罪者を諭してる気分だ。

「……くっ、」
「土方さん。」
「…………いや、認めねェ。」
「はいィィ!?」

アンタは難攻不落の城か!

「その時の状況を自分で確認しねェと…認められねェ!」
「なんでそんな意固地になってるんですか!?」
「お前の醜態を知ってるからだ馬鹿野郎!」

えー…。

「そっスよね。副長、かなりフランクになってましたし。人前にも関わらずキスしようとした時は…」
「あああっやめろ原田!聞きたくない!」
「いいじゃないですか土方さーん。私は良い思い出ですよっ☆」
「うるせェ!」

土方さんは手で耳を塞ぎながら抗議する。なんだか駄々をこねる子どものようだ。…可愛い。

「俺は認めねェ!紅涙みたいにバカなことをしてたなんて…っ絶対に認めねェからな!」
「ふ、副長…。」
「も~、いい加減にしてくだ――」

「俺が認めさせてやりますぜ。」

「「「!!」」」
「この声は…」

私達の耳に、悪魔の囁きが聞こえた。その人は自室からゆっくり登場する。そして両手をズボンのポケットに入れ、ニヤッと笑った。

「俺が証人になってやりまさァ。」
「そ、うご…ッ!」

土方さんの顔から、いよいよ血の気が引いた。

にいどめ