運命13

静かな部屋

「紅涙、中にいてるか?」

部屋の片付けをしていると、番頭さんがやってきた。

「銀時君から聞いたで。しばらく休むんやてな。」
「はい、ご迷惑をおかけします。」
「どっか体調悪いんか?」
「いえ…大丈夫なんですけど、銀ちゃん達と少し出ることになって。」
「そうみたいやなぁ。なんや楼主にも話しに行っとったわ。」

楼主さまにまで…。
そっか、本当にしばらく帰って来れないんだね。

「今回のことは銀時君の独断なんやろか。」
「どう…でしょう。たぶん桂さんとは考えていると思いますけど。」
「そうか。そしたら旦那はまだ知らんで当然やな。」
「旦那…?」
「ここ最近ずっと来てくれてはる人や。ほら、黒髪でシュッとした顔立ちの。」

…十四郎さん?

「今、来てはるで。」
「えっ…こんな時間に?」

まだ昼にもなっていない。来るなら夜だと…思っていたのに。

「ま、まさか…部屋に通したんですか?」
「んなわけないやろ。アカン言われてたから、ちゃーんと『体調悪いんで、すんません』言うて引き取ってもろたわ。」

よかった…。

「ありがとうございます。」
「せやけど、えらい心配そうな顔してたで?銀時君はああ言うてたけど、せめて顔くらい出したらどうや。」
「…それは…出来ません。」

真実を知った以上、簡単には会えない。
いくら…会いたくても。

「律儀やなぁ。せっかく居てはるいうのに。」
「…まだいるんですか?」
「表で女将さんと喋ってはるわ。」

番頭さんが私の背後にある窓を指した。

「そこから見えるはずやで。顔出したり。」
「…、」

あの窓の向こうに、十四郎がいる。
…見たい。ひと目、見たい。……、

「…結構です。」
「なんや、見もせぇへんのか。」
「…誰にも会わない約束ですから。」
「どないしたんや、紅涙。あんなキラキラした目で出迎えとった相手やぞ?」
「っ、キラキラなんて…、…してません。」
「しとった。…何かあったんか?もしかして旦那絡みで休むことにしたんか。」
「…違います。」
「それやったら挨拶くらいできるやろ。そんなかたくなに避けるようなことせんでも――」
「とにかく、」

番頭さんの話を遮り、私は三つ指を立てた。

「ご迷惑をおかけしますが、しばらくの間よろしくお願い致します。」

雑な物言いながらも頭を下げる。もう許してほしい、そんな願いも込めて。

「……はぁ。」

番頭さんが溜め息を吐く。

「何があったんか知らんけど、我慢すんのは良うないで?銀時君らに恩があるのは分かる。それでも自分の気持ちは言わなアカン。あの子らのためにもな。」
「…、」
「大丈夫や、分かってくれるて。」

そう…かな……。
銀ちゃん達の同志だと思っていたお客様が、実は真選組から来た潜入者で、そんな人だと知った今も逢いたいと思ってるなんて……わかってくれる?

『足が付いたのはお前のせいだ』

そう…思わない?

「難しぃ考えすぎなや。」
「……ありがとうございます。」

再び指を揃えて頭を下げると、番頭は去って行った。

心配してくれて、ありがたい。
けれど私の問題はおそらく簡単に解決できない。…私が忘れる以外に、解決法はない。

「…、」

窓を見た。耳を澄ませば、十四郎さんの声が聞こえるような気がする。

「…。」

まだ外にいるんだろうか。

「……。」

少しだけ…見みようかな。
……いや、見たらもっと見たくなる。ちゃんと見たくなる。心臓は早鐘を打って、きっと…苦しくなる。

わかってる。
わかってるのに…

「…、」

私は立ち上がり、

―――カタンッ…

窓を開けた。
そこには十四郎さんの後ろ姿があった。白い煙を引き連れて、夢路屋から遠ざかって行く。

「…十四郎さん、」

声は届かない。…それでいい。
たぶん、もう二度と呼ぶことはないだろう。あなたに会うことも……二度とないのでしょう。

「……っ十四郎さん…。」

胸を押さえ、私は誰にも聞こえないよう、その人の名を呼んだ。

針は進み、着実に約束した時間が近付いてくる。
整理した部屋は思いのほか片付いてしまって、寂しいくらいになった。

「手紙はどうしようかな…。」

桂さんから渡してくれと預かった手紙。坂本さんと高杉には渡せず、二通残っている。
銀ちゃんに渡した時にはもう内容を知っている素振りだったことを考えると、

「…いらなくなったのかな。」

この手紙は、既に用無しかもしれない。事を起こすなら二人も一緒のはず。…だからと言って、勝手に捨てることも出来ないのだけれど。いっそ、持って行こうかな。

『着物は軽い物にしておけよ?持ち物は金だけ。部屋ん中は、しばらく戻れねェからそのつもりでな』

…邪魔になるかな。要領が分からないから、どの程度なら許されるのか想像もつかない。

「写真も……どうすればいいか分からないし。」

銀ちゃんが置いていった真選組の写真。

「…十四郎さん…、」

写真の人を指でなぞった。
こうして自分の目で見た今もなお、信じられない気持ちと信じたくない気持ちが半分ずつ共存している。

「……どうして…真選組なの…?」

…違う。真選組だから私に会いに来た。私を、見に来た。それがなければ、出逢うことすらなかった。

「…、……はぁぁ。」

この気持ちが今後の邪魔になりそうで心配だ。
銀ちゃん達と共に行動したいと言った限り、出来るだけ足でまといにならないよう頑張らなきゃいけないのに。

「わがまま…言っちゃったな。」

ちゃんと来てくれるよね…?やっぱり私が先に逃げることになったとか…言わないよね?

「大丈夫…、…。」

銀ちゃんなら必ず迎えに来てくれる。
…と思うけれど、言いえぬ不安が付きまとう。

「もし…」

もし、東の空に狼煙が上がったら……

『下手に動くなよ?夕方に東の空へ狼煙を上げる。それを合図に店を出ろ。あと、もし日が変わっても俺達が来なかった場合は――』

私を連れて行けない合図になるかもしれない。その時は一人で夢路屋を出た方が…いい……のかな。

「…、」

少しだけ窓を開けた。東の空が見える程度に。

「…どうか、狼煙が上がりませんように。」

銀ちゃんが迎えに来てくれますように。

「……銀ちゃん、」

ただ祈り、待つしかない。
私はいつだって、助けられてばかりの……お荷物だ。