ネオン街を出た辺りから、妙に浴衣を着た人たちが目立ち始めた。
「今日は何かあるんですかね。」
「知らねェのか?」
「え?」
「今日は……いや、なんでもない。」
いや、何でもなくないでしょ。
「何があるんです?お祭り?」
「まァそんなもんだ。」
なぜ隠す!?
…でも土方さんはそれがあることを知ってたってことだよね。
つまり知ってた前提で私を連れ出したと。
つまりつまり、そこに私と行きたかった、…ってこと?キャー!!うれしー!!
「今から行くところは、そのお祭り関係ですか?」
「行きゃ分かる。それまでは内緒だ。」
内緒バンザイ!
私は興奮冷めやらず、土方さんに手を引かれるままウキウキで歩いた。……が。
「ちょ…あの、土方さん?」
「あァ?」
「どこに…っ行く気ですかね。」
予期せぬ事態。
ステキな夜の想像とは裏腹に、今なぜか私達は険しいあぜ道を歩いている。
葉っぱが足にガシガシ当たって痛い。
たまに背の高い植物が顔を叩いてきて痛い。なんか色々痛い…。
「もうちょっとだ。」
何が!?
『もう歩きたくない!』なんて言えるわけもなく、「はーい」と返事をして大人しく歩いた。
唯一の救いは、ずっと土方さんが手を繋いでくれていたこと。
それだけが私のモチベーションを保っていた。
「…ついた。」
ようやく足を止める。
そこは今まで歩いてきた道が嘘のように、だだっ広い場所だった。芝生のような綺麗な草が生え揃っている。その上、
「うわ……すごい!」
海まで見えた。
目の前の視界は森の茂みが半分と、暗くて水平線が消えている黒い海。
「高いだろ?だいぶ登ってきたからな。」
「こんな場所、知りませんでした…!」
近くには民家もなければ、人の気配もない。
とても静かで不気味に感じそうなくらいなのに、そう思わないのはたくさん星が出ているからだと思う。
「ここにはよく来るんですか?」
「いや、総悟が…、…部下がサボりに使っててな。それで知ったんだ。」
土方さんは大きな木に寄り掛かるようにして腰を下ろす。
「こっち来いよ。」
…嗚呼、神様。私、今かなりヤバイです。
ほんと…ドキドキし過ぎで息とか上がってませんかね。鼻の穴とか広がってませんよね?
「し…失礼します。」
土方さんの左隣に座ってみる。
ぴったり引っ付くのはさすがにどうかと思って、少しだけ隙間を開けた。
もちろん埋めたい距離ではある!だけど大胆すぎる行動はダメだ。
「花火大会。」
「え?」
「今からあんだよ。」
煙草を取り出し、火の点いていない煙草を口に咥えたまま土方さんがフッと笑う。
「さっき浴衣着てるヤツらが多かっただろ?アレだ。」
「ああ!そうだったんですか!」
江戸の花火大会、今日だったんだ!すっかり頭から飛んでたなぁ~。
「俺は花火なんて興味ねェんだけどよ、」
「そうなんですか?」
「ああ。いつもなら忘れて、音がして思い出す程度だ。」
私は「そうなんですか」と相槌を打ちながら、土方さんが煙草に火をつける様子を目に焼き付けていた。
この人の火をつける姿…何度見ても絵になる。これなら絶対に禁煙なんてさせられない!!
「けど今日はなんか思い出したんだ。」
煙草に火をつけ、一息吸った土方さんが空に息を吐き出す。
「なんでか、紅涙と花火を見たいと思った。」
やだ私…死んじゃうわ。この人に心臓掴まれて死んじゃうよ!
「会ってまだ短ェ時間だけどよ、そんなの」
「そんなの関係ないです!!」
「…お、おう。そうだよな。」
出会ってからの時間なんて関係ない!
少なくとも私は一目惚れみたいなもんですよ!!
「お前と話してると、何か楽なんだ。いや楽になれるっつーか…癒されるっつーか。」
土方さんはふうと煙を吐き出し、それを右手に持ち直した。
「紅涙…、」
空いた左手を、私と土方さんの間にある微妙な距離につける。
身体を支えるようについたその手は、私の方へと土方さんの唇を近づけた。
ああ…最高だ。私、土方さんとチューしちゃう。
合コンやって良かった…!友よ、お妙さんよ、ありがとう!!
ゆっくりと目を閉じる。唇まで、あと3cm…。
「……、」
息を止めて、目を閉じて。
すぐそこに土方さんの熱を感じる。皮膚がザワザワしてくる。
ああ…っ、いよいよ土方さんの唇が…ふ…触れ……
「副長ォォォォッ!!」
「「っ!?」」
どこからともなく叫び声が聞こえてきた。
けれどそれは必死に捜しているような感じではなく、
「天誅じゃァァァァ!!!」
憎しみを含んだ、地鳴りのように突き上げる叫び声。
未だ姿は見えないけど、随分とお怒りであることは充分に伝わってきた。
「…山崎の野郎。」
土方さんの眉間に皺が寄る。
山崎さんよ…、
もしアナタのせい二度と土方さんとキス出来なかった時は……滅殺しますよ。
――ガサッ
「ん見つけたァァァァ!!」
茂みの揺れと同時に、刀を振り上げた山崎さんが顔を出した。
傍にお妙さん達の姿はなく、どうやら山崎さん一人で来たようだ。
「…テメェ、」
「抜ゥ~けェ~駆ァ~けェ~!!」
クワッと開いた山崎さんの目は恐ろしいほどに恨みがかっている。私は彼を見ながら顔を引きつらせて笑った。
「おお落ち着いてください山崎さん!」
「落ち着いてられるかァァ!!」
「ヒッ…」
「紅涙、すまねェな。アイツ、ほんと空気を読めねェヤツでよ。」
そういう問題じゃなくない!?
土方さんは山崎さんの方を向きながら煙草に火を点ける。
「待ってろ、すぐに終わらせてやる。」
口に煙草を咥えたまま、ニヤッと笑う。
こんな時でもいちいちカッコイイ…!
「天誅じゃァァァァァ!!!」
山崎さんが何度目かの雄叫びを挙げる。
丘に響いた声が反響する前に、土方さんの姿が私の視界から消えた。
――ガキィィンッ
茂みの中から聞こえる甲高い金属音。
その後、「ギヤァァァァァ!!」と濁った悲鳴が続いた。ま、まさか…
「馬鹿が。」
土方さんが刀を振り払って歩いてくる。
ということは、あの悲鳴は山崎さんで…
刀を振り払ってるということは、何かが付いたというわけで……。
「ひじ…、土方さん…?」
「終わったぞ。」
『終わった』!?
「まままさか山崎さんを斬ったんですか!?」
「ああ。斬らねェと収まりつかねェからな。」
「どえぇェェ!?」
「んな驚くことねェだろーが。逆刃だ、逆刃。」
あ、さかば?刃が…逆ってこと?
「なんだ~、驚いたじゃないですかぁ…。」
「まァ強めには打ち込んできたから、しばらく起きられねェよ。」
土方さんは咥えていた煙草を指に挟み持ち、煙を吐いた。
「邪魔が入ったな。」
木の根元に座り直す。
あぐらをかいた土方さんが、自分の太ももの辺りを叩いて私を見た。
「こっち。来いよ。」
「っぐ」
グハッ…!
「『ぐ』?」
「っな、なんでもないです…。」
土方さんの隣に腰を下ろす。
うつむいていると、土方さんの手が私の耳に触れた。促されるように顔を上げる。
「……、」
何か言葉を交わす前に、
「っん…」
唇が重なった。
はぁ……幸せ。幸せで身体の芯が震えそう…、……って、
「んんッ!は、っ…ぁっ…」
ええぇぇ!?いいいいきなりでディープ!?
「ふっ…ぁ…っは…ッ」
あ、あれ…?気のせい、かな。
なんか…身体が……倒れて、きてるような気がするんですけど…。
「ッ、」
倒れてる!倒れてるよ!?
無理だから!さすがに外では無理だから!!
「ん…土方さっ…、待ッ」
「っ、あァ?」
「ッ外…っ…ゃン…」
「……。」
唇が離れる。土方さんが私を黙り見た。
「『やん』ってお前…」
「…ぅえ!?わっ私、そんなこと言いました…?」
「煽ってんのか。」
なっ…!!
グイッと顎を掴まれる。「違います!」と懸命に首を振ると、土方さんは笑って「バーカ」と言った。
「こんなとこでするわけねェだろうが。」
…あ、そうなの?
する気がないと言われると…ちょっとガッカリ?
そんなことを考えていると、
―――ヒュルルル…ドーンッ
「始まったな。」