二度あることは三度ある
「さあ皆さん!捕まえておしまい!」
薙刀をまるで手のように扱い、指し示した。
「くれぐれも土方様を傷つけないように!早雨紅涙はどうなってもよいですわ!」
相変わらず分かり易い人達…。
「おい紅涙!」
ハッとして声の方を見る。
「っはい!」
「何ボサッとしてんだ、行くぞ!」
「えっ、でも…」
前も後ろも塞がれてるのに!?
土方さんは建物の前で『急げ』と手を振る。駆け出した先は、建物と建物の隙間だった。ああなるほど!
「お待ちなさいっ!」
駆け出す私達の背中に声がぶつかる。
「聞こえていらっしゃらないの!?ねぇっ、ちょっとお待ちにっ……コルァァッ!待てって言ってんのが聞こえねェのか早雨~ッ!!」
私!?
思わず振り返ってしまいそうになった時、土方さんが私の手を引いた。
「聞くな!走れ!」
「っはい!!」
とにかく今は離れた場所へ。
必死に足を動かし、土方さんのスピードについて行った。
手を引く土方さんは相変わらず颯爽としている。早朝から走りっぱなしだというのに。
「はぁっはぁっ」
あー…これは明日、筋肉痛確定。できればそろそろ休みたいな……どこまで走る気なんだろう。
「ところで土方さんっ!」
「なんだ?」
「行くあてはっ、…はあっはあっ、っ、あるんですか?」
「『行くあて』?」
「逃げ込める、っ場所です!」
「……、」
足を止める。振り返ったかと思うと、
「んなもんねェよ!」
まさかの逆ギレ。
「行くあてなんてあるわけねェだろ!」
えぇェェ~!?
「そんなもん走ってるうちに思いつく!」
体育会系!ヘビースモーカーのくせに体力あり過ぎでしょ!…くっ、このままじゃ私の体力が持たない。どこか…どこか匿ってくれそうな場所を考えないと!!
「…あ!」
「あァ?」
「いい場所を思いつきました!」
「いい場所?」
「はい!」
あそこなら、土方さんに恩があるから良くしてくれるはず!あわよくば、そのまま静かに二人きりで誕生日を祝える…はず!ぐふ、…ぐふふふ!
「どこだ?」
「先導します!」
そう言って、今度は私が土方さんの手を引いて走り出した。…けれど、
「遅ェ…。」
「だっ、だって…っ、ぜぇぜぇ…、」
思ってたよりも体力が残っていなかった。
だってほぼ午前三時から走らされてるわけだよ!?眠い目をこすりながら追いかけられて、まだ陽が沈む街を疾走してるわけですよ!そりゃ体力残ってないでしょ、一般人は!!
「っひ、土方さん…、」
「ん?」
「さすがは…っ、副長、ですね…!」
「…なんだそれ。」
それでも何とか走りきり、私達は目的地に辿り着いた。
「じゃーん!」
「『じゃーん』って…ここ…、」
「はい!ケーキ屋さんです!」
そう!私が思いついたのは、土方さんの誕生日だけで超黒字経営を成しているケーキ屋さん。
「…まさか開くまで待つ気か?あと6時間はあるぞ。」
「いやいや!きっともう起きてますから!」
私はきっちり締められているシャッターに耳をつけた。中でカチャカチャと音が聞こえる。
うん、やっぱり張り切って準備してる!年に一度の大繁忙期だもんね!
「声を掛けてみましょう!」
「…ちょっと待て。」
「はい?」
「アイツらも、じきにここへ来るんじゃねェか?」
「しばらくは大丈夫だと思いますよ。それこそ、あと6時間くらい。」
「…根拠は?」
「土方ファンクラブの皆さんは今、血眼で私達を捕まえようと街中を捜索しています。仮にケーキを買いに来たとしても、それを持ったまま私達を追い掛けるなんてことは不可能。」
「そりゃそうだが…」
「さらに!」
「お、おう。」
「ケーキ屋はまだ仕込み中で閉まっています。お店が開く午前10時までは買うに買えないわけですよ。だから、しばらくは大丈夫!」
…な、はず!
もちろん確証はない。それでもこのケーキ屋に賭けたい。あわよくばケーキを頂きたい!そして出来ることなら、この場所で土方さんをお祝いしてしまいたい!!何より…!
「早く私はここで足を休めたいのです!!」
「…それが本音か。」
「しまった!」
「しまったじゃねーよ!はぁ…ったく。まァいい。」
土方さんが小さく笑った。
「お前がこんな騒動に巻き込まれたのは俺のせいだからな。」
ポンッと私の頭に手を置く。
「悪ィな、付き合わせちまって。」
困ったような顔で笑った。
嗚呼っ、眩しい!美しすぎます、その笑み!!
「気にしないでください、土方さん!私は土方さんと一緒なら何をしていても楽しいですから、全然平気です!」
そうだぞ自分!土方さんのためなら、いくらだって走れるはずじゃないか!…体力はついてこないけど!
「フッ。お前ってやつは…。」
この人が傍にいれば、私の世界はそれだけで満たされるんだ。
「一緒に乗り越えてみせますよ!」
「…ほんと、飽きねェやつだな。」
土方さんは微笑みを浮かべたまま、私の髪に触れた。
「!」
走ってボサボサになっているであろう私の髪をとき、流すように耳へ掛ける。
「ひ、土方…さん?」
「実は俺も…結構疲れてんだ。」
妙に声に艶がある。疲労のせいか、私の妄想か、それとも……
「紅涙、」
「っは、はい。」
「少しでいい。ほんの少し、…お前を触らせてくれ。」
まさかのリアル甘い展開ィィィ~!!
でっでもここで!?いつ誰が来るか分からないのに!?…あ、そういうのがいいって話なのかな。……いやその前に!
「ささ触らせるというのはっ、ぬ、脱げばいい感じですか!?」
どの辺りをご所望で!?
興奮気味に問いかけた私を、土方さんは一瞬目を丸くしてから笑った。
「バカ、そんなんじゃねーよ。つーか外だぞ?簡単に脱ぐとか考えんな。」
「だっ、だって土方さんが言うから…」
「そのままでいいんだよ。」
このまま!?そ、それは着衣のままで―――
「こら、変な想像すんな。」
「へっ!?変って…」
「俺は紅涙のどこでもいいから触らせてくれって意味で言ってんだ。たとえば耳とか。」
「耳!?」
「お前に触れてると無性に落ち着くんだよ。…フッ、いつからこんな身体になっちまったんだかな。」
「あ…、…ぅ…、……ど、どうぞ。」
なんか恥ずかしい…。
土方さんは私に手を伸ばし、本当に耳を触ってきた。
「耳、赤ェぞ。」
「っ、……土方さんが触るから。」
「知ってる。」
ふにゃふにゃ優しく揉み、頬へと手を滑らせる。
「こんな時に何してんだか。」
「…土方さんがしてるんです。」
「だな。」
「…でも、これで…疲れがマシになるなら…いつでもどうぞ。」
誰に迷惑をかけることでもない。誰に咎められることでもない。
今ここにいるのは私達だけなんだから…何をしても自由。
「紅涙…、」
土方さんの指が私の唇を触った。沿うように撫でられ、ゆっくり顔を上げる。
「…、」
「…。」
二人の視線が絡んで、私は…
「……、」
目を閉じた。
ああっ…まさかこんなタイミングでラブラブタイムが来るなんて。これはキスくらいじゃ終わらない可能性もあるんじゃない?…きゃああああっ♡
「ひじ…かたさ――」
―――ガチャッ
「おや?もしかして副長さんですか。」
「「…。」」
え、……えぇェェェ~!?
このタイミングで出てきますか、パティシエさんよォォ!
もしかして見てた!?店先の防犯カメラか何かで見てて、わざと邪魔しに来た感じですか!?
「いつもうちのケーキを贔屓にしていただき、ありがとうございます。」
ねぇパティシエさん!どうなの、見てたの!?
土方さんも何か言ってくださいよ!
「いえ、こちらこそありがとうございます。」