至上最大の恋でした8

相対する者

金時さんは言った。

『強制終了させるボタンは左の眼球です』

「…、」

説明書を胸に抱き、言われたことを思い返す。

『左の眼球を押せば電源が落ちます。心配はいりません、少し強めに押せばいいだけですから』

「…出来るかな。」

私に。
ただでさえ、全てのメモリーが消えてしまうというのに。

『彼のためを思うなら実行してください』

「……、」

メモリーを消したら、あの土方さんはどうなるんだろう。
私が教室へ通わなくなれば、『土方さん』として存在する必要もない。…じゃあ別人になるの?解体されて…まるで、リサイクルされるみたいに。

「……残酷だ。」

誰よりも、私自身が。
あそこは『からくり』として接することで意味を成す教室。
なのに私は、彼を人として見てしまった。土方さんに近付きたい一人の人間として接してしまった。
そのせいで……オリジナルに成り代わりたいだなんて思いを抱かせてしまったのかもしれない。

「私が…」

私が、彼を……、…。

「……はぁ…、」

やめよう。今は捜さなきゃ。…だけど、

『あの日、あなたの忘れ物を届けると言って追いかけて行ったんですが…会ってませんか?』

「…忘れ物って何だったんだろう。」

まだ何も返してもらってない。生活する上で特に足りない物もない。

「一体何を忘れて……、…ってそれどころじゃない、早く捜さなきゃ!」

この街のどこかにいる、彼を。
初期化されるとも知らず、オリジナルになろうと考えながら街を歩く…『からくり』を。

「…紅涙?」
「!」

聞き馴染みのある声に振り返った。

「何やってんだ?」
「土方さん……」

着流しに身を包む土方さんだった。
でも…どうして?

「お疲れ様です…、」
「お疲れ、紅涙。」

私にやんわり微笑む。着流し姿が歌舞伎町に馴染んでいて、まるで休日のように雰囲気がやわらかい。飲み会に行ってた……はずなのに。

「…。」
「どうした?」
「……いえ、なにも。」
「こんなとこで何してたんだよ。」
「あっ、そ、それは…ちょっと。」
「『ちょっと』?」
「……探し物をしてたんです。たぶん…見つけましたけど。」
「たぶん?なんだそりゃ。」

ハハハと軽く笑う。私の違和感が確信に変わった。

「…土方さんは?」
「ん?」
「土方さんの飲み会は、もうお開きになったんですか?」
「ああ…今日は早く終わったんだ。だから紅涙を探しにきた。」
「…私を?」
「街をほっつき歩いてるって聞いたから。」

私に手を差し出す。

「掴まえて、一緒に帰ろうと思ってな。」
「…、」

…ちがう。これは土方さんじゃない。この人は…『からくり』の土方さんだ。

「…今日はどんな人と飲んでたんですか?」
「うん?」
「飲み会の相手、誰だったのかなぁと思って。」

出来ることなら、私が真実を突きつける前に自分から名乗ってほしい。そうすればまだ…本物を乗っ取る気なんてないって思える。

「フッ。なんだよ、ヤキモチか?」
「ヤキモチですよ。」
「紅涙…」
「教えてください、誰と飲んでたのか。」

畳み掛けるように答え、目を見つめた。

「…、」
「…。」

土方さんと瓜二つの眼が瞬きする。その奥に、微かな揺らぎが見えた。

「…お前が気にすることなんて何もねェよ。」
「それでも知りたいんです。」
「……、」
「教えてください、…土方さん。」

食い下がる私に、

「…お前……、」
「…。」
「……、……はぁ。」

何かを察した。

「…、…。」

一度口を開いたものの、何も言わずに再び閉じる。目を伏せ、もう一度視線を合わせた時には、

「…どこで分かったんだよ。」

降参したかのような苦笑いを浮かべた。

「まだ紅涙の目は騙せねェんだな。街の人間は騙せたのに。」 
「私も一瞬わかりませんでしたよ。…でも、いくつか引っ掛かる点があって。」
「『いくつか』?随分あるな。」
「んー……4つくらいです。」
「4つもかよ…。」

顔を引きつらせる。私はその姿に小さく笑い、人差し指を出した。

「まず1つ目は服装。」

「服装?この色の着流しで合ってるはずだぞ。アイツはよくこれを着てるってデータがある。」
「そうですね。けど土方さんが連日お呼ばれしている飲み会は仕事なんです。つまり今夜の服装は……」
「隊服じゃないとおかしい、か。」
「その通り。」
「んだよ…。」
「私を責めないことにも違和感がありました。こんな時間にこんな場所で会ったら、しつこく聞いてくるはずですから。」

土方さんと偶然会うのは二回目になる。となると、さすがにしつこく聞いてくるはず。

「…なるほどな。あと2つは?」
「煙草です。隙あらば煙草を吸う人なのに、あなたからは煙草の匂いが一切しない。まとう空気が綺麗すぎたんです。」
「アイツも吸わない時くらいあるだろ。」
「それが吸わなくても匂うんですよね。ヘビースモーカーが過ぎると、服や髪だけでなく、肌にも匂いうつりしちゃうみたいで。」
「マジかよ…。」
「マジです。」

あくまで個人的な見解ですが。

「そんなので大丈夫か?アイツの身体。」
「…ふふっ、やっぱり優しいですね。」
「っな…何なんだよいきなり。」

ほんのり頬が赤くなる。
こんな風に分かりやすいのは、変え様がないのかもしれない。

「それが4つ目です。」
「?」
「4つ目は……あなたが優しすぎるところ。」
「優しい…?」

私の言葉に目を丸くした。

「アイツも…同じだろ?」
「オリジナルの土方さんは『一緒に帰ろう』なんて手を差し出しませんよ。探しに来るかもしれませんけど、きっと『何やってんだ、帰るぞ』くらいです。」
「そうなのか…、……。」

眉間に皺を寄せ、何やら考え込む。私は慌てて訂正した。

「勘違いしないでくださいね?オリジナルの土方さんもちゃんと優しいです。ただ、ありのままの気持ちを表に出せないタイプで。」
「…どうだろうな。見たままの人間かもしれねェぞ?」
「それはないと思います。証拠もありますし。」
「証拠?」
「はい。…あなたですよ。」

あなたは土方さんの完全なコピー。それでいて、心の鏡。

「あなたが出会った時から優しいのは、コピー元の土方さんが優しいから。…そういうことでしょう?」
「…、」

たとえ普段は気持ちが見えづらい人でも、心にちゃんとたくさんの想いがある。そしてその中には、私だけの場所もちゃんと作ってくれてる。

「土方さんが私を想ってくれてるって、あなたが教えてくれました。」

…私は土方さんに愛されてる。

「優しいあなたがいたから、今そう思えるんですよ。」
「紅涙…、」
「ありがとうございます、土方さん。」

私から手を差し出した。

「一緒に帰りましょう。」

あるべき場所に。

「帰って、一緒に金時さんに謝りましょう。」
「一緒に?紅涙は何もしてねェだろ。」
「私も謝らなきゃいけないことがあるんです。」

金時さんとの約束、果たさないまま連れて帰るから。

「…帰って、二人で謝りましょうね。」

初期化の話、なくなるといいな…。

「……わかった。」

土方さんが私の手を握った、その時―――

「どういうことだ?」
「!?」

離れた場所から、

「そいつは……俺か…?」
「「!」」

土方さんの声がする。

「っ、土方さん…!?」

え、本物!?なんで!?なんでここにっ!?

「紅涙、お前…」
「ああああのっ、これはっ」

「あれが…オリジナル。」

その声にハッとした。見れば『からくり』の土方さんが目を見開き、土方さんの方へ足を踏み出している。

「アイツさえいなけりゃ……」
「っダメですよ!」

握っていた手を強く引いた。

「行かせません。」
「…紅涙、」
「一緒に帰るって約束したじゃないですか。それともまた…私に嘘つくんですか?」
「……、…その言い方はズルいな。」

苦い顔をして、肩の力を抜いた。
それを見ていた本物の土方さんが、しびれを切らしたように声をあげる。

「おい、説明しろ!何なんだ、そいつは。」
「っえ…えっと、…か、れは……」

「っるせェ男だな、」

『からくり』の土方さんが、本物の土方さんを睨みつけた。

「ちったァ黙って見守れねェのか、テメェは。」
「あァん…?」

睨まれた土方さんも睨み返す。…何やら不穏な空気だ。

「何なんだ、テメェは。」
「あっあのそれついては私から――」
「紅涙、いい。俺が教えてやる。」

え!?

「いやっ、あのっ…順を追って話さないとややこしく――」
「俺はお前だ、土方十四郎。」

あああああっ…!

「俺だと?」
「ああ。」

だ、ダメだ…どこから手をつけていけばいいか分からない!

「え…えっとですね、土方さん。これには色々と背景が…」

「俺が土方十四郎に決まってんだろうが!」

「あの…」

「そうか。だが俺も土方十四郎だから仕方ない。」
「んなわけねェだろ!」

「……。」

「もっと分かるように言え!」
「それ以外に言いようがねェんだよ。」
「逃げんじゃねェ!」
「!…、」
「お前が土方十四郎なら、現実から目を背けたりしねェはずだ。」

…土方さん……、

「…。」
「言え。本当のお前は誰だ。」
「…、……、」

『からくり』の土方さんが、ゆっくりと口を開く。

「…俺は……、」

私と手を繋いだまま、

「俺は…、……、……お前のコピーだ。」

自分の口で、そう言った。

にいどめ