運命17

想いと考え

十四郎さんに手を引かれ、自室を出る。
玄関口へ向かうと、

「おお、トシ!」

大柄の男性が片手を上げた。
あの人は確か、真選組局長の近藤。傍には不安げな顔をする番頭さんと女将さんも立っている。…申し訳ない。

「無事に事は進んだようだな。」
「…ああ。」
「俺のおかげですがね。」

隣で沖田が紙を揺らした。
あの紙は、桂さんが私に預けた手紙。内容は分からないけど…きっと真選組に知られてはいけないことが書かれている。

「新しい証拠か!?」
「…おい近藤さん、声には気をつけてくれ。総悟も出すな。」

十四郎さんが手で払うと、沖田は口を尖らせて手紙をしまった。近藤は苦笑しながら頭を搔く。

「悪い悪い、つい興奮しちまって。」
「ったく、頼むぞ。」

…近藤っていう人、写真の印象とは少し違う。もっと怖そうな人かと思っていた。笑顔なんて一度も浮かべたことがないような厳しい人かと。
…なのに、実際に見たこの人はよく笑う。

「うん?」
「!」

近藤と目が合った。

「はじめまして、紅涙さん。」

微笑みを浮かべ、私に右手を差し出した。

「俺は近藤勲、真選組の局長をやっとるもんです。」
「えっ、あ…」
「容疑者に自己紹介ですかィ?」

沖田が言う。私も…驚いた。

「誰であれ自己紹介は大事だぞ?俺はいつもこうしてる!」
「事情聴取の相手に?」
「ああ!」
「拷問の相手にも?」
「もちろん!…と言いたいところだが、それはトシの役目だからな。」

えっ…、…十四郎さんが…拷問……?

「…近藤さん、そういうのは後にしよう。今は早く屯所に戻りたい。」
「そうだったな!じゃあ行くか。」
「山崎にも撤退指示を出しまさァ。」

二人が先に夢路屋を出た。
十四郎さんは私に振り返り、

「話すか?」

視線で番頭さんと女将さんをさす。

「いいんですか?」
「俺がいる前ならな。」
「……ありがとうございます。」

頭を下げる。すると、繋いでいた手が離れた。手錠代わりに繋いでいたはずなのに。

「こっちまで聞こえるように話せよ?小声で話したら、すぐ掴み直しに行く。」
「十四郎さん…、」

私にフッと笑い、煙草を取り出した。

「早く話してこい。あんま時間ねェぞ。」
「…はい!」

もう一度頭を下げ、私は番頭さんと女将さんの元へ駆け寄った。

「紅涙!大丈夫なんか!?」
「はい…、ご迷惑をおかけしてすみません。」
「まさか旦那が真選組の人間やったとはなァ…。」
「アンタがお金を返したんも、そういう理由か?」
「それは…、…、」

ここで女将さんの問いに頷けば、二人は『なぜ言ってくれなかったんだ』と怒るだろう。そのせいで銀ちゃん達が夢路屋を使うことまで許されなくなったら……

「…違います。」

否定、しておかないと。

「私も…驚きました。」
「そうか…、そしたらアンタもつらかったやろうに。」
「…、」

女将さんから視線をそらす。
自分の心を…晒したくなかった。

「楼主もビックリしはるで。自分が留守の時にこんなことなってしもたら。」
「あの…、楼主様には私から謝罪の手紙を…」
「かまへん。うちからちゃんと伝えとく。アンタは何も気にせんと戻ってきたらええんよ?」
「女将さん…、」
「そうやで、紅涙。ここで暮らす以上、みーんな家族や。家族が自分の家に帰るんは普通やろ?待っとるで。」
「っ…ぁ、ありがとうございます…!」

頭を下げる。鼻の奥がツンとして、涙が滲んだ。

「あのっ…お願いばかりで申し訳ないんですが…、」
「なんや?」
「…、……あの、…、」

銀ちゃん達にも伝えてほしい。
『ごめんなさい』と…『今までありがとう』を。……けれど、

「…その…、…、」

十四郎さんが聞いている前で、それを口には出来ない。どうにかして女将さん達に分かってもらいたいけれど……

「心配しぃな。」
「…え?」

女将さんが頷く。

「ちゃーんと言うとくさかい、任せとき。」
「っ…、ありがとうございますっ!」

私は大きく頭を下げた。
誰と言わず伝わった。私の声なき声も、女将さんの想いも。

「…そういう話やさかい、旦那はん。」

女将さんが十四郎さんを見る。

「紅涙が怪我して帰ってくるようなことあったら、出るとこ出ますよってに。よう覚えといておくれやす。」
「…心しておく。」

十四郎さんは鼻先で笑い、煙草の火を消した。

「話は済んだのか?紅涙。」
「…はい、ありがとうございました。」

手を差し出す。それを見て十四郎さんが瞬きした。

「何ですか…?」
「いや…、…行こう。」

私の手を握る。

「見てみぃ女将。こうして見たら、なんや身請けされるみたいやないか。」
「そないニコニコしぃな。…喜ばしい光景ちゃうんやから。」
「…、行ってきます。」

二人の会話に曖昧に微笑み、夢路屋を出た。
外には、

「甘ェ。」

沖田が退屈そうに待っている。出てきた私達に冷たい視線を向けた。

「甘ェし遅ェですぜ、土方さん。」
「煙草が吸いたかったんだよ。」
「それが甘ェっつってんでさァ。…中途半端に。」
「あァ?」
「なんにも。」

歩き出した。

「おい総悟、近藤さんと山崎は?」
「先に屯所へ戻りやした。」

こちらを気にせず、沖田が歩いて行く。その背中に、

「そんなに遅かったか?」

十四郎さんが呟いた。

「…十四郎さん、」
「ん?」
「私は、…これから何をするんですか?」
「何ってことはねェよ。とりあえず屯所で身柄を預かって…攘夷との繋がりを洗うだけだ。」
「洗う…、」
「聞き取りとか、そんなとこ。…まァ、」

私を見る。

「あくまでお前に繋がりがある場合の話だがな。」
「…、」
「アイツらについて知ってることを話せば早く釈放してやれる。でも…お前は何も知らないんだろ?」

十四郎さんの目が言う。
『知らないよな?知らないと言え』
どうしてそう感じたのかは分からないけれど、

「…はい、知りません。」

求められている通りに頷いた。
…どのみち、話すつもりはない。

「それでいい。」

十四郎さんは小さく笑い、私の手を引いて歩き出した。

「紅涙が知らねェ以上、俺達はこの件を先へ進めることが出来ない。総悟が持ち帰ったあの手紙に余程の何かがない限りはな。」

手紙…。あの手紙には何が書かれていたんだろう。

「仮に俺達が、お前と攘夷志士の密会現場を押さえていたら…何か情報を吐くまで拷問刑に処していた。」
「っ!」
「ほんと良かったよ。そんなことにならなくて。」

十四郎さんは前を向いたまま話す。

「お前のことを護ってやれねェとこだった。」
「…、」

今…十四郎さんはどんな顔で話しているの?
攘夷志士を捕まえたい人が『現場にいなくて良かった』なんて…、仲介容疑のある私に『護ってやれないところだった』なんて…

「……十四郎さん、」
「なんだ?」
「私…、……私のことを…どう思いますか。」
「…え?」

足を止め、振り返った。

「十四郎さんは、私が…攘夷志士を仲介していたと思いますか?」
「あ、ああ…そっちな。」
「?」
「そうだな、…仲介していたかどうかは分からねェが、理由があって会っていたのは事実だと思ってる。」
「…じゃあ私、逮捕されますね。」
「会うだけで罪には問われねェよ。いくら相手が指名手配犯でも。」
「…。」
「…だから、諦めんな。」

十四郎さん…

「諦めて自暴自棄になって、適当な証言をすることだけは絶対にやめろ。」
「……、」

やっぱり、十四郎さんは私に求めている。
『攘夷志士の話をするな。繋がりを否定しろ』と。
たとえ攘夷志士の足取りを掴めなくなっても構わない…そう言っている。

「…十四郎さんが分かりません。」
「…そうか。」
「私を捕まえに来たのに、『何も言わなくていい』なんて…もしかしてこれも何かへの誘導ですか?」
「それは違う。…だがそうだな、何を言っても信じるのは難しいか。」

頷き、困ったように笑う。

「わかった、じゃあお前のしたいようにしろ。」
「えっ、」
「俺が力を貸す。勘違いするなよ?屯所で拘留するし、自由を与えるわけじゃない。ただ事態を悪化させないよう、俺が出来る限りのフォローをするから。」

どうして……

「…どうして、そこまで……」
「本気で言ってんのか?」

十四郎さんは薄い笑みを浮かべ、

「お前を身請けしたいからに決まってんだろうが。」

そう告げた。