運命44

あの日の意味

退室に向け、自室の整理をすべく部屋へ向かう。十四郎さんには先程の部屋で待ってもらうことにした。

「この服は使えそう…。」

派手な着物ばかりで、普段着として使えそうな着物は多くない。それでも運ぶとなると、なかなかの重量になる。まとめておけば後で真選組の人が運んでくれるそうだけれど…

「…本当にいいのかな。」

申し訳なくて、気が引ける。
そのことを十四郎さんに伝えたら、

『どうせアイツらは俺が運ぶ姿を見たら血相変えて手伝いに来る。そんな二度手間なことをする前に運ばせても同じ話だ』

…と言われた。
私にはわからない話なので、それならば…とお言葉に甘えることになっている。

「…あ。これはあげよう。」

派手な着物や、他に使えそうな私物は極力、他の遊女や禿へ。
まだ買い揃えることが出来ないうちは、譲り受ける物がとても助かるから、

「使ってくれるといいな。」

ひとまず女将さんに預け、必要な子に渡してもらおう。

「……よし、」

片付け始め、四半時。

「これくらいかな。」

大した時間も掛けず、部屋を片付け終えることが出来た。相変わらず物の少ない部屋にしておいてよかったと思う。

「戻ろう。」

すぐさま十四郎さんの元へ向かう。

襖を開き、声を掛けた。

「お待たせしました!」

煙草片手に外の景色を眺めていた十四郎さんが振り返る。

「もう終わったのか?」
「はい、それほど物もありませんし。」
「なら行くか。」

そう言って部屋を見回す。
私が灰皿を差し出すと、十四郎さんが小さく笑った。

「さすが、気が利く。」
「今のは分かりやすいですよ。」

クスッと笑うと、十四郎さんも小さく笑う。
煙草の火を消し、二人で部屋を出た。

ああ……眩しい。
階段を下りながら、ふと思う。
やはり視界が普段の何倍も明るくなったように感じる。玄関は特に、眩しいほどの光が差し込んでいるように見えた。

そんな光の中から、

「おう、紅涙!」

すっかりいつもの調子に戻った番頭さんが片手を上げる。

「もう片付けは終わったんか?」
「はい。まだ使えそうな物を仕分けておいたので、女将さんと確認していただければ…」
「よっしゃ、任しとき!」
「…あの、番頭さん。」
「なんや?」
「今まで…お世話になりました。」

頭を下げる。すかさず番頭さんは溜め息を吐いて、

「あのなぁ、」

眉間を押さえた。

「紅涙、うちらは家族や言うたん忘れたんか?たとえ紅涙がここを出ようとも、深~いとこでは繋がってんねん。しゃあから二度と世話ならんみたいな言い方はやめてくれ。寂しいやん。」
「番頭さん…」
「ここ出ても、いつでも顔出したらええんやで。なんかあっても、なくても、いつでも来たらええんやからな。」
「っ…はい、」

あたたかい人。
あたたかい居場所。

「ありがとうございます…っ、」

私の……大好きな人達。

「旦那、紅涙も色々あった身ですわ。なんや解せんことがあったり、すれ違うようなことがあったら、うちへ来て話を聞かせてください。出来る限り力なりますんで。」
「…わかった。」

番頭さんも女将さんも、かけがえのない私の家族。
そして…もう逢うことはないかもしれない……銀ちゃん達も。

「…、」
「…どうした、紅涙。」
「あ、いえ…」

覗き込む十四郎さんに首を振り、微笑み返す。その背後に、

「あら、」

顔を出す人がいた。女将さんだ。

「荷造りもう済んだん?えらい早ぉ終わったんやねぇ。」
「はい、」
「女将!女将からも言うたってくれ。紅涙は家族なんやからいつでも戻ってきたらえぇ言うて。」
「ほんまアンタは…」

つかつかと番頭さんの元へ向かい、

―――バシッ
「あいたッ!」

番頭さんの頭を平手打ちする。

「出て行くめでたい日に、『戻る』やなんて不吉な言い方しなはんな!」
「いやそういうつもりやなくてやなっ」
「アンタがどういうつもりやろうが関係あらへん!ほんま…ごめんやで、紅涙。」
「い、いえ…、」
「旦那はんも気ぃ悪くせんとってください。コレにはしっかり『気の遣い方』いうんを叩き込んどきますよってに。」
「悪い話じゃなかったから問題ねェよ。」
「あらあら、おおきに。…せや、紅涙に渡さなアカン物があったんよ。」

女将さんが懐に手を差し入れる。取り出したのは、

「これ、読んだってくれる?」

白い封筒だ。

「…これは?」
「裏見てみ。珍しく名前書いてはるから。」

フフッと笑う女将さんに促され、白い封筒を裏返す。そこに書いてあった名前に、

「っ!」

息が止まった。
見覚えのある、どこか力の抜けた字体で…
『坂田銀時』

「銀ちゃん…!」

どうして?
どうして手紙が…

「誰だ、それ。」

十四郎さんが私の手元を覗き込む。

「坂田…銀時?」
「旦那はんが心配するような人ちゃいますよ。言うたら紅涙の兄みたいなもんで。」
「兄…だと?」

十四郎さんが物言いたげに眉を寄せる。
女将さんは「ええ」と頷いた。

「紅涙とずっと付き合いのある人ですわ。この人を中心に、他にも数人、昔から紅涙を気に掛けてる兄みたいな人らがいてはるんです。」
「何人も…?……女将、まさかそいつら」
「ちゃいますよ、別人です。」
「…。」
「旦那はんの思い当たるような人らとは関係ありまへんで。」
「……。」
「…十四郎さん?」
「……いや、いい。なんでもない。」

はぁ、と溜め息を吐く。

「俺は外で煙草吸ってるから。」
「え、」
「まだ話したいことあるんだろ?そいつについて。」

視線で封筒をさす。

「手短に頼むぞ。」

そう言って、店の外へ出て行った。

「…ほんま、よう出来た人やねぇ…旦那はんは。」

女将さんが緩く左右に首を振り、

「出来ることなら、うちと身を固めてもらいたいわ。」

ケラケラと笑う。

「まぁ冗談はさておき、その子やけど。」

封筒を指した。

「実は、ちょいちょい店に来ててね。」
「っえ!?どうして教えてくれなかったんですか!?」
「あの子が紅涙と会う気なかったんよ。」
「!」
「『自分が来たことも紅涙には言わんといてくれ』て言うてて。うちも『今日は会って行ったら?』て声掛けたことあるんやけど、『まだや、今やない』言うて。」
「どうして…」

銀ちゃん…

「陰ながら、紅涙が成長していく様を見るんが楽しかったんちゃうかなぁ。今自分が出て行ったら、色んな意味で紅涙を止めてまいそうで嫌やったんや思うわ。」
「…、」
「それに、紅涙の隣は早ぉから埋まっとったさかい。」

クスッと笑い、女将さんが玄関口を見る。

「あの人に先手打たれてしもて、もう見守るしかなかったんかもしれんね。」
「十四郎さんが…何かしたんですか?」
「いや、結果的にそうなったいう話よ。」
「…?」
「それより中身、見てみたらどない?うちもちょっと気になってんねん。」

ニッと笑う女将さんに小さく笑い、私は白い封筒を開けた。
中には紙が何枚か入っている。封筒から一枚ずつ取り出してみた。
―――――紅涙、より一層綺麗になったな。
困ったことがあれば、夢路屋で繋いでもらえ。いつでも力になるぞ―――――

名前はない。けれど流れるように綺麗な文字。
この達筆はきっと桂さんだ。

二枚目を取り出した。これにも名前はない。
―――――もうわしは江戸にはおらんけんど、紅涙のことは宇宙から見ゆうぞ。
なんぞあったら、そげな男は捨ててえい。紅涙にはわしがおる!いつでも船で迎え行くき、その時はわしと一緒にレッツ宇宙の旅ぜよ!―――――

分かりやすい土佐なまり。
そっか、坂本さんはもう宇宙に行ってたんだね。

三枚目の紙を取り出す。
変わらず名前のない文面は、とても短いものだった。
―――――清々する―――――

…これはきっと高杉だ。
短くて鋭い内容だけど、そこまで私を責めるものではなくて、少し安心した。

そして最後の一枚、四枚目の紙には……
―――――これまでごめんな。どうか幸せに―――――

謝罪と未来を願う言葉。
たったこれだけなのに、私はそこに優しさと切なさを見た。

「銀ちゃん…、」

この紙だけ、他の物より細い。
もしかしたら何度も書き直したのかもしれない。その度に切って、徐々に細くなって。たくさん悩んで。最終的にこの言葉になったのかもしれない。
…そう考えると、胸が苦しい。

「…、」

銀ちゃん、謝ることなんてないんだよ。
銀ちゃんは…銀ちゃん達は私を救ってくれた。傍に置いて、居場所を作ってくれた。

謝らなきゃいけないのは、私の方なんだよ…。

「っ…、」

手紙を胸に抱き締める。
女将さんは私の頭を優しく撫でて、

「みんなアンタを想ってるんやで。」

微笑んだ。

「それはこれから先もずっと同じや。忘れんといてね。」
「はい…っ、」

忘れない。
ここで過ごした時間や、それ以前、それ以降も。

「よし、そしたらもう行き。あんまり待たせたら拗ねはるから。」

女将さんが玄関口を見る。
そこに十四郎さんの姿はないけれど、

「…お待たしました、十四郎さん。」

出入口から少し離れた軒先で、煙草片手に待ってくれていた。

「もういいのか?」
「はい…ありがとうございました。」

銀ちゃん達の手紙を懐にしまう。
十四郎さんが煙草の火を消した。

「旦那はん、くれぐれも紅涙のこと頼みますえ。」
「…フッ、」
「なんでっしゃろか?」
「いや、番頭もそうだが、しつこいくらい言われてるからな。本当に愛されてんだなと思ってよ、紅涙は。」

十四郎さんが私の顔を見て小さく笑う。
女将さんは「そうですえ」と十四郎さんの鼻に向かって、真っ直ぐに指をさした。

「せやから紅涙を大事にせんかったら、総出で押し掛けますよってに。覚悟しなはれや!」
「ほう、そりゃ怖ェな。」
「お、女将さん…!」
「うちは本気でっせ!」
「わァってるよ。」

あしらうように鼻で笑い、

「言われなくても、大事にする。」

十四郎さんが私の肩を抱き寄せた。

「とっ十四郎さん…、」

嬉しい。嬉しくて…気恥ずかしくて、顔を見れない。
女将さんは十四郎さんの言葉に満足したのか、「それやったらよろしいわ」と頷いた。

「紅涙、また顔出してや。」
「はい、必ず。」
「別れの言葉は言いまへんえ。うちらには必要ないよって。」
「ふふっ、そうですね。」
「女将、世話になったな。」
「お互い様どす。そしたらまた。」

女将さんが頭を下げる。
私も頭を下げ、十四郎さんと共に夢路屋を後にした。

「ひとまずこの足で屯所へ向かうぞ。部屋についてはそれからな。」
「わかりました。」

昨日の今日で決めた身請け話だから、私達は大いに準備不足。
そもそも十四郎さんが私を身請けした話を、真選組の皆さんが知っているのかすら分からない。おそらくこれから考えなければいけないことは山のように……

「…何だアレ。」

十四郎さんが足を止めた。
視線の先には、二階建て店舗の二階部分に、ハシゴを使って大きな白い看板を設置する男性がいた。肌が黒く、体格も大きいものだから、とてもよく目立つ。

「新しく店が出来んのか…?」
「何の店でしょうね。」

男性は白い看板の左側から、ペンキで豪快な文字を書いていった。

「よろず…や?」

そこまで書いて、額の汗を拭う。一度ハシゴを降りてバランスを見た。

万事屋……

『俺さ、事が落ち着いたら万事屋やろうと思ってんだ』

「期待できねェな。」
「え…?」『』
「あんな効率の悪い看板作りをしてるようじゃ、万事屋としての力量も微妙だろ。そもそもこんな時世に万事屋って。」
「難しいんですか?」
「生業としていくには、余程うまい話がないとキツいな。だがそういうキナ臭い話は俺達がしょっぴく。つまり、」
「難しい…ですか。」

銀ちゃんはどうしてるのだろう。
もう万事屋を始めてる?それとも、難しいと悟って万事屋はやめたのかな…。

「どうした?ボーッとして。」
「え、あ…」
「興味あるのか?万事屋に。」
「いっいえ…、想像以上に大変なんだなと思って。」
「そうだな。残念だが、いつまで持つやら。」

『そうなりゃ金なんてあっという間に貯まるぞ?楽しみにしてろ』

…でも、銀ちゃんなら大丈夫かもしれない。
これまでどんな窮地に立っても乗り越えてきた人だから、なんとなくだけど…成り立つ気がする。

「…なぁ、紅涙。」
「はい?」
「よかったのか?」
「?」

隣を歩く十四郎さんが、おもむろに煙草を取り出し火をつける。

「さっきの手紙の男。…会いに行かなくていいのかよ。」

…ああ、

「はい。会いたくても…会えませんし。」
「会えるなら会いたいのか?」
「…そうですね。とても。」
「…好きだったのか。」

十四郎さんはこちらを見ず、前を向いたまま煙草に口を付けた。指に挟まれた煙草の煙が、ゆるゆると風に流れていく。

「……大好きです、ずっと。」
「…、」
「…だけど、」

きっと…

「十四郎さんに抱く感情とは…別の『好き』です。」
「紅涙…」
「女将さんも言っていたでしょう?『兄のような存在だった』って。本当に…その通りなんですよ。」

たぶんそこを越えようとした時に、十四郎さんが現れた。
これは……運命以外の何物でもない。

『つらくても、これがお前の人生で…俺達の運命なんだ』

…よかった。
私達の運命が、あんな形で途絶えてしまわなくて、

「本当に良かった…。」
「何がだ?」
「…十四郎さんと、私の人生が繋がっていて…良かったです。」
「…、」

唐突な私の話に十四郎さんが目を丸くする。けれど、

「…そうだな。」

静かに頷いて、

「紅涙、」

私の手を取った。

「もう二度と、あんなことはさせねェから。」
「十四郎さん…。」
「これからはずっと、俺の傍にいてくれ。」
「っ……、」

胸がいっぱいになるのを感じながら、

「はい!」

私は十四郎さんの手を握り、頷いた。

あれほど高く見えた壁を、この人とならと乗り越えられた。
あれほど泣いた夜も、あれほど後悔した気持ちも…それが運命だと諦めた感情も、今では全てが過去として歩いていける。

あなたと出逢えて良かった。
あなたを好きになって良かった。

こうして手を繋いで歩いていける私達の運命に、心の底から感謝した。
2008.06.11
2021.8.30加筆修正
2022.6.07再加筆修正 にいどめせつな

にいどめ