夏の思い出 3

定番の席替え

「さて。何か食べ物を頼みましょうか。」

お妙さんが手をパチンと叩き、提案する。

「食べ物っつっても、ここは呑みメインの店だろ。あんのか?」
「やぁね土方さん。ここは私の『すまいる』よ?ない物なんてないわ。」
「私の、ね…。」

土方さんが顔を引きつらせて笑った。

「お妙さんのお店なんですか?」
「あらあら紅涙ちゃんてば。残念ながらまだ違うのよ~。ただのNo.1。」
「No.1…?」
「お妙ちゃんは『すまいる』の売上No.1ホステスなんだよ~。それもずーっとね。」
「すごい!」
「も~。紅涙ちゃん、おだて上手っ。」

お妙さんが照れた様子で私の肩を叩く。それが想像以上に重く、思わず「うっ」と声を漏らしてしまった。さすがは近藤さんの目に割り箸を突き刺す力の持ち主…。

「さ。紅涙ちゃんは何が食べたいのかしら。なんでも言ってちょうだいな。」
「え、えーっと……」
「俺はマヨネーズ大盛りで。」

…え?マ…マヨネーズ?

「ちょっと土方さん。あなたにはまだ聞いてませんから。紅涙ちゃんが先よ。」
「ああそうか。悪ィな、紅涙。」

『紅涙』!?いきなりの呼び捨て!?しかもナチュラル…!!この人…かなり女慣れしてるな…。
……って、そりゃそうか。こんなルックスなんだし当前だ。

「いえ、順番はいいんですけど……マヨネーズって調味料のマヨネーズのこと、ですよね?」
「調味料なんて言うな。」
「えっ…、…あ、すみません。」

ギリッと音が鳴りそうくらいに睨まれ、つい頭を下げる。
な、なんだなんだ?私…間違ってないよね?まるで彼女を庇うくらいのテンションで言われたけど…マヨネーズは調味料だよね?

「あのね、紅涙。」

友人がコソッと耳打ちしてきた。

「土方さんは極度のマヨラーなのよ。だからマヨネーズに関する話はタブー。」
「そうなの!?」
「厳密に言えば、触れると面倒くさいから私達が勝手にタブー化してるだけなんだけどね。」

早く言ってよ友人~。
でもこの人がそこまでのマヨラーだったとはね…。見た目的には焼き魚を大根おろしと醤油で姿勢よく食べてそうな人なのに…。

「土方さん、こんな時にまでマヨネーズ愛を晒すのはやめてくださいね。今日の主役は紅涙ちゃんと山崎さんなんだから、脇役は我慢しなくっちゃ」

お妙さんの忠告に土方さんが舌打ちする。

「おい山崎、マヨネーズ頼め。」
「ええ!?俺はマヨネーズいりませんし…」
「遠慮すんな。ほんとはマヨネーズが欲しいんだろ?欲しいんだよな?欲しいって言え。」
「え…あ……ほ、欲しいです。」
「よし。お妙、マヨネーズ大盛りで。」
「も~、山崎さんも食べたい物を言ってちょうだいね。」
「は、はい。ありがとうございます。」

すごい力技だ…。
…いやその前に。主役が私と山崎さんだなんて言い方……

「なんかお見合いみたいですね。」

ウケる。二人のために開かれた合コン=お見合いじゃん。

「ね?山崎さん。」
「う、あっ、はい…そうですよね。」

山崎さんが慌てた様子で頷いた。その耳が赤い。シャイな人?素直そうだし、土方さんには及ばないけどそこまで整ってない顔ってわけでもないし…

「…ふふ。」
「…ははは。」

…うん。この合コンみたいなお見合い、悪くないかも。

「腹減った。」
「「!!」」

低い声に私と山崎さんが小さく肩を揺らす。空気を裂いたのは土方さんだった。

「早く頼め山崎。」

明らかに不機嫌そうな顔つきで山崎さんにメニューを押し付ける。

「…ちぇっ。はいはい、わかりましたよー。」
「テメェ…ナメてんのかコラァァ!!」
「すみませェェェェん!!」

山崎さんは早々に立ち上がり、「注文お願いしまーす!!」と個室を出て駆けていった。

「あらあら、個室だから注文用の電話があるのに。」
「いいんだよ、ああいう空気読めねェ奴は。」

『空気を読めない』…?

「紅涙ちゃんはここから頼みなさいね。」
「あ、はい。」
「紅涙、マヨネーズも忘れんなよ。」
「え、でもきっと山崎さんが注文して……」

「お妙さん!!」

「「「!?」」」
「こ、近藤さん…」

いつの間に復活を…?

「席替えしましょう!席替え!!」

大きな声のまま、近藤さんは目を輝かせて右の拳を握り締める。一方お妙さんは近藤さんの様子を見て、怒りで右の拳を握り締めた。

「ゴリラァァ…テメェは黙って」
「待って待ってお妙ちゃん。」

友人が「いい考えじゃない?」と口にする。

「タイミングとしては早過ぎるけど、何だか緊張してる空気ないから席替えしちゃわない?」
「…それもそうね。でも紅涙ちゃんの意見をきかなくちゃ。どう思う?」
「あ……はい。私は別にどちらでも。」
「よっしゃァァ!!じゃ席替えだ!トシはこっちで山崎はここな!俺はもちろんお妙さんの横をキ」
「キープしてェのは命か?この脳みそクズゴリラ野郎。」
「お、お妙さんどんどん言葉が汚く…」
「アァん!?」
「うぐっ、な、なんでもありません。」

近藤さんはお妙さんに胸倉を掴まれ、乾いた笑いを返した。

「や、やだなァお妙さん!僕がキープするのはボトルですよ、ボトル!」
「……フン、ならばよし。」

お妙さんは片頬だけを上げてニヤリと笑う。
近藤さんは「…え?」と笑顔を張り付かせた。

「すみませーん。特A個室にピンドン3本お願いしまーす。」
「おおおお妙さん!?」
「ボトル、入れてくれるんですよね?近藤さん。」
「……も、もちろんですよ。」

なんか…ここに来てからすごい世界ばかりを見てる気がするな…。

「ったくよォ。」

土方さんは面倒くさそうな溜め息を吐き、

「で席替えはすんのか、しねェのか。」

そう言った。その話は流さないんですね…。

「そうよね、早くしちゃいましょう。くじ引きだと不公平になるから私が決めるわ。」
「はァ!?結局お前も近藤さんと変わんねェじゃねーか!」
「なぁに?土方さん。」
「ッ…、…いや、何も。」

土方さんすらもを黙らせるお妙さんって一体…。

結局、席替えはお妙さんがサクサクッと決めた。
向かいの席は左から友人とお妙さん。私は元の席のままで、私の左に土方さん、右には未だ注文から戻らない山崎さんが座ることになった。

「あれ?お妙さん。俺の席は一体どこに…?」

近藤さんが尋ねる。
確かに近藤さんの席だけ設けられていない。空いてる場所はお妙さんの隣しかないけど……

「そこですよ。」

お妙さんがニコッと笑って指す。その場所は…廊下だった。

「ろ、廊下!?」
「十分でしょう?元々あなたは呼ばれてないんですから。」
「あ…。」

近藤さんが一瞬フリーズする。けれど黙って廊下へ出ると、座ってこちらを見た。

「あら、いい場所じゃないですか。お似合いですよ。」
「そ、そうですか!?まァ広いですし、たまに人が通りますけど疎外感も言うほど――」
――ー、ピシャッ

閉めたァァ!この人、部屋と廊下を隔てる扉閉めちゃったよォォ!?こ、近藤さんもまだ何か話してたのに…

『…あれ?お妙さん?扉が閉まっちゃいましたよ?』

―――ガタガタッ

『あれ?開かない…。お妙さん?なんかちょっと扉が噛んじゃってるみたいなんですけどー』

…違う。違うんですよ、近藤さん。扉はお妙さんが開かないようにしてるんです…。

「お、おい、お妙…これはさすがに冷てェだろ。」
「いいんですよ、脇役どころか部外者なんですから。」
「だが…」
「お妙ちゃん、いいアイディアだと思うけどこれじゃあ山崎さんが入ってこれな――」

『うわっ!何やってんですか局長!』

「…チッ。」

廊下で聞こえた山崎さんの声に、お妙さんが舌打ちする。「どんくせェな」と聞こえたのは気のせいだと思いたい…。

「一体何が起きたんです?」

扉が開き、山崎さんと共に近藤さんが部屋へ入ってくる。すかさずお妙さんが腕まくりして追い出そうとしたけど、友人がなだめて止めた。
結局近藤さんの席はお妙さんの隣で、ご機嫌に座っている。

「あれ?もう席替えしてたんですか?」
「山崎さんは紅涙ちゃんの隣よ。」
「あ、はい。えっと…よろしくお願いします。」

山崎さんがペコッと頭を下げる。
私も頭を下げて「よろしくお願いします」と言うと、妙に気恥しい空気が流れた。

「山崎ィ、ちゃんとマヨネーズは頼んできたのか?」
「はい!しっかり忘れずにエビマヨ頼んできました!」
「ッ、馬鹿かテメェ!誰がエビマヨなんか頼んだんだ!」
「えっ、だってマヨネーズ系の食べ物を…」
「エビマヨじゃマヨが弱ェだろうがよォォ!!」

マヨネーズ愛…!

「でっでも皆さんが食べられる物じゃなきゃと思って…」
「うるせェッ!頼み直してこい!」
「うわッ、はははい!」

再び駆け出して行こうとした山崎さんに、

「っ、待ってください山崎さん!」

私は慌てて引き留めた。

「私、好きですから!」
「えっ…?」
「好きです。だから、なかったことにしないでください。エビマヨ。」
「あ、…え、エビ、マヨ……はい。」
「クク…。」

シュンとする山崎さんと、喉の奥で笑う土方さん。私、なんか変なこと言ったのかな…?
二人に首を傾げていると、土方さんが向かいの席に向かって指をさした。

「おい山崎、テメェの席はそっちだ。」

え?

「いやでもさっき俺の席は紅涙さんの隣だって…」
「俺が決めた。」
「ええ!?お、俺はここに座りた――」
「あァん!?」
「ひィィッ!!」
「いいじゃんいいじゃん、山崎さーん。こっちおいでよ~。」

友人が自分の隣をポンポンと叩く。お妙さんも「そうよ」と微笑んだ。

「私達の間に来なさいな、山崎さん。」
「や、でもそっち側は既に三人座ってますし…」
「どこに?」

あ…また近藤さんを無き者として扱ってる……。

「ほらほら~。山崎さん、こーこ。」

友人は山崎さんの手を引いてお妙さんとの間に座らせた。一番端に座っていた近藤さんは、ギューギューに扉の方へ追いやられている。だがその顔は幸せそうだ。

たぶん分かってないんだろうな…。
あの位置は、扉を開ける度に顔面を殴打することを。これから何度となく開け閉めされるあの扉に…。

「山崎さんハーレムじゃーん。」
「いやっ、その…」

女性二人に挟まれた山崎さんは、顔を真っ赤にしてうつむく。…ん?あれ…?なんか…おかしくない?私と山崎さんが主役の合コンだったんじゃないの?いやいいんだけども。

――カタンッ

小さな物音に目を向けると、隣に座る土方さんが眉間に皺を寄せて煙草に火を点けていた。恐い顔だ。でも…やっぱり男前。

「ん、あ悪ィ。煙草ダメか?」

土方さんが私を見る。

「ダメ…じゃないです。」

煙を浴びるのは嫌だけど、こんな男前に聞かれてダメとは返せない。土方さんは煙草を口に咥えながら、煙草の箱を閉じた。

「土方さんって…絶対モテますよね。」
「はァ?なんだよ急に。」
「モテそうだなーと思って…。」
「どうだろうな。俺、そういう話に疎いから。」

土方さんが鼻先で笑う。私はその顔を見ながら、心の中で大きく頷いた。

うん、好きだ…!!

にいどめ