王子と姫と、9

一寸先は闇

早朝から疾走した五月五日。

初めのうちは走って疲弊するばかりだったけど、思えばそこそこ充実している気がする。
だってずっと土方さんと一緒にいられてるし、甘い雰囲気になる機会も意外と増えてきたし!

「ふふっ、」

土方さんは疲れてるせいだとか言ってたけど、あれはきっと違う!単に私への気持ちが溢れたせいだ。…だって、

「うふ、うふふ…、」
『…ぃ』

甘い雰囲気の時、土方さんに愛されてるなーってすごく感じたもん!

「くふふふふ…、」
『おい、起きろ!』
―――ペチッ
「ぅえっ!?」

頬に痛みを感じて目を開く。…あれ?

「もしかして…私、眠ってました?」
「ぐっすりな。」
「い、いつの間に眠って…、って、……うん?」

土方さんの背景を見て、首を傾げた。
…おかしい。私達は二人でケーキ屋の仮眠室にいたはず。なのに、ここ……

「どこ…?」

部屋が違う。
薄汚れたコンクリートの壁に囲まれた四角い部屋で、出入口であろう扉は茶色く錆びた鉄製。室内には壊れたロッカーや家電が雑に置かれていて、まるで廃墟そのものだ。壁の高い場所に唯一ある小さな鉄格子の窓から外気を取り込んでいるようだが、風など全く感じない。

「えっ、え…どこ……ですか?」

…まさか、今までのは全部夢!?この前のクリスマスみたいに夢オチ!?

「わわわ私達って、さっきまでケーキ屋さんにいましたよね!?」
「ああ。」
「夢じゃっ……」
「ねーよ。」

土方さんが私の頬をつねった。

「いひゃい…」
「夢じゃねーだろ?」

パっと手を放す。

「…俺も分かんねェんだ。気が付いたらここにいた。」
「えっ、土方さんも眠ってたんですか?」
「…ああ。眠らされたのかもしれねェが。」
「『眠らされた』…?」

誰に?というか、そんな機会もなかったはず……

「あっ、」

まさか……。
土方さんを見る。小さく頷いた。

「あのケーキだ。」

そ、そんな…

「でもあれはパティシエが作ってくれたケーキでっ…」
「自ら仕込んだんだろ。」
「っ…、」
「俺達にケーキを運んだのはパティシエだ。仮に完成までの段階で誰かが仕込んでいたとしても、その誰かとパティシエは仲間。知らない間に仕込まれていたという流れは虫が良すぎる。」

パティシエ…、あなたは神じゃなかったのね!?土方さんに助けられてるって言ったくせに、こんなことして……っ、

「悔しいっ!」
「今はそれよりコレをどうにかしねェとな。」
「『これ』?」
「これ。」
―――ジャラッ…

土方さんが鎖を持ち上げた。

「え、そんな物どこから……」

視線で鎖を辿る。地面を伝い、たらたら延びた鎖は太い柱に繋がっていた。が、柱に巻きつけられた鎖が二方向に延びている。

「…?」

その鎖が延びる二箇所の終着点、それは―――

「っえ!?」

土方さんの足首と、

「なっ、何これ!」

私の首に繋がっていた。

「今まで気付かなかったのか。」
「気付きませんでした!…え、ほんと何ですか、これ!」

なんか気持ち悪い!首輪っぽいのが余計……うん?首輪?そう言えば前に…
『紅涙、プレゼントでさァ』
『…何ですかこれ』
『俺と紅涙を繋ぐ素敵な指輪』
『どう見ても首輪じゃないですか!というか私には土方さんがいますから!』

まっ、まままさか沖田さんの仕業!?だとしたら本気で何されるか分からない!!

「…前にな、」
「っえ、あ、はい。」
「前に似たようなことがあったんだ。」
「似たようなこと!?」
「あの時は首と首が鎖で繋がれてたが、総悟と一緒に監禁されてて。」
「!!」

ということは、沖田さんが犯人じゃないんだ。…いやその前に!

「大丈夫だったんですか!?」
「…まァな。なにせあれは結局――」

『お目覚めかな。』

「っ!?」
「……やっぱりお前か。」

知り合い!?
急に声がしたと思えば、部屋の隅に捨てられていたテレビが付いている。人のシルエットではあるけど…

「なっ…なんですかあれ…。」

顔に趣味の悪いお面をかぶっている。人を馬鹿にするような、不愉快にするような…とにかく、この上なく気持ちが悪い!!

「心配すんな。あれはただの引きこもりのガキだ。」
『おや?いいのかな、そんな言い方をして。』
「ちょっ、ちょっと土方さん!ヤバいんじゃないんですか!?言葉遣いに気を付けましょうよ!」
「必要ない。」

フンッと鼻で吐き捨てる。相当ナメている様子から考えると、本当に大したことのない相手なのかもしれないけど……
この人、ちょっとやり過ぎじゃない!?だって監禁だよ!?それも鎖で繋ぐとか、かなり悪趣味じゃん!どうせ土方ファンの仕業だろうけど、ちょっと度が越え過ぎてやいませんかね!?

『土方君、今回は前回のように逃げられないよ?もちろん工具も用意しているが、キミは大事な彼女に擦り傷ひとつ付けたくないだろうし。』

工具!?傷!?
前回どうやって脱出したんですか!?

「いいから早く外せ。つまんねェぞ、丸っきり同じことしても。」
『ほう、まるで分かったような口振りだ。』
「当たり前じゃねーか。どうせまた総悟とつるんでんだろ。」

そっち!?そっちと仲間だったの!?
…え、じゃあ前回は沖田さん自ら被害者の役をしつつ、土方さんを罠にかけたってこと?……こっわ!その執念、怖いよ沖田さん!!

『ククク…、ハーッハッハッハッハー!キミは何も分かっていないね、土方君。なーんにも。』
「…。」
『過去の手を見せた上で、あえて二度目も使っているとは考えないのかい?』

お面をつけた人が話し終えると、

―――パタンッ
「「!!」」

どこかで扉の閉まる音がした。
その音を聞いて、初めて土方さんの顔が険しくなる。

「…どういうことだ。」
『それは彼から聞いてくれ。私はここまでだ。』

途端、テレビのノイズが酷くなって、映像に砂嵐が混じり出す。

『それじゃあ楽しいひと時を。』
―――プツンッ…

画面が消えた。それとほぼ同時に、扉の向こうから新しい音が聞こえる。

―――カツカツ…

誰かがこちらへ近付いてくる足音が。

「っ、土方さん!」
「下がってろ、紅涙。」

私の首と土方さんの足首を繋ぐ鎖には多少余裕がある。私は土方さんの後ろへ周り、背中から扉の方を窺った。

―――カツカツ…

部屋に響く硬い足音。そして錆びた扉が音を立て、ゆっくり開く。

―――キィィ……

そこに現れた人物は、

「なかなか元気そうじゃありやせんか。」
「やっぱりお前か、総悟。」
「お、沖田さん…。」

両手に一つずつ白い箱を持ち、悪魔のように笑う沖田さんだった。

にいどめ