知らぬ仏より、馴染みの鬼 7

鬼の居場所

わかっていた。
謝ったところで、簡単に受け入れてはもらえない。謝罪して、真実を伝えても…そう簡単には。

「信じられないわ!あんな芝居までして人気を集めようとするなんて!」
「印象操作したってことか?クズかよ。」

市民の口から漏れる批難の声が、徐々に大きくなる。

「申し訳ありません…。」

私は顔を上げては話に耳を傾け、頭を下げた。

「やっぱり頭の良い人達が考えることはズルいのね~。」
「これまでの行いも全部好感度を上げるためにしてただけなんじゃない?」
「優しさや正義感は欠片もねェのかよ。」

っ…

「それは違います!」

思わず声を上げてしまった。市民はギョッとした顔をする。

「今回のことと今までのことは…関係ありません。他の見廻組隊士は、日々真面目に取り組んでいます。」
「んなこと言っても信用できるわけないわよね~?」
「そうよそうよ!だってあなたみたいな人がいるんだもの。」
「っ、」
「ていうかさー、土方さんも可哀想なんじゃない?」
「!」
「利用されたってことだもんなぁ、コイツに。」
「やっぱバカだわ真選組~。」
「まぁ所詮、見廻組と真選組なんて大差ないって話だろ。」

言いたい放題の言葉で溢れる。みんな同じ顔をして、同じようなこと言った。

「…申し訳…ありません。」

次第に私の謝罪は人々の声に埋もれ、いつしか投げられる言葉を黙って受け止めるしかなくなる。

「……、」

視界から色が抜け落ちていくようだった。
どうして私は皆に分かってもらえると思ったのだろう。こんな紙切れで…こんな謝罪で。

「っ…、」
「泣いて済むと思わないでよ!」

その通りだ。
もう取り戻せないのかもしれない。多くの信用と信頼、環境、これからの居場所。…それでも、謝り続けなければ。

「すみ、っ、ません…っ、」

唇を噛みしめ、顔を上げる。
無数の攻撃的な眼と言葉が刺さった。一生続くような気さえする。そんな空間に、

「趣味の悪ィヤツらだな~。」

ひときわ大きな声が響いた。その声は張り上げているようで、どこか間延びしていて。

「たった一人に寄ってたかって何やってんだよ。つーか歩くのに邪魔なんですけどー?」

人々が声のする方を見た。自然と道が出来るその先に、

「坂田さん…!」

懐に片手を差し入れた坂田さんが立っていた。

「お前はよく騒動の渦中にいるな、紅涙。」
「…すみません。いつもご迷惑をお掛けして。」
「この前から謝ってばっかだし。」
「……、」

返せる言葉がない。

「こんなところで謝ってても事態は変わんねェぞ。」
「…どうしてですか?」
「誰もお前の話を聞いてねェから。」
「!」

言われたことにハッとする。

「ろくに話も聞かずに人を責めてばっかするようなヤツらの前で謝ったって意味ねェだろ。時間の無駄。」

周囲の人々が気まずそうな顔をした。

「紅涙、お前らはちょっとズレてただけだ。」
「ズレてる…?」
「紅涙はどうにかして街のヤツらから親しみを持たれたかった。そんな悩みを聞いた土方は、好きな女のために自分に出来ることをした。二人の考えはどちらもちょっとズレてたんだ。」

……そうですね。

「けどお前らはお互いにズレに気付いた。だからこうして正直に全部打ち明けて謝ってる。なのにここにいるヤツらは今もお前を責めるだけ。」
「……。」
「優しさだの正義感だの言うなら、テメェらの心ん中見てから言えっつーんだよ。」

誰に言うわけでもなく、坂田さんは淡々と話した。口々に話していた声が、嘘のように静まり返る。

「紅涙、ここはもう十分だ。土方のところへ行け。」
「…え?」
「アイツには向こうで待ってるように言ってある。」

顎で向こうの通りをさした。だけど人混みで向こうの通りは見えない。

「そこら中に貼ったチラシは、俺が責任持って外しておいてやるから。」
「でもまだ…」
「これだけ言い広めたんだ、もう必要ねェよ。」
「……ありがとうございます。」

坂田さんが「早く行け」と手で払う。私はもう一度辺りを見回し、

「この度は申し訳ありませんでした。」

頭を下げた。輪の中から抜け出す。向かいの通りへ渡ると、先の角に土方さんが見えた。

「っ、土方さん!」
「紅涙、」

駆け寄るや否や、人目もはばからずギュッと抱き締められた。

「土方さん!?いっ今はお互いに隊服だから色々とっ」
「悪かった。」
「…?」
「一人で受け止めさせて、ごめんな。」
「……私こそ、」

土方さんの腕の中で首を振る。

「私こそ…ごめんなさい。結局みんなに…分かってもらえなくて……。」
「やれることはやった。こういうもんは、時間が解決するしかねェんだよ。」

時間…。どれくらい掛かるんだろう。

「それまで…つらいですね。」
「……なら、紅涙。」
「はい、」
「二人で…江戸を離れるか?」
「……え、」

顔を上げる。土方さんは真剣な眼差しで私を見ていた。本気…だったんだ。

「二人で一緒にいるには、この街は窮屈すぎる。」
「でっでも近藤局長が…」

『俺には言えないなァ…。トシにも『お前の好きなようにしろ』とは言ってやれない。言ってやりたいが…アイツがいないと困るから』

「…真選組も……困ると思います。」
「真選組なら心配ない。近藤さんも佐々木も、話せばきっと理解してくれるだろうしな。」
「……、」

かもしれない。みんな…優しいから。

「不安か?」
「不安…というか、……、」

『こんな眼の私ですが、これでも人を見る目はある方でしてね。あなたにはいずれ、信女さんと共に見廻組を引っ張る存在になってほしいと日頃から思っていたんです』

「まだ…これからも皆と働きたいなとは……思います。」
「…そうだな。」
「……。」
「……、…なら隣町はどうだ?」

隣町…?

「通える範囲の場所に住めば、仕事も続けられるだろ?」
「隣町から…通うんですか?」
「ああ。」
「…二人で?」
「そうだ。」

…うん、それいいかも。

「どうせ俺達はしばらくいつも以上に机仕事しかさせてもらえねェんだろうし、住み込みじゃなくても問題ねェよ。」
「ふふ…そうですね。じゃあ家事は分担性にしないと!」
「まずそこかよ。」
「共働きだし、土方さんの協力が必須ですよ。」

なんか変な感じだな。結婚するみたいでドキドキして……ワクワクする!

「俺に出来ることなんてあるのか?」
「たくさんありますよ!煙草を吸った後は部屋中に消臭スプレーを噴いて回るとか、煙草の灰を徐々に減らしていくとか、灰皿を捨てるとか。」
「それ最終的に禁煙してね!?…無理だ、他のにしてくれ。」
「それじゃあ赤いキャップを勝手に開けないとか、口をつけて直接飲まないとか?」
「ただの禁止リストじゃねーか。…でもコップ飲みはいいんだな。」
「気持ち悪っ!」
「うっせェ。」

二人して笑う。初めて、手放しに笑えたような気がした。

「それから数日後――」

二人は本当に江戸の街から姿を消しました。
街の人々は、この一連の騒動を深く心に刻み、思い出す時には半ば追い出すことになってしまった自分達の行いを今一度反省するのです。

優しさとは何か。思い遣るとはどういうことか。
その答えに迷った時、市民は真選組に、そして見廻組に頼りました。彼と彼女が残した道筋です。
二人の行動は、人々の心と江戸の街に二つの組織を留めました。ようやく居場所が見つけたのです。

…そして、

「この辺りでいいかねぇ?邪魔になるかい?」
「いや、ここにしよう。あと掲示板のところと、向こうの大通りと……」

街の人々は、いつか彼女が貼っていたチラシと同じ場所に、手の平ほどのプレートを貼りつけることにしました。
イタズラされないよう、月日が経っても朽ちないように、丈夫なプレートを。

そこには、こう書かれています。

『心優しい二人の警察さん いつでも江戸に帰っておいで』
知らぬ仏より、馴染みの鬼

「はァ…まったく。」

ようやく完成した絵本を閉じる。
これはいつか彼女が園児に読み聞かせるために作っていたものだ。しかし「私に話す権利はなくなった」と作ることを諦めてしまった。

「失敗談ほど教訓になるというのに…本当に分かっていませんね。」

こんな絵本作りを私に引き継がせた挙句、恋人と同棲するために引越し休暇を取るなど…

「彼女は一体何様でしょうか。」

裏表紙の制作欄に早雨紅涙と名を入れた。

「やはりアナタは一生私の補佐ですよ、早雨さん。」
2017.02.03
2019.12.17加筆修正 にいどめせつな

にいどめ