花火と花火+思い出の始まり
「わかる。あの枝垂れるやつな。」
小高い丘の上で、たった二人きりの花火鑑賞。
後にも先にも、ここへ来たのは山崎さんだけだ。
…というか、山崎さんはまだあの茂みの中で倒れているのかもしれないけど。
「ほんとに穴場ですね、ここ。」
「ああ。打ち上げ会場に対して、だいぶ横側だからな。」
「横側?じゃあ私達は今、花火を横から見てる…てことですか?」
「そういうことだ。…知らねェのか?花火はどっから見ても丸ィって。」
「へえ~!!」
そうなんだ!!不思議~。
「まだ紅涙みたいなやつがいるおかげで、ここもまだ穴場のままなんだな。」
「そ…それ、馬鹿にしてますよね。」
「有難いっつー話だ。」
ニヤッとした笑みを浮かべる。
「もう!」と訴えれば、土方さんは「だから勘違いだって」と笑った。
そして私の頭にポンポンと手を置き、
「お前と見れて良かったよ。」
そんなことを言ってくれた。
も……ほんと、どうしよう。私、土方さんのことが好きすぎる…!!
「土方さんっ、」
「ん?」
「……っ、」
「どうした?」
好きって言いたい。
言葉にしたくなるくらい気持ちが溢れてる。
「私…、土方さんのこと…」
こんな想い、はじめて。
でもどう伝えれば、土方さんにこれまでの好きと違うってことが伝えられるんだろう。
「紅涙?」
ダメだな、私。言葉が見つからない。
やっぱり、
「……好きです。」
これしか思い浮かばない。
…その時、ふと友人の言葉を思い出した。
『紅涙って変わった人を好きになるわりに報われないよね~』
…い、いやいやいや!ないでしょ。今回に限ってそれはないでしょ。
だ、だって土方さんは変わった人じゃないし。
「ないない…。」
「どうした?」
『俺はマヨネーズ大盛りで』
『エビマヨじゃマヨが弱ェだろうがよォォ!!』
変わった人ォォォ!この人、変わった人でしたァァ!!
「…ひ、土方さん?」
「あァ?」
「へ…返事…」
「返事?」
「…土方さんの気持ちは…いかがなものでしょうか。」
好きでしょ!?
だってキスしたし!ディープなキスしたし!!
「あー…」
え、…あれ?なんか嫌な予感が…
「返事…なァ…。」
ちょっと……嘘でしょ?
「…悪ィ。」
……、
「ええェェェ!?」
あまりの衝撃に、私は何度目かの絶叫を上げて後ずさりした。
いまだ、花火は打ち上がっている。
土方さんはそれを見ながら、「ほんと悪ィな」と言った。
マジかよ…また断られちゃったよ!
あんなことしたのに!?今の大人はそういう若者っぽい軽さも持ち合わせてるんですか!?私の唇、返しやがれ!!
「俺は女からの申し出は受けねェことにしてんだ。」
戦いかよ!
「だからお前の気持ちには答えられねェ。すまねェな。」
そう何度も謝られても、傷が増えていくだけなんですけど…。
はぁ……もう何なのよ私。どこがダメなのか教えてほしい。
…でも今土方さんから聞く体力なんて残ってないけど。
「…わかりました。」
慣れっこだ。
『やっぱりね』って感じなんだから、せめて潔い女であらねば。…それでも、
「はぁぁ…。」
溜め息は出る。
溜め息を吐き出した瞬間、示し合わせたかのように今夜一番大きな花火が上がった。
「…あれが最後の花火ですかね。」
「だろうな。」
なんとなく、さっきまで見ていた花火とは違う花火を見ているようだった。
「……。」
花火が弾けて消える。
散らばって、散り散りになって。元から何もなかったみたいに。
「戻るか。」
土方さんが立ち上がる。私に手を差し出した。その優しさに胸が痛む。優しくなんて…しなくていいのに。
けど、
「…ありがとうございます。」
まだこの手を振り払うほど、割り切れていなかった。
叶わないって分かった瞬間に、その気持ちをなかったことに出来たら…忘れることが出来たら楽なのにな…。
「…あの、土方さん。」
「ん?」
土方さんと来た道を下った。
茂みを抜け、ネオン街まで。行き道と違って、早く感じる。
「あ…あの……、手…、」
「手?…強く握りすぎてたか?」
「い、いえ…。」
問題はそこじゃなくて。
ずっと手を繋ぐ必要あるの?ってことなんですけど。
「…紅涙、」
今度は土方さんが私の名を呼び、足を止めた。
「なんですか?」
「…この後、行きたいところはあるか?」
「え…」
行きたいところって…何言ってるのよ、この人は。
「花火も見れましたし、時間が時間ですから…今日はもうお開きにしませんか?」
この人には罪悪感ってものがないのかな…。
もし私の気持ちを利用してるって言うんなら、…いくら土方さんでも怒りますから!
「それじゃあ…私はここで。」
「……行くな。」
手を掴まれた。その目は真剣だ。
も~っ!なんなのよ!!これ以上そんなカッコイイ顔で見つめないで!
「駄目だ。」
「なっ何が!?」
「勝手に帰したりしねェから。」
そう言って私の手を引き、さっきの何倍も速いスピードで歩き始めた。
「ちょっ、土方さん!?放してくださいよ!」
「駄目だ。」
「ダメだダメだって…さっきから何なんですか!」
「そんな顔をさせたまま帰せない。」
…どんな顔のことを言ってるのか知りませんけど、それが悲しい顔って言うなら…そうさせてるのは土方さんですよ。
「…私は十分楽しかったです。」
「そうは見えねェな。」
「……。」
「…なら俺に付き合えよ。それなら文句ねェだろ。」
…なにそれ、
「何なんですか…?」
「?」
足を止める。
私を引っ張っていた土方さんが、私に引っ張られるようにして止まった。
「少しは人の気持ち、考えたらどうなんですか!」
「…何怒ってんだ。」
それ本気で言ってるの!?
「これ以上どこかに行って楽しめるわけないでしょう!?」
「さっきまでは楽しそうにしてたじゃねェかよ。」
「あれはっ……フラれる前だったから。」
情けない。
こんなことを自分で言うことになるなんて。
「…フラれる前?おい、それはどういうことだ。」
「何が!?」
「その『フラれる前』っつーのは誰にだ。」
「……。」
はいィィ!?
「土方さんに決まってるじゃないですか!」
「俺がいつフったっつーんだ!」
ちょっと…何この噛み合わない感じ。
「いつフッたんだよ、あァ!?」
な、なんか土方さんの方が機嫌悪くなってるし…。
「い、いつって…花火の時ですよ!」
「フッてねェ!!」
何言ってんだコイツ!!
「フッた!」
「フッてねェ!」
「フラれたもん!!」
「『もん』とか言うんじゃねェ!!」
何だコイツ!これ以上は付き合ってらんない!!
「もういいです!!」
「あっおい、待てよ!!」
土方さんはこれでもかというくらいに私の手首を強く掴んだ。
「いっ、痛いですって!痕が残ったらどうするんですか!?」
「責任とってやらァ!!」
「!……、」
せ…せきにん…?
「やっと静かになりやがったな。」
「せ…籍任…って……?」
「…なんとなくお前の思ってる字は間違ってる気がする。」
責任取るって…何?
『傷物にしたから買取ります』的なアレ?……バカにしないでよ。
「じゃ、じゃあもっと傷物にしていただいても…」
「アホか!」
ゴッと頭に拳が乗る。わりと重い。
土方さんは大きな溜め息を吐き、「疲れる」と言いながら煙草に火を点けた。
そして一人でクツクツと笑い出す。
「な…何を笑ってるんですか?」
「いや…、お前ほんとイイなと思って。」
「へ…?」
いい、の?
「で?これからどこに行きてェんだよ。」
「…人の話、聞いてました?」
「おお聞いてたぜ。紅涙が勝手に勘違いしてたんだろ?」
土方さんは片眉を上げて「決められないなら、」と言う。
「俺が決めてやる。」
私の行先なのに、私に権限なし!?俺様か!
「紅涙、今日は泊まれ。」
「なっ!?ッ…何言ってるんですか!」
「つっても屯所に連れ込むわけには行かねェからな。どこか…」
「どどっどういうつもりで言ってるんですか!?」
「そりゃァもちろん、」
土方さんは右の口角を吊り上げ、鼻先で笑う。
「俺を忘れられねェようにするためだ。」
そ…そんな顔して、そんなこと言って……っ、
また私を惚れさせてどうするつもりなんですか!
「…ストーカーになっても知りませんよ?」
「はァ?バカ、ストーカーっつーのは一方的なもんだろうが。」
土方さんが私の手を引いて歩き出す。促されるように私も足を動かした。
「いいか?」
「…?」
掴まれている手を思いっきり引っ張られる。
転びそうになって、私は土方さんに体当たりするようにぶつかった。
「分からずやのお前のために、一度だけ言ってやる。」
土方さんを見上げる。
冷やかしのない真っ直ぐな視線に見つめられていた。
「お前が好きだ、紅涙。」
「!」
「俺と付き合えよ。」
「!!」
俺様イイッッ!…でも、
「……。」
そうすぐには返事しない。さっきの仕返しだ!
「返事は?」
「……。」
「…紅涙、返事聞かせろよ。」
土方さんが顔を覗き込んでくる。私はフイッと顔をそむけた。
少しは私の気持ちを知りやがれ!
「おいコラ、テメェ…どういうつもりだ?」
うっ…。ちょっと圧が強くなってきた。
「じ…じゃあ、お試し期間ってことなら付き合ってあげてもいいですよ。」
「はァ!?」
何言ってんだ私!断られたらどうする気だ私!
ちょっと調子に乗りすぎたな…。くっ…後悔先に立たず!
「…上等だコラァ。」
…え?
土方さんがニヤリと笑う。
「俺にお試し期間を設けたこと、後悔させてやる。」
燃えるタイプだった!よかった!
「う、受けて立ちますよ!」
「…フン。だったら行き先は決まったな。来い。」
再び私の手を引いて歩き出す。
「え!?ちょっ、土方さん!?」
「お試し期間の俺は言わば挑戦者ってわけだろ?」
「へ…?まぁ…そうですね。」
「ならお前は俺を吟味しなきゃならねェってことだ。」
吟味!?
「食われてやるよ。」
その時見た土方さんの悪どい笑みは、これまで見た中で一番セクシーでした。…作文?
そしてその後、土方さんは本当に私を帰さなかった。
「惚れただろ。」
布団の上で、そんな恥ずかしいことを言う。
…土方さんはしっかりしてるようで、結構普通じゃないとこが多い人だと思う。まぁ私もだけど。
隣で自信満々に煙草を吸う土方さんに「べ、別に?」と返せば、「言いやがったなコラァ」と布団を剥がされた。
「覚悟しろ。立てなくしてやるよ。」
「ひィィッ!!」
あなたとお妙さんのおかげで、今年の夏は楽しくなりそうです…!
2015.08.13&2019.11.13加筆修正 にいどめ せつな