王子と姫と、5

弱り目に祟り目

「やっ…山崎さんっ!」

障子の隙間から山崎さんが顔を覗かせている。

「山崎…てめぇ…。」
「いやいや副長、怒るのは俺ですから!勝手に個人情報を覗かれた俺の方ですから!」

言うや否や、山崎さんは「もうヤケクソだ!」と言いながらこちらへ靴を投げつけてきた。

「わっ!」
「危ねっ、…あ、俺の靴か。」
「私の靴も!」

よかった~、とりあえず靴ゲット!

「山崎、近藤さんの台本は?」
「紅涙さん!」

山崎さんがビシッと私に指をさす。

「な…なんですか?」
「おい山崎、近藤さんの台――」
「君が副長みたいなのと一緒にいたら一生幸せになれない!」
「……あァん!?」

えェェェ!?

「女はね、愛するよりも愛された方が幸せになるんだよ!って局長が言ってた!」

あー…、それ聞いたことあります。

「…山崎テメェ、いい加減にしろよ?」
「だから紅涙さんは俺みたいなのと一緒になった方が幸せになれ――」
「黙れコラァァッ!」
―――ブンッ…!

土方さんが怒号とともに監察レポートを投げつけた。それは見事に命中し、

「ひでぶっ!」

山崎さんの顔面へ突き刺さる。
表裏とも厚手の表紙で綴じられた丈夫な監察レポートは、彼の意識を消すのに十分の破壊力だった。

「こ、れ、やっぱキツ…、ガクッ」

途切れ途切れに口にし、山崎さんは気を失う。額からはツツツと血が垂れていた。……合掌。

「コイツ、肝心な近藤さんの台本は手に入れてこなかったのか。」
「靴を持ってきてくれただけヨシとしません?」
「しねェ。」

土方さんが山崎さんの元へ歩み寄る。懐から煙草を取り出して火をつけると、

「…よく聞け、山崎。」

気絶している傍で腰を屈めた。

「もしまた紅涙に目ェつけてみろ…、」

すうっと煙草を吸い込み、

「…次はこんなもんじゃ済まねェからな。」

思いっきり山崎さんの顔面に吹きかける。

「ぅげほッ!ゴホッ!」
「くくっ…意識ねェのに。」

ああっ、なんと悪い顔!そしてなんと素敵な独占欲!

「~っ土方さん!愛してま」

「いるぞ!手当り次第に部屋を改めろ!!」
―――ドタドタドタ…

「「げっ。」」

隊士の声と廊下を走る足音。片っ端から雑に障子を開けている音も聞こえてきた。

「紅涙、出るぞ!」
「はい!…あ、靴!」
「あァん!?」
「靴、履きます!」
「はァァ!?早く履け!」
「そういう土方さんも早く履かないと知りませんよ!?」
「っ、くそっ!」

『煙草の匂いがするぞ!』
『かなり近いんじゃないか!?』
そんな声が着実に近付いてくる。けれどまだ少し遠い。
…今しかない!

「よし行くぞ!」
「はい!」

山崎さんの部屋を飛び出した。

「あ、いたぞ!」
「捕らえろォォッ!」

「ヒィィィッ!!」
「走り続けろ、紅涙!」
「わかってます!!」

「逃げるな待てェェッ……って、おい!お前ら、ここに山崎が落ちてるぞ!?」
「なに!?務めを果たせずか…。」
「いや、指の形が変だ。二本出しているということは…Vじゃねーか?」
「つまりやったのか!?やったのかよ山崎!?おい起きろ山崎!」

「はぁっ、はぁっ、」

まさか私達を追っていた隊士が全員、山崎さんに気を取られているとは知らず、

「はあッ、っ、はあっ、ひじっ方さん…!」

私達は全速力で駆けていた。屯所を抜けて街まで走る。必死なのは私だけで、土方さんは颯爽と前を走っていた。

「呼んだか?」
「あの、っ今、思ったんですけど!」

やばい、身体鈍った?最近の市中見廻り、ずっと車を使ってたからなぁ…。だって土方さんと密室で二人っきりになれるチャンスなんだもんっ☆…でへ、でへへへ。
……はっ!いけない、脳に酸素が足りないせいでフワフワしてた!そんなこと考えている場合じゃないじゃん!

「私たち、っ逃げてますけど、ッ」
「ああ、それが?」
「五月五日の決まりって、ッ、土方さんが自室に戻れば…っ、終わりですよねっ!?」

そう、私は重要なことに気付いた!五月五日の祭りは、始まりの合図こそないものの、土方さんが自室へ戻れば終了する決まり。…つまり!

「自室に戻ればっ、ッ終わるんじゃ、ないんですか、っ!?」

そういうことではないのか!?どう!?どうですか、この閃き!

「遅ェ!」

あれ。
土方さんが立ち止まる。こちらに振り返った。
わっ、すごい…土方さん、全く息切れしてない!

「その程度、山崎の部屋へ行く前に思い付いとけ。」
「え、じゃあ土方さんは既に思いついていたと…?」
「当たり前だ。」

なんだ~。

「ならなんで行かなかったんですか?」
「今回がいつもと同じか分からねェから。あんな締結してんだぞ?これまで通り部屋へ戻って終わりになるかどうか怪しい。」

うっ…ああもうっ!なんで近藤さんはあんな協定を結んじゃったの!?私を奪還するって何!?考え方が土方ファンクラブの人達と同じ……

「…あ。」
「なんだ?」
「もしかして…私も部屋に戻れば終わるのかも……?」

土方さんが部屋へ戻って終わるルールなのだから、私も同じルールが適用されるんじゃない…か?

「どうだろうな。まァ、」

細く息を吐き、

「どちらにせよ、もう少し静かになってからじゃねーと戻れねェ。」

土方さんが気だるそうに懐へ手を伸ばした。煙草を取り出したかと思うと、

「…。」

少し考える。先ほど足がつきそうになったことを思い出したのだろう。結局、再び煙草をしまった。…うん、えらい。

「…ったく面倒くせェな。」

ほんと面倒な祭りだ!いや…もう祭りの域を超えてるような気がするけど。

「はぁ…。」

苛立った様子で頭を掻くと、土方さんはポケットに手を入れて歩き出した。

「ちょっ、ちょっと土方さん!?」
「なんだよ。」
「もっと警戒しながら歩いてくださいよ!街は土方ファンで溢れかえってるはずなんですから、気を付けないと――」

「キャァァ~ッ☆土方さんよぉぉぉっ!!」

「「げ!」」

噂をすれば何とやら。
ずっと向こうの方だけど、数人の女性がこちらへ指を差しながら叫んでいるのが見える。…と見ていたら走ってきた!

「っやばいですよ!土方さん!」
「行くぞ!」

慌てて後ろを向き、走り出した。が、

「逃がしませんわよ!土方様!!」

退路を塞ぐように別の土方ファンが出てくる。
かっ、完璧なフォーメーションだ!

「今年は早くお会い出来ましたわね、土方様!」

彼女達の手には、もはや五月五日の標準装備と化した薙刀が光っている。けれど今年は少し違うところもあった。

「…あの、」
「お黙りなさい!おじゃま虫の早雨紅涙!!」
「…今年はキャラ、違いますね。」

言葉遣いがそこまで酷くない。ギャルっ気もない。どちらかと言うとお嬢様風になっている。

「今年からおしとやかに責めることにしたのよ!」
「お、おしとやかに責める…。」

おしとやかなら、こんなことしちゃいけないと思いますけど…。

「いいですこと、土方様!そしてどうでもいい、ついでの早雨紅涙!」

はいはい、どうせ土方さんのオプションですよー。

「これより私達は!」

代表者らしき女性が一歩前に出る。何やら紙を取り出し、それを私達に向けた。

「真選組との協定により、二人を拘束する!」
「「……。」」

2つの拇印と、右上に大きく『ラ』と書かれた紙。しかし近藤さんに見せられた紙とは似て非なる内容だ。

「…土方さん、」
「…あァ?」
「…今度は『拘束協力協定書』らしいですよ。」
「勘弁してくれ…。」

にいどめ