至上最大の恋でした2

怪しい教室

「この辺のはず…だよね。」

歌舞伎町、歓楽街。
ビルの前の前に立つ呼び込みを交わし、辺りを見渡した。

「沖田さんも一緒に来てくれれば良かったのになぁ…。」

てっきり初回は案内してくれると思ってたのに、
『俺ァ用事あるんで』
『ええ!?』
『安心しなせェ。ちゃーんと紅涙が行くことは連絡しておくから』

とかなんとか言って、一緒に来てくれなかった。手書きの地図一枚を渡され、「楽しんできな」と送り出されてしまった。

「何が『楽しんできな』よ…。出だしから不安なんですけど!」

どこも入りづらそうな店ばかり。騙されそうな匂いもプンプンする。
大丈夫なの?私…。沖田さんなんかを信用して来ちゃったけど、本当に大丈夫なの!?

「おまけにこの手書きの地図、店の場所しか書いてないから店名が分からないんですけど!?」

辿り着けるの!?『黒いビルの地下』ってだけの情報で辿り着けるのよね!?

「~っああもう!既に帰りたい!」

いや帰っちゃおうかな。教室はタダだし、あとで沖田さんに連絡してもらえば大して問題ないんじゃない?

「…よし、帰ろう!」

踵を返した、その時。

「あ。」

視界の端に、黒いビルが映る。地下のフロアもありそうな雰囲気だ。

「これは…見つけちゃったかも。」

店舗名らしき看板はない。まぁ出てても合ってるか分からないけど。

「……、」

少し近付いてみた。やはり黒いビルの一階には、地下へ続きそうな階段がある。この階段を下りていけば探していた教室があるかもしれない…。

「くっ…、……ダメだ、勇気ない!」

怪し過ぎる!帰ろう!!

「おや?」
「!?」
「もしかして、紅涙さんですか?」

背後から掛けられた声に心臓が跳ねた。恐る恐る振り返ると、男性が小首を傾げながら微笑んでいる。…もちろん私を見て。

「紅涙さん、ですよね?沖田さんから聞いていますよ。」

黒っぽい着流しに身を包んだその人は、少し耳が隠れるくらいの金髪ストレートヘアー。なんというか…イケメンだ。そして限りなくホストっぽい。

「…。」
「…あれ?紅涙さん、じゃないのかな。」

…なるほどね、沖田さん。あなたの策が読めました。私がこの人に遊ばれて、土方さんと険悪な仲になる図を笑いたいんでしょ?でも…そうはいかなくってよ!

「人違いです。」
「っえ!?」
「私は紅涙じゃありません。それでは――」
「いやいやいや!でもこれ、」

そう言って男性が懐から紙切れを取り出した。

「アナタの顔、ここに写ってる紅涙さんとそっくりなんですが。」
「……。」

顔が引きつる。
この人…なんで私の写真持ってんのォォ!?しかも今日の服装じゃん!今着てる服じゃん!なんで!?

「かっ隠し撮りしたんですか!?」
「いえ、事前に沖田さんからいただいていた資料でして。」
「っ…、」

沖田さんゥゥッ!

「アナタが紅涙さん、でいいですよね。」

…………仕方ない。

「……はい。」

帰りたかったけど…一度だけ参加していこう。

「よかった、よろしくお願いしますね。」
「こ…こちらこそ……よろしくお願いします。」

うーん…この人、どこかで見たことある気がする。誰だっけ。…誰かに似てるのかな。そうだ…、誰かに似て……あ!

「銀さん?」

万事屋の銀さんだ。銀髪の時はこんな目力ないけど、すごく似てる。同一人物ってわけじゃなさそうだし…兄弟かな。

「…ああそうでしたね。あの事件に真選組は無関係でしたから。」
「?」
「わかりました、大丈夫です。」

何かに納得して、男性が懐から名刺を取り出した。

「俺は坂田金時と申します。」
「坂田……金時!?」
「万事屋の銀時とは…まァ世話になった間柄ですよ。」

フッと笑えば爽やかな風が吹いた…気がする。それくらい爽やかな印象。

「かなり似てますね…銀さんに。あ、雰囲気とかは別にして。」
「ははは、そうですか。」
「親戚か何か…?」
「ええ、そんなところです。最近は似ないよう努力してるんですが、やはり限界があって。」
「そうなんですか…あっ、でもあなたの方が全然カッコいいんで問題ないと思いますよ!」
「それはありがとうございます。アナタもこんなところに用がなさそうなくらい可愛らしいお嬢さんですね。」

うっわー…この人、完全ホストだわ。きっと名刺にも、如何にもホストクラブな店名が書いてるはず……と思ったけれど、

「…あれ?」

書いてない。というか、読めない。

『相歔欷機巧啓発教室 店長』

何これ…、『店長』しか自信ない。

「そ、そう…ぎ…?」
「ん?」
「あの…ホス……じゃなくて、教室の名前って?」
「ああ、『あいきょききこうけいはつ』教室です。」
「あいきょき……」

まさか聞いても分からないなんて…。

「ふ。アナタは本当に可愛い。」
「っぅえ!?」
「顔に出ていますよ、『わからない』って。」
「あ…はい。すみません…全く分かりません。」
「いいんです。あえて分かりにくい名前にしたので。」
「?」

なんで?わかりやすくして、たくさんの人に来てもらいたい…ものじゃないの?

「ここでは何ですので、中へ入りましょうか。」
「え、あ……はい。」

警戒を残しつつ、坂田さん…いや、金時さんの後ろについて行った。

地下の階段を下りたらすぐ入口…というわけでなく、まだその先に細く真っ直ぐな道が続いている。足元には赤や黄色のランプがポツポツと道を照らしていて、奥へ進むほど足音しか聞こえなくなった。

「ここって…どんな教室なんですか?」
「平たく言えば自己啓発です。ただ通常とは違って『相手の心理を知って自己を深めていきましょう』というキャッチコピーがありまして。」
「…?」
「体験してもらえれば分かりますよ。」

金時さんがやんわり笑った。

「さ、ここです。」

黒い木で出来た引き戸の前で振り返る。引き戸はガラスをはめ込んでおらず、代わりに淡い赤色の和紙を貼っていた。

「ようこそ、我らが城へ。」

カラカラと戸を開け、金時さんがお辞儀する。扉の先は、

「わ……、」

まるで別世界だった。
赤と黒を基調にした薄暗い店内、歴史がありそうな棚や机。フロアの中央には黒い柱が店を真っ直ぐに貫いている。

「なんか…遊郭みたい。」

それもかなりお高めの。

「そうですか。」
「…あっ、」

何も考えず口にした自分の言葉に気付く。

「すっすみません!教室なのに遊郭だなんて…。」
「いえ、そういうイメージで造らせた店ですので。」
「そうなんですか!?」

なぜに自己啓発教室を遊郭イメージで!?
ああ…ますます分からない。怪しいを通り越して、もはや何が何やら分からない!

「紅涙さんのお部屋は既に用意しております。」
「え、私の部屋…ですか?」
「個人レッスンですので。」

緊張するぅぅ~っ!

「こちらへ。」
「っぅ、はい。」

再び金時さんの後ろについて行った。
店内の廊下は決して広くなく、もし誰かと行き違おうものなら肩が触れてしまうだろう。

「……、」

歩き進めると、障子が閉まった部屋をいくつか目にした。明かりこそ透けて見えるけど、音は全く聞こえない。

「…沖田さん…何者…。」

あの人はどうやってここを知ったのだろう。まさか沖田さんが自分磨きをするため…なんてことはないだろうし。

「沖田さんには、ここを建てる時にお世話になりまして。」
「っえ、」

独り言が聞こえていたらしく、前を歩く金時さんが応えた。

「当時沖田さんとは縁がなかったんですが、銀時に紹介してもらいました。」
「紹介…、」
「なんでもこの手のことは得意だそうですね。カリキュラム内容にまでアドバイス頂いて、今も頼りにさせてもらってるんですよ。」

「そう…だったんですか。」

…何してるんだ、あの人は。けどそこまで沖田さんが絡む教室なら、土方さんが知った瞬間に潰されちゃうかも…。

「こちらです。」

金時さんが足を止めた。入口は他の部屋と何ら変わりない。

「さァどうぞ。」

入るよう手で促された。
自分で開けろってこと?

「…じゃあ、失礼します。」

微笑みながら傍で待つ金時さんに断りを入れ、私は障子を開けた。すると、

「…。」

中に既に一人いる。こちらへ背を向けて座る男性がいた。濃紺の着流しに身を包み、肩甲骨あたりまでの黒い髪をひとまとめにしている。

「…。」

その人は、私が部屋を開けても微動だにしない。気になって振り向こうともしない。

「…あの…金時さん、」
「はい。」
「部屋…間違ってません?」
「合ってますよ。さあ中へ。」

私の背中を軽く押し、部屋の中へ入らせた。

「それでは私はこれで。」
「えっ!?あのっ、金時さん!?」
「大丈夫。楽しんでくださいね。」

金時さんはにっこり笑い、爽やかな風を吹かせて障子を閉めた。

「ええっ!?ちょっ、金時さん待って!」
「紅涙、」
「っ……え?」

聞き覚えのある声に背中がゾワッとする。…ううん、聞き覚えがあるどころじゃない。聞き慣れた声だ。

「こっち来いよ。」

よく分からない動悸に襲われながら、私はゆっくり振り返った。だってこの声は、

「…土方…さん?」

土方さんそのものだから。

にいどめ