夏の思い出 6

花火と花火+思い出の始まり

「あっ、私あの花火好きです!」
「わかる。あの枝垂れるやつな。」

小高い丘の上で、たった二人きりの花火鑑賞。
後にも先にも、ここへ来たのは山崎さんだけだ。
…というか、山崎さんはまだあの茂みの中で倒れているのかもしれないけど。

「ほんとに穴場ですね、ここ。」
「ああ。打ち上げ会場に対して、だいぶ横側だからな。」
「横側?じゃあ私達は今、花火を横から見てる…てことですか?」
「そういうことだ。…知らねェのか?花火はどっから見ても丸ィって。」
「へえ~!!」

そうなんだ!!不思議~。

「まだ紅涙みたいなやつがいるおかげで、ここもまだ穴場のままなんだな。」
「そ…それ、馬鹿にしてますよね。」
「有難いっつー話だ。」

ニヤッとした笑みを浮かべる。
「もう!」と訴えれば、土方さんは「だから勘違いだって」と笑った。
そして私の頭にポンポンと手を置き、

「お前と見れて良かったよ。」

そんなことを言ってくれた。
も……ほんと、どうしよう。私、土方さんのことが好きすぎる…!!

「土方さんっ、」
「ん?」
「……っ、」
「どうした?」

好きって言いたい。
言葉にしたくなるくらい気持ちが溢れてる。

「私…、土方さんのこと…」

こんな想い、はじめて。
でもどう伝えれば、土方さんにこれまでの好きと違うってことが伝えられるんだろう。

「紅涙?」

ダメだな、私。言葉が見つからない。
やっぱり、

「……好きです。」

これしか思い浮かばない。
…その時、ふと友人の言葉を思い出した。

『紅涙って変わった人を好きになるわりに報われないよね~』

…い、いやいやいや!ないでしょ。今回に限ってそれはないでしょ。
だ、だって土方さんは変わった人じゃないし。

「ないない…。」
「どうした?」

『俺はマヨネーズ大盛りで』
『エビマヨじゃマヨが弱ェだろうがよォォ!!』

変わった人ォォォ!この人、変わった人でしたァァ!!

「…ひ、土方さん?」
「あァ?」
「へ…返事…」
「返事?」
「…土方さんの気持ちは…いかがなものでしょうか。」

好きでしょ!?
だってキスしたし!ディープなキスしたし!!

「あー…」

え、…あれ?なんか嫌な予感が…

「返事…なァ…。」

ちょっと……嘘でしょ?

「…悪ィ。」

……、

「ええェェェ!?」

あまりの衝撃に、私は何度目かの絶叫を上げて後ずさりした。
いまだ、花火は打ち上がっている。
土方さんはそれを見ながら、「ほんと悪ィな」と言った。

マジかよ…また断られちゃったよ!
あんなことしたのに!?今の大人はそういう若者っぽい軽さも持ち合わせてるんですか!?私の唇、返しやがれ!!

「俺は女からの申し出は受けねェことにしてんだ。」

戦いかよ!

「だからお前の気持ちには答えられねェ。すまねェな。」

そう何度も謝られても、傷が増えていくだけなんですけど…。
はぁ……もう何なのよ私。どこがダメなのか教えてほしい。
…でも今土方さんから聞く体力なんて残ってないけど。

「…わかりました。」

慣れっこだ。
『やっぱりね』って感じなんだから、せめて潔い女であらねば。…それでも、

「はぁぁ…。」

溜め息は出る。
溜め息を吐き出した瞬間、示し合わせたかのように今夜一番大きな花火が上がった。

「…あれが最後の花火ですかね。」
「だろうな。」

なんとなく、さっきまで見ていた花火とは違う花火を見ているようだった。

「……。」

花火が弾けて消える。
散らばって、散り散りになって。元から何もなかったみたいに。

「戻るか。」

土方さんが立ち上がる。私に手を差し出した。その優しさに胸が痛む。優しくなんて…しなくていいのに。

けど、

「…ありがとうございます。」

まだこの手を振り払うほど、割り切れていなかった。
叶わないって分かった瞬間に、その気持ちをなかったことに出来たら…忘れることが出来たら楽なのにな…。

「…あの、土方さん。」
「ん?」

土方さんと来た道を下った。
茂みを抜け、ネオン街まで。行き道と違って、早く感じる。

「あ…あの……、手…、」
「手?…強く握りすぎてたか?」
「い、いえ…。」

問題はそこじゃなくて。
ずっと手を繋ぐ必要あるの?ってことなんですけど。

「…紅涙、」

今度は土方さんが私の名を呼び、足を止めた。

「なんですか?」
「…この後、行きたいところはあるか?」
「え…」

行きたいところって…何言ってるのよ、この人は。

「花火も見れましたし、時間が時間ですから…今日はもうお開きにしませんか?」

この人には罪悪感ってものがないのかな…。
もし私の気持ちを利用してるって言うんなら、…いくら土方さんでも怒りますから!

「それじゃあ…私はここで。」
「……行くな。」

手を掴まれた。その目は真剣だ。
も~っ!なんなのよ!!これ以上そんなカッコイイ顔で見つめないで!

「駄目だ。」
「なっ何が!?」
「勝手に帰したりしねェから。」

そう言って私の手を引き、さっきの何倍も速いスピードで歩き始めた。

「ちょっ、土方さん!?放してくださいよ!」
「駄目だ。」
「ダメだダメだって…さっきから何なんですか!」
「そんな顔をさせたまま帰せない。」

…どんな顔のことを言ってるのか知りませんけど、それが悲しい顔って言うなら…そうさせてるのは土方さんですよ。

「…私は十分楽しかったです。」
「そうは見えねェな。」
「……。」
「…なら俺に付き合えよ。それなら文句ねェだろ。」

…なにそれ、

「何なんですか…?」
「?」

足を止める。
私を引っ張っていた土方さんが、私に引っ張られるようにして止まった。

「少しは人の気持ち、考えたらどうなんですか!」
「…何怒ってんだ。」

それ本気で言ってるの!?
「これ以上どこかに行って楽しめるわけないでしょう!?」
「さっきまでは楽しそうにしてたじゃねェかよ。」
「あれはっ……フラれる前だったから。」

情けない。
こんなことを自分で言うことになるなんて。

「…フラれる前?おい、それはどういうことだ。」
「何が!?」
「その『フラれる前』っつーのは誰にだ。」
「……。」

はいィィ!?

「土方さんに決まってるじゃないですか!」
「俺がいつフったっつーんだ!」

ちょっと…何この噛み合わない感じ。

「いつフッたんだよ、あァ!?」

な、なんか土方さんの方が機嫌悪くなってるし…。

「い、いつって…花火の時ですよ!」
「フッてねェ!!」

何言ってんだコイツ!!

「フッた!」
「フッてねェ!」
「フラれたもん!!」
「『もん』とか言うんじゃねェ!!」

何だコイツ!これ以上は付き合ってらんない!!

「もういいです!!」
「あっおい、待てよ!!」

土方さんはこれでもかというくらいに私の手首を強く掴んだ。

「いっ、痛いですって!痕が残ったらどうするんですか!?」
「責任とってやらァ!!」
「!……、」

せ…せきにん…?

「やっと静かになりやがったな。」
「せ…籍任…って……?」
「…なんとなくお前の思ってる字は間違ってる気がする。」

責任取るって…何?
『傷物にしたから買取ります』的なアレ?……バカにしないでよ。

「じゃ、じゃあもっと傷物にしていただいても…」
「アホか!」

ゴッと頭に拳が乗る。わりと重い。
土方さんは大きな溜め息を吐き、「疲れる」と言いながら煙草に火を点けた。
そして一人でクツクツと笑い出す。

「な…何を笑ってるんですか?」
「いや…、お前ほんとイイなと思って。」
「へ…?」

いい、の?

「で?これからどこに行きてェんだよ。」
「…人の話、聞いてました?」
「おお聞いてたぜ。紅涙が勝手に勘違いしてたんだろ?」

土方さんは片眉を上げて「決められないなら、」と言う。

「俺が決めてやる。」

私の行先なのに、私に権限なし!?俺様か!

「紅涙、今日は泊まれ。」
「なっ!?ッ…何言ってるんですか!」
「つっても屯所に連れ込むわけには行かねェからな。どこか…」
「どどっどういうつもりで言ってるんですか!?」
「そりゃァもちろん、」

土方さんは右の口角を吊り上げ、鼻先で笑う。

「俺を忘れられねェようにするためだ。」

そ…そんな顔して、そんなこと言って……っ、
また私を惚れさせてどうするつもりなんですか!

「…ストーカーになっても知りませんよ?」
「はァ?バカ、ストーカーっつーのは一方的なもんだろうが。」

土方さんが私の手を引いて歩き出す。促されるように私も足を動かした。

「いいか?」
「…?」

掴まれている手を思いっきり引っ張られる。
転びそうになって、私は土方さんに体当たりするようにぶつかった。

「分からずやのお前のために、一度だけ言ってやる。」

土方さんを見上げる。
冷やかしのない真っ直ぐな視線に見つめられていた。

「お前が好きだ、紅涙。」
「!」
「俺と付き合えよ。」
「!!」

俺様イイッッ!…でも、

「……。」

そうすぐには返事しない。さっきの仕返しだ!

「返事は?」
「……。」
「…紅涙、返事聞かせろよ。」

土方さんが顔を覗き込んでくる。私はフイッと顔をそむけた。
少しは私の気持ちを知りやがれ!

「おいコラ、テメェ…どういうつもりだ?」

うっ…。ちょっと圧が強くなってきた。

「じ…じゃあ、お試し期間ってことなら付き合ってあげてもいいですよ。」
「はァ!?」

何言ってんだ私!断られたらどうする気だ私!
ちょっと調子に乗りすぎたな…。くっ…後悔先に立たず!

「…上等だコラァ。」

…え?
土方さんがニヤリと笑う。

「俺にお試し期間を設けたこと、後悔させてやる。」

燃えるタイプだった!よかった!

「う、受けて立ちますよ!」
「…フン。だったら行き先は決まったな。来い。」

再び私の手を引いて歩き出す。

「え!?ちょっ、土方さん!?」
「お試し期間の俺は言わば挑戦者ってわけだろ?」
「へ…?まぁ…そうですね。」
「ならお前は俺を吟味しなきゃならねェってことだ。」

吟味!?

「食われてやるよ。」

その時見た土方さんの悪どい笑みは、これまで見た中で一番セクシーでした。…作文?

そしてその後、土方さんは本当に私を帰さなかった。

「惚れただろ。」

布団の上で、そんな恥ずかしいことを言う。
…土方さんはしっかりしてるようで、結構普通じゃないとこが多い人だと思う。まぁ私もだけど。
隣で自信満々に煙草を吸う土方さんに「べ、別に?」と返せば、「言いやがったなコラァ」と布団を剥がされた。

「覚悟しろ。立てなくしてやるよ。」
「ひィィッ!!」

拝啓、合コンをセッティングしてくれた友人様。
あなたとお妙さんのおかげで、今年の夏は楽しくなりそうです…!
2008.07.25
2015.08.13&2019.11.13加筆修正 にいどめ せつな

にいどめ