王子と姫と、11

渡る世間に鬼はない

どのくらい時間が過ぎたのだろう。

「そろそろ決めてくだせェよ、土方さん。見てんのも飽きてきやした。」

静かな空間に、沖田さんの単調な声が響く。

「土方さん…」
「くっ…、」

考えを巡らせている土方さんにとって、おそらくこの時間は僅かなもの。今はどれだけ時間があっても足りないはずだ。
『鍵のない箱を選べば、土方さんの足が飛ぶ』
せめて私の首輪なら…、…そう願わずにはいられなかった。

「…土方さん、」

私もあなたを守りたいのに…

「……、」

いつだって、私に出来ることは少ない。…けど、

「生きることだけを…考えてください。」
「…紅涙?」
「土方さんが生きることだけを考えて。」

私は、どんな時でもあなたを信じてる。

「今まで何度も死線をくぐり抜けてきた土方十四郎ですよ?」

私のためとか、そんな余計なことを考えずに、

「土方さんが選ぶものは、きっと大丈夫です。」

ただあなたが生きるために選べばいい。

「今ここで生きているあなたが証です。」

土方さんがここにいるんだから、あなたが選ぶ道は…きっと間違ってない。

「…紅涙…っ、」
「選んで、…土方さん。」
「……、」

土方さんはゆっくり視線を外し、二つの白い箱を見つめた。そして大きく息を吸うと、

「…こっちだ。」

一つを指さす。土方さんが選んだのは、左の箱『ず』と書かれた方だった。

「…それでいいんですかィ?」
「ああ。」
「今なら変えても構いやせんが。」
「…必要ない。」

そう言った土方さんは、私の方を見て口元に笑みを浮かべた。

「俺が紅涙と生きるために選んだ。変える必要なんてねェよ。」
「土方さんっ…」

大好き……!

「…美しい話だこと。」

沖田さんは溜め息を吐き、肩をすくめた。

「なら開けなせェ、テメェの手で。」

言うや否や、沖田さんが扉の方へと下がる。それが何を意味するのか、考えたくもなかった。

「…、」

大丈夫。だって、土方さんが選んだもの。

「…紅涙、」
「はい、…。」
「…愛してる。」
「!」

そ、れは……

「…言わないでっ、」

そんな一生言いそうにないこと、こんな時に言わないで。

「そんな風にっ、言わないで!」

さよならみたいに言わないで!

「…開けるぞ。」
「土方さんっ!!」

そして。
白い箱を、ゆっくり開いた。

「…こ、れは…、」

開けた箱の中を、土方さんは黙り見る。

「…土方さん?」
「…。」

…あれ?爆発、してないよね…?正解!?正解だったの!?それとも時間差!?

「…、…紅涙…、」

箱の蓋を持ったまま、土方さんがこちらへ振り返る。…その時、

―――ガチャッ!
「「「「サプラーイズ!!」」」」
「!!」

何重にも重なった明るい声が部屋に響いた。

「え…、こ、近藤さん?……と、山崎さん?」

それに土方ファンの代表者らしき人とパティシエまでいる。な、何なの、このメンツ…。

「あの…今大事な時なので…。」
「おいおい、聞こえなかったか?」
「…え?」
「だからァ~、」
「「「「サプラーイズ!」」」」

再び繰り返された明るく大きな声量に、土方さんがわずらわしそうに言った。

「……うるせェ。」
「あの、サプライズって…、……あ!もしかしてこの沖田さんの行いが!?」
「それもそうだが、早雨君。何もかも全部だよ。」
「何もかも…?」
「今朝からの全てさ!」

まるで劇団員のように近藤さんが両手を広げて爽やかに言う。
…ちょっと…待って、…今朝からの全てって……?

「ま…まさか…」
「…そうだ、紅涙。その『まさか』だ。」

うんざりした様子の土方さんが、『ず』と書かれた白い箱を私の方へ寄せた。

「見ろ。」
「?」

蓋が開いたままの箱の中を、首輪に気遣いながら覗き込んだ。するとそこには、

「……ケーキ…?」

白いホールケーキが一台。しかもそこには『お誕生日おめでとう』と書かれたチョコレートのプレートが乗っている。

「こ…これは間違いなく…」
「誕生日ケーキだな。」

そう、誕生日ケーキ。

「…じゃあ……今までのって…、……。」
「全部これをしたいがためのサプライズだった、…ってわけか?近藤さん。」
「ご名答!誕生日おめでとう、トシ!」

そっ…、

「そんなぁぁぁ~!」

なんという脱力感!なんという疲労感!

「今年は早雨君と過ごせる一日をプレゼントする計画を立てたんだが、普通じゃつまらんと思ってな!街の人達にも協力してもらったんだ。」
「普通でいい!」
「そうですよ!どれだけ私達が大変な思いをしたか…!」
「何言ってるの、早雨紅涙!わたくし共が土方様を祝うならまだしも、早雨紅涙如き人間との仲を黙認してまでお祝いしなければならないことなんて、そうなくってよ!?感謝しなさい、早雨紅涙!」
「えっ、あ、す、すみません…ありがとう…ございます…。」
「まァ成功して良かったよ!」

ガハガハと近藤さんが笑う。

「しかしなんだな、全く気付かんもんだな!初めからヒントを出してたのに。」
「「ヒント?」」
「ああ。」

懐から紙を取り出す。

「これだ。」

私達に見せたのは、土方ファンクラブと手を組んだ組織間協定の締結書だった。

「ほら、ここに書いてるだろ?『サ』って。」

確かに…。確かにあの時、すごく目についた『サ』ざある。

「あ、俺のはここですよ。」

今度は山崎さんが何やら冊子を取り出した。あれは…監察レポート!

「っそ、それは…!」
「うん、そう。副長と早雨さんが勝手に見たアレだよ。」
「「…。」」
「その中に『ぷ』、あったでしょ?」

…あった。ボーリングしてた『ぷ』。

「わたくし達の物は近藤さんと似ていますけれど、」

土方ファンの人が出したのは、拘束協力協定書。

「こちらに『ラ』とありましたですことよ。」
「『ありましたですことよ』って…」
「何か言ったかしら、早雨紅涙。」
「いっ、いえ…」

目を逸らす。あの紙は街中で見せられた。

「私はケーキに『イ』を書かせていただきました。」

パティシエが帽子を胸に抱いて頭を下げる。

「覚えていらっしゃいますか?副長さん。」
「もちろん。…だがまさかアンタまで協力してたとは。」
「ハハハ。まさに狙い通りでしたね。」

近藤さんの『サ』、山崎さんの『ぷ』、土方ファンの『ラ』、パティシエの『イ』。そして…

「最後の『ず』はお前か…、総悟。」
「そういうことでさァ。サプラーイズ。」

棒読みのサプライズを浴びながら、私は安堵の溜め息を吐いた。その時に鎖がカシャリと音を立てる。

「…あ、この首の電流って…」
「安心してくれ、俺達が入ってきた時に切ってあるよ。」
「!」

よかった~っ!これが一番怖かったよ!!

「…おい近藤さん、さすがにこの電流はやり過ぎだぞ。」
「やり過ぎ?低周波程度だったろ。」
「「…。」」
「正解の箱を選べて良かったですねィ、土方さん。」

沖田さんがニヤッと笑う。
…も、もし外していたらどうなってたんだろう……。

「…あの、『む』の箱には何か入ってたんですか?」
「そこには――」
「開けてみなせェ。」

近藤さんの話を遮り、ニヤニヤした沖田さんが口を挟む。

「総悟、何か入れたのか?」
「まァね。何もなかったらガッカリするかと思いやして。」
「そうだったのか!そりゃ知らなかったな~。」
「開けてみなせェ、紅涙。」
「…やめておきます。」
「何でィ。気になるだろ?」
「気になりますけど、沖田さんが勧める時は大抵悪いことしか起きないので。」
「犯すぞコラ。」
「犯させるかコラァァ!」

土方さんが私の前に出た。

「お前が言うと実行しそうで怖ェわ!」
「そりゃすいません。俺ァ嘘が嫌いなもんで。」
「なら一生ふざけんな!」
「まぁまぁトシ。俺達の悪ふざけも終わったんだ、落ち着け。」

悪ふざけって言っちゃったよ、この人!サプライズは祝う人を喜ばせるためにするものじゃなかった!?

「…近藤さん、今回の件は誰が企画したんだ?」
「骨組みは俺で、中身は総悟だ。」
「俺だけじゃありやせんぜ。山崎もいい案出してやした。」
「ちょっと沖田隊長ォォ!?大半は沖田隊長の案で――」
「なるほどな。」

おもむろに土方さんが自分の足に繋がる鎖を手に取った。重く垂れ下がるそれを黙って引っ張ると…
―――ガキンッ!!
なんと、引きちぎる。…すごい。

「山崎ィィ…、」
「あ、あれれ?なんか…俺だけ標的になってるんですけど!?」
「山崎ィィ!!」
「はひィィっ!!」

睨みつけられた山崎さんは、敬礼したまま固まる。そこへ土方さんが静かに歩み寄った。
『何する気?』
おそらくその場にいた全員がそう思いながら見守った。

「…わかってるよなァ?」

低く呟き、土方さんは山崎さんの腰にある刀へ手を伸ばす。そしてそれを引き抜いた。

「ト、トシ…?」

近藤さんが声を掛ける。
けれど、じわりじわりと広がっていく不穏な空気は……

「テメェら…ッ」

誰にも止められなかった。

「全員粛清してやらアアァァァ!!」
「「「ギャアアアッ!!」」」
「そこに直りやがれェェェッ!!」
「トトトトシ!落ち着け!せめて一般人は先に解放しよう!な!?」
「うるせェッ!全員同罪だコラァァ!!」
「あ、ダメだ。」
「「「ゥギャアアアッ!!」」」

…こうして、いつもと違う五月五日は、

「二度とこんなサプライズすんじゃねェぞ!」
「「すみませんでしたァァー!」」
「すいやせんでしたー。」
「総悟ォォ!テメェはまだ紅涙に対する件で制裁が残ってんだ!覚悟しろ!!」

恒例の行事とすることなく、終わったのでした。

…って、あれ?
私、忘れられてない?

「土方さーん!私まだ鎖が繋がってるんですけどォ~!?」

2012.05.05
2021.4.15加筆修正
Happy Birth Day!Toshi
にいどめせつな


〈おまけ〉
~あの箱の中身は~
「はぁ~、一時はどうなるかと思いましたね。」

つい先程まで締め付けられていた首を触る。私の首輪も無事に外れた。

「ったく。毎度のことながら、とんだ誕生日だな。」
「意気込みは凄いんですけどね。こう…土方さんを祝うぞ!って気持ちは、市民も隊士も同じなんだなって。」
「重ェわ。」
「あはは!」
「せめて来年はもっと普通に祝ってくれりゃありがてェんだが。」
「まぁさすがに今回みたいな監禁は考えないと思いますよ?」
「当たり前だ。わざわざこんな場所まで借りやがって。」

私達が監禁されていた部屋はレンタルスペースだったらしく、撤収作業にそこそこの時間がかかった。ちゃっかり誕生日の主役である土方さんまで参加させられて、最後まで残った私達が今ようやく鍵を締めて帰るという状況。

―――カチャッ
「よしっ、戸締り完了!やっと終わりましたね~!」
「まだ終わってねェよ。」
「え!?」

まさかまだサプライズ中!?もはや無限ループ!?

「アイツらが本当に私情を絡めてなかったか調べねェと。」

ああそっち…。
ホッと胸を撫で下ろす私の隣で、土方さんは煙草に火をつけながら「特に山崎な」と呟いた。
山崎さん…
・・・
紅涙さん紅涙さん紅涙さん
紅涙さん紅涙さん紅涙さん
紅涙さん紅涙さん紅涙さん
・・・

「っっ…!」

思い出しただけで身震いする。あれはぜひとも真相解明をお願いしたい…。

「…ところで土方さん、」
「ん?」
「この箱の中身、結局何だったんですか?」

持ち帰る荷物の中にある、『む』と書いた白い箱。

「まだ開けてねェよ。」
「えっ…まだ誰も?」
「そのはずだ。開けた形跡ないだろ?」

…うん、ない。

「このまま持ち帰っても大丈夫なんですかね…。」
「…だよなァ。」
「どこかへ捨てて帰りますか?…海とか。」
「確認しないままそれは出来ねェだろ。……はぁ、」

疲れた様子で息を吐いた。

「仕方ねェ、開けるか。」
「ええっ!?」
「開けないと処分できねェからな。総悟にやらせるつもりだったが…アレも信用できねェし。」
「……そうですね。わかりました、じゃあ私が開けます。」
「っ…紅涙が?」

目を丸くする。私は土方さんに笑って「次は私の番ですよ」と言った。

「だが…何があるか分かんねェんだぞ?アイツのことだ、もしかしたらとんでもない仕掛けを――」
「それでも私にさせてください、土方さん。」
「…、」
「大丈夫、これでも一応真選組の隊士ですよ。」
「……だな。わかった。」

土方さんが私の頬に手を添えた。

「ただし俺も傍にいる。ここで見てるからな。」
「…はい。」

頬の温もりに目を閉じた。…そして、

「じゃあ…開けますね。」

箱の蓋へ手をかけ、

「…、」

開けた。その瞬間、

―――ドンッ!!
「「!?」」

爆発音がした。

「…え、」
「お、おい…」

この辺りじゃない。少し離れている。辺りを見回せば、ゆるゆると空へ白い煙が伸びていた。方角的に…

「あれは…屯所の方?」
「…。」

…まさか。

「あの…土方さんを繋いでいた鎖って…今どこに?」
「先に山崎が持ち帰ってるはずだが…」
「「…。」」

沖田さん…、……本気で仕掛けを?
引きつった顔で土方さんを見る。土方さんも同じような顔をして、

「そ、総悟ォォォォッ!!」

額に青筋を立て、駆けて行った。

「あっ、ちょ……もう。なんだか結局いつも通りな感じなんだから。…ふふ。」

私は猛ダッシュで駆けて行く背中を見ながら、不謹慎にも小さく笑った。

「…何はともあれ、お誕生日おめでとうございます。」

すっかり小さくなった姿に一人呟く。
すると、聞こえていないはずの土方さんがピタりと脚を止め、こちらへ振り返った。

「おい紅涙!お前も来い!!」
「え…」
「総悟にはまだお前の件の制裁が残ってんだぞ!?ちゃんと見届けろ!」

…いつも通りの中に、いつもと違う温かさ。

「っ、今行きまーす!」

土方さんへ向かって駆け出した私の足は、

―――ガッ…
「ぐえっ!」

つまずいて捻挫するくらい頼りないけど、

「おまっ、何やってんだよ!」
「つ、疲れて足が…」
「ったく、」

いつも傍には土方さんがいるって信じてるから、

「ほら、手ェ貸せ。」
「土方さん!」
「あァん?」
「今年は私が幸せにしてみせます!」
「バッ…、…何だよ急に。つーか今年限定かよ。」

こうしてずっと、『いつも通り』に過ごしていきましょうね。

「…なら俺は、これからも幸せにしてやる。」
「っ、」

…グ、ハッ!

「土方さァァァァんッ!」
「っせーな!ああもうっ、飛びつくな!」

また来年もお祝いできますように!

Thank you for The First Anniversary☆
にいどめせつな

2012.05.05
2021.4.15加筆修正 にいどめせつな

にいどめ