からくり
いつもの部屋へ入ると、
「おかえり。」
いつものように髪の長い土方さんがいる。
「た…ただいまです。」
「紅涙、今日は頼みがあるんだが。」
「頼み?なんですか。」
「髪を切ってほしい。」
「えぇぇっ!?」
土方さんが自分の髪を掴む。
まさか…まとめた毛束全部切れって!?
「ど、どうしてそんなこと…」
「やっぱりちゃんと似せた方がいいと思ってな、…教材的にも。」
そう言ってハサミを持った。土方さんの顔に迷いはない。
「オリジナルと同じような髪型にしてくれないか?」
「で…でも切るのは……」
「切ってくれ。」
「…、」
とにかく切ってほしい、そう言ってるように聞こえる。
「…私、うまく切れませんよ?」
髪なんて切り慣れてない。ましてや人の髪。簡単にハサミを入れたら失敗した時が大変だ。
「構やしねェよ。」
土方さんは私にハサミを握らせ、フッと笑った。
「紅涙が切ってくれることに意味がある。」
土方さん…。
「……、…わかりました。」
そこまで言うなら努力します。
私は土方さんの背後に周り、腰をかがめた。結っている紐を解き、手で軽く梳く。
「綺麗な髪なのに…。」
『からくり』なんてことが信じられないほど柔らかい髪。どことなく土方さんの髪質にも似ている気がする。まさかこんなところまで似せて作ってるの…?
「どうした?早く切ってくれ。」
顔半分だけ振り返った。
「…ほんとに切っちゃいますよ?」
「ああ。」
「変になったら、ちゃんと美容院へ行ってくださいね?」
「考えとく。」
「…じゃあ…」
―――シャキッ…
ハサミを入れた。
記憶の中の土方さんに近付けていく。切って、切って……部屋にシャキシャキと髪を切る音だけが響き、次々と毛束が落ちていった。
しばらくして、
「できた…!」
なんとか形になった。
土方さんは鏡の前へ行き、自分の髪を指先で触る。
「上手いな、紅涙。」
「えへへっ、マグレですよ。」
「ありがとう。」
土方さんが鏡越しに微笑んだ。…この髪型で微笑まれると、
「もう完全に見分けがつきませんね。」
ほとんど違いが分からない。私の目ですら瓜二つに見えた。
「それでいいんだ。より似せたかったんだから。」
土方さんは鏡を見ながら髪を触り、
「これでもっと紅涙の傍にいられるようになった。」
とても満足そうに言う。心底嬉しそうな顔を見ていると、こちらまで嬉しくなる。私は土方さんの髪を触って、
「疲れている時は、この真ん中の前髪の量が少し多くなるんですよ。」
本人すら気付いてないであろう特徴を教えてあげた。
「ならこういう時は?」
「七三っ!?…そ、そうですね。真面目な話をする時はその髪型かな。」
「そうか、わかった。参考にする。」
「っ、嘘ですっ、すみません!」
笑ったり、真剣な顔をしたり。その日は終始、髪の話で時間が過ぎて行った。
そんな次の日。
日常となりつつある夜間教室へ向かうと、
「…え?」
土方さんが、いなくなっていた。
「申し訳ありません、すぐに帰ってくると思いますので。」
金時さんが頭を下げる。
「買い物ですか?」
「いえ、そうではなく…」
難しい顔をして目を伏せた。
「言いづらいのですが、行方不明です。」
「え!?」
「紅涙さんもご存じの通り、彼はオリジナルそっくりのからくり。街での混乱を避けるため、基本的に外出は禁止しています。にも関わらず、無断で外出したらしく…。」
「どうして…」
「わかりません。トラブルもありませんでしたし、こういうことは初めてで…私も少々驚いております。」
土方さん…、…一体どこに?
「心当たりはありませんか?」
「残念ながら全く…。」
首を振る。けれど直後、金時さんがハッとしたような顔で私を見た。
「もしかすると、一昨日のことが忘れられなかったのかもしれません。」
一昨日?
「何かあったんですか?」
「おや?あなたと会っていたはずですが。」
「え?まぁ…会いましたけど。いつも通り。」
「いえ、ここではなく外で。」
「外?」
「あの日、あなたの忘れ物を届けると言って追いかけて行ったんですが…会ってませんか?」
「え…」
私を…追いかけて?
一昨日…、一昨日の夜は教室から帰って……違う、帰り道に土方さんと会った日だ。
「私、その日は偶然帰り道で土方さんと会って、一緒に帰ったんです。だからこっちの土方さんとは会ってなくて…。」
「そうでしたか…。……紅涙さん、」
「はい?」
金時さんが険しい顔をして私の肩を掴んだ。
「今日はお帰りください。あと、今から出会う『土方さん』にはくれぐれも気を付けて。」
…どういうこと?
「彼はあなたに会いに来る。」
「私に…?」
「昨日、髪を切りましたよね。あれはオリジナルと成り代わる気で切っていたのかもしれません。」
「ええっ!?」
「おそらく一昨日の夜、彼はアナタ方を見たのでしょう。そこで自分の中に沸き立つ嫉妬を覚え、本物になりたいと考えた。」
「そんな…、」
「教材としての『土方』でなく、アナタの傍にいる『土方』になりたいと考えた。」
「…そんなっ……」
「よくある話です。」
金時さんは自嘲するように笑う。
「やはり自我の制御は難しいですね。」
…もし、
もし昨日、そんな想いを秘めて嬉しそうに笑っていたとしたら……
『紅涙が切ってくれることに意味がある』
『これでもっと紅涙の傍にいられるようになった』
なんて切ない話だろう。
彼が私達を目にした時、きっと自分の存在を虚しく思い、同時にオリジナルの存在を憎く思ったはず…。
「…私、探してきます。」
「ありがとうございます。いずれアナタの前に現れるとは思いますが、オリジナルの…土方さんの元へ向かった可能性も高い。」
「……そうですね。」
土方さんと相対してしまったら…悲劇しか思い浮かばない。
「じゃあ行ってきます!」
「お待ちください、…これを。」
金時さんが薄い冊子を差し出した。表紙に『人工知能搭載人型機巧type.h』と書かれている。
「もしかしてこれ……」
「彼の説明書です。」
「…、」
ペラペラとページを捲る。パーツの説明や分解図などが載っていた。
「…そう、ですよね。」
あの土方さんは『からくり』。『からくり』だから、説明書もある。でも、こうやって目にするのは……ちょっと複雑だ。
「紅涙さん、次に彼と会った時は強制終了させてください。そうすれば初期化されます。」
「初期化!?」
「このまま放っておけば人類に有害な存在となりましょう。そうなる前に止めなければ。」
「っで、でも初期化するということは全部消えてしまうということで」
「その通りです。」
「っ…、」
それで…いいの?
たった数日間の学習だったとしても、積み上げてきたものが全部なくなっちゃうってことだよ?土方さんの気持ちは?私を支えようとしてくれた土方さんは……どう思う?
「アナタが気に病む必要はありません。初期化後、彼の中には何も残りませんから。もちろん悲しみすらも。」
「だからってそんな簡単に…」
「何かあってからでは遅いので。」
「っ、だけどまだ人を傷つけるとは決まってないじゃないですか。いきなり初期化するんじゃなく、もっと他の方法を――」
「いいえ、初期化が最良な方法ですよ。」
言い切る金時さんから、これまでにない強い意志を感じた。
「…、」
それでも、何か他の道があればと…私は……
「彼が可哀想ですか?」
金時さんの問いに頷く。
「たった数日ですけど…私が変われたのは、あの土方さんのおかげですから。」
「その想いだけで充分、彼は救われますよ。」
フッと小さく笑った後、
「だから、それ以上の想いは捨ててください。」
金時さんは恐ろしいほど冷めた目をした。
「アナタが教材である彼を選ぶことはないのだし、どれだけ似ていてもオリジナルでない彼はアナタの隣に並べない。そうなると、メモリーを残しておいた方が酷だと思いませんか?」
「っ…そ、れは……、…。」
何も返せない。
口を閉じると、代わりのように身体の中が罪悪感でいっぱいになった。
私は、あの土方さんが『からくり』だから、『教材』だから一緒にいた。都合よく接して、都合が悪くなったから…消す。
「わ、たし…、」
すごく、ひどいことをしている。
「…紅涙さん、」
金時さんが私の頭に手を乗せた。優しく撫でられ、顔を上げる。
「アナタはこの教室に向いていなかったようですね。」
「っ……、」
首を左右に振った。何も言えなかったけど、否定だけはしておきたかった。
そんな私を金時さんは苦笑して、
「今日でおしまいにしましょう。」