至上最大の恋でした7

からくり

翌日も、土方さんが飲み会へ出掛けるのを見届けてから夜間教室へ向かった。

いつもの部屋へ入ると、

「おかえり。」

いつものように髪の長い土方さんがいる。

「た…ただいまです。」
「紅涙、今日は頼みがあるんだが。」
「頼み?なんですか。」
「髪を切ってほしい。」
「えぇぇっ!?」

土方さんが自分の髪を掴む。
まさか…まとめた毛束全部切れって!?

「ど、どうしてそんなこと…」
「やっぱりちゃんと似せた方がいいと思ってな、…教材的にも。」

そう言ってハサミを持った。土方さんの顔に迷いはない。

「オリジナルと同じような髪型にしてくれないか?」
「で…でも切るのは……」
「切ってくれ。」
「…、」

とにかく切ってほしい、そう言ってるように聞こえる。

「…私、うまく切れませんよ?」

髪なんて切り慣れてない。ましてや人の髪。簡単にハサミを入れたら失敗した時が大変だ。

「構やしねェよ。」

土方さんは私にハサミを握らせ、フッと笑った。

「紅涙が切ってくれることに意味がある。」

土方さん…。

「……、…わかりました。」

そこまで言うなら努力します。
私は土方さんの背後に周り、腰をかがめた。結っている紐を解き、手で軽く梳く。

「綺麗な髪なのに…。」

『からくり』なんてことが信じられないほど柔らかい髪。どことなく土方さんの髪質にも似ている気がする。まさかこんなところまで似せて作ってるの…?

「どうした?早く切ってくれ。」

顔半分だけ振り返った。

「…ほんとに切っちゃいますよ?」
「ああ。」
「変になったら、ちゃんと美容院へ行ってくださいね?」
「考えとく。」
「…じゃあ…」

意を決して、
―――シャキッ…
ハサミを入れた。
記憶の中の土方さんに近付けていく。切って、切って……部屋にシャキシャキと髪を切る音だけが響き、次々と毛束が落ちていった。

しばらくして、

「できた…!」

なんとか形になった。
土方さんは鏡の前へ行き、自分の髪を指先で触る。

「上手いな、紅涙。」
「えへへっ、マグレですよ。」
「ありがとう。」

土方さんが鏡越しに微笑んだ。…この髪型で微笑まれると、

「もう完全に見分けがつきませんね。」

ほとんど違いが分からない。私の目ですら瓜二つに見えた。

「それでいいんだ。より似せたかったんだから。」

土方さんは鏡を見ながら髪を触り、

「これでもっと紅涙の傍にいられるようになった。」

とても満足そうに言う。心底嬉しそうな顔を見ていると、こちらまで嬉しくなる。私は土方さんの髪を触って、

「疲れている時は、この真ん中の前髪の量が少し多くなるんですよ。」

本人すら気付いてないであろう特徴を教えてあげた。

「ならこういう時は?」
「七三っ!?…そ、そうですね。真面目な話をする時はその髪型かな。」
「そうか、わかった。参考にする。」
「っ、嘘ですっ、すみません!」

二人で鏡を見ながら色んな髪型をする。
笑ったり、真剣な顔をしたり。その日は終始、髪の話で時間が過ぎて行った。

そんな次の日。
日常となりつつある夜間教室へ向かうと、

「…え?」

土方さんが、いなくなっていた。

「申し訳ありません、すぐに帰ってくると思いますので。」

金時さんが頭を下げる。

「買い物ですか?」
「いえ、そうではなく…」

難しい顔をして目を伏せた。

「言いづらいのですが、行方不明です。」
「え!?」
「紅涙さんもご存じの通り、彼はオリジナルそっくりのからくり。街での混乱を避けるため、基本的に外出は禁止しています。にも関わらず、無断で外出したらしく…。」
「どうして…」
「わかりません。トラブルもありませんでしたし、こういうことは初めてで…私も少々驚いております。」

土方さん…、…一体どこに?

「心当たりはありませんか?」
「残念ながら全く…。」

首を振る。けれど直後、金時さんがハッとしたような顔で私を見た。

「もしかすると、一昨日のことが忘れられなかったのかもしれません。」

一昨日?

「何かあったんですか?」
「おや?あなたと会っていたはずですが。」
「え?まぁ…会いましたけど。いつも通り。」
「いえ、ここではなく外で。」
「外?」
「あの日、あなたの忘れ物を届けると言って追いかけて行ったんですが…会ってませんか?」
「え…」

私を…追いかけて?
一昨日…、一昨日の夜は教室から帰って……違う、帰り道に土方さんと会った日だ。

「私、その日は偶然帰り道で土方さんと会って、一緒に帰ったんです。だからこっちの土方さんとは会ってなくて…。」
「そうでしたか…。……紅涙さん、」
「はい?」

金時さんが険しい顔をして私の肩を掴んだ。

「今日はお帰りください。あと、今から出会う『土方さん』にはくれぐれも気を付けて。」

…どういうこと?

「彼はあなたに会いに来る。」
「私に…?」
「昨日、髪を切りましたよね。あれはオリジナルと成り代わる気で切っていたのかもしれません。」
「ええっ!?」
「おそらく一昨日の夜、彼はアナタ方を見たのでしょう。そこで自分の中に沸き立つ嫉妬を覚え、本物になりたいと考えた。」
「そんな…、」
「教材としての『土方』でなく、アナタの傍にいる『土方』になりたいと考えた。」
「…そんなっ……」
「よくある話です。」

金時さんは自嘲するように笑う。

「やはり自我の制御は難しいですね。」

…もし、
もし昨日、そんな想いを秘めて嬉しそうに笑っていたとしたら……

『紅涙が切ってくれることに意味がある』
『これでもっと紅涙の傍にいられるようになった』

なんて切ない話だろう。
彼が私達を目にした時、きっと自分の存在を虚しく思い、同時にオリジナルの存在を憎く思ったはず…。

「…私、探してきます。」
「ありがとうございます。いずれアナタの前に現れるとは思いますが、オリジナルの…土方さんの元へ向かった可能性も高い。」
「……そうですね。」

土方さんと相対してしまったら…悲劇しか思い浮かばない。

「じゃあ行ってきます!」
「お待ちください、…これを。」

金時さんが薄い冊子を差し出した。表紙に『人工知能搭載人型機巧type.h』と書かれている。

「もしかしてこれ……」
「彼の説明書です。」
「…、」

ペラペラとページを捲る。パーツの説明や分解図などが載っていた。

「…そう、ですよね。」

あの土方さんは『からくり』。『からくり』だから、説明書もある。でも、こうやって目にするのは……ちょっと複雑だ。

「紅涙さん、次に彼と会った時は強制終了させてください。そうすれば初期化されます。」
「初期化!?」
「このまま放っておけば人類に有害な存在となりましょう。そうなる前に止めなければ。」
「っで、でも初期化するということは全部消えてしまうということで」
「その通りです。」
「っ…、」

それで…いいの?
たった数日間の学習だったとしても、積み上げてきたものが全部なくなっちゃうってことだよ?土方さんの気持ちは?私を支えようとしてくれた土方さんは……どう思う?

「アナタが気に病む必要はありません。初期化後、彼の中には何も残りませんから。もちろん悲しみすらも。」
「だからってそんな簡単に…」
「何かあってからでは遅いので。」
「っ、だけどまだ人を傷つけるとは決まってないじゃないですか。いきなり初期化するんじゃなく、もっと他の方法を――」
「いいえ、初期化が最良な方法ですよ。」

言い切る金時さんから、これまでにない強い意志を感じた。

「…、」

それでも、何か他の道があればと…私は……

「彼が可哀想ですか?」

金時さんの問いに頷く。

「たった数日ですけど…私が変われたのは、あの土方さんのおかげですから。」
「その想いだけで充分、彼は救われますよ。」

フッと小さく笑った後、

「だから、それ以上の想いは捨ててください。」

金時さんは恐ろしいほど冷めた目をした。

「アナタが教材である彼を選ぶことはないのだし、どれだけ似ていてもオリジナルでない彼はアナタの隣に並べない。そうなると、メモリーを残しておいた方が酷だと思いませんか?」
「っ…そ、れは……、…。」

何も返せない。
口を閉じると、代わりのように身体の中が罪悪感でいっぱいになった。
私は、あの土方さんが『からくり』だから、『教材』だから一緒にいた。都合よく接して、都合が悪くなったから…消す。

「わ、たし…、」

すごく、ひどいことをしている。

「…紅涙さん、」

金時さんが私の頭に手を乗せた。優しく撫でられ、顔を上げる。

「アナタはこの教室に向いていなかったようですね。」
「っ……、」

首を左右に振った。何も言えなかったけど、否定だけはしておきたかった。
そんな私を金時さんは苦笑して、

「今日でおしまいにしましょう。」

夜間教室の終わりを告げた。

にいどめ