運命12

返ってきたモノ

紅涙を捕縛する話が現実になった。
証拠となるのは、山崎が隠し撮りした桂と紅涙の写真。もしくは、それ以外の何か。用意するかどうかは俺次第だ。

屯所に連れ帰った後は何かしら情報を吐くまで拘束するらしい。おそらく拷問部屋になる。…ここへ来ちまったら、どの程度護ってやれるかは分からない。

…だが、それは連れ帰った場合の話。

紅涙が被害者という可能性は残っている。攘夷志士に脅されて、繋がりを持たされているという可能性が。
ならば俺が先に話を聞いておけば助けてやれる。屯所なんかに拘束し続ける必要もない。そこさえ分かれば、紅涙を……

「…、」

いや、…紅涙は話してくれるのか?
どちらの場合でも、必死に身を隠しながら生きている立場。この前みてェな俺の薄っぺらい作り話で聞き出せるのだろうか。

仮に話してくれた時、そこで想定外の内容まで知るかもしれない。紅涙が知らない『真選組の土方十四郎』があるように、俺の知らない紅涙を知ることになることも……

「…。」

そうなっても俺は…、変わらず護りたいと考えちまうんだろうか。もしアイツが、根っから向こう側の人間だとしても。

「……ふゥ…、」

煙草の量が多くなって仕方ねェな。
自室に戻ってまだ一時間と立ってねェのに、吸い殻が灰皿の半分まで溜まっちまっている。

「…紅涙をどう落とすかも考えないといけねェってのに。」

どうにか先に会うことばかりを考えちまう。
…、
……、
…もう…会うしかねェよな。

陽が昇ってから、

「…近藤さん、ちょっといいか。」

俺は着流し姿で近藤さんの部屋へ向かった。

「おはようさん、トシ。…ん?今日は休みだったか?」
「…休みにした。」
「そいつァ珍しい。」
「夜に出るからな。どうせなら着流し姿で一日うろついてる方が、隊士の目も違和感ねェかと思って。」

…よくもまァベラベラと嘘を吐けるもんだ。自分でも呆れる。

「なるほどな!」
「…で、俺は今これから鍛冶屋に行ってくる。」
「鍛冶屋に?」
「どうも鍔(つば)に緩みがある気がしてな。」
「そいつはイカン!しっかり調整してもらってくれ。」
「ああ。」

どこまでも嘘を吐き、俺は屯所を出た。

夜より人の流れがある分、周りの目を気にしながら遊郭街の門をくぐる。

「…多いな。」

夜間同様、朝でも客は多い。この街に昼夜がないと言われる理由がよく分かる。見たところ、客層もあまり変わらないようだし。

もちろん、夢路屋も例外はなく。

「おっ、旦那!今日はこの時間にお越しですか。」
「まァな。」

すっかり気さくな口振りになった番頭が、俺の顔を見るや否や話し掛けてきた。

「紅涙を頼む。」
「申し訳ない、紅涙は体調が優れませんで。」
「体調が…?」
「はい。今日は出せませんのです。」

番頭は頭を掻きながら苦笑する。
まさか紅涙の体調が悪いとは…考えてなかったな。

「紅涙は大丈夫なのか?」
「え、ええ。大したことないと思うんですが、一応大事を取って休ませることにしてます。」
「…そうか。」
「申し訳ねェ。」

…会えないのか。
…、
……、…仕方ねェな。

「また来る。」

背を向けると、

「ああっお待ちを、旦那!」

番頭が慌てて引き留めた。

「せっかく御足労いただいたんですし、他の遊女と遊んで行きはったらどうです?」
「…いや、必要ねェ。」
「ぎょーさん可愛い子いますで?ひと目見たら気に入る子がきっと…」
「悪いが、」

番頭の声に押し潰した。

「俺は紅涙に会いに来てんだよ。それ以外に用はない。」
「…左様で。やっぱりあきまへんか。」
「じゃァな。」
「またのお越しを!」

夢路屋を出た。直後、

「旦那はん!」

今度は女将に呼び留められた。
一体なんなんだ?
足を止め、振り返る。

「いつも紅涙を贔屓にしてもろて、ありがとうございます。」
「…今日は体調が悪ィんだってな。ゆっくり休むよう伝えてくれ。」
「承知しました。その紅涙からなんですけど、」
「?」

女将が袖口から封筒を取り出した。

「これをお返しするよう頼まれてまして。」
「…?」

何かを貸した記憶はないが…。

「…本当に俺宛か?」
「そうですえ。封筒にも『十四郎さんへ』て、ありますやろ?」

封筒の表面を指した。確かに書いてある。
…これが紅涙の筆跡か。
なんて思ったが、やはり何かを貸した覚えはない。腑に落ちないものの封筒を受け取り、中を確認した。

「……これは、」

何十枚もの札が入っている。しかも全て万札で。

「何の金だ…?」
「今まで旦那はんにお支払い頂いとった前払い金です。紅涙から、信用できるお人やさかいにこれまでのお金を返すよう頼まれました。」
「返金制だったのか…。」
「知らんのも無理ありませんわ。これまで誰にも返したことありませんよって。」
「…ならなぜ俺には返すんだ?」
「紅涙の気持ちや思いますよ。」
「紅涙の…?」

喜んで…いいのか?
俺の素性がバレたわけじゃねーのか?
女将はニコりと微笑み、

「あの子ら以外に心開いたんは、旦那はんだけです。しばらくしたら、また通ったっておくれやす。」
「…あ、ああ。」
「そしたら。」

頭を下げ、女将は夢路屋へ帰って行った。

「…、」

まさか返金されるとは。
本当にただ敷居を高くするためだけの前払いだったんだな。
…だが他のヤツには返してないとも言っていた。高杉や桂からも金は取ってるってこと…なのか?

「なぜだ…?」

アイツらと仲間なら、金なんて取る必要ないだろうに。

「それに『あの子ら』っつーのは一体…。」

高杉や桂だけでなく、まだ他にもいそうな口振りだった。出入りする攘夷志士が他にもいるってのか…?

「もし主要メンバー全員が出入りしてるなんてことになってたら……」

江戸で何か企んでると見るのが普通だ。さすがに上も全力で夢路屋を潰しにかかるだろうな。

「……紅涙、」

お前に会いたかった。
これがきっと、『十四郎』として来る最後になる。

「…、」

夢路屋を見上げた。
見上げたところで、紅涙はいない。

「……はァ、」

煙草に火をつけ、背を向けた。
金の入った封筒は懐へしまう。

「…最悪の気分だな。」

手元に戻ってきた金は信頼の証のはず。
なのに、なぜか紅涙との時間を返されたようで……虚しかった。