職員朝礼+生徒に挨拶
たくさんの教師から視線を浴びつつ、職員室で自己紹介する。時折、遅刻したであろう生徒の声が漏れ聞こえてきた。
「よ…よろしくお願いします!」
息苦しいほどの朝礼は早々に終わらせてほしい。そう思いながら頭を下げる。
「よっ!初々しいねぇ!」
「頑張って~!」
パラパラと鳴る拍手の中、盛大な歓迎の声が聞こえる。少し肩の力が抜けた。
「はいはい、そこまでェ。えーでは校長の私から一言。まァ若いからと言って甘えんようにな。」
「そう言うあなたが鼻を伸ばしてどうするんです、このバカ校長。」
「あ!バカって言った!?教頭が私に向かって『バカ』って言ったよね!?」
「気のせいですよ。」
教頭が指で眼鏡を押し上げる。
「それより早く話を進めてください。」
「んなこたァ分かってるよ。」
校長は不満げに呟き、頭に生えている触覚のようなものを触った。
あれって…天人だよね。
いつの間に代わったんだろう。
私が教育実習に来た頃は、まだ江戸出身で人間の校長と教頭だったのに。
「あーでは早雨君、」
「っはい!」
「君の学年は3年。だから~…ほれ!3年デスク、手ェあげなさい!」
わずらわしそうに指をさす。
その先で「はいは~い」と、これまた面倒くさそうに挙手する教師がいた。銀髪がフワッと揺れる。
「ッ銀八先生!!」
「ヨッ、早雨ちゃん。ちゃんと教師になったんだな。」
銀八先生のことは、よく知っている。
私が教育実習へ来た時、一番お世話になった先生だった。分からないことはもちろん、慣れず苦しいばかりの日々を励ましてくれた、信頼する先生。
「早雨君。信じられんと思うが、あの胡散臭いのが3年生の学年主任だ。何かあれば彼に聞きなさい。」
「っせーな。アンタに言われたかねェよ、バカ校長。」
「あァ!?今また『バカ』って言われた!?アイツ、校長に向かって『バカ』って言ってたの!?」
「いい加減うるさいですよ、校長。」
―――ゴッ…!
「グハッ、」
教頭が校長をグーで殴りつける。
倒れ込む校長をよそに、教頭は指で眼鏡を押し上げた。
「校長がこんなことになったんで、本日の朝礼を終わりまーす。」
な…なにこの朝礼……!
ぐだぐだなまま終わると、教員達は出席簿を持って職員室を出て行く。誰もこの光景を驚かないところから察するに、どうやらこれが日常らしい。……変わったな、銀魂高校。
「早雨ちゃん、早雨ちゃん。」
呆気に取られる私を、銀八先生が手招きした。
「早雨ちゃんって何組の副担任だっけ?」
「えっと…」
事前に渡された資料を確認する。
「D組ですね。」
「ディッDィィィ~!?」
な、なに?
「……いや、そんなはずねェよ。もっかい確認してみ?」
「は、はい…。…うん、やっぱりD組です。」
「マジかァァ~ッ!」
ガクッと肩を落とした。
「そう言やどこへ就くか決める時、俺出れなかったんだっけなァ~…。」
「銀八先生は何組なんですか?」
「Z。Z組の担任。」
「そっか…、じゃあ先生とは離れ離れなんですね。…残念。」
「……替えてもらおう!」
銀八先生が私の手を掴む。
「ぅえ!?」
「今からでも遅くない!うちの副担任と入れ替えてもらうぞ!」
「っちょ、先生!?」
教員達をかわし、銀八先生は私の手を引いてズカズカと歩き進めた。先にあるのは校長室。この人、本気だ…!
「まっ、待ってくださいよ!さすがに今さら替えるのはどうかと…!」
「言ってみねェと分かんねェだろ。」
「でもっっ、」
それってかなり印象悪くない!?
仮に替えられるとしても、私だけの話じゃないよ?相手の、Z組の副担任の先生にもめちゃくちゃ迷惑が掛かる!
「あっあの銀八先生!」
「大丈夫大丈夫!」
「大丈夫じゃないですから!」
私、今日が初日なんです!この先何年いるか分からないけど、今日から早くも居心地悪いスタートなんて絶対嫌ですよ!
「ほんとに待っ―――」
「何やってんだ、甘党。」
「「!」」
銀八先生の足が止まった。私がいくら呼んでも止まらなかったのに、
「とっととテメェのクラスに行かねェか。」
この低く落ち着いた、なおかつトゲトゲした声に振り返る。そこには、腕を組む黒髪の男性が立っていた。
「…あのさァ、土方。何回も言ってるけど、俺、学年主任なわけよ。」
「だから何だ。」
「その口の利き方、間違ってね?」
「間違ってねェ。」
「間違ってんだろうが!主任だよ、主任!偉いの!ペーペーのお前より肩書きあんの!」
「ねェよ。学年主任なんて面倒だから誰も引き受けねェだけの肩書きだ。」
「はァァ~!?」
「あ…あの、先生方、そろそろ教室に…」
「おうそうだ!行くぞ、早雨ちゃん!直談判に!」
「ええ!?」
「行くならテメェ一人で行け。」
そう言って、土方と呼ばれた黒髪の先生が私の肩に手を置いた。
「俺達は急いでんだよ。」
「あァ?そりゃどういう……、……あァァァァ~ッ!」
耳をつんざく声に、
「っせェな!」
はじめて土方先生が顔を歪める。銀八先生はというと、
「なんてこった…早雨ちゃん……、」
肩を小刻みに震わせ、私を見た。
「お前…何組だっけ…?」
何回目ですか。
「D組です。」
「D…、Dィィィ~!!」
頭を抱える。
「クソッ、なぜだッ!」
「どうしたんですか…?」
「ざまァねェ。」
フンと土方先生が笑った。
「お前っ…まさか俺と早雨ちゃんを引き離すためにわざとか!?」
「んなわけねェだろ。あの職員会議には俺も出てない。」
「あ、そうだっけ。」
「…銀八先生?」
銀八先生が大きく溜め息を吐く。そして改めて私を見た。
「…早雨ちゃん、残念なお知らせだ。」
「は、はい。」
「コイツがD組。」
「D組…?」
「そう。D組、つまり早雨ちゃんのクラスの担任、土方十四郎だ。」
「!」
土方先生を見た。土方先生は変わらず腕を組んでいて、
「どーも。」
「早雨でいいか?」
「あっ、はい。」
職員室を出て、土方先生と廊下を急ぐ。
銀八先生は結局ホームルームの時間が迫っているからということで、直談判を諦めた。…いや、諦めてくれた。
「よろしくな。」
「はっはい、よろしくお願いします!」
土方先生はとても怖そうな人だ。
口数は少ないし、きちんとしていないと怒られそう……な雰囲気がある。服装からして、他の教師とは全く違うし。
ビシッとしたスーツは黒に近い色みで、中に着ているシャツもグレー。おまけに髪まで真っ黒だから、鋭い目元と相まって、まとう怖さが増幅している。
おそらくこの雰囲気の真逆にいるのが銀八先生だ。だからあんなにも言い合いになるのかも…。
「おい、早雨。」
「ぅはい!」
「そっちじゃない、こっちだ。ボサッとしてんな。」
「っ、す、すみません!」
「…はぁ。」
溜め息を吐かれた。
鋭い眼で流し目されると、ガッカリしているのがよく伝わる。
なんというか……初日からめげそうな予感しかない。
…でも、
私が教育実習に来た時、土方先生っていた?
記憶にないということは、関わらなかっただけか、もしくは土方先生自体がまだ銀魂高校に来て日が浅いか。…それであの雰囲気は出ないかな。私が気付かなかっただけか~…。…そう言えば、
「土方先生が担当される教科って何ですか?」
「数学。」
「数学…」
「着いた。」
「え、あ…はい。」
土方先生がD組の扉を開ける。続いて入ると、一斉に生徒からの注目を受けた。コソコソと「あれ誰?」「新米?」と漏れ聞こえてくる。
ああこの感じ…、教育実習を思い出して懐かしい。
「先生、その人は誰ですかー?」
一人の生徒が挙手をした。向けられた視線に息を吸う。
「えっと、私は…」
「今から話す。」
土方先生が遮った。教壇に出席簿を置く。
「席に着け。」
「はーい。」
教室内が静かになった。
「今日からこのクラスの副担任をしてもらうことになった、早雨先生だ。」
短く言い終え、私を見る。
その視線にどうすればいいか数秒…ほんの数秒考えていると、「挨拶」と睨みつけられた。
「ほっ本日よりD組の副担任に就いた、早雨 紅涙です。教科は情報なので、授業共々よろしくお願いします!」
頭を下げる。
すかさず「拍手」と土方先生の声が聞こえて、生徒達の手を叩く音が聞こえた。
やばい…、やっぱ緊張する!!
頭を下げたまま、ギュッと服を握り締めていると、
「いつまで下げてんだ。」
出席簿で頭を小突かれる。
「行くぞ。」
土方先生は出席簿を片手に、アゴで教室の出入口をさす。
「え、あれ?出席…は…」
「取った。」
「えっ…!?」
いつの間に!?もしかして私、そんなに長時間頭を下げてた!?
土方先生は早くも教壇を下りて、廊下へと出て行く。
「あっ!」
私も慌てて教壇を下りた。
「先生がんばってー!」
クラスの生徒が声を掛けてくれる。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、はにかみながら小さく手を振ると、
「生徒に手ェ振るヤツがあるかよ。」
土方先生が鼻先で笑う。
「す…すみません…。」
「べつに。責めちゃいねェ。」
遅れないよう足早に後を追う。
その姿がまるでカルガモの親子のようだと、すれ違う先生が笑っていた。