運命21

繋がる手を

十四郎さんと二人で夕食を食べた。
とても美味しそうなご飯だったのに、あまり味を覚えていない。食べ始める前に、空気を重くしてしまったせいで。

『……、…攘夷のことを、どう思っていますか?』

…余計なことを聞いてしまった。
けれど十四郎さん達を見ていると、どうしても夢路屋に来る前の楽しかった日々を思い出す。

十四郎さんなら…皆が悪い人じゃないことを分かってくれるんじゃないかって……思ってしまった。

『…俺一人の意識が変わったところで何の意味もねェだろ』

わかってくれたら…心強いのに。
十四郎さんに皆のことを隠さなくて済むし、皆に十四郎さんのことを話せるようになる。少しだけ、攘夷に対する風通しも良くなる…かもしれない。

甘い考えだろうけど、僅かでも可能性があるなら……期待したくて。

「紅涙。」
「っ!?はっ、はい。」

考え込んでいた世界から唐突に引き戻された。

「風呂行くか?」
「お風呂…ですか?」
「今ならまだ誰も使ってねェから連れて行ける。」

『飯は運ぶし、風呂にも連れて行く。ただ手洗いだけは自由にさせてやれねェから、気が引けるだろうが…言ってくれ』

そっか、そうだった。…でも、

「とてもありがたいですけど…着替えもないので……、」

湯船に浸かれても、あまり気持ちよくはなれない。出来ることなら明日にでも夢路屋から着替えを取り寄せてくれれば……なんて、甘すぎるよね。

「着替えなら心配すんな。」
「えっ…」
「山崎のを用意する。」
「山崎…さん?」

夢路屋で見た四枚の写真を思い起こす。確か、あの中にも『山崎』はいた。けれど…

「女性の方もいらっしゃるんですか?」

真選組には女性の山崎さんもいらっしゃるらしい。十四郎さんは携帯電話を触りながら、「いや?」と首を振る。

「女は女中だけだが…、……ああ。そうか、そうだよな。くくっ。」
「?」

なぜか可笑しそうに笑いだした。

「山崎は男だ。だが変わった男でな。女物の着物に妙な執着を持ってやがる。」
「そ、そう…なんですか?」
「ああ。だから気にせず使ってくれ。用意させとく。」
「私なんかが使ってもいいんですか?もし大事にされてる物なら…」
「そんな大層なもんじゃねェよ。」

ひらひらと手を左右に振る。
不思議に思いながらも私は、

「…では、ありがたくお借りします。」

頭を下げた。

「よし、それじゃあ行くか。」

携帯電話を閉じ、立ち上がる。
黙って私に手を差し出すと、

「部屋から出る時は繋がせてくれ。」

そう言った。
手錠代わりの、優しい拘束。
私が手を重ねると、十四郎さんはそれをギュッと握り締め、倉庫の扉を開けた。

―――キィィ…ッ

外はすっかり陽が落ち、闇が広がっている。

「足元に気をつけろよ。外灯は点けられねェから。」
「大丈夫です、歩けます。」

正直あまり足もとは見えていないけれど、十四郎さんの手があるから歩いて行ける。

「風呂場まで誰にも会わねェといいんだがな…。」
「…、」

今この倉庫が使われていることを知っているのは、真選組の中でも極一部の人間だけ。母屋にいるほとんどの隊士は、ここに私がいること自体知らない。

―――ギャハハハ…

風に乗って、微かに笑い声が聞こえた。

「風呂場は向こうの建物内だ。辺りを見張っておくが、紅涙も極力静かに行動してくれ。」
「わかりました、気を付けます。」
「悪ィな。」
「…、」

謝るのは私の方なのに。
拘留されている身でお風呂を使わせもらえるなんて、感謝しかない。

『…どうして、そこまで……』
『本気で言ってんのか?』
『お前を身請けしてェからに決まってんだろ』

信じて……いいのかな。
十四郎さんが言ってくれた言葉、ありのまま…信じていいの?

「……。」

この手の平の温もりのように、そのままを…信じても―――

―――ジャリッ
「ッ…ぁ!」

砂利に足を取られた。
バランスを崩して転びそうになったところを、

「っと。」

十四郎さんに支えてもらう。

「す、すみません、ありがとうございます。」
「やっぱ灯りつけた方がいいな。」
「いっいえ、大丈夫です。もっと…用心して歩きます。」

ぼんやり歩いていたせいだ。もっと注意深く足を動かさないと。

「腕にするか?」
「え?」
「俺の腕を掴んで歩けば少しは安定するだろ。」
「そう…ですね。それじゃあ腕を…」

繋いでいた手を離し、十四郎さんの腕を掴もうとした…その時。

―――ヒュルルルル…
「「?」」

不思議な音が夜に響いた。

「…なんだ?今の音。」
「花火…みたいな音でしたけど、打ち上がった感じはありませんね。」
「どこぞで花火大会するなんて報せも来てねェしな…。」

二人で夜空を見上げる。
空はどこまでも黒が広がるばかりで、花火らしき残光もなければ煙も見つけられなかった。

「…まァガキが打ち上げ花火でもして遊んでんだろ。」

十四郎さんはそこまで気に留めず、

「行くぞ。」

私に腕を差し出す。

「…はい。」

でもなぜだろう…。
私は何かが引っ掛かる。
あの音に、覚えがあるような…。

「……。」

聞いたことのある音だからそう思うだけ?
…、そうじゃない。
私はあの音を……気に…掛けて………

『―――笛を鳴らす。狼煙みてェなもんだ―――』

「ッ、あ!」
「?」

…そうだ、あれは。

『下手に動くなよ?夕方に東の空で笛を鳴らす。狼煙みてェなもんだ。お前はそれが聞こえてから店を出ろ』

銀ちゃん達の…合図。

「どうした?」
「っい、いえ…、…。」

だけど、何の合図…?
もう陽は暮れている。私が夢路屋にいないことも、真選組に連行されたことも知ったはず。それでいて笛を鳴らすのは…どういう意図?

「何やってんだよ、紅涙。早く持て。」

こんなこと…してる場合じゃない。
行かなきゃ、…ううん、行きたい。銀ちゃん達のところへ。でも…

「…。」

今じゃない。確実にこの人達を撒ける時じゃないと。また…足でまといに輪をかけてしまう。
そのためにも……

「紅涙?」

この人と、距離を取らないと。

「…十四郎さん、」

私の…ために。
これ以上…あなたを想わなくて済むように。

「もう……我慢できません。」
「?」
「私……、…容疑者ですよね。」
「…なんだよ急に。」
「これ以上…馴れ馴れしい態度はやめてもらえませんか。」
「紅涙…」
「お忘れかもしれませんが、……私、許してませんから。」

自分の声を聞きながら、言葉を脳に刻む。

「十四郎さんのこと……許していません。」
「…、」
「攘夷を探るために近付いたこと、…人として、……軽蔑しています。」
「…。」

〝コイツはなんて世間知らずな女だ。
潜入捜査として当たり前の行動を、偉そうに、まるで悪人のように言いやがる。お前に軽蔑する資格なんて、さらさらねェよ〟

…きっと今、私を見ながらそう思ってる。

だったら言って、十四郎さん。
お前なんか護るは価値ないって。
あれは間違いだったって。
今まで言った言葉は、どれも全てが嘘だったって……言って。

そして私のことを……嫌ってほしい。

「……そうか。」

十四郎さんは低く小さい声で呟いて、

「それでも俺は…お前の傍にいるから。」

私の手を、そっと繋いだ。