王子と姫と、10

憎まれっ子世に憚る

これ以上ないというほど悪い笑みを浮かべた沖田さんは、

「いやァ安心しやした。こうじゃないと遊び甲斐がない。ねェ?」

おどけた様子で首を傾げ、こちらへ歩み寄ってきた。

「っ、」
「止まれ、総悟。それ以上こっちに近付くな。」
「それは出来やせん。今日は時間ないんで。」

時間がない…?

「俺としては長く遊んで、紅涙の可哀想な姿を見たかったところですが。残念なことに、ちょいと押してやしてね。」

……え?

「私の…可哀想な姿?」

どんな?

「生理現象でさァ。仕方ねェと分かっていても我慢できない、皆に見られながらする――」
「ッ総悟!テメェいい加減にしろ!!」
「っ…ひ、土方さん…」

ビックリした…。

「あーらら。土方さんは今の状況を分かってないらしい。」

沖田さんが土方さんの前に二つの白い箱をそっと置く。と言っても、動かなければ手の届かない場所に。

「…何のつもりだ?つーか、そいつは何だ。」
「まァ待ちなせェ。」

土方さんを片手で制止し、沖田さんはポケットから携帯を取り出した。

「先にアンタの立場を教えてやりましょう。」
「あァ?」
「俺の携帯には、土方さんを触りたくてウズウズしてるファンが山ほど登録されてる。」
「!」
「そして今、アンタの足には紅涙の首と繋がって鎖のせいで下手に動けない。」

そ…それって……

「ここにヤツらが来たら…触り放題もいいとこだと思いやせんか?」

土方ファンを呼ぶ気だ!

「っダメ!!」
「紅涙、」
「そんなこと絶対させない!」

その携帯を奪ってやる!!
沖田さんの方へ近付くこうと立ち上がった。途端、

「うっ、ぐ…」

土方さんが前屈みに身体を折る。震える手で足首を押さえた。

「えっ、土方さん!?」
「だ、大丈夫だ…。」
「一体何が…」
「言い忘れてましたが、」

沖田さんが得意げに人差し指を出した。

「今回の拘束具は特別仕様ですぜ。」
「……何しやがった。」
「引っ張ると電流が走る仕組みになってまさァ。」
「電流!?」
「心配しなくても少しくらいなら害はない。でも浴び続けると…ねィ?」
「っ…、」

こ…こんなの…っ、こんなのもう完全にお祭りの域を越えてる!

「総悟ッ、度が過ぎんだろ!紅涙は関係ねェんだから紅涙の首輪を外せ!!」
「お言葉ですが土方さん。俺はファン側についてるわけでも、はたまた真選組側についてるわけでもありやせんぜ。」
「「!?」」
「どちらも利用しただけの無所属。誰からも指図は受けてねェし、誰の味方でもありやせん。」
「そ、そんな…」

この人が絡むといいことないと思ってたけど、誰にも絡んでないとそれはそれでヤバイ!

「…ならテメェは何のためにこんなことしてんだ。俺だけならまだしも、紅涙にまでこんなっ…!」
「楽しいからに決まってまさァ。」
「あァん!?」
「だけどそうですねィ。強いて挙げるとすれば……」

沖田さんと目が合った。私を見つめたまま、自身の唇をペロりと舐める。

「紅涙が欲しい。」
「!?」
「…おい、笑えねェ冗談は」
「冗談?そう聞こえやしたか。」

クツクツ笑って、沖田さんが私の方へ歩み寄ってきた。

「ッ、」
「てめっ、」

土方さんが沖田さんを掴もうと手を伸ばす。その時、

―――ビリッ!
「ッキァっ…!」

私の身体に電流が走った。

「うっ、く、」
「紅涙っ!!」
「あーあ、土方さんが動くから。」
「っ……すまねェ、紅涙。」
「だ、大丈夫です…。」

たぶんほんの一瞬だった。威力もそこまで強い…はずなのに、目の前が真っ白になった。

「……、」

こわい。こんなのが首に付いてるなんて怖すぎる!

「怯えてまさァ、紅涙。…くく、」

楽しげに笑うこの人も怖い!

「ああそうだ、いいこと思いつきやした。」

カツカツ歩き、沖田さんはなぜか私の背後へ回る。

「えっ、なにっ」
「総悟!」
「くくくっ、」

首輪が気になって思うように動けない。そうこうしている間に、背後からニュッと手が出てきて抱き締められた。

「っ!?なっ、何ですか!?」
「総悟っ!っ、ぐッ…!」
「あっ…!」
「ほら、紅涙。紅涙が動くと土方さんが痛ェじゃねーか。」
「っ、土方さんっ!」
「俺は…平気だ。ッ、構わず離れろ!」
「でもっ!」

動くことなんて出来ない!

「懸命でさァ、紅涙。土方さんには紅涙の10倍強い電流が流れてんだから。」
「!」
「アレは短時間でも潰れやすぜ、身体。」
「っ…、」
「紅涙、俺に構うな!」
「そんなことっ…」

土方さんの額には脂汗が滲んでいる。

「動け!離れろ!!」
「っ、そんなこと出来ません!」
「いいですねィ、こういうシチュエーション。」

最低っ…!

「紅涙、もっと嫌がってみせなせェ。そしたら選択肢を与えてやる。」

選択肢…?
耳元で囁いた沖田さんは、唐突に私の耳へ齧り付いた。

「ぁっ、イッ…、」
「総悟ォォッ!」
「アハハ!歯がゆいですねィ、土方さん。動きたくても動けないなんて。」

土方さん…っ!

「さァどうしやすか?あ、どうしようもねーか。ハハハハ!」
「くそッ!」
―――ドンッ!

拳を床へ打ち付ける。沖田さんはそんなことなど微塵も気にせず、

「紅涙はどこが好きなんですかィ?」

私に話しかけてきた。

「何の、話…?」
「どこを触られるのが一番気持ちいいのかって聞いてんでィ。」
「なっ…、」
「言ってくれたらそこだけを触ってやりまさァ。」
「総悟ッ!!」

やっやだ!ほんとにヤバイ流れな気がする!

「お願いっ沖田さん!お願いだからやめて!!」
「いいねェ…すがる声。もっと聞かせろ。」
「くっ、…総悟っ!」

土方さんは床に拳を突き付けたまま、頭を下げた。

「頼むっ…、やめてくれ!!」
「へェ~、こりゃ珍しいや。写メ撮っとこー。」
―――カシャカシャッ
「…いくらでも撮りゃいい。だがっ、」

頭を下げたまま、

「紅涙にだけはっ…紅涙にだけは、何もしないでくれっ!」

土方さんが懇願する。

「俺はどうなってもいい!だから紅涙だけはっ!」

っ…、

「…それは私も同じですっ!」
「紅涙…」
「私だって…っ、土方さんを守りたい!」

土方さんの身体がボロボロになるくらいなら、私が我慢する。私が耐える。

「土方さん、沖田さんに鉄拳制裁を!この人の目を覚まさせてください!」
「そうは言っても…」
「そうですぜ。俺を殴るってことは、紅涙に電流が流れるってこと。それを承知で?」
「承知の上です!私は平気だから!」

本当は全然平気じゃないけど!

「沖田さん!あなたは自分が何をしたか、ちゃんと反省すべきです!土方さんに殴られて、こんな馬鹿なことしてすみませんでしたって謝って!」
「くくっ、さすがは気の強い変態女。更生方法も随分と古典的でさァ。」
「へっ、変態は関係ないと思います!」
「まァ約束だから仕方ねェや。」

約束…?
パッと沖田さんが離れた。

「え…」
「選択肢を与えてやりまさァ。」

沖田さんは話しながら白い箱の元へ戻った。

「選択肢って…?」
「現状から解放されるかもしれない選択肢。」
「「!」」
「ただし、」

床に置いていた白い箱を手に取り、

「土方さん、アンタに選ぶ権利を与える。」

そう言って、床に置いていた白い箱を並べた。

「ここにある、二つの箱。」
「…。」

スっと土方さんの方へ寄せる。右の箱には『む』、左の箱には『ず』と書かれていた。

「開けていい箱は、どちらか一方。」
「…つまり、どっちかの箱には鎖を解く鍵が入ってるってのか。」
「ご明察。」
「二人分だろうな。」
「もちろん。…でも、もし鍵の入ってない箱を開けた時は……くくっ。」
「…なんですか?」
「勿体ぶるな。」
「こりゃ失礼。開けた時には、土方さんの足が吹き飛ぶことになりまさァ。」
「えっ!?」
「…俺の足枷には爆弾も仕込まれてるってことか。」
「そういうこと。」

な、なによ…それ……、そんなの…っリスクが高すぎる!

「わかった。」
「土方さん!?」
「ほんとに分かってますかィ?土方さんの足が吹き飛べば、当然隊士として致命的。」

っ…、

「全て今まで通りとはいきやせんぜ。おまけに、足が吹き飛ぶ瞬間を紅涙は目の前で見ることになる。」
「くっ…」
「トラウマになるでしょうねィ。好きな野郎が血を噴きながら苦しみ、その傍には足が落ちてんだから。」
「っ…」
「もしかしたら失血死なんて可能性も大いに――」
「やめてくださいっ!」

聞きたくない、想像したくない!

「くくっ。…土方さん、ちゃんとそこまで考えてから決めねェと。じゃなきゃ、こっちもつまらねェ。」
「……、…くそッ、」

…この人を敵に回したら怖いとは分っていたけど、想像以上だ。徐々に肉体的、精神的に追い詰め、最後は全てを破壊する。

「…、くそっ、」

しかも、その最後を自身の手に委ねさせるなんて。

「…土方さん、」
「どっちを…選べばいいんだ…!」

…正解なんて、きっと沖田さん以外わからない。
『私のことは気にしないで』と声を掛けたところで、それが土方さんの助けになるのかすら分からない。

「…くそォッ!」

それでも、私達は選ぶしかないのだ。
どちらか一方の、未来を。

にいどめ