理解できないこと+補えるモノ
特に局長の近藤…さん。よく笑うとは思っていたけど、なんというか…親切でもあって。
『っあ、いやっ、倉庫と言ってもちゃんと畳張りだよ!?使ってない部屋みたいなもんで、タンスもあるし、着物も皺にならずに置けちゃうから!』
つい笑ってしまった。
案内された部屋も、
「本当に宿みたい…。」
拘留される身とは思えない、随分と整った部屋で。自室と大差ない気がする。
「何か言ったか、女。」
「!」
そうだ…、忘れていた。
今この部屋には、スキンヘッドの男性が隅で腕組みしながら座っている。
十四郎さんと入れ替わりで入ってきた真選組の人だけど、身体が大きくて、目つきも鋭くて…とても怖そうな雰囲気がある。確か名前は……
『お疲れ様っす、副長』
『原田っ…!』
そう、原田…さん。
「便所に行きてェのか?」
「えっ、」
「行くなら連れていく。」
立ち上がった原田さんに慌てて首を振った。
「ちっ違います!大丈夫です!」
「ほんとか?遠慮すんなよ、俺が怒られんだから。」
「はい…、…ありがとうございます。」
座り直した原田さんに、ホッと胸を撫で下ろした。
「…しかし副長、」
再び腕組みして、感慨深げに口を開く。
「あの様子は相当じゃねーか。」
「?」
「お前、副長に何したんだ?」
「えっ!?何も…」
「嘘つけ。あんな副長は今まで見たことねェよ。しかも相手が容疑者だっつーのに…」
『容疑者』
その言葉を聞く度に、複雑な思いが込み上げる。
「攘夷志士の仲介してんだろ?」
皆の仲を取り持つことが犯罪なんて。
銀ちゃん達がそこまでの大罪を背負う…犯罪者だなんて……
「…してませんよ。」
否定しなければならないことが…つらい。
「本当だろうなァ?」
「……、…はい。」
「もし嘘でも吐いててみろ。一生お日さんの下を歩けなくしてやるからな。」
「…。」
―――キィィッ…
「うーっす。」
重い扉が開き、黄色の髪が揺れた。沖田…さんが部屋に入ってくる。
「っあ、沖田隊長!お疲れ様です!」
原田さんが立ち上がり、敬礼した。
「原田、次は食堂。」
「へ…食堂、すか?なんで…」
「行きゃ分かる。とっとと行きなせェ。」
「りょ…了解しました。」
いそいそと部屋を出る。沖田さんはそれを見送り、靴を脱いだ。
「あー疲れた。」
言うや否や、部屋の中央でゴロンと横になる。無防備に見えるその姿に、私の方が緊張した。
「あ、あの…」
「なんでさァ。」
「…、」
『そんな態度、いいんですか…?』
「…いえ、……。」
「…。」
大きなお世話だと気付き、声にするのをやめる。私は少し離れた場所に腰を下ろして彼の様子を窺った。
「良い待遇ですねィ。」
沖田さんが天井を見たまま、口を動かす。
「遊郭なんて場所より、よっぽどいい場所じゃありやせんか。」
「…、」
…そんな言い方をしないでほしい。
あの場所は私達の拠り所。女将さんがいて、番頭さんがいて、銀ちゃん達が集まる…温かい家。
「…あそこは私の家です。家より良い場所などありません。」
「へェ…何があったらそう思えるんですかね。」
「何がって…」
「『家族』がいるから?」
「…、」
「いますかィ?アンタに『家族』。」
私を見る。ただそれだけなのに、なぜか一気に壁際へ追い込まれたような気分になった。
「……いますよ。」
「構成は?」
それは、
「……。」
言えない。
「教えてくだせェ、紅涙。アンタの家族構成は?」
大きな瞳が私を見つめる。
…いや、見つめるなんて言葉は生優しい。心をえぐるような目で私を突き刺してくる。
「答えねェ理由が分からねェんですが。」
「…個人的なことなので。」
「それならご安心を。ここは警察組織で、真選組の俺が聞いてる。悪いようには使いやせんぜ。」
「……これ以上あなたと話したくありません。」
「くくっ…、こりゃまた随分な嫌われようでさァ。…もしくは、」
横になったまま片肘をつく。
「野郎に何か吹き込まれてるだけか。」
「…。」
私を見て、沖田さんは口の端を歪ませた。
「どうせ『何も喋るな』とでも言われたんだろ?」
「…そんなことありません。」
「あ、喋った。俺と喋りたくないって言ったのに。」
「…。」
「冗談でさァ。」
噛み殺すように笑い、沖田さんは再びゴロンと寝転がった。上を見たまま、うんと伸びをする。
「なんで逃げなかったかねェ…。」
…え?
「はっきり言わせてもらうと、アンタはクロ。でも土方さんは決定打がない限り動かねェし、認めねェ。」
十四郎さん…
「そうなってくると遅かれ早かれ、アンタは土方さんをおとしめることになりまさァ。」
「!?……私が?」
「容疑者を擁護し続けるんだから当然。…そんな末路を辿るくれェなら、いっそ土方さんは全部投げ出しちまった方が良かったんだ。」
そう…なのかな。
十四郎さんは、そこまで私を想っていないと思う。自分の職務を捨ててまで、私と逃げたいなんてこと……
『叶うことなら、どこか遠くへ…一緒に逃げちまいてェとさえ思ってる』
「っ…、」
「…アンタが身の振り方を失敗したことも一因だ。」
「……私?」
「拘留されることを聞いておきながら、なんで逃げようとしなかった?」
「……しましたよ。」
こんなこと、言うべきじゃないのだろうけど。
「ただ私が部屋を出ようとした時、十四郎さんに止められて…」
「そうじゃなくて。」
「?」
「アンタは土方さんと逃げたいと思わなかったのかよ。」
「…、」
私は……、…。
「私と十四郎さんは…そこまでの関係にありません。」
…そう。
あなたが思っているほど…親しい間柄じゃない。十四郎さんがどれほど心地よい言葉をくれても、それは全て私に……容疑者に寄り添いを見せるためだけのもの。
「あの人はただ…、…私を探るために夢路屋に来て、近づいた人です。」
「だから?」
「…だから、私達が二人で逃げるなんて…元よりありえない話なんですよ。」
「本気でそう思ってるんですかィ?」
「…、」
『今逃げたところで、当面の自由はない。追われる身で幸せなわけがねェ』
『幸せになってもらいてェんだよ、紅涙には』
「……はい。思っています。」
沖田さんの目を見て、しっかり頷いた。
そう思っていないと、私の中にある何かが崩れてしまいそうだった。
「…あァ、なるほど。わかりやした。」
寝転んだままの沖田さんが、ポンと手を叩く。
「アンタは土方さんのことが好きじゃない。むしろウザかった。」
「……え?」
「野郎の気持ちなんて考えたくもないから、目を逸らし続けてる。そういうことだろ?」
「…、」
「俺から言ってやりまさァ。アンタは土方さんのことなんてこれっぽっちも想ってない。ずっと迷惑してた。二度と顔も見たくないと―――」
「っ違います!」
「…。」
…好きです、十四郎さんのこと。
自惚れた考えでいいなら、十四郎さんからの気持ちも……伝わっている。だったら余計に、
「十四郎さんは……、…私のことなんて好きじゃありませんよ。」
私は、嫌われる立場にいなくてはならない。想い合っていいことなんて…何もないのだから。
「あの人は…真選組の人です。私に偽りの優しさを向けて…作戦通りに事を進めただけ。」
『どうしても嘘をつかなきゃならねェ時は事実を混ぜて話すんだ。話に真実味が出る』
「好きなのは……私だけなんです。」
…おかしいな。嘘がつきたかったのに、結局、事実を言っただけになった。
「…それで野郎を庇ってるつもりですかィ?」
「っ…。」
追い詰める声に、腿の着物を握り締めた。視界の端々で火花が立ちそうなくらい、空気が張り詰めている。
「…何なんだよ。どいつもこいつも野郎を庇いやがって。」
「?」
「あんなヤツのどこがいい?全く理解できやせん。」
少し…話が逸れた?
「相手の気持ちも考えねェってのに…」
沖田さんはキツく眉を寄せ、
「あんなにも姉貴を泣かせたヤツだってのに…っ!」
「沖田…さん…?」
「アイツは同じことを繰り返してるだけの、成長しない野郎だ…っ!」
―――ドンッ!
握り拳で床を叩きつけた。
十四郎さんとの間に何があったの…?どうしてそんな…苦しそうな顔をしてるの?
「…だから紅涙、」
「は、はい。」
「悪いことは言わねェ…アイツだけはやめておきなせェ。」
「…、」
「あの野郎は大切だと言いながら、無下に捨て置く野郎だ。たとえ相手が病人だろうと構やしねェ。アンタもきっと…傷ついて終いになる。」
「……、」
「あんなヤツはやめておきなせェ。」
それは…助言?それとも愚痴?……わからない。わからないけど……
「…沖田さん、」
目の前にいるこの人が、今にも泣いてしまいそうに見えたから、
「…なんのつもりでさァ。」
私は寝転ぶ沖田さんの元へ近づき、その髪に手を伸ばした。
「大丈夫ですよ…。」
柔らかな黄色の髪を優しく撫でる。動揺と警戒が見え隠れするその瞳に、
「…大丈夫。」
声を掛けながら、ゆっくりと髪を撫でた。
「……やめろ。」
「もう少しだけ。」
「…。」
今にも噛みつかれそうだけど、あいにく私はもっと酷い人を知っている。
それに比べて沖田さんは真選組。何かあったとしても、あの人ほど酷いことにはならない…はず。
「……どう『大丈夫』だって言うんですかィ。」
不満げに口を開く。
「こんなことして何か変わるとでも?」
「それは…わかりません。」
「ハッ、薄っぺらい言葉だこと。」
「…そうですね。でも私は今、あなたの傍にいます。これまで一人で抱えるしかなかったものも、今なら吐き出せますよ。」
「……はァ?何も知らないアンタにかよ。」
「何も知らない私だからこそです。」
「…。」
無責任に聞こえて、腹立たしいかもしれない。
…けれど、何も知らない相手だからこそ話せる場合もある。身近な人に話せない悩みなら特に。
「試してみませんか?」
今、あなたの隣には私がいる。
私がいるということは、考える力が二倍になって、疲れた時には「疲れた」と言える人がいるということ。
「使ってください、沖田さん。」
「……誘ってんですかィ?」
「え?」
「『吐き出せ』とか『使え』とか、誘ってるようにしか聞こえねェんですが。アンタ、遊女だし。」
「あ……いえ、そうじゃなくて。」
「…フッ、」
私の手を払い、沖田さんが身体を起こした。
「さっきのは単なるアドバイスでさァ。俺ァべつに慰めてほしいなんて思ってねェし、何かぶちまけたいわけでもない。…ま、」
薄く笑う。
「遊女としての誘いだってんなら、アンタに乗ってやっても構いやせんがね。」
沖田さんの瞳から鋭さが消えた。
「…ふふ。では遊郭へお越し頂けるようになったら、ご指名お願い致します。」
「はァ~?いつでも行けるし。ガキ扱いすんじゃねェ。」
「そうなんですか?沖田さんは今おいくつで…」
「いつでも行けるし!!」
「ふふっ、失礼しました。」
この人は強い。強くて、孤独も知っている。
十四郎さんから伝わるものと…少し似ている。
「…野郎の気持ちが少しばかり分かりやした。」
「十四郎さんの?」
「アンタに会いに行ってた野郎の気持ち。」
「…十四郎さんにこういうことをしたことはありませんよ?」
「へェ~、なら自慢してやらねェと。」
「ふふ、自慢にはならないと思います。」
クスクス笑えば、沖田さんも小さく笑う。その時、
―――コンコン…
扉が開いた。中へ入って来たのは、
「…おい、」
険しい顔の、十四郎さんで。
「勝手に何やってんだ、総悟。」