夏の思い出 5

あと3cm+念願の

合コンを抜けて、土方さんと夜の街を二人で歩く。
ネオン街を出た辺りから、妙に浴衣を着た人たちが目立ち始めた。

「今日は何かあるんですかね。」
「知らねェのか?」
「え?」
「今日は……いや、なんでもない。」

いや、何でもなくないでしょ。

「何があるんです?お祭り?」
「まァそんなもんだ。」

なぜ隠す!?
…でも土方さんはそれがあることを知ってたってことだよね。
つまり知ってた前提で私を連れ出したと。
つまりつまり、そこに私と行きたかった、…ってこと?キャー!!うれしー!!

「今から行くところは、そのお祭り関係ですか?」
「行きゃ分かる。それまでは内緒だ。」

内緒バンザイ!
私は興奮冷めやらず、土方さんに手を引かれるままウキウキで歩いた。……が。

「ちょ…あの、土方さん?」
「あァ?」
「どこに…っ行く気ですかね。」

予期せぬ事態。
ステキな夜の想像とは裏腹に、今なぜか私達は険しいあぜ道を歩いている。
葉っぱが足にガシガシ当たって痛い。
たまに背の高い植物が顔を叩いてきて痛い。なんか色々痛い…。

「もうちょっとだ。」

何が!?
『もう歩きたくない!』なんて言えるわけもなく、「はーい」と返事をして大人しく歩いた。
唯一の救いは、ずっと土方さんが手を繋いでくれていたこと。
それだけが私のモチベーションを保っていた。

「…ついた。」

ようやく足を止める。
そこは今まで歩いてきた道が嘘のように、だだっ広い場所だった。芝生のような綺麗な草が生え揃っている。その上、

「うわ……すごい!」

海まで見えた。
目の前の視界は森の茂みが半分と、暗くて水平線が消えている黒い海。

「高いだろ?だいぶ登ってきたからな。」
「こんな場所、知りませんでした…!」

近くには民家もなければ、人の気配もない。
とても静かで不気味に感じそうなくらいなのに、そう思わないのはたくさん星が出ているからだと思う。

「ここにはよく来るんですか?」
「いや、総悟が…、…部下がサボりに使っててな。それで知ったんだ。」

土方さんは大きな木に寄り掛かるようにして腰を下ろす。

「こっち来いよ。」

…嗚呼、神様。私、今かなりヤバイです。
ほんと…ドキドキし過ぎで息とか上がってませんかね。鼻の穴とか広がってませんよね?

「し…失礼します。」

土方さんの左隣に座ってみる。
ぴったり引っ付くのはさすがにどうかと思って、少しだけ隙間を開けた。
もちろん埋めたい距離ではある!だけど大胆すぎる行動はダメだ。

「花火大会。」
「え?」
「今からあんだよ。」

煙草を取り出し、火の点いていない煙草を口に咥えたまま土方さんがフッと笑う。

「さっき浴衣着てるヤツらが多かっただろ?アレだ。」
「ああ!そうだったんですか!」

江戸の花火大会、今日だったんだ!すっかり頭から飛んでたなぁ~。

「俺は花火なんて興味ねェんだけどよ、」
「そうなんですか?」
「ああ。いつもなら忘れて、音がして思い出す程度だ。」

私は「そうなんですか」と相槌を打ちながら、土方さんが煙草に火をつける様子を目に焼き付けていた。
この人の火をつける姿…何度見ても絵になる。これなら絶対に禁煙なんてさせられない!!

「けど今日はなんか思い出したんだ。」

煙草に火をつけ、一息吸った土方さんが空に息を吐き出す。

「なんでか、紅涙と花火を見たいと思った。」

やだ私…死んじゃうわ。この人に心臓掴まれて死んじゃうよ!

「会ってまだ短ェ時間だけどよ、そんなの」
「そんなの関係ないです!!」
「…お、おう。そうだよな。」

出会ってからの時間なんて関係ない!
少なくとも私は一目惚れみたいなもんですよ!!

「お前と話してると、何か楽なんだ。いや楽になれるっつーか…癒されるっつーか。」

土方さんはふうと煙を吐き出し、それを右手に持ち直した。

「紅涙…、」

空いた左手を、私と土方さんの間にある微妙な距離につける。
身体を支えるようについたその手は、私の方へと土方さんの唇を近づけた。

ああ…最高だ。私、土方さんとチューしちゃう。
合コンやって良かった…!友よ、お妙さんよ、ありがとう!!
ゆっくりと目を閉じる。唇まで、あと3cm…。

「……、」

息を止めて、目を閉じて。
すぐそこに土方さんの熱を感じる。皮膚がザワザワしてくる。
ああ…っ、いよいよ土方さんの唇が…ふ…触れ……

「副長ォォォォッ!!」
「「っ!?」」

どこからともなく叫び声が聞こえてきた。
けれどそれは必死に捜しているような感じではなく、

「天誅じゃァァァァ!!!」

憎しみを含んだ、地鳴りのように突き上げる叫び声。
未だ姿は見えないけど、随分とお怒りであることは充分に伝わってきた。

「…山崎の野郎。」

土方さんの眉間に皺が寄る。
山崎さんよ…、
もしアナタのせい二度と土方さんとキス出来なかった時は……滅殺しますよ。

――ガサッ
「ん見つけたァァァァ!!」

茂みの揺れと同時に、刀を振り上げた山崎さんが顔を出した。
傍にお妙さん達の姿はなく、どうやら山崎さん一人で来たようだ。

「…テメェ、」
「抜ゥ~けェ~駆ァ~けェ~!!」

クワッと開いた山崎さんの目は恐ろしいほどに恨みがかっている。私は彼を見ながら顔を引きつらせて笑った。

「おお落ち着いてください山崎さん!」
「落ち着いてられるかァァ!!」
「ヒッ…」
「紅涙、すまねェな。アイツ、ほんと空気を読めねェヤツでよ。」

そういう問題じゃなくない!?
土方さんは山崎さんの方を向きながら煙草に火を点ける。

「待ってろ、すぐに終わらせてやる。」

口に煙草を咥えたまま、ニヤッと笑う。
こんな時でもいちいちカッコイイ…!

「天誅じゃァァァァァ!!!」

山崎さんが何度目かの雄叫びを挙げる。
丘に響いた声が反響する前に、土方さんの姿が私の視界から消えた。

――ガキィィンッ

茂みの中から聞こえる甲高い金属音。
その後、「ギヤァァァァァ!!」と濁った悲鳴が続いた。ま、まさか…

「馬鹿が。」

土方さんが刀を振り払って歩いてくる。
ということは、あの悲鳴は山崎さんで…
刀を振り払ってるということは、何かが付いたというわけで……。

「ひじ…、土方さん…?」
「終わったぞ。」

『終わった』!?

「まままさか山崎さんを斬ったんですか!?」
「ああ。斬らねェと収まりつかねェからな。」
「どえぇェェ!?」
「んな驚くことねェだろーが。逆刃だ、逆刃。」

あ、さかば?刃が…逆ってこと?

「なんだ~、驚いたじゃないですかぁ…。」
「まァ強めには打ち込んできたから、しばらく起きられねェよ。」

土方さんは咥えていた煙草を指に挟み持ち、煙を吐いた。

「邪魔が入ったな。」

木の根元に座り直す。
あぐらをかいた土方さんが、自分の太ももの辺りを叩いて私を見た。

「こっち。来いよ。」
「っぐ」

グハッ…!

「『ぐ』?」
「っな、なんでもないです…。」

土方さんの隣に腰を下ろす。
うつむいていると、土方さんの手が私の耳に触れた。促されるように顔を上げる。

「……、」

何か言葉を交わす前に、

「っん…」

唇が重なった。
はぁ……幸せ。幸せで身体の芯が震えそう…、……って、

「んんッ!は、っ…ぁっ…」

ええぇぇ!?いいいいきなりでディープ!?

「ふっ…ぁ…っは…ッ」

あ、あれ…?気のせい、かな。
なんか…身体が……倒れて、きてるような気がするんですけど…。

「ッ、」

倒れてる!倒れてるよ!?
無理だから!さすがに外では無理だから!!

「ん…土方さっ…、待ッ」
「っ、あァ?」
「ッ外…っ…ゃン…」
「……。」

唇が離れる。土方さんが私を黙り見た。

「『やん』ってお前…」
「…ぅえ!?わっ私、そんなこと言いました…?」
「煽ってんのか。」

なっ…!!
グイッと顎を掴まれる。「違います!」と懸命に首を振ると、土方さんは笑って「バーカ」と言った。

「こんなとこでするわけねェだろうが。」

…あ、そうなの?
する気がないと言われると…ちょっとガッカリ?
そんなことを考えていると、

―――ヒュルルル…ドーンッ

「始まったな。」

大輪の花が、夜空に咲いた。

にいどめ