運命10

終わりは明日に

「お疲れさん、トシ。」
「お疲れ様です副長!」
「…お疲れ。」

夜中だってのに、局長室にはあの日と同じ連中が揃っている。

「お!?まさかそれは野中茶屋の…!?」
「…ああ、土産だ。」

机に団子袋を置く。

「食ってくれ。」
「偵察に行って土産まで買ってきてくれるたァ気が利くなァ!山崎、お前も見習えよ?」
「無茶言わないでくださいよ!偵察の度に土産買ってたら破産しちゃいます!」
「それじゃあ三日に一度にしたらどうでィ。」

後ろに立っていた総悟が俺の横を通りすぎながら言った。

「土方さんも三日目にして土産を買ってきたみてェだし。ねェ?土方さん。」

コイツ…。

「…知らねェよ。いちいち数えてねェ。」
「あらら。潜入で日を数えねェとは、相当長いスパンで入り込む気だったんですかねェ。」
「…。」

俺は机の前に座り、煙草に火をつけた。

「…とっとと始めるぞ。」
「だな!」

近藤さんが嬉々として団子の箱を開けた。…いやそっちの話じゃねェんだが…まァいい。

「しかしビックリしましたよ、副長~。まさか自らが毎晩潜入捜査をするなんて。」

話しながら山崎が団子に手を伸ばす。近藤さんは串を両手に持ち、

「単独で潜り込むなんこたァ、トシだからこそ出来ることだよな!」

団子を頬張る。今度はその箱を総悟が引き寄せた。

「しかし土方さん自らが動くなんて珍しいったらねーや。雪でも降るんじゃねェですか?」

俺を鼻先で笑い、団子を手にした。
…現状、俺に疑いを向けているのはどうやらコイツだけらしい。意外にも誰にも話してないようだ。…なぜだか分からねェが。

「よし、始めるぞ!」

手を拭き、近藤さんが姿勢を正した。

「皆、こんな時間に集めてすまんな。理由は他でもない、例の揚屋のことだ。」
「「「…。」」」

口を閉じると、辺りの静けさが際立つ。次第に強くなってきた風が、窓をカタカタと揺らしていた。

「トシ、桂と紅涙の件は聞いたか?」
「…ああ。さっき総悟に。」
「まずはその件を労わせてくれ。総悟、山崎、日中の張り込みご苦労だった。」
「大したことじゃありやせんよ。」
「張り込んだの俺ですけど!?」
「指示したのは俺でさァ。俺が言い出さねェと始まらなかった。」
「そっ…それはそうですけどォ~…。」

山崎が口を尖らせる。
…そうか、やはり総悟が立案したか。

「拗ねるな、山崎。こんなに早く掴めたのは、お前がよくやってくれたおかげだ。」
「はいっ!ありがとうございます!」
「トシもお疲れさん。副長という座に甘んじず自ら動くとは、さすが隊の鑑だ。」
「…そんなことねェよ。」
「…。」

総悟の視線が痛い。そちらへ顔を向けなくとも、こっちを見ているのはよく分かった。
…しかしなぜコイツは今まで近藤さん達に言わなかったんだ?日頃から俺を蹴落としたいと思ってるなら絶好の機会だろうに。

「ではここからが本題だが、」

近藤さんが何やら紙を取り出した。

「俺達が攘夷派との繋がりを疑っていた夢路屋の遊女、紅涙の裏を取った。」

机に何枚か紙を並べる。それは、

「…っ、」

紅涙と桂が写る写真だった。酌をしたり、何やら楽しそうに笑っている。…俺もよく知る、あの部屋で。

「いつ見てもバッチリ撮れてまさァ。」
「撮れた時はホッとしましたよね~。周りを警戒してか、この部屋だけずーっと窓も閉めっぱなしだし。」

…ん?

「ならどうやって撮ったんだ。」
「誰もいない時間を見計らって、屋根伝いにちょこちょこっとカメラをセッティングしました!」

……何やってんだよ。

「無効だ。」
「え?」
「この写真に効力はない。」
「「えぇェェ~!?」」

山崎だけでなく、近藤さんも声を上げる。
…そんなに驚くことか?当たり前だろ。

「お前が取った手段は犯罪だ。そんな方法で撮影したものを証拠だなんて言えねェ。」
「そんなァァ!!」
「トシィィ~!!」
「何を言ってもダメだ。こいつは存在しちゃならねェ物。俺が責任をもって処分し――」
「バカ言っちゃいけやせんぜ、土方さん。」

写真を回収しようとしたところ、総悟に横取りされた。手にした写真をひらひらと揺らし、俺に小首を傾げる。

「これまで俺達のやってきたことに比べたら、何倍もマトモな手段じゃありやせんか。」
「…バカ言ってんじゃねェよ。今回の件は遊郭街だ。これまでと同等に考えるな。」
「そんな怖ェですか、上が。…それとも、」

一枚の写真を机に置く。紅涙が酌をしながら笑っている写真だ。

「これを証拠にされると、何か土方さんにとって不都合なことがあるとでも?」
「…。」
「総悟、そりゃどういう意味だ?」

近藤さんが問う。総悟は薄く笑った。
…話す気か。なるほどな。コイツは最悪のタイミングを待ってたってわけだ。

「……、」

言うなら言やァいい。アイツにこんな想いを抱いちまった非があるのは事実。…仕方ねェ。
俺は煙草の火を消した。

「あの、沖田隊長。俺も判らないんですけど…、」

すまなそうにして山崎が手を上げる。

「その写真のどこに副長にとって不都合なことがあるんですか?」
「考えてもみなせェ。土方さんは溜まりに溜まった書類整理を押してまで、毎晩潜入捜査に行ってたんだ。」

…そうだよ。その通りだ。

「そこまでして行くってのは、」
「「『ってのは』?」」
「…。」
「テメェだけで手柄を上げようとしていた、そういうことに決まってまさァ。」

……なに?

「そうなのか?トシ。」
「いや…まァ……」

…は?

「でもなんで副長が手柄を欲しがったりするんです?」
「下からの突き上げに焦ってたってところだろ。このままじゃいつ副長の座を引きずり下ろされるか分からねェから、ここらで一発手柄を上げようとしていた。」

…いや……

「え、そうだったんですか?」
「ま、まァ…な。」

総悟の意図が分からねェ。が、ここは乗るしかない。わざわざ真実を言って、こじらせる必要もねェだろ。

「そうか…つまりトシは、自らの足で正々堂々と捕らえようとしていたわけだな。」
「そこまで気合い入ってたなら言ってくださいよ~。知ってたなら無理して動きませんて。」
「…悪かったな。」
「俺ァ知ってても動きやした。」
「ちょっ、沖田隊長!」

この野郎…、どっちだ?わかってて言ってんのか?それとも本気で気付いてないか……

「まァちゃんと土方さんが本心を言ってくれりゃあ、また違ったものはあったかもしれやせんがね。…くくっ。」

…いや違う。やっぱり分かっててバカみてェなこと言ってんだ。…なにを考えてやがる?

「だがすまんな、トシ。」
「?」
「事実確認が出来てしまった以上、正面からの突入も検討したいところだが、幾分、場所が場所なだけにやはり目立つ行動は避けたい。」
「あ、ああ…、……そうだよな。」

紅涙をクロだと確定したみてェな流れになっちまったじゃねーか。

「勿体ないですねー、やるなら今って感じなのに。」
「お上はまだ俺達の行動に気付いてねェんですかィ?」
「そのようだ。しかし仮に動ける状況になったとしても、確証を得たのは紅涙と桂の関係であって、夢路屋に関係ない。」
「明らかに関係あるのに?」
「夢路屋と攘夷志士の繋がりを示す物的証拠はないからな。」
「となると、トントン拍子に店を摘発は難しいそうですねィ。」
「じゃあ写真の役目もしばらく先ですか~。陽に焼けないよう大切に保管しておかなきゃなァ…。」

…まだだ。

「貸せ。」
「え?」

まだ紅涙をしょっぴくまでに猶予はある。

「その写真は俺が預かっておく。」
「え…」
「土方さんは余程この写真が欲しいようで。」
「…。」

…そうだよ、欲しい。
写真を回収して、俺が先に紅涙から話を聞き出す。そうしたらアイツから事情を汲み取れる。訳のあるクロだって、俺から皆に言ってやれるだろ。

「…お前らがなくさねェよう俺が保管しててやるって言ってんだ。」
「そうは行きやせん。写真はこっちで保管しまさァ。」
「渡せ。」
「渡しやせん。」

手を出す俺と、あしらう総悟の間に、

「待て待て待て。」

近藤さんが割り込んだ。

「その写真はこれからすぐに必要になる。」
「なに…?」
「店は無理でも、女を捕らえる条件は揃ってるからな。」
「!」
「くくっ、そうこなくっちゃ。」

まさか…

「紅涙をしょっぴく気か…?」
「ああ。明日の晩にでも動こう。あ、いやもう日が変わってるから今夜か。」
「待てよ、近藤さん。まだ紅涙がクロだと決まったわけじゃ…」
「確かに証拠は弱い。が、接触しているのは間違いないだろ?そこを吐かせるだけでも意味はある。」
「…、」

そんな…、……時間が。猶予が…。

「俺ァ行くなら今すぐでもいいくらいですぜ?近藤さんの言う通り、先延ばしするほど捜査がバレちまう可能性も高くなるし。…くくっ。」
「いやいや沖田隊長、さすがに今すぐは勘弁してくださいよ。俺もう眠くて…ふぁ。」

今夜…。今夜やるってのか?そうなると会うのはもう…昼間しかねェじゃねーか。

「どうしやした、土方さん。急に黙り込んじまいやしたが。」

総悟は食べ終えた串を噛み、ゆらゆらと揺らしながら俺を見る。その顔つきに心配する様子なんて微塵もない。

「なんだ、喉に団子でも詰まらせたか?トシ。」
「でも副長は一本も食べてませんよね。」
「なに!?みたらしは嫌いなのか!?」
「……いや、」
「土産に買ってくるくらいだから好きなんじゃねーんですかィ?それとも、誰かのために買っただけとか?」
「誰か?誰かって誰だ。」

総悟のヤツ…どこまでも余計なことを。

「…心配ねェよ、近藤さん。みたらし団子はマヨネーズを掛けりゃ旨ェし、嫌いじゃない。」
「そうなのか?」
「ああ。それより話の続きだが、」

灰皿のふちで煙草を叩く。

「捕縛するのは本当に…今夜でいいのか?」
「ああ、いいと思う。お前もいつも言ってるだろ?『出来ることは早く済ませた方がいい』って。」
「そう…だったかもな。」
「でも正面から突入できないのに、どうやって捕まえるんです?」
「そこはアレだ、我らがトシの役目。」

ニコニコした近藤さんが俺を見た。…最悪の気分だ。

「…俺が何をすれば?」
「これまでの潜入時同様、店に行ってくれ。で、番頭に紅涙と桂が写ったこの写真を見せて…」
「…ゆするのか、夢路屋を。」
「その通り!揚屋が店を捨ててまで紅涙を護るとは思えん。簡単に落ちるだろうさ。」
「………はぁァ…、」
「そんなにこの写真を使うのは気が乗らんか?」
「あ、いや…、……まァな。」
「重く考えるな。あくまで邪魔させないために使うだけだ。」

…違うんだ、近藤さん。俺は、自分の立場に溜め息を吐いたんだ。

「紅涙に縄を掛けられるかどうかはトシ次第。新たに証拠を掴むも良し、目を付けた証拠を突きつけるも良し、引っ張れるなら証拠なんてなくても良し!」
「証拠は必要だろ…。」
「いざと言う時にはこの写真がある!」
「…、」
「だから存分に手柄を上げてきてくれ!」

…テメェの肩書きを忘れたわけじゃねェ。

「……わかった。」

真選組の副長だから夢路屋に行ったんだ。…けど、紅涙があまりにも想像を裏切る女で……

「…、」

俺が悪い。

「捕まえた後はどうする気ですかィ?」
「表沙汰には出来ない件だからな。とりあえず攘夷志士との関係を吐くまでは身柄を預かるしかなかろう。」
「そりゃあいい。ゆっくりしてってもらいやしょうぜ。」

総悟が至極楽しそうな笑みを浮かべる。

「聞き出し担当は俺っつーことでお願いしまさァ。」
「それは構わんが…」
「やる時はいつも通り二人一組だぞ。」

急いで口を挟んだ。
『聞き出し担当』なんて生ぬるい言い方してやがるが、コイツが言ってんのは拷問だ。

「相手が女でも例外はない。…変な考え起こすなよ。」
「その言葉、そっくりそのまま返しまさァ。」
「…。」
「…。」
「よ、よし!話をまとめるぞ?」

空気を切り替えるように、近藤さんが手を打った。

「トシはこれまで同様、夢路屋に行く。店先で番頭に写真を見せ、『黙って紅涙を引き渡せば、店と攘夷の関係は追求しない』と宣言する。」
「……ああ。」
「店が屈しなかった場合はどうしますか?」
「その場で揚屋を摘発する、…ように見せかけるしかないな。」
「なるほど…。冴えてますね、局長!」
「よせや~い。褒めても何も出ねェぞ?」

山崎の言う通り、指示が的確だ。おそらくこれなら成功する。

「トシが入った数分後には俺達も店へ入るぞ。玄関で待つから、紅涙を押さえ次第連絡してくれ。部屋を捜索する。」
「……わかった。」
「皆、くれぐれもこの件は極秘扱いで進めるようにな。紅涙を捕縛した後も他の隊士には見つからないよう気をつけてくれ。」
「「了解。」」
「…了解。」

…すまねェ、紅涙。
俺はあの時、本当にお前を幸せにしてやりたいと思っていた。…だが、俺は今夜、お前の日常を壊しに行く。

「…。」

叶うことなら、客の十四郎と遊女の紅涙のままで…もう一度、

「……、」

もう一度……お前に逢いたい。