運命30

長い雨の終わり

「ッのヤロウ…!」
「ぐ、っ」

互角。
認めたくないが、その言葉でしか言い表せなかった。
どれだけ打ち込んでも、与えられるのはかすり傷程度。逆も然りで、白夜叉が繰り出す太刀は俺に大した傷を残せなかった。

「はァっ、はァっ、」

太刀筋が似てるのかもしれない。この戦いは、先に疲弊した方が負けだ。

「いい加減ッ…諦めろ!」

刀を弾く。

「お前らは、っ、紅涙とどういう仲なんだよッ!」
「だから紅涙は関係ねェって、ッ言ってんだろ!?」
「なら夢路屋に恩でもあるのか!?」
「っねェよ!」
―――ガキンッ

斬りこんでくる白夜叉の太刀を受ける。
変わらず重いが、だいぶブレが出てきた。疲れのせいか、…想いのせいか。

「…お前、夢路屋に手を出すなとは言わねェんだな。」
「るせェ、」
「護りたいのは紅涙だけか?」
「ッるせェって言ってんだろうが!」
―――ドスッ
「くっ、」

潜り込まれ、腹蹴りを食らった。

「テ、メェッ…」
「俺は…っ、」

白夜叉の目に光が差す。

「俺は紅涙さえ戻りゃいいんだ!」

強く、力強い眼差しで、

「絶対に取り戻すっ!!」

まるで自分に言い聞かせるように、誓いを立てた。
もしここにうちの隊士がいたら、この眼光だけで腰を抜かしてるヤツがいるかもしれない。

「…なんでそこまで紅涙を『戻す』ことにこだわんだよ。」
「…俺達のせいで捕まったからだって言ってんだろ。」
「本当にそれだけか?」
「…、」

白夜叉は一瞬黙り込み、

「それだけで…十分じゃねーか。」

刀を強く握り締めた。

「またアイツを…苦しめちまったんだから。」

…『また』?

「そいつは聞き捨てならねェな。」
「…お前には関係ねェよ。」
「ある。惚れた女に関わることは知っておきてェもんだ。」
「……はァ?」

疑うような、呆れるような、そんな声を出す。
信じられねェよな。真選組の俺が容疑者に惚れてるなんて、常識的にありえねェよ。……でも、

「紅涙に…惚れてるだァ?」

これまでの話を聞いている限り、お前は……

「惚れてんのかよ…紅涙に。」

お前は信じる。

「ああ。」
「…いつからだ。」
「いつからでもいいだろ。」
「よくねェよ!いつからだ!いつから紅涙をっ」
「とにかく。」

話を遮った。白夜叉がギュッと眉を寄せる。
俺の気持ちを知った途端にコレとは…わかりやすい。
どういう流れで紅涙に惚れたかは、ひとまず置いといてやる。…それでも弱点が分かった以上は使わせてもらうぞ。

「お前らが大人しくしていれば、じきに紅涙は夢路屋へ帰す予定だった。」
「……どうだかな。」
「信じるかどうかは好きにしろ。ただ、お前らがこんな騒動を起こしたせいで確実に事態は後退した。もはや戻すに戻せねェ。」
「っ…、」
「それでも戻したいと言うなら、俺が力を貸す。」
「なっ……どうやって。」
「投降しろ。」
「ッ投降…だと?」
「ああ。お前らの身柄と紅涙の身柄を入れ替える。テメェの自由で救われるんだ、悪くねェだろ?」
「…、」

白夜叉は強く眉を寄せ、目を伏せた。
…はっきり言って、幕府に喧嘩を売るようなヤツらが、こんなことで投降するとは思えない。それでも、

「投降しろ、紅涙のために。」
「…、」

時に、色恋は人を狂わせる。コイツも……

「……断る。」
「!」

…例外ではないと思ったんだがな。
やはり俺の勘は総悟ほど冴えてないらしい。

「断っていいのか?お前らが望んでた交渉だろ。」
「内容が違ェよ。紅涙は俺の手で取り戻す。戻してみせる。…だがその前に、」
「前に?」
「お前をぶち殺してからだ。」

睨みつけるその眼に、獣を見た。これまでと違う欲望と殺気が渦巻いている。

「……フッ、面白ェ。」

どうやら余計なスイッチまで押しちまったらしい。

「最終確認するぞ。投降する気はねェんだな?」
「ない。拒否だ。」
「…了解。それじゃあ、」

腰を落とし、刀を構える。

「終いとしようじゃねーか。」

白夜叉も構える。

「手加減してやらねェからな。」

見えないはずの口布の下に、不敵な笑みを感じた。

「…行くぞ。」

ダッと駆け出す。
向こうから先に斬り込んできた。

―――キィンッ
「ッ、」

互いに疲れは回復している。
受けて、流して、斬って、かわされる。その繰り返しを重ね、どちらかがまた疲弊する時を待って仕留めることになるのだと思っていた。

…が、

「っぐ、」

白夜叉の動きが、さっきより格段に上がっている。

「疲れちゃった?押されてんじゃん。」
「ッせェ!」

俺の力が落ちたんじゃない。コイツの力が増してるんだ。

「くッ…」

反撃の隙がなく、防戦一方になる。このままだといつまで持つか分からない。

「なになに~?そういう作戦?さすがに何も返されないと不気味すぎなんですけどー。」
「…っ、」
「まァそれならそれでいいけどよ。」

ここでどうせ倒れるくらいなら、

「バイバイ、鬼の副長サン。」

せめて…、
せめてその口布だけでも剥いでやる…!

「ゥオラァァッ!」
「!」

捨て身で斬りかかった。これまでより高さを上げ、顔を狙う。

「今度はどういう作戦に切り替えたわけ?」
「テメェのッ…」

右足を踏み出し、

「顔を…ッ」

刀を突き出す。

「拝ませてもらおうじゃねーかァァッ!」
「はァ?」

身を引き、かわされる。

「話変わってんじゃん。」

だがこれは想定済み。
俺は突き出した柄を後ろへ持ち直し、より刀を前へ突き出した。伸びた刀の切っ先が、白夜叉の頬の布に引っ掛かる。

「なっ、!」
「もらったァァッ!!」
「ッ!?」

引き剥がそうと力を込める、その瞬間、

―――パンッ!
「「!」」

乾いた音が響いた。
窓際でやり合っていた総悟と桂も動きを止める。なぜか唖然とした顔で、こちらを見ていた。

「おい…、」

あの音は何だ?聞き覚えは…あるんだが……

「ッ、ぐァァァッ!!」

途端、右腕に激痛が走る。一点が燃えるように熱くなり、あっという間に右腕全てが痺れ始めた。

「く、ッぐぅ、ぅ」
―――ガシャンッ

刀が落ちた。握っていられなくなった。
そこでようやく自分の腕を見ると、ダラダラと血を垂らし、床に小さな血溜まりを作っていた。

この…傷は何だ……?

「…なに手ェ出してんだよ。」
「それは使わない約束ではないか!」

<

白夜叉と桂の声がする。

「いやー、すまんすまん。ちっとピンチに見えたき、助けにゃいかん思て。」

顔を上げ、坂本を見た。その手に銃が握られている。
…あれに撃たれたのか?

「っ、テ――」
「テメェェェっ!!!!」

俺の声より何倍もデカい総悟の声がして、坂本の元へ駆け出す姿が見えた。

「総悟ッ!」

相手は銃だ、今攻めるのは得策じゃない!

「待て!!…ッく、」

止めようと動けば、痛みが走る。

「退けッッ!!」

叫んでも届かない。それでも早く止めねェと…ッ早くっ!

「総ッ」
―――パンパンッ!
「!?」

二発の銃声が響く。

「ッ、総悟!!」

血の気が引いた。…が、

「…当たってやせんよ。」

総悟は坂本まであと数歩というところで足を止め、睨みつけていた。その足元で、床から小さな煙が立っている。

「次は当てるぜよ。死にとうなかったら、」
―――カチッ
「動くなや。」
「…。」

総悟は自分に向けられている銃口を睨みつけたまま、僅かに足を動かした。まだ攻める気でいるのか…。

「やめろ総悟。」
「…怪我して怖気づきやしたか、土方さん。」
「違ェよ。相手が銃である以上、こっちも攻め方を考えなきゃならなくなった…だろう…が、って、……っ、」

…マズい、

「土方さん?」
「…っ、」

膝をつく。目眩がした。

「そやつを止血してやれ。」

桂の声が聞こえる。

「放っておけば、じきにその右腕は使いものにならなくなるぞ。」
「…そう言って、介抱した隙に後ろからバッサリやる算段ですかィ?随分と卑怯な手だこと。」
「何を言う。俺達は真選組を潰しに来たわけではない。目的は紅涙の救出。交渉が決裂したことによって刃を混じえ、既に決着もついた。今やこの戦いを続ける意味などなかろう。」

決着がついた…だと?

「なに…勝手なことをほざいてやがるッ!」

落とした刀を左手で握り、それを支えに立ち上がった。

「まだだ…ッ、まだ決着はついてねェ!」
「いいや、お前達は負けだ。」
「負けてねェェッ!」
「うるせェよ、」

白夜叉の声が、

「ガキじゃねーんだから。」

一瞬で俺の真横に移動した。

「!?」
―――ドンッ
「グハッ…!」

身構えることすら出来ず、右腕を狙って蹴り飛ばされた俺の身体は呆気なく地面に転がる。

「……はぁぁ、わかりやした。」

総悟が鞘へ刀をしまった。

「アンタらの勝ちでさァ。」
「ッ総悟!!」
「土方さん、今のアンタじゃどうしようもない。かと言って俺一人でコイツらを相手にするには、ちょっとばかり分が悪い。」

…くそ…っ、

「紅涙なら屯所にいますぜ。」
「っ…ダメだ…!」

ダメだ…っ、

「紅涙は…ッ、」

紅涙は渡せない!!

「まだやってんのかよ。」

「「「!」」」

誰…だ……?
白夜叉でも桂でも、坂本でもない新たな声が混じる。振り返ると、一人の男が立っていた。

「お前は…っ」

派手な着物に、煙管をくぐらせる立ち姿。
左目を隠すように包帯を巻いているが、他のヤツらと違って口布はない。だから…確信できた。

「高杉ッ…!」

よにもよって、このタイミングでお出ましとはな…。
薄らと残っていた希望に眉を寄せた時、

「ッなんでだよ高杉…っ!」

なぜか動揺した様子の白夜叉が高杉に駆け寄った。

「なんでっ…、なんで一人なんだよ!!」

胸ぐらを掴み、揺する。

「まさか行ってないのか!?」
「行った。」
「ならっ」
「なぜだ高杉!説明しろ!」

桂も声を上げる。

「予定していた計画とは違うではないか!!」

『計画』?
…なんだ、どんな計画だ?

「アハハ~。おまんら、高杉を高杉て言うちゅうき、名前ば伏せんと…ってワシも言うてしもうたぞね!アハハ!」
「「うるさい!」」
「えー…。」
「高杉、説明しろ!」
「高杉ッ!!」
「…ったく、どいつもこいつもうるせェな。」

煙管を吸い、煙を吐く。薄ら笑いを浮かべて、高杉は目を細めた。

「俺がアイツを引っ張ったところで、どうせすぐに逃げ出す。そうなったら二度手間になるだろうが。」
「はァ!?だから連れてこなかったってのかよ…ッ!」
「くっ、お前などに行かせず俺が行っておけば今頃っ」
「自分で出なきゃ意味ねェだろ。」
「「!」」

誰の…話をしている?

「高杉、おまん…」
「知恵は授けてきた。アイツが心底出たいなら、死に物狂いで出てくるだろうさ。」

まさか……紅涙のことじゃないよな?
…いや、ありえない。紅涙がいる倉庫は、屯所の中でも人目に付きづらい場所。ましてや見張りを付けてるんだから、そう簡単には―――

「つーか、」

高杉が煙管をひと吸いする。

「これ以上アイツを巻き込む必要もねェだろ。」

煙を吐き出す。表情はない。だがその言葉に、ヤツら全員が口を閉じた。

「いい機会だと思うがな、俺は。」
「「…、」」

他にも仲間がいたのか?

「…ワシは夢を見ちゅうがか?」
「なんだ、藪から棒に。」
「高杉が…まっことえいこと言いよった。けんど、ほがなこと言う人間やないき。…ハッ!まさかこれが世にいう白昼夢――」
「死ね。」
「アギャアァァッ!」

…よく分からねェが、内輪揉めしてるみてェだ。ならば、ここを攻め時……としたいとこだが、

「…チッ。」

あいにくの腕で動けやしねェ。さてどうしたものか…。

「無謀ですぜ。」

総悟と目が合う。

「アイツら、隙だらけに見えて全く隙がありやせん。今のアンタじゃ犬死にするだけですよ。」

刀をしまい、俺の元へ歩み寄ってきた。

「向こうに戦う気はねェんだし、このままお開きにするのが得策じゃありやせんか。」
「…本気で言ってんのか?さっきまでヤル気に満ちてた総悟はどこ行ったよ。」
「萎えて帰りやした。」
「……、」

…それだと困る。紅涙が…っ、紅涙がヤツらの手に渡っちまうじゃねーか!

「…俺は行く。」
「聞いてませんでしたかね、俺の話。」
「アイツらに紅涙は渡せねェ。」
「…だから。今のアンタに何が出来ると?」
「んなもん、やってみねェと分かんねェだろ。…それでも、」

これがどれだけ無謀な行いでも、

「何かやらねェと……見失っちまいそうなんだよ。」

紅涙がヤツらの手に渡ったら、なぜテメェは持ち得る全ての力で護らなかったのかと悔やむ。絶望する。そうなった俺は、周りをかえりみず我を忘れて突っ走るか、無気力な廃人と化す。だから、

「…やれることはやっておきたい。」

後悔したくねェんだ。
指一本動かせなくなったら、少しばかり諦めがつくはずだから。

「あとは頼んだぞ。」

俺はここでコイツらを……

「無責任なこと言わねェでもらえやすか。」

呆れた様子で総悟が首を振る。

「紅涙のことを考えるなら、無謀な争いなんて避けて一刻も早く戻るべきでさァ。」
「…戻ってどうすんだよ。どうせヤツらを止めなきゃならねェなら、ここで止めちまった方がいい。」
「お忘れですかィ?俺達にはまだ仲間が山ほどいる。コイツらが屯所へ攻め入れば、当たり前のように食い止めようとするはず。なら、ここでアンタ一人がやるより何倍も勝率が高い。」
「…そうなりゃ紅涙の前で戦うことになるだろうが。アイツは、どちらが傷ついても胸を痛めちまうようなヤツなんだよ。」

たとえ紅涙が本当に攘夷志士と繋がりを持っていなくても、自分をめぐって争っていると知れば傷つく。…そういう優しい女なんだ。

「俺がここでやるしか――」
「馬鹿馬鹿しい。」
「…あァん?」
「独りよがりな考え方も大概にしてくだせェ。」

総悟が自分のベルトを引き抜いた。

「止血しますぜ。」
「!?」

有無を言わさず、俺の右腕を縛る。

「ッいッ…」
「紅涙を奪われたら、アンタはそれで終いですかィ?」
「あァ?…んなわけねェだろ。」
「そう聞こえますぜ。追いもせず、奪われちまった時点でゲームオーバー。もしくは奪われることを前提に考えてる。屯所にいる仲間も信じずに。」
「…。」

そう思われても仕方ない。
屯所のアイツらを信じてないわけじゃないが、

「…アイツらに攘夷志士の相手をさせるのは無理だ。」

そうは思う。

「今のアンタよりはマシでさァ。」
「大した傷じゃねーよ。」
「よく言う。さっきフラついてたじゃねェですか。しっかり弾も貫通してるし、集団行動ならそこそこ足でまといですぜ。」
「……うるせェ。俺は単独行動するって言ってんだ。誰の足も引っ張らない。」
「いいですかィ、」

傷口を硬く縛り、総悟が溜め息混じりに言う。

「奪われちまったら追えばいい。取り返せばいい。でもここで野垂れ死んだら、何があっても何も出来やせん。それこそ終いになる。」
「…、」
「どっちが紅涙を思う行動になるか、冷静に考えなせェ。」

総悟…

「ま、奪われた側が俺達かどうかは分かりやせんがね。」

…なんだよ、これじゃあ本当にどっちが副長か分からねェじゃねーか。

「成長したな、総悟。」
「おや、どうやら死亡フラグが消えてねェようで。なら仕方ありやせん、犬死にしてきてくだせェ。」

…この減らず口さえなけりゃあ完璧なんだがな。

「わァったよ。目が覚めた。」
「そりゃ残念。」

ったく。

「お前は怪我してねェのか?」
「してやせん。こと如く、かわしやした。」

と言ってるものの、コイツの服にも点々と血が付いている。浅いなりに怪我はしているんだろう。

「でもアチラも同じようでして。」
「『同じ』とは?」
「あの長髪野郎、俺の太刀を読んでるみてェに避けやがる。」
「どいつもこいつも噂通りの手練ってことか。」
「そっちもですかィ?」
「ああ。おそらくあの銀髪――」

「おい、副長サン。」
「「!」」

高杉の声にすぐさま刀へ手をやった。俺の場合、利き腕とはいかねェが。

「…なんだ。」
「忠告しておいてやるよ。」
「忠告?」
「惚れてんだろ?紅涙に。」
「…。」
「ククッ…憐れだねェ。お前も嘘が吐けねェ口か。うちにもいるぜ?そんな口を持った男が。」

クツクツと喉で笑い、高杉は煙管に口をつけた。煙を吐くと、ニヤついた顔で俺を見る。

「食うなら早めに食っとけよ。」
「…?」
「ッおい高杉!」

白夜叉が肩を掴む。高杉はそれを手で払った。
なんだ…?

「また会おうぜ、副長サン。アンタが生きてりゃの話だが。」

…はァ?

「待てよ、忠告ってのはさっきの――」
「引き上げるぞ。」

背を向け、ヤツらに告げた。声を掛けられた三人が一斉に窓から外へ飛び出す。

「なっ…」
「逃がすかよッ…!」

総悟も駆け出した。すると高杉が振り返る。

「ククッ…」
「…?」

刀を抜き、総悟と殺り合う…のかと思ったが、薄い笑みを浮かべるだけで動かない。まるで総悟を待っているかのような様子に、嫌な予感がした。

「ッ待て総悟!」

高杉の足元には箱がある。桂達が腰掛けていた、あのダンボール箱が。

「総悟ッッ!!」
―――ブボォォンッ!!
「「!?」」

爆発音と真っ白な煙が廃墟に溢れた。
咄嗟に目を閉じ、口と鼻を腕で覆う。

「じゃあな、犬ども。」

高杉の声が聞こえた。

「クソッ…!」

総悟の悔しがる声も聞こえる。
薄く目を開けた。異常はない。そっと息を吸ってみたが、何の臭いもしなかった。

この煙、一体何だ…?

煙が這うように外へ流れ始める。外気と混じって少しずつ視界が開けてきた。

地面に散らばる真新しいプラスチック片。
形状を留めていない箱。
そのすぐ傍に落ちている刀は、箱の断片を突き刺した状態で落ちている。

「……まさか、ドライアイス?」

あの箱の中にドライアイスを使った爆発物があったのか?煙幕代わりに、刀で突き刺して起動した……となると、

「総悟ッ、無事か!?」

アイツは間近で巻き込まれてる。

「そんなデカい声を出さなくても聞こえてますよ。」

刀をしまい、歩いてくる。その頬に血が流れていた。
よかった、その程度だったんだな。

「こんな胸くそ悪ィ戦いは久しぶりでさァ。」
「ああ。…だが捕まえる機会は、いずれ来る。それより今は」
「紅涙ですねィ。」

アイツらが屯所へ向かった可能性は高い。いや、絶対だ。

「…戻るぞ。」

総悟と共に廃墟を出た。
いつの間にか雨は、止んでいた。