運命27

雨と降りる影

銀ちゃん達が…動いた。
近藤さんは私に桂さんの話しか教えなかったけど、

 『っ…街にっ、街に攘夷志士が現れたっ!』
『しかも主要メンバー全員だ!全員揃ってやがる!』

きっと、みんないる。
…でもどうして?銀ちゃんは、

『―――アイツらが動き出す前に、ちょこっと仕掛けたら行くから』
『仕掛けたらって…何する気?』
『街で暴れてくる。そうすりゃここなんざ構ってる暇なくなるだろうからな。紅涙は俺達が合流するまでの間、この場所で身を潜めて待っててくれ』

銀ちゃん達は、もう暴れる必要なんてないはず。
私が逃げるまでの間、夢路屋に向けられた捜査を外すために街で暴れる計画だった。私がいない今、わざわざ危険をかえりみて動く必要なんてない…のに、

「…っ、」

きっと、私のために動いたんだ。
銀ちゃん…、っ、みんな……

『…それじゃあな、紅涙』
『…大丈夫だから』

十四郎さん…っ!

「心配ないよ、紅涙さん。」

近藤さんが、そっと私の肩に手を置く。

「トシは強いから。」
「…、」

本当は、私が十四郎さんの心配をしてはいけない。私は…銀ちゃん達の仲間なのだから。
…それでも、戦わないでほしいと思う。どちらも傷ついてほしくないと、心からそう思う。

「見ただろ?さっきの指揮っぷり。トシは俺が取られたら皆が路頭に迷うなんて言うけど、俺はトシを取られちまう方が怖いよ。」

近藤さんはハハハと笑い、

「そんなトシがキミを気に掛けているんだ。キミが無駄な争いを望まないと言ったら、きっと全力で回避しようとする。安心しなさい。」
「……それは…」

それは嬉しい…けれど、

「十四郎さんを……追い込んでいませんか…?」

私のせいで、無理させて…窮地に追い込まないだろうか。

「うーん、そこはトシを信じるしかないな。」
「…、」
「キミの心情を優先して無理をすれば、自分だけでなく、仲間や街の住民まで危うくさせることになる。だが、キミの心だけは守れる。」

『―――お前のことは絶対に護ると約束する』

「…、」
「アイツは優秀な人間だ。何より真選組の副長だ。どんな判断をするかは分からんが、最終的に選んだ答えが最良のものなんだろうと思う。そしてその答えへ導くためなら、…紅涙さん。キミに恨まれるとしても、進むはずだよ。」
「っ…。」
「さっきは耳当たりの良い言い方をしてすまなかった。局面に立たされた時、誰しも覚悟は必要になる。だが精一杯、アイツはキミに応えるさ。だから分かってやってほしい。進む道が、決して平坦な道ばかりでないことを。」

わかってる…つもりだった。

「……はい、」

私にも、辛いことはたくさんあったから。
…でも、他人のために身を切りながら選択する十四郎さんのような人を、考えたことはなかった。

「…わかりました。」

真選組は銀ちゃん達と立場が違うし、信念も違う。ただ、街を考えている部分は同じ。だからこそ考えてしまう。どうにか話し合いで…分かり合えないのかなと。

―――トントン
「!」
『原田です』

扉の向こうで声がした。

「おう、ちょっと待ってくれ。」

―――キィィ…ッ
近藤さんが扉を開ける。原田さんは中へ入るなり、頭を下げた。

「お疲れ様です。番に来ました。」
「お疲れさん。それじゃあ紅涙さん、俺は母屋に戻るから。」
「はい、ありがとうございました。」

部屋を出ていく。
扉が閉まったのを確認すると、原田さんは昨日と同じく部屋の隅で腰を下ろした。

「なんだ?『ありがとうございました』って。」
「…え?」
「おかしいだろ。俺達はお前を護衛してんじゃねェぞ。見張りだ、見張り。」
「あ…す、すみません。」
「いや別に謝る必要はねェけど。」

やっぱり怖い…。

「…。」
「…。」
「……、」
「…。」

視線が…痛い。肩がこる。息苦しささえ覚える。

「あ…あの…」
「あん?」
「あんまり…見られていると……緊張します。」
「見張りなんだから仕方ねェだろうが。」
「っ…、」

そうだけど…、……なんというか……もう少し…

「あァ~じゃあ窓を見る。」
「窓…?」
「お前の後ろにある窓。」

指をさす。原田さんから見て、私の後ろに小窓があった。

「俺はお前の後ろの窓を見てる。それでちったァマシだろ。」
「そ…そうですね。」

それじゃあ、と私は窓から少し右に移動した。

「おいッ動くなよ!」
「ええっ!?」
「そこにいたら窓が見れねェ!いいのか!?」
「い…いいのかって…」
「お前を直視したら緊張だ何だとうるせェから、窓を見る脇で見張ってんだ。移動したら直視するしかねェぞ!?いいのか!?」
「いっいいくないですっ…、…すみません。」

やっぱり怖い…!
……ううん、違う。たぶん優しいんだよね。私を気遣って『窓を見る』なんて言ってくれた。…けれど、顔つきと声が怖くて!

「あ。」
「っ!?」

原田さんのひと声にも身体が小さく跳ねる。

「雨が降ってきやがった。」
「雨…?」

見れば小窓にポツポツと水滴が付いている。

「タイミング悪ィな…。」
「…何かご予定が?」
「んなわけねェだろ。」

ギッと睨む。…いちいち怖い。

「雨は何かと動きにくいんだ。少し手間取るかもしれねェ。」
「十四郎さん達が…?」
「他に誰がいる。」
「…すみません。」
「いちいち謝るなよ。…あァ~もう、やりずれェな。」

こめかみを掻き、

「俺はこういうヤツだ!」

ドンッと自分の胸を叩いた。

「自分で言うのも何だが、イカつくて…こう、荒っぽいんだよ!口調悪ィし!だからいちいち気にすんな!わかったな!?」
「わ、わかりました…!」
「よし!」

なんだか…私も真選組に入隊した気分……

「…ふふっ、」
「なに笑ってんだよ。」
「いえ。原田さんって、まさに上官って感じですね。」
「そりゃ褒めてんのか?」
「はい。っあ、えーっと…失礼でなければ。」
「まァ実際隊長だからな。早く俺も副長みてェなキレのある貫禄を手に入れ……」

―――トントン

「「?」」

ノック音に二人で扉を見る。

「局長が戻ってきたのか?」

原田さんは立ち上がり、扉を開けた。

―――キィィ…ッ
「あァん?誰もいねェじゃねーか。」
「…え?でも…聞こえましたよね、ノック。」
「ああ。」

外に出て、辺りを見渡す。

「だが誰もいねェ。風の仕業だな。雨も酷くなってるし。」

原田さんが部屋へ戻ろうとした…その時だった。

「?」

彼の後ろに、ふわりと黒い影が落ちる。
音もなく、得体の知れないその影に、…なぜか、

「っぁ…!!」

私の直感が働いた。
全身の毛が逆立つ。
唯一漏れた私の声に、原田さんが首を傾げた時にはもう、

「眠れ。」
―――ザシュッ…
「ぐァッ…!」

背後から斬りつけられていた。

「原田さんッ!!」

大きな身体が地面に崩れ落ちる。
男は鼻で笑い、私を見た。その目に、身体が動かなくなる。

「あッ…、…っ、」
「…。」

ゆっくりと踏み出した足を、

「き…ッさまはァァ…ッ」

原田さんが掴んだ。血と雨に濡れた身体を懸命に伸ばし、男の足首を持って引き留めている。

「ッぐ、ッ、行かせるかァァッ!!」
「…汚ェ手で触るな。」

掴まれていない足を振り上げ、

―――ガッ
「グふッ!」

男は原田さんの顔面に蹴り下ろした。何度も、何度も。

「っ…、」

怖い。恐い、こわい…!
恐怖が頭を支配する。
原田さんの手が男の足から力無く離れると、とどめのように刀を振り上げた。

「ッ…もうやめてッ!!!」
「…、」

手が止まる。
口の端を吊り上げ、静かに刀を鞘にしまった。
―――キィィ…ッ
部屋へ入り、扉を閉める。

「…探したぜ、紅涙。」
「っっ、」

声が耳に入るだけで、首を絞められたように苦しい。
私は…私はやっぱりこの人が怖い。

「どうして…っ、」
「『どうして』?助けに来たとは思わねェのか。」
「ッ、」

後ずさる。
決して広くない部屋では、後ずさったところで知れていた。

「嬉しいだろ、紅涙。」

強まる雨音。
人の寄り付かない部屋。
秘められた私の存在。

「高杉様が直々に来てやったんだ、感謝しろ。」

この瞬間の全てが、高杉のためにあるようだった。