特別に思う言葉
『―――ざきさんっ』
外で話し声が聞こえた。
『―――がとう―――』
『やめてくださいよ、―――て!というか何の礼!?』
あのデカい声は山崎だ。となると、相手の声は紅涙か。
アイツら…いや、山崎の野郎、忘れてんのか?人目を気にしながら行動しろっつってんのに……
『―――』
『…そういうことは副長に言ってあげてください』
一発言ってやらねェと。
―――キィィ…
扉を開けると案の定、少し離れたところで山崎と紅涙の姿があった。
「おい、山―――」
声をかけようとした俺と、
「でもありがとうございます。ずっと聞きたかった言葉でした。」
山崎の声が重なる。
……何の話をしてたんだ?
「山崎。」
「!!っふ、副長!?」
「なに慌ててんだ?」
「っぅえ!?いやっ別にっ…慌ててなんていませんけど!?」
つーか、
「お前さっきから声デケェんだよ!」
「おあァっ!すみませッ」
「だからデカい!」
「十四郎さんも大きいですよね。」
「「!」」
紅涙の一声に、
「…た、確かにな。」
口をつぐんだ。
「副長が大人しく従ってる…!」
「あァァん!?」
「十四郎さん、」
「っ!」
しまった、またデカい声を…。
「山崎さんに優しくしてあげてください。」
「…あァ?」
山崎に…優しくだァ?
「やっやめてくださいよ、紅涙さん!そんなこと言ったらまた副長がっ…!」
「…。」
「…あ、あれ?」
なんでコイツに『優しくしてあげて』なんだ?…この道中に何があった?この二人の接触は今回が初めてのはず。山崎の野郎…一体何を吹き込みやがったんだ?
「…とりあえず中に入れ。」
二人を部屋へ入れる。
―――キィィ…
扉はきっちり閉めた。…そして、
「山崎ィィ~!?」
振り返る。
「ごっ誤解です、副長!」
「誤解されるようなことしてんじゃねェかッ!」
「してませんよ!俺はただっ」
「『ただ』?」
「た…、…ただ……ただァ……、……。」
目をそらす。
「…言えねェことしてんじゃねーかァァ!」
「違いますってばァァッ!!」
「あの、」
紅涙が控えめに外を指さした。
「声、大丈夫なんですか?」
「「っ!」」
…いや、
「俺と山崎の声だけなら、漏れても問題ない。」
「いつも通りですもんね…。」
「『いつも通り』…なんですか?」
「はい、いつも通りです!」
「誇らしげに言ってんじゃねェ。」
―――ゴンッ
「あいたッ!」
「…、」
呆気に取られていた紅涙が、クスクスと笑い出す。その笑顔に、
「…。」
ホッとした。
昨夜の空気を引きずっていたらどうしようかと思っていた。少し紅涙の心が離れちまったような気がしていたが…どうやら心配ないらしい。これなら聴取も…進められるな。
だがその前に、
「山崎に何もされてねェか?」
確認しておかねェと。
「ちょっと副長!?まるで俺がすぐ手を出すタイプみたいな言い方やめてくださいよ!」
「変なこと吹き込まれて、誘導されなかったか?」
「ちょっとォォ~!?」
「うるさい黙れ。紅涙に聞いてんだ。」
「うぐっ」
「え、えっと…されてませんよ?」
だったら何の話をして打ち解けたっつーんだよ。
「そんなに心配していただかなくても大丈夫です。」
俺の気持ちを知ってか知らずか、紅涙が柔らかに微笑む。
「十四郎さんも心配性だったんですね。」
「…別にそういうわけじゃねェけど。」
紅涙だから心配なんだ。……うん?
「『十四郎さんも』?」
『も』って何だよ。
「私の周りにもそういう人がいるんです。いつも気にかけてくれて、いつも私を想ってくれている人。」
「それは…、…。」
恋人か?…聞こうとして、やめた。
遊女と言えど、恋人がいてもおかしくない。もしくは想い人かもしれない。
「…、…そうか。」
…なんで今までいないと思ってたんだ、俺は。
「…紅涙さん、」
押し黙る俺と違い、山崎は声をかけた。
「その人は紅涙さんの恋人ですか?」
「!?」
こ、コイツ…思いっきりストレートに!!
「悪ィな、紅涙。コイツ、デリカシーっつーもんが…」
「いえ…大丈夫です。その人は私の大切な人ですよ、山崎さん。」
「「…。」」
『大切な人』
…そうか。いるんだな、お前をそんな…想うだけで愛しさを溢れさせちまうような相手が。
「十四郎さんと少し似ているかもしれません。」
「…ヘェ。」
詳しく聞かなかった。
聞かなくても充分、その知らない相手に妬いていた。
「…。」
「あ、あのォ…副長、」
「うるせェ黙れ。」
「ええ!?」
なんとも言えない空気が部屋を包む。そこへ、
―――ドンドンドンッ!
「「「!?」」」