なくなればいいと思ったのは昔
「戻りました~!」
紅涙が屯所に戻って来た。その足で紅涙は副長室に来て、「早雨です」と声を掛ける。
「入れ。」
「失礼します。」
部屋に入ってきた紅涙の頬が、白く汚れている。
「頬に何付けてるんだ?」
「え?あ、ほんとだ。」
拭った自分の手を見て、恥ずかしそうに笑う。
「片栗粉です。急いで戻ってきたので、鏡を見忘れてました。」
『片栗粉』?
「何してたんだ。」
「甘味屋で柏餅作りのお手伝いをしていました。これで子ども達に配る分も準備万端ですよ!」
手伝いって……
「お前、今日は非番だろ?なんで手伝いなんかしてんだよ。」
「なんでって…特にすることもありませんし、どうせなら皆の準備を手伝おうかなって。」
……今の、結構グサッと来たな。『することない』ってなんだ。あるだろうが。
「五月五日の甘味屋はすごく忙しいんですよ。『端午の節句』に加え、みたらし団子の――」
「知ってる。」
「え?」
「『みたらし団子の日』だろ?だから『みたらし団子』もよく売れて忙しい、ってか。」
「そうです。よくご存知ですね!」
いないと思ったら、他のヤツのために時間を割いてたなんて……面白くねェ。
「そんな日のために時間使ってんじゃねーよ。」
「『そんな日』だなんて失礼な…。今日を楽しみにしてる子ども達はたくさんいるんですよ?」
知るか。
「甘味屋さんも頑張ってるんですから、そんな言い方しちゃダメです。携わる皆さんに謝ってくださ――」
「謝らねェよ。」
もう一言たりとも謝ったりしねェ。
むしろ俺が邪険に扱われるようになった原因なんだから、こっちが謝ってもらいてェくらいだ。
「どいつもこいつも…分かってねェんだよ。」
「なにイライラしてるんですか。」
「別に。」
「どこぞの女優みたいな言い方しないでください。あの人も大人になって『別に』発言を後悔してるんですから。…たぶん。」
「どうでもいいわ!俺はお前なら…っ、……。」
紅涙なら、俺の顔を見てすぐに祝ってくれると思ってたのに。
「なんですか?」
「…今日が何の日か、本当に覚えてねェのかよ。」
「今日?今日は…『端午の節句』です。」
「そうじゃなくて。他にもっと身近な…大事な記念日があるだろうが。」
「うーん…五月五日って結構色々あるんですよね。『わかめの日』『手話記念日』、『たのしくドライブする日』なんてものもあって…」
紅涙は俺がこれまで耳にしてきた記念日を散々挙げ、
「他に何かありましたっけ?」
最後は首を傾げた。
信じらんねェ…。それだけ知ってて、俺の誕生日は出てこないのか。
「あと何かありました?」
「今日は…」
「はい。」
「今日は…、……。」
大の大人が自分で誕生日をアピールするなんて…バカバカしい。
「……、」
恥をかいてまで言う必要あるのか?
そんな疑問が頭を占めた。
だが俺はこのつまらねェことで午前中を棒に振ったんだ。結局のところ、お前の口くらいからは聞きてェってことだよ。
「今日は…俺の誕生日だろうが。」
『誕生日おめでとう』って。
そのたった一言を、紅涙から聞きたい。
「土方副長…、」
「……。」
バカにするならバカにしろ。
そう思いながら、顔を背けた。すると紅涙は、
「やっと言った。」
フフッと小さく笑う。…『やっと』?
「『やっと』ってどういう――」
「皆さーん!」
「!?」
紅涙が突然大きな声を出した。途端、
―――スパンッ!
部屋の障子が開く。何十人もの隊士が顔を出した。
「え、何?なんだよお前ら…」
「せーのっ」
「「「お誕生日、おめでとうございまーす!」」」
「!」
なんだ……、
「…覚えてたのか。」
近藤さんが、ガハハと笑う。
「当たり前だろう?我が真選組鬼の副長の誕生日を忘れるヤツなんて一人もいねェよ。」
総悟が鼻先で笑った。
「いい歳していつまでも祝われてェなんて、さすがは『こどもの日』生まれのお子様でさァ。」
「沖田隊長、その言い方は全国の五月五日生まれに反感を買いますから。」
山崎が天井を見ながら「すみません、五月五日生まれの皆さん…」と謝る。
「…覚えてたんなら、なんでトボけたふりなんかしたんだよ。」
「ふふっ、今年は土方副長から言ってくるまでお祝いしないっていうルールだったんですよ。新手のサプライズ、どうでした?」
どうって……。
「トシのことだから、普通に待ってるだけじゃ言わねェだろうと思ってな。各自で別の記念日を満喫して、精神的に追い込む作戦を取ったんだ。」
祝う人間にすることじゃねーだろ…。
「寂しかったですか?土方副長。」
紅涙が俺に首を傾げて問う。そのニヤニヤした顔に、坂田を思い出した。
アイツもこれを聞かされてたんだな…。
「…もし俺が言い出さなかったらどうするつもりだったんだ。」
「スルーでさァ。」
「なっ…!?」
「というのは沖田さんの冗談で、夜にお祝いする予定でした。」
…んだよ、
「なら黙っときゃ良かった。」
「そうでもありませんよ?早く言ってもらわないと、これが固くなっちゃうところでしたから。」
紅涙が小走りで廊下へ出る。キュルキュルと音を鳴らしながら戻ってきたかと思うと、小さな台車を押してきた。
「じゃーん!これ、土方副長のために作ってきたんです!」
台車の上にはいくつか皿が並んでいる。しかしどの皿も、
「団子…?」
団子だ。団子が乗っている。大小、形状様々だが、今年はケーキでなく団子で祝おうとしてくれているらしい。
「おう早雨君、いい感じに出来てるじゃないか!」
「ありがとうございます、近藤局長!」
「どれも俺達の食いもんじゃねェってことが気持ち悪ィですがね。」
食いもんじゃない?
「団子じゃねェのか?」
「お団子ですよ。ただし土方副長ために作った、特製マヨネーズ餅です!」
「マヨ…餅?」
「このお皿はシンプルに白い団子を三つ串刺しにしてマヨネーズをかけた『マヨ団子』で、」
紅涙が串に刺さった団子を指さす。
「こっちは牛皮で大豆とマヨネーズの餡を包み込んだ『マヨ大福』になります。」
「す、すげェな…。」
「そしてこの一番大きなのがメイン!スポンジを土台にしてマヨ大福をピラミッド上に積み上げ、最後に全体をマヨネーズでコーティングした『マヨ餅ケーキ』です!」
「……。」
そ、そうか。俺のために作ってくれたってのは…嬉しいよ。
「それじゃあ土方副長!まずはひと口食べてください。で、その後は皆さんで頂きましょう!」
紅涙の声に、「え!?」と全員が半歩下がる。
「い、いや俺達はちょっと…。」
「副長だけで楽しんでもらって…いいよな。」
全員が頷く。紅涙は不思議そうな顔をした。
「意外とイケますよ?マヨネーズの塩っぽさと白餡が口の中でネットリ混ざって…」
「やめろ、早雨。想像するだけで気持ち悪くな……うっぷ。」
原田が口元を手で押さえる。総悟は軽く片手を上げると、「じゃあ」と言った。
「俺ァ早めの昼飯に行きやすんでこの辺で。」
「あ、俺も!」
「俺も俺も!」
好機とばかりに隊士が去って行った。
結局部屋に残ったのは紅涙だけだ。
「土方副長はコレがお昼ご飯ですね!」
嬉しそうに話す姿に、嫌とは言えない。
…いや、決して嫌ではないんだ。だだ……量が多すぎるだろ。
「この餅は米をついて作った餅なのか?」
「はい!ちゃんと朝から頑張って、甘味屋の主人と一緒にお餅をついてきました。」
「……そうか。」
なら日持ちしねェな。紅涙の頑張りもあるし、どうにか美味いうちに食っちまわねェと。
「いただきます。」
「どうぞっ。」
試しにマヨ大福を口へ放り込む。
こ、これは……
「…どうですか?」
「うまい。」
「本当に!?」
「ああ。」
想像以上に俺好みだ。毎食これでも問題ない。むしろちょっと加減して食わねェと、食いすぎて太っちまいそうな…
「たくさん食べて大きく育ってくださいね、土方副長。」
「…なんだよ、それ。」
「『こどもの日』は柏餅を食べて成長を願うでしょう?だから、私もそんな想いを込めて作ってきました。」
…フッ。
「まだ俺に成長しろと?」
「もちろん。真選組がこれ以上の発展を遂げるためにも、土方副長には成長し続けてもらわないと!」
「誰目線だよ。」
「未来の妻?」
「ブフッ!!」
口の中のものを噴き出しそうになり、思わず口元を手で覆った。
「ばっ、つ、妻って何だよ!」
「妻は妻ですよ。ワイフがいいですか?あ、ハニーとかダーリン?」
「んなこと言ってんじゃねェから!」
「も~そんな大きな声を出さないでください。ビックリしちゃうじゃないですか。」
そう言って、
「ねえ?」
紅涙が自分の腹を撫でる。
「お、おいそれ…」
「私達の子どもが一緒に真選組で働ける日まで、頑張って盛り立ててくださいね、土方副長。」
「紅涙……」
…って、
「ふざけんのも大概にしろ!」
コイツ、すぐに調子乗りやがる。
「あらやだ、気付いちゃいました?」
「気付くわ!つか、そもそも付き合ってねェし!そういうことした記憶もねェし!」
「この流れで婚姻届にサインしてもらおうと思ったのに…。」
「書くわけねェだろうが!」
ったく、どうしようもねェヤツだな。
まァこんな紅涙だから、お前だけは俺を忘れないと思えるんだろうけど。
「ちなみに今日は『未来の日』でもあるそうですよ。たくさん記念日があってステキですね、五月五日って。」
ステキ、か…。そんな風に考えなかったな。
「…記念日になんてウンザリだ。」
「あの記念日も大変だったんですから~。各自どれを担当するか揉めちゃって。」
「近藤さんのが一番ヤバかったぞ…。」
「私達もあそこまでするとは思ってませんでした…。」
鼻先に匂いが甦る。海藻に満たされたあの部屋は二度と入りたくない。明日から一日中換気させて、徹底的に掃除してもらわねェと…。
「あ!そう言えばロウソク立てるの忘れてますよね!?」
紅涙が袋に入ったままのロウソクを取り出した。
「この大福にロウソクを立てる気か?」
「大福じゃなく『大福ケーキ』ですから。土方副長、ライター貸してください。」
立てる気なのか…。
紅涙は俺の意思に関係なく問答無用で大福にロウソクをぶっ刺し、火を点けた。
「さ、どうぞ。願い事してから吹き消してくださいね。」
「そうは言っても……。」
俺は人前でロウソクを吹き消す行為が好きじゃない。あれって妙な恥ずかしさがないか?
「どうしました?」
「……。」
「早く消さないとロウが垂れてきちゃいますよ。」
…仕方ない。
「今日は特別だぞ。」
この部屋には紅涙しかいないから…やってやる 。
「……。」
「何をお願いしてるんですか?」
「言うわけねェだろ。」
「え~、教えてくださいよ。」
「黙れ。」
「言ってくれれば、私が叶えてあげられるかもしれませんよ。」
「いい。」
「そう言わずに……」
「俺を好きならちょっとは静かにしてろ。」
「うっ…、……。」
フッ、素直なヤツめ。
だったらそうだな…、お前のことをロウソクの願いに込めてやろう。
「……、……。」
で、結局願い事は何にしたかって?
だから言わねェよ。言ったら叶わなくなるだろ。
『今日からの一年も、紅涙がまた俺の傍で賑やかに過ごしますように』
…とかじゃねェから。断じてそうじゃねェから。
何はともあれ、
「土方副長、お誕生日おめでとうございます!」
「……サンキュ。」
・端午の節句
・未来の日
・にいどめせつな歴代二次創作サイト
『恋は病』『a.m』開設日
そして何より……Today is your day ! Toshi !!
2019.12.31加筆修正 にいどめせつな