運命28

濡れる身体

「随分と大事にされてるみてェじゃねーか。」

高杉は部屋を見回し、鼻で笑う。

「いいご身分だなァ?ヘマして捕まったってのに。」
「っ…、」
「面倒事まで増やしやがって。俺の計画にまで支障が出たじゃねーか。」
「高杉…さんの…計画?」
「お前には関係ない。黙って責任だけ感じとけ。」

スッと睨まれると、心臓を握り潰されたような気分になった。

「…なァ知ってるか?紅涙。」

手を伸ばす。思わず身を縮こまらせると、左の手首を掴み上げられた。ギリリと音がしそうなほど強い。

「いッ…」
「アイツらは今、テメェを取り返すために必死になってる。」
「!」
「可哀想に。肝心の紅涙がここを出ようともしてないっつーのによ…クク。」
「っ、考えました、私も…出ようと…」

銀ちゃん達のことを思って、屯所から出ようと考えた。

「で?失敗したのか。」
「…私には……、…とても無理だと…」
「『諦めた』?…フッ、考えるだけなら犬でも出来る。いや、犬の方がマシだ。アイツらは考えればすぐに実行する。」
「…。」
「お前は犬以下だ、紅涙。」

軽蔑の目を向ける。
この人にはこれまで何度も虐げられ、さげすまされてきたから傷つかない。…でも、

「どうせ、ここの男共ともヤッたんだろ?」
「っ!?」

その言葉にだけは、黙っていられなかった。

「そんなことしませんっ!」
「どうだかな。嘘つきだからな、紅涙は。」
「嘘つき…?」
「俺達に内緒で真選組の男を夢路屋に上げるぐらいだ。何を聞いても怪しい。」
「あれはっ…、私も…知らなくて……」
「『知らなくて』なんだ。」
「ッ…」

握られている手首が痛い。指先が冷たくなってきた。

「忘れたのか?夢路屋に入ってもお前は普通の遊女じゃない、俺達の前にだけ出る遊女だ。」
「だけどっ…高杉さんの知り合いだと言われてっ」
「言われるがままに信じて接客したのか。」
「…。」
「使えねェ。つくづく使えねェよお前は。挙げ句に惚れちまいやがって。」
「!っそ、それはっ…」
「嘘はもういい。」

グッと手を引かれ、顔が近くなった。
背けても、空いていた手で顎を掴まれる。

「お前には、みんなガッカリしてる。」
「っ!」
「このまま捨ておきゃいいものを…銀時の野郎が『どうしても取り返す』とうるせェから出て来てやったんだ。」
「銀ちゃん…が?」
「…ああ。いつだってお前を欲しがってんのはアイツだけだ。予定より事も大きくなっちまって、おかげでこれまで積み上げた時間も水の泡。」
「っ…、」

銀ちゃん…!

「俺には、お前をここから助け出してやる価値が見い出せねェ。そもそも今はどっちの人間なんだ、攘夷か?それとも真選組か?」
「私は…、…、」

真選組ではない。でも、攘夷…でもない。

「やっぱりな。」
「え…?」
「悩むことが答えだろ。」
「っち、違います!私はっ…私はみんなを慕ってきただけだから…」

銀ちゃんや桂さん、坂本さんや…高杉に助けられて、これまでついてきた。攘夷だからじゃない。みんなだから…傍にいたかった。

「私にとって攘夷は…後付けの事柄で、重要じゃないんです。」
「なら、今も戻りたいと思ってんのか?俺達のところに。」
「…はい、思っています。」

叶うなら、あの頃に戻りたい。

「……ヘェ。それじゃあ、」
―――ドンッ
「!?」

突然、突き飛ばされる。倒れ込む私に、高杉が影を作った。

「戻してやるよ。」
「っ!?」

何を指しているのか、すぐに分かった。

「ッいらない!」
「あァ?戻りてェんだろ。」
「私はみんなと過ごしていたあの時間に戻りたいと…ッ」
「だから戻してやる。手始めに俺との時間をな。」
「っ!」

逃げないと…!
後ろへ下がろうと膝を立てる。けれど足が滑って進まない。

「馬鹿が。」
「ぁッ…!」

肌けた裾から手を差し入れてきた。

「やめっ、」

内腿を這い、

「っん、ァ、…ん、やだっ…!」

一番刺激の強い箇所をまさぐられる。

「身体は覚えてるじゃねーか。」
「ちがッ…ゃ、んンっ」

指先で何度も弾かれると、嫌でも意識が持っていかれる。拒む頭とは反対に、身体が快感へと流されていくのが分かった。

「くっ、っぅ、」
「疼いてんだろ?」

高杉の顔に欲望が滲む。
同じだ。場所は変わっても、やっぱりこの人が私にすることは同じ。

「ッあァっ」

身体の中にツプッと細い異物が入ってくる。

「ぃっ、ャあっ、」
「どこが嫌なんだ。言ったらやめてやるよ。」
「ひァっアっ、だ、ッ、ぬいっ、てッ…!」
「腰を浮かておきながらよく言う。」

高杉は楽しそうに頬を歪ませ、手を動かしたまま私の胸元の着物を噛んだ。勢いよく引っ張ると、肌が外気に触れる。

「しかし狭ェな。本気でヤってねェとは…ククッ。」
「ぅ、あァっ、」

指が増えた。
長い指が奥へ奥へと進み、内側を掻き回していく。最奥を掠めた時、身体に電気が走った。

「っア!」
「イイよなァ?ここ。」
「あっ、ッ、だ、っめ、ッ、」

触られる度、脳天に突き上げるものを感じる。その度に息を飲み、声が漏れた。

「っァ、…っぁ、んッ、そこっ、ッ、やっ、」
「こっちじゃ刺激が足りねェか?」

顔を振れば胸元に唇が吸いついた。ガリッと容赦なく噛まれ、痛みに顔を歪める。

「触ってやるよ。」

痛いくらいに神経が集中していたそこへ、濡れた指が触れる。執拗に、そこだけをまさぐった。

「あッ、ヤぁっあっん、ぅ、あァっ」
「気持ち良さそうな顔しやがって。」

水っぽい音が耳につく。
…嫌だ、聞きたくない。耳を塞ぎたい。
そう思うのに、数秒も経たないうちに思考は快楽に支配された。

「認めろ、紅涙。気持ちいいんだよなァ?」
「っァっん、ッ、んんぅッ」

自分の腕で口を塞ぐ。けれどすぐに引き剥がされた。

「言わねェと、このまま挿すぞ?」
「っ…、ぁぅっ…ン、ぁき…気持ちっ…くァっ」
「そうだよ、素直に言やァ啼かせてやる。」

速くなった高杉の手に、

「ぁっあっダ、メェっ、ゃ、ァァっ」

腿に力が入った。
きっとこの人は笑ってる。『また腰が浮いてる』と、ニヤニヤしながら思ってる。…でも、もういい。

「ぃ、ッ、くゥっ…あっぁっ、っ、…ぃ、っ、アァァァぁっ!!」

全身が痙攣した。開けっ放しになっていた口から、荒い息と唾液が流れる。脱力と共に現実に戻る隙を、高杉は与えてくれなかった。

「なに終わったみてェな顔してやがる。これからが本番だろうが。」

腰を掴み上げられた。
ああ…来る……

ぼんやりした頭の片隅で思いながらも、私は大した抵抗もせずに、されるがまま脚を開いた。

「ぅッ…っあ…ッ」

内側に他人の体温が入ってくる。

「あっ、ァァ…っ、ぅっ、んッ」

いつまで経ってもこの異物感に慣れない。
性急に最奥を突かれ、果てるまでひたすら身体を揺すられる。
声も絶え絶えに意識を手放しかけた頃、ようやく私の身体から異物は出て行った。

「…、」

朦朧としながら、その人を目で追う。
身なりを整えた後、私に振り返った。

「フッ、なんだよ。珍しく起きてるじゃねーか。」
「…私を……連れて行かないの…?」

銀ちゃんは私を取り返すために頑張っていると言っていた。なのにこの人は、私を置いて出て行こうとしているように見える。

「甘えるな。」
「…?」
「テメェの気持ちを行動で示せ。」
「しめ…す…?」
「銀時に悪いと思うなら手柄を立てろ。今後ヤツらは四六時中、帯刀するようになるはずだ。隙を見て見張りの刀を奪い、そいつを殺してこい。」
「っ…、」

そんな…こと……

「今夜、そこの窓から見える位置に狼煙を上げる。夜が明けるまでに終わらせろ。証拠として首も忘れるなよ。」

そんなこと…出来るわけ……

「まさか出来ねェなんて思ってねェよな?」
「…、」
「銀時への罪悪感は嘘か。」
「っ…嘘じゃ……ない…っ、」
「なら非力だと逃げるな。そのどうしようもねェ頭で考えて、銀時がどれだけ悲しんでるか想像しろ。」

絶望する私を鼻で笑い捨て、

「これ以上の迷惑は許さねェぞ。出来なかったらテメェの命で償わせる。」
「っ…、…。」

私に背を向けた。

「良かったじゃねーか。ようやくお前にも恩返しできる機会が巡ってきたんだ。せいぜい役に立てよ、紅涙。」

―――キィィ…
扉を開ける。直後、

「なんだよ、まだ寝てやがったのか?コイツ。」

地面に笑う高杉を見て、思い出した。
あそこにいるのは原田さんだ。原田さんが倒れたままでいるんだ…!

「お前も使えねェなァ?起きて仲間でも呼んできたら面白くなるものを。…無能はここで死ね。」

抜刀しようとした姿に、

「っやめて!」

声を上げる。

「その人は…関係ないでしょう?」
「…あァ?」

刀から手を放した。眉を寄せ、こちらに振り返る。

「馬鹿か、関係なくねェだろ。…ああそうか。お前がやりてェのか?コイツを。」
「っち、」

『違う』
喉まで出かかった声を飲み込む。

「だが残念だな。コイツは武装してない。やるなら蹴り殺すくらいだが、お前程度の足じゃ無理だろう。諦めて他の野郎を殺せ。」
「…、」
「そうだなァ、」

高杉はわざとらしく考える素振りをして、

「土方あたりがいいんじゃねーか?」
「!?」
「ここの副長だ。お前もよく知ってるだろ?…クククッ。」

思いもしないことを言われた。
この人から…その名前が出てきたことに恐怖を覚える。
江戸に住んでいれば皆が知っている名前を、わざわざこの人が私に言ったのは……

「…っ、」

『殺せ』と言っていた見張りは、十四郎さんを指していたことを意味する。

「楽しみにしてるぞ。…銀時のこと、忘れてやるなよ。」
「……、」

―――キィィ…
扉が閉まると、部屋に雨音が響いた。
…そうだ、雨が……降ってたんだっけ。

「…。」

『お前をこんなところに入れず、手元に置いときゃ良かった』

「…銀ちゃん、」

『銀時に悪いと思うなら手柄を立てろ。―――隙を見て見張りの刀を奪い、そいつを殺してこい』
『土方あたりがいいんじゃねーか?』

「…、」

『銀時への罪悪感は嘘か』

……嘘じゃ…ない。

「…ごめんね、」

銀ちゃん。私、ここいて…ごめん。

「……行くよ。」

銀ちゃんのところに行く。
だから……待ってて。