近距離先生7

告げた言葉+見えない事情

「……土方先生、この辺りで。」

住宅街に入る手前で声を掛ける。

「家の前まで送る。」
「いえ…、この先は道が細くなりますから。ここで大丈夫です。」
「…。」

車が減速する。道路脇に停まるのを見て、シートベルトを外した。

「今日はありがとうございました。遅くまで待ってもらった上に、送ってくださって…。」
「気にすんなって言っただろ。…それより、」

ハンドルから手を離す。

「こっちこそ、悪かったな。」
「え?」
「さっき、嫌な言い方しちまって。」
「え…っや、全然!」

まさか謝られるとは思ってなくて、慌てて手を左右に振って否定した。

「私が悪いんですっ!私がそのっ、偉そうだったというか、詮索…しすぎてしまって…」
「早雨は悪くない。」
「いえ私です!私が悪いんです!!」
「…、」
「…。」
「……フッ。」

噴き出すように笑った。

「譲らねェな。」
「すみません…。」
「いや…、…やっぱ調子狂うよ、お前といると。」

土方先生は薄く溜め息を吐き、目を伏せた。それは疲れているようにも見えるし、

「…いずれ、知られる話だとは思ってたんだ。」

どこか寂しそうにも見える。

「きっと紐解くみたいに全部知れちまうんだろうな。」
「…?」

何を?
疑問が浮かぶ。同時に、

「だがまだ、……知らないでくれ。」

私に弱く微笑んだ。

「今はもう少し、早雨とD組をやっていきてェんだ。」

『じきにアナタがD組を引っ張っていくことになるのよ?だから目と鼻を効かせて、しっかり頑張らないと』

「土方先生…、」

何がそうさせてるの…?何を抱えてるの?
聞けない。
…でも、誰とも共有できない『それ』は、日々あんな視線を受けてまで隠さなくちゃいけないこと?

「…何なんですか?」
「?」
「土方先生を苦しめてるものは……一体何なんですか?」

頭の中の自分が、踏み込みすぎだと警告した。
『知らないでほしい』と願う人に聞くなんて。

「それは…、…。」

土方先生は言葉を詰める。
言おうとする気持ちと、言いたくない気持ちが、せめぎ合っているように見えた。

私は土方先生の力になりたい。
微力だとしても、支えの一つになりたい。
…そうなるには、どうしたらいい?

「……私では……ダメですか?」
「…何が。」
「私はどんなことがあっても…土方先生のそばにいます。ずっと、土方先生についていきます。」

心細い思いをしないでほしい。
一人じゃない。私もいる。…だから、

「だから土方先生が悩んでること…話してくれませんか?」

巻き込んでほしい。

「……べつに、悩んではねェよ。」
「そんなに苦しそうなのに…?」
「…情けねェだけだ、自分が。」

煙草を取り出す。火をつけ、煙を吐いた。それにはきっと、溜め息も混じっている。

「お前もきっと軽蔑する。」
「軽蔑…?」

どうしてそんなこと…。

「俺に『すごい』なんて言ったこと、後悔する。」
「…そんなことありません。土方先生はいつも自分のことを悪く言いますけど、全然悪い人じゃないですよ?」
「フッ。俺の何を知ってるっつーんだ。」
「っ…それは…そうですけど。でも毎日そばで見てきましたから、少しは知ってるつもりです。」
「…どうだろうな。」

響かない。どう伝えても届かない。
だけどここで諦めたら、これまでの時間が無駄になる。何もなかったことと同じになる。

「……土方先生、」

知ってほしい。
一人じゃないこと。
寂しい顔なんてする必要はないこと。
私が、

「…私は、…好きですよ。」

これからも土方先生の傍にいたいと思っていて、誰よりも近くで支えたいと思ってること。
そしてそんな私が、

「土方先生のこと………好きです。」

隣にいるってことを、知ってほしかった。
立場や環境を後回しにしてでも…知ってほしかった。

「早雨…、」
「…、」

さすがに目を見て伝える勇気はない。
飛び出しそうな心臓を感じながら、私はうつむいたまま声を聞いた。

「…そうか。」

土方先生は、

「ありがとな。」

感情の起伏なく告げる。
…これはきっと伝わっていない。社交辞令のような上辺の会話だと、浅く受け取っている。

「っ違います!」
「!」

ちゃんと伝えないと。

「今のは教師として好きとかじゃなくて…、っいえ、教師としても好きなんですけどっ、」
「…?」
「一人の…人として……好き……ですって…ことで……。」

言いながら、再びうつむいた。

「……そう…なのか。」
「……はい。」
「…、」

沈黙に、恐る恐る顔を上げる。
土方先生は煙草の火を消した。今度は伝わっている。…たぶん。

「…早雨。」
「は、はい…。」
「ありがとうな。」

さっきと変わらない言葉。だけど、さっきよりもやわらかな口調に感じる。なのに、

「…土方…先生…?」

土方先生の表情は、なぜか悲しさが増していた。

「……やめとけ。」
「え…?」
「…俺は、やめておけ。」
「!」

『アイツだけは、やめとけ』

まさか…、まさか本人の口から聞くことになるなんて。

「俺はお前が思ってるようなヤツじゃない。」
「…土方先生…、」
「だから…やめろ。」
「…、」

なんで…?どうして…?

「土方先生…、」
「忘れろ。」
「っ、」
「お前のその感情は、消してくれ。」
「っ…、」

そんなこと…

「っ。」

そんなこと…言わないで…。

「早雨…。」
「ぅっ、」

気持ちが溢れる。
頬に涙が滑った。

銀八先生の時のように、『どうして』なんて言えなかった。
本人から告げられたことに、それだけの意味がある。土方先生が誰にも触れてほしくないと思っている限り、この先はもう推測するしかない。

…もしかすると、単に私の気持ちが迷惑で、気遣って遠回しな表現をしている可能性もあるけど……どちらにせよ、私ではダメだということに変わりはない。

「…っぅ、…、」

鼻をすする。
元はと言えば叶える気などなかったはずの想いだ。
伝えたところで、満たされるとは限らないことなど分かっていた。

…ただ、好きな気持ちまで消せと言われるほど拒まれるとは……思いもしなかった。

「……悪いな。」

申し訳なさそうに告げて、私の頬に手を伸ばす。
拒んだ言葉とは裏腹に、土方先生の指が私の涙を拭った。

「…、」

拒むなら優しくしないでほしい。
頭の片隅で思うけど、

「俺のせいで…すまない。」
「…っ、」

好きだから、振り払えない。

「……土方先生、」
「ん?」
「…、……すみません…でした…、こんなこと言って。」
「……、」

顔を上げる。土方先生の手が離れた。

「明日からは……ちゃんと、元通りにします…。もう…何も聞かないし……余計なことも言いません。だから…明日からも……よろしくお願いします。」

小さく頭を下げる。

「…なんつーか、…、」

土方先生が言葉を選びながら口を開く。

「嫌だとか…そういうわけじゃねェんだ。」
「…?」
「あんなことがなけりゃ……早雨には違ったことを言っていたと思う。」

…え?

「まァ…アレがなけりゃ銀魂高校に来ることもなかっただろうが……いや、こんな話ししても意味ねェか。」

土方…先生…?

「ま、待って…ください。」
「なんだ?」
「それは…事情はあるけど、私の気持ち自体は迷惑じゃない…っていうことですか?」
「ああ。…都合のいい話だが。」

じゃあ…

「じゃあ…事情さえ解決すれば…」
「出来ない。」
「!」
「解決するとか、しないとかじゃねェんだ。」

…見えない壁が、

「変えようのないことだから…、…忘れてくれ。」
「…、」

邪魔をする。

「……わかりました。」

わかりたくないけれど、わかるしかなかった。
明日からの仕事のため。
明日からの自分のため。
これからの……ために。

「それじゃあ…今日はありがとうございました。」

物分りのいい振る舞いをするしかなかった。

「…お疲れ。」
「お疲れ様でした。」

車を降りて、頭を下げる。
走り出した車を見送る最中に溜め息が漏れた。

たくさん話したけど、何が残ったか分からない。
それ以上にも、それ以下にもならなかったとは思う。

「……土方先生…、」

近くにいるのに、手の届かない人。

『忘れてくれ』

…忘れられるわけがない。

にいどめ