モテ期到来?+興奮三昧
私は隣で煙草を吹かす土方さんにうっとりしながら話しかけた。
出来るだけ、たくさん話していたい。だって今回の合コンは、私と山崎さんを引き合せるために組まれたもの。つまりは、土方さんには全くその気がないということだ。
「慰安旅行は数年に一回程度だな。」
「あるんだ~。どこに行くんです?やっぱり警察だし、海外とか?」
「いや、大半が近場の温泉。金ねェからな、うち。」
「温泉…」
いいよいいよ、いいじゃないか温泉。
土方さんが温泉か~。似合うだろうな~浴衣。きっとセクシーで色気が半端なく……
あれ?やだ私ってばいつの間にか妄想思考。
「紅涙は好きか?温泉。」
「へ!?あっ、はい!好きです!」
つい全力で答えてしまったが、人並み程度だ。けれど土方さんはそんな私に小さく笑って「そうか」と頷いた。ふう、と煙を吐いて煙草の灰を灰皿で落とす。この人は本当につまらないことですら絵になるなぁ…。
「俺も好きだ。」
…へ。
「……。」
「どうした?」
「へ…あ、いえ。」
あ、危ない危ない!今完全に勘違いしてフリーズしてた…!
「最近行ってねェなー…温泉。」
「次の慰安旅行はいつ頃なんですか?」
「決まってない。出来るだけ安い時期に行きてェとこだが、大体は行ける時次第だな。」
「忙しそうですもんねぇ…。」
「まァ毎年、『今年は行けたらいいな』っつー程度だ。あ~温泉行きてェ…。」
ふむふむ、土方さんは温泉好きなのか。
「個人で行かないんですか?温泉。」
「一人で行くのはちょっとな。」
「!!」
こ、これはっ…アピールチャンスなのか!?
「じ、じゃあ今度行きましょうよ、温泉!」
言ったァァ!勇気出して言ったァァァ!!
「紅涙と…二人でか?」
「ぅっあ、はい。っいや、二人じゃなくてもいいんですけどね!」
私は「そのっ」とか「いい温泉を知ってて」とか、適当な嘘も交えながら間を埋めた。とにかくなんとしても沈黙だけは避けたかった。こんな話の流れで沈黙になるなんて最悪すぎる!
断るなら上手い具合にサラッと笑い飛ばせるような言い方をしてもらえると助かるんだけど……
「……。」
沈黙かーい!
もういたたまれないよ!居心地悪すぎて気を失いそうだよ!
「あのっ」
「お前も長ェこと行ってねェのか?温泉。」
「え!?あ、はっはい!そうですね、これっぽっちも!!」
「『これっぽっちも』ってお前…。」
プッと笑う。
「何か変…ですか?」
「ああ、変だな。」
煙草を灰皿に押し付け、土方さんが私を見た。
「紅涙、お前の予」
「二人で何の話をしてるんレすかァ~?」
「「!?」」
「…や、山崎さん?」
向かいから身を乗り出して話しかけてきた山崎さんのせいで、土方さんが言おうとした何かを聴き逃した。
「なんか二人の距離近くありませんかァァ~?」
「…山崎、お前酔ってんのか?」
「酔ってませんよーだ!」
「…殴るぞテメェ。」
舌を出した山崎さんの目がすわっている。この短期間でどれだけ飲んだらそこまで酔うわけ!?
「山崎さーん、ボトルなくなりましたよ~。」
「あらこんなところに近藤さん名義のカードが。これで頼んじゃいましょうか。」
「いえーい!」
「お、お妙さん…俺、ここにいます。せめて直接俺におねだりしてくださいよ。そしたらいくらでも…」
「ピンドン追加でお願いしまーす。」
「ううう嘘!いくらでとか言ったのは言葉のあやで」
「山崎さーん、ピンドン来ますよ~!」
「ちょっと待ってェ~!」
…なるほど、この二人が飲ませたのか。
「副長ォ!副長は脇役なんレすから、脇役らしくジッとしててくラさいよね!」
「や、山崎さん、落ち着いて。」
「紅涙さんは黙ってへくラさい!」
うっわー。かなり酔ってるなぁ…。
土方さんはわずらわしそうに眉間に皺を寄せ、新しい煙草に火をつけた。
「っるせェなァ。酔っ払いは大人しくしてろ。」
「大人しくラんてしません!離れてくラさいよ!」
「…あァ?」
「俺を追いやったのをいいことに、副長はずっと紅涙さんと話っぱなしじゃないレすか!」
ちょ、ちょっと山崎さん、やめてくださいよ。土方さんが変に意識して席替えになっちゃったらどうするんですか!?
「やだ~、山崎さんてばヤキモチ~?」
「あらあら。紅涙ちゃんたらモテモテね。」
「ちょっ、そういう冗談は…」
「やきもちレすよ!」
山崎さんゥゥゥ!今こじらせないでェェ~!
「よかったじゃん紅涙~。今年の夏は楽しくなりそうね~!」
「いや、あの…」
「山崎、テメェは黙って部屋の隅でミントンでもしてろよ。」
土方さんゥゥゥ!酔っ払いの相手はしないのが鉄則ですから!よりもよって何でけしかけてるんですか
「俺が主役だって言ったのはアナタじゃラいレすかァ~!」
「うるせェんだよ!空気読めバカ!」
「空気ラんか見えないもんは読めまフェん!」
「それが上司に対する態度かテメェ!!」
我慢ならねェと立ち上がった土方さんは、そばにあった刀を手に取った。
…あったんですね、刀。さ、さすがだなぁ。
「今日ばかりは俺も譲れまフェんからね!」
山崎さんも刀を手に立ち上がる。
…皆さん常に持ち歩いてる物なんですね。さ、さすがは真選組だなぁ。
「表出やがれ山崎ィィ!!」
「上等レすよコラァァ!!」
えー…。
「ちょっとアナタ達!いい加減にしてくださいな!」
お妙さんの制止にも二人は鎮まる気配がない。一番効力のありそうな近藤さんは、ピンドンを抱きしめながら悲しげに眠っていた。
もう何よ、この状況…。ちょっと離脱しようかな。
「あ、あの…私ちょっとお手洗いに行ってきますね。」
私以外は全員こういう状況をしょっちゅう見ている人達だ。少し時間が経てばきっと鎮圧しているに違いない。
落ち着いた頃に部屋へ戻ろう。
そう思い、私は賑やかな個室を後にした。
「はぁぁぁ~…。」
盛大な溜め息がトイレの個室に響く。
疲れたからじゃない。土方さんのせいだ。あの人、マジでヤバイ。
「マジでカッコイイ…。」
さっきはちょっとイイ感じの雰囲気にもなったし……いやそうでもないか。結局温泉の話もスルーされちゃったもんね。
ま、合コンはいつも通りその場を楽しんで終わりってパターンになるだろうな。あんなカッコイイ人にご縁を求めること自体が間違い……
「…くそぅっ!」
頭では分かっていても、せっかくの出逢いを逃したくない!もったいなさすぎる!!
「どうしようかな…。」
どうにかならないかな。どうすれば土方さんの中に私を残せるんだろう…。
「うーん…」
――ヴヴッ
スマホが鳴る。友人からメッセージが届いていた。
『遅いけど大丈夫?』
えっ。私、そんなに長い時間トイレにいた!?恥ずかしっ!
友人には『大丈夫!すぐ戻る』とだけ返し、長かった理由を考えながら廊下へ出た。するとその先に、
「ここにいたのか。」
なぜか土方さんが立っている。休憩スペースらしき壁際にある灰皿の前で煙草を吹かしていた。
「土方さんは…どうしてここに?」
まさか山崎さんと殺りあって…もとい、やりあってきた後の一服!?
「あ、あァ…ほら、アレだ。煙草が吸いたくなってよ。」
「わざわざここに来て吸わなくても…。」
「うっ、うるせェな!いいだろ別に!…ここで吸いたかったんだよ。」
気まずそうな様子で顔を背ける。…おや?これはもしかすると、
「土方さん、」
「…なんだよ。」
「もしかして、私を心配して待っててくれたんですか?」
「ッ、ばっ馬鹿野郎!違ェから!!」
え、うそ、マジで!?何これ、何この優しさ!どんだけ好きにさせる気なんすかアナタは!
「…外、」
「はい?」
「外に……出ねェか?」
「え!?」
こ、これは……もしや…もしや二人で抜けようという意味では!?
「いっ嫌ならいいんだ。…忘れてくれ。」
あまりの興奮で思考が停止している隙に、土方さんは自己完結して立ち去ろうとする。私はその背を引き留めようと、
「嫌なわけないです!!」
急いで、歩き出した土方さんの服を掴んだ。ちょうど、脇腹くらいに余る服の端。そうすると、
「ひィィ!!ちょ、おまっ、」
土方さんが背筋を伸ばして身体を震わせる。すぐさま私の手を払い除け、文句言いたげに睨んできた。
「そんなとこ掴むヤツがあるかよ!」
「…くすぐったいんですか?」
「い、いや?そういうわけじゃねーけど。」
…ふふ、変な人。そこまで強がる必要ないのに。
「…なに笑ってんだよ。」
「え、笑ってます?おかしいな、心の中で笑ったつもりなんですけど。」
「顔がニヤけてる。」
「それはすみませんでした。気をつけます。」
「ったく。…行くぞ。」
そうして私達は店の外へ出た。びっくりするくらい、自然な流れで…。
「どこに行きます?」
遅い時間でも明るい夜の街を二人で歩く。
隣を見上げれば明かりに照らされた土方さんが目に入り、否が応でも心臓が高鳴った。
嘘みたいだ…。ほんと、まさかの展開。これからどこ行くのかな。別の場所で呑みなおし系?それとも公園かどこかで夜空見上げてロマンチック系かな?
それともそれとも、ガッツリ大人な…ホ…ホテ……
「悪かったな、ガヤガヤさせちまって。」
「ふえっ!?」
「『ふぇっ』て……」
「す、すみません…ちょっと考え事をしてまして。」
ビックリした~…。すごいこと考えてる時に話し掛けてくるんだから。
「…何を考えてたんだ?」
そこ聞きます!?
「え、えーっと…」
「隠すなよ、俺に隠し事はナシだろ?」
「!?」
「…なんてな。」
土方さんが小さく笑う。カ…カッコイイィィ~!カッコよくて死ぬ!!
「そこのお兄さ~ん、ちょっと遊んでいかな~い?」
悶える私をよそに、土方さんが店の呼び込みに声を掛けられた。土方さんは目も合わせずに完全無視をきめこんだけど、向こうも中々諦めない。
「お兄さんみたいな人なら~、女の子も超サービスしてくれるよ~?」
いやいやバカなの?ここに女の子いるでしょーが。私が一緒に歩いてるんだから、店に一人で入るわけないでしょうよ!それとも何?この人達には私が女に見えてないとでも…
「ね~ね~、こんな子どう~?」
…見えてないな。
呼び込みの男性は写真入りの紙を持って土方さんの肩に手を回す。それを機に、土方さんの態度は豹変した。
「ッせェんだよ、邪魔すんじゃねェ。」
「そんな怒んないでさ~、ちょっとだけ」
「これ以上テメェの口から騒音を垂れ流すようなら、その口に石でも詰めて沈めんぞ。」
「ヒッ…は、はい、すみませんでした…。」
「二度と声掛けんじゃねェ。わかったな?」
「はははい、承知しましたすみませんでした。生まれてきてすみません。」
睨まれた男性が、そそくさと足早に立ち去る。
「ったく、こんな街じゃまともに歩けねェな。」
カ…カッコヨ~イ!!もう何してもカッコイイよ土方さん!!
「離れんなよ、紅涙。」
土方さんが手を差し出す。こんな人と手を繋げて、この低い声で名前まで呼ばれたら…
「もう何されてもいい…。」
「何か言ったか?」
「いっいえ、何も。」
しっかりと握り締められた手。私の頭の中は、このままだと鼻血が出るんじゃないかと思うくらいに興奮していた。
「こうしてればお前も護れるし、誰も俺に声掛けて来ねェだろ。」
「な?」と、繋いだ手を持ち上げて土方さんが微笑む。
ふと、『すまいる』に残してきた皆のことが頭に過ぎった。けれどそんなことは目の前の幸せに呆気なく消え去った。ごめんね、皆。私、この夏は逃せないわ!