運命18

その日まで

紅涙の様子を見る限り、おそらくクロだ。
少なからず、相手が紅涙じゃなけりゃクロだと確信して捜査していた。

『…私のことは、いいんです』

必死に守ろうとするあの姿勢が何よりの証拠。だが所詮はどれも状況証拠でしかない。…紅涙の部屋から持ち帰った手紙を除いては。

「…、」

あれは総悟が来る前に回収しておきたかった。そうすればこっちで処分…できたのに。

「…何言ってんだかな。」

副長という肩書きを背負っておきながら俺は……

「やっぱり…嘘ですか。」
「え…、」

その声で我に返る。見れば、紅涙が今にも泣きそうな顔で俺を見ていた。
…しまった。まだ紅涙を屯所へ連れて行く最中だった。

「いやっ、今のは――」
「もういいです。」
「…、」
「十四郎さんのことは…、…そういう人だと覚えておきます。」

…上手くいかねェな。

「……すまない。」

護りたいと思ってることも、身請けしたい気持ちも、全部嘘じゃねェのに。なんでこう…紅涙相手だと上手くいかねェんだ?

「はァ…、」

まるで何かに邪魔されてる気分だ。
…けどまァ、嫌われちまった方が都合は良いのかもしれない。
何を聞いても答えてくれなくなるわけだろ?話さないなら願ったり叶ったりじゃねーか。

そうなりゃ、あとは時間が解決する。
俺達はきっとお前を捕らえる決定的な証拠も揃えられず、ここへ繋ぎ止めておく理由も作れない。時間が紅涙を解放することになる。

だからそれまで大人しくしてくれるなら、俺の目が届く範囲にいてくれるのなら…どんなに嫌われても構わない。……そうだよ、それでいいじゃねーか。…よし、モチベーション取り戻したぞ。

「紅涙、お前を拘留する部屋だが……」

「トシ~!!」

大きな声にギョッとする。
先に戻っていた近藤さんが、屯所の門前で大きく手を振っていた。
目立たないよう動くって話を忘れたのか!?

「近藤さん!」

唇の前で素早く人差し指を出して見せる。言われた意味を理解したのか、見るからにハッとした様子で口を閉じた。

「頼むぞ…、近藤さん。」

屯所に辿り着き、目頭を押さえた。近藤さんは妙に嬉しそうな顔をしながら、「すまんすまん」と手を合わせる。

「久しぶりに屯所へ女性をお招きするから、ついテンション上がっちゃってな!」
「客じゃねェんだから…」

つーか女なら屯所に山程いるだろうが。特に食堂とか。…殺されんぞ。

「えーっと、さっきは自己紹介が途中になっちまったな!」

近藤さんが紅涙に手を差し出した。

「俺は真選組の局長、近藤勲だ。よろしく!」
「…あ、わ、私は早雨紅涙です。…よろしくお願いします。」

微笑んだ二人が握手する。
妙な光景だ。この現場を見て、誰が容疑者と警察の挨拶だと思うだろうか。…聞いたことねェよ。

「君をしばらく、この屯所で預からせてもらうよ。」
「…はい。」
「本来であれば監獄や拷問部屋で滞在願うんだが、如何せん極秘事項でね。俺達の上司や、屯所にいる他の隊士の目に触れてほしくないんだ。」

「だから、」と近藤さんが続ける。

「屯所の別棟である倉庫にて拘留することにした。」
「倉庫…」
「っあ、いやっ、倉庫と言ってもちゃんと畳張りだよ!?使ってない部屋みたいなとこで、タンスもあるし、着物も皺にならずに置けちゃうから!」
「なんで部屋を売り込んでんだよ…。」
「だって女性に失礼かと思って…。」
「…ふふっ、」
「「!」」

紅涙が、

「すみません、…あまりにも印象が違って。」

口元を隠しながら、おかしそうに笑う。
なんつーか…そういう顔、久しぶりに見た。

「か、かわいいな…。」

…おい。

「近藤さん。」
「はっ!しまった!俺にはお妙さんという愛しき女性がいるのに…っ!」

頭を抱える。…大げさな。

「トシ!」
「…なんだよ。」
「紅涙さんを部屋に案内してくれ!俺はもう行く!」
「はァ!?ちょっ…近藤さん!?」

もの凄い勢いで屯所の中へ走って行った。

「…悪ィな、騒がしくて。」
「いえ…、…少し懐かしくなりました。夢路屋へ来る前を思い出して…。」
「…ヤツらか?」
「えっ…あっ……ち、違います。…友達と。」
「友達ねェ。」

まァいいけど。…いや良くねェけど。

「ここだ。」

屯所の東にある別棟へ紅涙を案内する。
重い扉で封じられたそこは、一見すれば倉庫そのもの。
だが近藤さんの言った通り、中は畳張りの部屋になっている。当初はサブの拷問部屋として建てたものの、拷問が重なることはそうなく、使われないまま今に至った。

久しぶりに使うから掃除しとけと山崎に言ったが…

「よっ…と。」
―――キィィ…

錆びついた重い扉を開ける。
…まァ綺麗だな。

「紅涙、しばらくここにいてくれ。部屋には常に俺達の誰か一人が付くことになるが。」

振り返ると、口を開けたままの紅涙が部屋を見回していた。

「あ……はい。」
「…、」

不便…だよな。

「飯は運ぶし、風呂にも連れて行く。ただ手洗いだけは自由にさせてやれねェから、気が引けるだろうが…言ってくれ。」
「…わかりました、ありがとうございます。」

紅涙が頭を下げた。そこへ、

―――コンコンッ
「失礼しまーす…。」

控えめな声が割り込む。
…って、待てよ。この声は……

「お疲れ様っす、副長。」
「原田っ…!?」

なんでテメェがッ…!!

「あ、その女が例の―――」
「おいコルァッ!どこほっつき歩いてんだテメェは!失せやがれ!!」
「え!?」
「今見たことは忘れろ!忘れねェならテメェの目玉をッ」
「ままま待ってくださいよ副長!局長から言われて来たんです!」
「アァん!?」
「『事を整理したいから呼んで来てくれ』って頼まれて!だからっ…いや、それよりこんな大声で喋ってる方が目につきますよ!?」
「くッ…、」

それは…そうだな。
近藤さんが原田を寄こしたということは、この件に関わる全員で話したいってことか。

「大丈夫っす、女のことは絶対言わねェんで。」
「…。」

そうだな…原田なら信用できる。

「わかった、じゃあ紅涙を頼む。」
「了解っす!」

…『紅涙を頼む』って何だよ。原田が気付かなくて良かった。

「またあとでな、紅涙。」
「はい。」

重い扉をきっちり閉めて、俺は局長室へ向かった。

「待ってたぞ、トシ。」

部屋には案の定、事を知る三人が揃っている。

「副長、例の女は無事に…?」
「ああ。今は原田が見てる。」
「今後の見張り順を考えなきゃいけませんね。」
「違いまさァ、山崎。見張り順じゃなくて、見張り兼拷問の順。」
「拷問はナシだ。」

総悟に釘を刺す。だが総悟は顔色ひとつ変えなかった。それどころか、

「えこひいきはよくありやせんぜ。」

噛み付いてきやがる。

「相手が紅涙だからって、そう都合よくルールを変えられちゃ困りまさァ。」
「…拷問は確実な証拠を押さえた上で行うもんだ。誰にでも拷問して、相手がシロだった場合にどうなるか考えてみろ。訴えられて終いだぞ。」
「あるじゃねーですか、確実な証拠が。」

―――バンッ
総悟が手紙を机に叩きつける。紅涙の部屋から回収した、あの手紙だ。

「これがあれば行けますぜ。」
「……内容次第でな。」

手紙を手に取った。

「…近藤さんは見たのか?」
「ああ、さっき山崎と一緒に。」
「見解は?」
「まァ…うーん。」
「?」
「副長も読めば分かりますよ。」

…そんなことは分かってんだよ。ただちょっと…心づもりしたかっただけだ。

「…、」

…見るしかないか。
なんとなく腹に力を込め、手紙を開いた。
回収した手紙は二通ある。どちらも封筒には何も書いておらず、同じような外観だ。そのうちの…まずは一通目。

―――カサッ

整った字が並んでいる。見たところ、文面にも宛名や差出人の名前はない。肝心の内容は……
『元気にしているか?
私は近頃、犬に懐かれる夢を見た。
然るべき日が来た暁には喜んで相手をするが、主達も心せよ』

「…なんだこれ。」

絵日記程度の内容が三行だけ書かれている。もう一通も開けてみたが、丸っきり同じ内容が書いてあるだけで変わらない。
これは……想像以上の内容だ。

「なんとも言えない文面だろ?」

近藤さんが頬を掻く。

「深読みしようと思えばいくらでも出来るが、確信に迫る言葉がこうもないと…。」
「…そうだな。」

俺は神妙な顔で頷いた。…が、腹の中では笑っていた。
ここまで不確かな内容だと思っていなかった。これでは紅涙を仲介役と断定することなんて、とても出来ない。

「…明確な宛名もねェし、内容もこの程度。手紙を証拠とするには無理があるな。」
「そうですかねィ。」

総悟が手紙を手に取った。

「俺ァこれでも充分イケると思いますが。」
「どこがだよ。攘夷宛てかどうかすら分からねェんだぞ?」
「それも含めて拷問するだけの価値はありまさァ。オプションで俺と山崎が撮った写真も付けりゃ完璧。」
「…問いただすだけに拷問するヤツなんて聞いたことねェよ。」
「なら、喋らなかった時は拷問っつーことで。」
「…、」

それはマズい。

「…拷問のことを考える前に、ヤツらの筆跡が分かるものを集める方が先だろ。」

総悟から手紙を取り上げた。

「そもそも俺達は、桂を始めとする攘夷志士の筆跡すら知らねェんだ。知らねェことには、たとえ紅涙から『誰々が書いた手紙です』と証言されても、嘘か誠かを判断できない。」
「確かにそうですね。」

山崎が頷いた。そしてすぐ、

「じゃあ調べてきます!」

立ち上がる。

「待ちなせェ、山崎。調べると言っても、そう易々と攘夷志士の筆跡を見つけられるとは思えねェ。どうやって調べる気だ?」
「街で手当り次第にサインを集めてきます!攘夷志士と同名の字体を抽出して、手紙の筆跡と照らし合わせれば出てくる物もあるかと!」
「…そりゃまたスゲェ手間の掛かる捜査だな。」
「何もやらないよりいいですから!行ってきます!」

グッと右手で握り拳を作り、山崎は部屋を飛び出して行った。

…なんだ?アイツ。

「妙にヤル気に満ちてるじゃねーか。」
「使命感があるんだろ。自分が掴んできた件だしな。」

あまり意気込まれても困るんだが……
…って、何言ってんだ俺は。攘夷志士の情報は多けりゃ多い分いい。…いいんだ。

「しかしなんで紅涙は、これみよがしに机の上に手紙なんか置いてたんでしょうかね。」

伸びをした総悟が気だるそうに言う。

「まるで俺達に見つけさせたかったみてェじゃありやせんか?しかもわざわざ隣に俺達の写真まで並べて。」
「…、」

そんな感じはなかったが…、…ないとも言いきれない。

「…仮にお前の言う通りだとしたら、俺達は釣られたことになるな。」
「釣られた?」

近藤さんが首を傾げる。

「つまり何か?俺達が回収した手紙を捜査してる隙に、ヤツらは何かするつもりでいる…と?」
「かもな。…『ヤツら』が誰かは知らねェが。」
「まだ言いやすか。」

総悟が鼻で笑う。俺は煙草に火をつけ、眉を寄せた。

「捜査の基本を忘れんなよ、総悟。個々に思うのは自由だが、捜査する上で物事を決めて掛かるな。」
「フッ。そうするてェと土方さん、あの女は俺達が来ることを知ってたってことになるんですぜ?」
「…ああ。」

釣りだった場合はな。

「じゃあ誰から聞いたんでしょうね。攘夷志士からだと考えるのが自然じゃありやせんか?」
「だから。想像だけで捜査できたら苦労しねェよ。」
「…あー、そうか。わかりやしたぜ。」
「「?」」
「アンタだ。」

総悟が俺を指さす。

「アンタが俺達の情報を漏らしたから、あの女は知ってたんだ。」

…、
……、

「はァ?」

何言い出すのかと思えば。

「おいおい総悟、それはさすがに笑えねェぞ。」
「そうですかィ?充分あり得る話じゃねーですか。」

バカバカしい。

「真面目に考える気がないなら失せろ。」
「そのセリフをそっくりそのまま返しまさァ。口を開けば女を庇うみてェなことばっか言って。」
「…あァ?バカ言ってんじゃねェよ。」
「どっちが?下見に行って、惚れて帰ってくるバカに言われたかありやせんね。」
「あァん!?」
「おい待て待て!」

俺達の間に近藤さんが身を乗り出した。

「落ち着け、二人とも。」
「…。」
「…。」

睨み合う総悟と俺に、

「…はぁ、」

近藤さんが目頭を押さえて溜め息を吐く。

「お前ら、この話になるといつも堂々巡りしてないか?」

そんなつもりはない。ただ確定する揺るぎない証拠も得てないのに、決めつけてかかる総悟の態度が許せねェんだ。

「トシ、お前が部屋へ行った時に押収した物は何かないのか。」
「…ない。俺が部屋に入る前に警戒されちまってたから。」
「そうか。」
「そうですぜ。部屋の入り口で痴話喧嘩してたもんで、俺が中に入って改めたんでさァ。」

…言ってろ。

「じゃあ総悟、その時に他の証拠になりそうな押収品はなかったのか?」
「それがなーんにも。まァ攘夷の会員証やら証明書があるわけでもねェし、出てくるもんなんて知れてるでしょうが。」
「となると山崎の結果が欲しいところだが、あれは時間が掛かるしなァ…。やはりしばらくは本人の口に頼るしかあるまい。」
「拷問なしでな。」

総悟を見る。するとフンッと鼻で吐き捨て、

「そうやって甘ェことばっか言ってると、いつか寝首を掻かれますぜ。」

立ち上がり、部屋を出て行った。
…寝首を掻かれる?俺が?紅涙に?

「…フッ、」

あり得ねェ。
煙草をキツく吸い、浅い溜め息と一緒に煙を吐いた。

「アイツの拷問癖には参る。」

なんでも叩きゃいいってもんじゃねーんだよ。

「まァ今までがそうしてきただけに、仕方ねェと言えば仕方ねェさ。第一、今回の対象は女性だ。アイツも距離を掴み兼ねてるんだろうよ。」
「そんな可愛いもんには見えねェがな。」
「ハハッ、そう言ってやるな。総悟なりに色々考えてるよ。」

近藤さんが愛おしげに目を細める。俺はそれに、

「…ふーん。」

その程度の返事しか出来なかった。
まだ近藤さんみてェな目で総悟は見れない。今だってアイツが妙な動きをしないか、気が気じゃねェくらいだ。特にこの件については、

「……、…はァ。」

信用…いや、油断できなかった。