今日は何の日? 3

こんなことなら記念日なんて

「うわ~っ、大きい鯉のぼり~!!」

街を歩けば、そこら中で『こどもの日』を感じる。甘味屋は柏餅を売り出しているし、玩具屋はここぞとばかりのアピール合戦。
マヨネーズや煙草を前面に推している店は一つもない。…まァ当然か。

「あ!副長さんだ~!」

嬉しいもので、こんなナリでも街で声を掛けてくれる子どもは多い。

「ごくろうさまです!」

敬礼する子どもの姿に俺は僅かばかり口角を上げる。傍に立っていた母親が小さく頭を下げた。すると母親は子どもの肩を叩き、

「副長さんに言ってきなさい。」

コソッと告げる。
そう。コソッとだったが、俺の耳は逃さなかった。

「……来たか。」

いよいよ来た。さっきは近藤さんに肩透かしをくらったが、これは間違いない。

「副長さ~ん!」

走って駆け寄る子どもに、俺は腰を下ろして目線を合わせた。

「どうした?」
「あのね~、」

さァ来い!お前の祝いを全身で受け止めてやろう!

「オモチャ買って!!」
「……。」

なんで俺がァァ!?
つーか、あの親は何てこと言わせてんだよ!
遠巻きに見ていた母親を睨みつけると、慌てた様子で駆け寄ってきた。

「すっすみません!もうっ、違うでしょ!?『今日はお世話になります』って言うの!!」

なんで世話するんだっけ…?ああそうか、真選組の解放デイか。忘れてた。

「え~、だってオモチャ欲しいもん。副長さん、オモチャ買ってよ~。」
「お母さんが買ってあげるから!」

母親は「すみませんでした」と何度も頭を下げ、子どもを引っ張りながら歩いて行った。

……そうだよな、俺が変に期待しちまうから腹立つんだよ。無条件に誰かが祝ってくれるもんだと思ってたから、こんなことになってるんだ。
お前らは去年まで『たまたま偶然』俺の誕生日を思い出し、祝ってくれていた。そういうことなんだろ?

「はァァァ~……。」

こんなことなら、国の法律で『28歳以上は誕生日を祝うの禁止』とかにしてくれねェかな。そうすれば、つまんねェことでソワソワすることもなくなるのに。

「…あ、局中法度に入れちまうってのもありか。」

新たに禁止事項を作っちまえば、少なくとも屯所内は心穏やかに過ごせ……

「…っぶねェ!」
―――キキィィーッ!!

男の叫び声と甲高いブレーキ音が背後で聞こえた。

「?」

何事だ?
振り返る。自転車に跨る坂田がいた。

「なにボーッと歩いてんだよ!危ねェだろ!?」

自転車に跨ったまま、団子の串で俺をさした。まだタレの掛かった団子が二個刺さっているところを見ると、どうやらみたらし団子らしい。こんなもんで指されたのは人生初だ。

「聞いてんのかよ!」
「ああ…。だがお前もそれ食いながら走ってたんだろ?」
「それが何だ!」
「片手運転は道路交通法違反で罰則。」
「!!バババカ言うんじゃないよ、俺はちゃんと両手で運転してたから!手で持たなくても団子くらい食えるタイプだから!」

どんなタイプだよ……。

「見ろ!」

坂田がみたらし団子の串を咥える。串に残っていた二つの団子を器用に唇で引き寄せながら食い始めた。…言わずもがな、口の周りはベトベトだ。

「…もういい、汚ェからやめろ。」
「ふぉーゆーふぁふぇふぃふぁふぃふぁふぇーよ。」
「あァ?」
「ん、ぐっ。っぷは、『そういうわけにはいかねェ』っつったんだよ!」

雑に口元を拭う。もはや着物もベトベトだ。

「みたらし団子を理由に捕まるなんて、『みたらし団子の日』にあるまじき事態だろ!?甘党として許されねェ!」

…また出やがったよ、ナンチャラの日。

「それは甘味屋オリジナルの日か?」
「いや?ちゃんと記念日として登録されてるけど。」
「……。」
「それが何だよ。」

記念日記念日記念日。これでいくつ目の記念日だ?…というか、

「お前、なんで自転車なんだよ。」

こんなもんに乗ってる姿なんて初めて見たぞ。

「バイクの調子が悪くてな。コイツは代車。」
「へー…」

バイクの代車に自転車とは……

「よく文句も言わずに乗ってるな。」

普通は店側も、同型の代車がなかったとしてもバイクくらい用意するもんだろ。

「たまにはこういうのも悪かねェよ?」
―――チリンチリンッ

機嫌良く自転車のベルを鳴らす。ウザイこと、この上ない。

「お前もたまには乗ってみろ。意外と楽しいぞ?貸してやろうか。」
「いらねェよ。」
「即答しやがって。まァ気が変わったらその辺の自転車屋に行ってみろ。今日は『自転車の日』で30分無料貸し出し中だから。」

『自転車の日』!?

「俺、この機にちょっとやりたいことあるんだよね~。」
「……やりたいこと?なんだ。」
「ンッフフ~。」

思い描いてるのか、坂田の顔がニヤニヤと歪む。

「…何するつもりだ。」
「紅涙とニケツ。」
「あァ!?」

なんでそこでよりにもよって紅涙なんだよ!

「チャリでニケツとか学生っぽくね?わざとフラフラ走って、キャッキャウフフよ。」
「やってみろ!道路交通法違反で即刻しょっぴいてやるからな!」
「!!っつ、つまんねーヤツ!!」

フンッと鼻を鳴らし、坂田が自転車をこぎ始めた。

「いいもんねー!今から誘いに行くもんね~!!」
「っあ、おいコラ!」

進み出した自転車を掴み止めようとした時、

「イケね。やっぱダメだわ。」

坂田がブレーキをかけた。

「ッあっ、ぶね!」
「俺これから予定あるんだったわ。」
「予定?」
「そ。すっげェ大事な予定。お前も聞いてるだろ?今日が何の日か。」
「!」

ま…まさか。
……いや、期待しないと決めたはずだ。…決めたはずだが、

「今日のために準備してきたんだからな。」

これはもう俺の誕生日だろ!
…フッ、そうか。サプライズだったから、誰も俺の誕生日に触れなかったんだな。

「…坂田、」
「ん?」
「今のは聞かなかったことにしてやる。」

俺は片手を上げ、「じゃあな」と背を向けた。

「え?おい待て、知らねェなら特別に教えてやるぞ?お前は行かねェだろうし、ライバルでもないんだから。」

『ライバルじゃない』?
コイツの誕生日、五月五日じゃないよな…?

「…何の話だ。」
「耳貸せ。他に聞かれるとマズい。」

坂田が手招きする。俺は眉を寄せて耳を近付けた。

「今日はな、」
「……。」
「今日は、『ジャグラーの日』だ。」

…………だよな。やっぱ俺の誕生日じゃねーよな。ハハッ、もう何?慣れたっつーか?勉強の域に達してるよね。このままいけば、今夜辺りには五月五日限定の記念日博士になってるよ俺。勉強ついでに聞いてやろうじゃねーか。

「…なんだ?『ジャグラーの日』って。」

坂田から耳を離す。

「ジャグラーって、ジャグリングのアレか?」
「違ェよ、パチスロのアレだ。」

パチスロ……

「な?他に聞かれたらマズいだろ。ジャグラーに人が殺到すると台移動も満足に出来なくな――」
「どうでもいいわ!」

聞いて損した!

「おいおい、その言い方はねェだろ。全国のパチ屋とパチスロ愛好者と北電子の皆さんに謝れ。」
「っく……、」

確かに……今のは俺が悪い。

「…すみませんでした。」
「うむうむ、許してやろう。」
「なんでお前が!?」
「代表だ。誰よりも金使ってる自信あるから。じゃあな。」

坂田は自転車をこいで立ち去った。アイツの背中はパチ腐れのオッサンでしかない。

「なんなんだ…。」

五月五日って、一体何の日なんだ。
俺、誰かと会う度に謝ってるし……。どうして誕生日にこんな思いしなきゃならねェんだよ。気分悪ィな…。

「あァァ~ッ、気分悪ィィ!!」

誰か俺を祝いやがれ!!!

「副長?」

その声に振り返る。そこにはギョッとした顔の原田がいた。

「ど、どうしたんすか?道の真ん中で叫んだりして。」
「…ちょっとな。」

身内に見られちまったか…。
俺は煙草を取り出し、火を点けた。そう言えば……

「紅涙と一緒じゃなかったのか?」

原田の隣に紅涙がいない。

「早雨っすか?今日は一緒じゃありませんけど。」
「どこに行った?」
「さァ…俺にはちょっと。」

てっきり買い出しを手伝ってるもんだと思っていたが…違ったのか。…まァいい。この際コイツが今俺を祝えば、少しは腹の虫もおさまるってもんだ。

「原田、俺に何か言うことはないか?」
「え!?え、えーっと……、」

視線を巡らせて答えを探す。
考えないと分からない辺りも腹立つが、そこは我慢してやろう。

「あっ、子ども達に配るお菓子の買い出しは完了しました!」
「……。」

敬礼する原田に、『どうでもいいわ!』と言いたい気持ちを呑み込んだ。

「他は。」 
「ほ、他っすか?えーと……」
「ないのか?」
「そ…そうっすね……、……ありません。」
「……わかった。」

俺は重い溜め息を吐き出した。
もういい。もうスッキリしたい。

「紅涙を屯所に呼び戻せ。」

ああだこうだと思案するのはヤメだ。強制的に紅涙に祝わせる。

「い、いや、今日はアイツにも色々と予定が……」
「いいから電話しろ。早急に呼び出して、俺の部屋に連れて来い。」
「しっ、しかし……」
「早くしろ。」
「っ……わかりました。」

渋々、原田が携帯を取り出す。上司なりに部下の休日を守ろうとした姿は褒めてやろう。

「…もしもし、早雨?」

どうやら電話はすぐに繋がったようだ。

「悪いんだが、これから副長室に来れるか?ちょっとミスっちまってよ。」

ミスね…、言ってろ。
原田が電話してる姿を横目に、俺は屯所へと戻って行った。
5/5は本当に……
・自転車の日
・みたらしだんごの日
・ジャグラーの日

にいどめ