運命5

緊急会議+興味の種

「トシ、少しいいか?」

夜、副長室で書類に判を押していると、珍しく近藤さんが声を掛けに来た。

「どうした?」
「これから緊急会議を開く。」

緊急会議?

「…こんな時間にか?」
「ああ…ちょっとな。」

公には出来ない内容か…、…相当だな。

「わかった。」

俺は手を止め、局長室へ向かった。

部屋には既に総悟と山崎が座っている。…山崎?

「なんで山崎までいるんだ?」

こういう時は大抵、俺と近藤さん、そして隊の代表として総悟の三人で話を詰める。そこから指示を下ろしていくのが通例だ。なのに、

「お疲れ様です、副長!」

なぜ山崎が?

「ちゃっかり参加してんじゃねェよ。オラ、」

足で蹴る。

「ギャッ!ふ、副長!?」
「出て行け。」
「え!?いやっ、俺はっ…」
「トシ、お前に山崎の報告を聞いてもらいてェんだ。」
「山崎の?…何だよ。」
「攘夷志士についてです。」
「!」

一瞬、肝が冷えた。
攘夷志士は、幕府に喧嘩を吹っ掛けた命知らずな連中。大層な被害を出しつつも、主要メンバーが未だ捕まらない厄介者だ。

俺たち真選組は幕府の命を受け、江戸を護る名目で結成されている。だが実際は攘夷の取り締まりが目的。ついこの間も、その手の活動する者をしょっぴいたら随分と褒められた。

もし。
もし仮に俺達が攘夷志士を捕縛すれば表彰ものだろう。
…が、それは奴らが江戸へ入った瞬間に捕縛できた時の話。もしこれまで何年も江戸に潜伏していたということになれば、捕縛なんてもんは当たり前で、見つけ出せずにいたことを罰せられる。…下手すりゃ俺達の首が飛ぶくらいに。

「…続けろ、山崎。」

願わくば、近々江戸に入るとか、既に死んでいたとか、その程度の情報であってほしい。…なんて、我ながら平和ボケした考え方をするようになったもんだ。

「先日に捕らえた攘夷浪士を覚えてますか?『まだ自分は賛同して日が浅いから』って釈放を求めてきたヤツ。」
「ああ。」
「そいつに司法取引を持ち掛けたんです。そしたら…」
「待て。」

司法取引…?

「なに勝手なことしてんだよ、山崎。」
「えっ…と、一応…沖田隊長には許可してもらいましたけど…」
「総悟だァ…?」

見れば、総悟が軽く右手を上げる。

「許可しやしたが。」
「なんでお前が許可してんだよ!」
「よく喋る上に玉の小さい野郎だったんで、拷問するより効果的かと思いましてね。」
「だとしてもお前にそんな権限ねェから!つーかなんで二人して俺に許可取りにこねェんだ!?」
「すっ、すみません…。」
「何事にもタイミングってもんがありますぜ、土方さん。あの瞬間に許可してほしかったのにアンタはいなかった。だから俺が許可して、事を進めた。それだけでさァ。」
「そんな易々と使えるもんじゃねーんだよ、司法取引は!」
「まぁまぁトシ、そのくらいにしておけ。今回は総悟の判断で掘り出し物があったんだ。」
「…掘り出し物?」

近藤さんが頷く。山崎が口を開いた。

「活動して日が浅いと言うだけあって、信ぴょう性の薄い噂話がほとんどだったんですけど、中には気になる情報もありまして。」
「なんだ。」
「それが……、」

キョロキョロと辺りを見回す。口元に手をやり、小声で言った。

「雲隠れしている主要メンバーは、常に連絡を取り合ってるそうなんです。」

……、

「……おい山崎。」
「はい?」
「お前、なんで小声でそれ言った?」
「え、だってかなりの極秘情報ですし…」
「どこが極秘情報だ!」
「ヒィィィッ!!」
「俺が攘夷志士でも連絡くれェ取り合うわ!!」
「トっ、トシ、声が大きい!この情報が外部に漏れたら大変なことに…」
「アンタまで何言ってんだ、近藤さん!この程度の情報、全く問題ねェよ!」
「ちと落ち着きなせェ、土方コノヤロー。」

妙に冷静な総悟が山崎を見る。

「先に要点を話さねェから面倒な話になるんでさァ。土方さんが短気で腐ったニコチンってことは分かってることだろ?」
「す、すみません…、」
「…いや今ニコチンは関係ねェから。というか総悟は内容を知ってんのか?」
「まァ許可した者として、先に掻い摘んだ程度には聞いてますぜ。」

…生意気な。

「で?何なんだよ、山崎。」
「は、はい、あの…攘夷浪士の情報を元に調査してみたところ…、……えっと…、…。」
「…なんだ。」
「あ、あの………」

山崎が妙な汗を掻き始めた。

「…?早く言え。」
「あの……、…は、…、……うです。」
「あァ?聞こえねェよ。」
「実は…あの…、……、」

まだゴニョゴニョと口ごもる。
…一発殴ってやろうか?と考えていたら、

「攘夷志士が…江戸に集まっているようなんです…。」

とんでもないことを口にした。

「……、」

江戸に攘夷志士…だと?
…マズい。事態は嫌な方向へ進んでいる。

「…見たのか?」
「全員ではありませんが、高杉を目撃しました。」
「っ、いつだ。」
「二日前です。」
「くっ…、」
「…近藤さん、攘夷って他に誰がいやしたっけ。」
「主要メンバーとして名前が挙がっているのは、桂小太郎と坂本辰馬、そして通称、白夜叉だ。」
「通称?そいつだけで通り名ですかィ。」
「白夜叉に関しては顔や名前が定かでないそうだ。ただ、相当な手練と聞く。」
「ふーん…、じゃあ俺ァ白夜叉担当っつーことで。」
「なに呑気なこと言ってんだよ!」

コイツは真選組がどういう状況に立たされているか分かってない。

「誰でもいいからとっ捕まえて来い!今すぐだ!」
「大丈夫ですよ、副長。目撃しましたけど、何かしそうな雰囲気はありませんでしたし…」
「動きがあってからじゃ遅ェよバカ!…くそっ、」

山崎が高杉を目撃して今日で二日。
二日前に江戸へ入ったのか、何年も江戸いたかは分からない。出来れば前者であってもらいてェが、まだこっちが先に目撃できたのは幸運だった。もしとっつァんに何か言われても、『あえて泳がせていた』と返しゃいい。…こうなった以上、絶対に捕縛しねェとならねーが。

「面倒な話になってきたな…、」

自然と舌打ちが出た。煙草に火をつけ、

「他に情報は?」

山崎を見る。

「高杉が潜伏している場所は掴めなかったんですが、出入りしている場所は特定できました。」
「どこだ。」
「ここです。」

写真を出す。写っていたのは、行き交う人々。しかしピントが合っているのは、その背景にある…

「揚屋?」
「はい、遊郭エリアにある揚屋の一つ、『夢路屋』です。」
「よりにもよって遊郭か…。」
「そりゃ俺達が見つけられなくて当然でさァ。」

総悟の言った通りだ。
俺達はあの地区に介入していない。なぜなら幕府官僚がお忍びで通う遊び場だから。となると一見、無法地帯のように思えるが、あそこにはあそこオリジナルの警察に似た組織がある。

「どうする?トシ。」
「どうするっつってもな…。」
「とっつァんに報告することも考えたんだが、おそらくは…」
「『遊郭を出るまで触るな』だろうな。」
「ああ。張り込むにしても、山崎一人で捕縛できるほど容易な相手でもあるまい。かと言って、いつ出てくるか分からない奴に隊を割くのは…」
「そうだな。…チッ、動きにくいところでやりやがって。」
「意外と山崎だけでも大丈夫かもしれやせんぜ?高杉は女に会いに来てるだけの腑抜け状態なわけだし。」
「それがそうとも言いきれないんですよね…。」
「「「?」」」

高杉は女目当てじゃないと…?

「…まさか揚屋が他の攘夷志士を匿ってて、高杉はそいつらに会いに来てる、とか?」
「そう思って聞き込みしてたんですけど、『夢路屋で男を見た』なんて噂はないんですよ。ただ『何度か店先にいない女を指名する男がいる』って話は常連客からチラホラ聞こえて。」
「店先にいない女?」

なんだそれ…。

「うーむ…、つまりは遊女じゃないってことか?」
「単なる合言葉かもしれやせんぜ。女なんて実在しなくて。」

…一理ある。

女の名前を出したら仲間に会える仕組みか、その女が仲間に取り次ぐ役目か……

「…山崎、女の名前は分かってんのか?」
「はい。『紅涙』です。」
「紅涙…、」
「しかし常連客も気になるだろうになァ!店先にいない女を指名してる奴なんか見たら、自分もどんなものか会ってみたいって思わんか?俺は思うぞ!?」
「俺も思いまさァ。」

コイツら…。

「それがですね、どうも紅涙には簡単に会えないそうなんですよ。一見さんお断り、かつ前払い制みたいで。」
「「「前払い?」」」

話を聞いていた三人の声が重なった。
というのも、一見を断ることは少なくないが、前払い制はあまり聞かない。過去にトラブルを起こした野郎が来た時か、よほど身なりの怪しい奴が入った時くらいだ。

「二重で敷居を高くするとは…何かあるな、その女。」
「ちなみに前払いは、いくらでさァ。」
「十万らしいです。」
「「十万!?」」
「どんな上玉なんでしょうねィ。」

にやりと笑う総悟の頭を叩いた。そういう話じゃねェっつーんだよ。

「揚屋も向こう側と見て間違いなさそうだな。」
「ですね。そう考えた方が手堅いかと。」
「厄介な話でさァ。潜入しづらい上、突撃も出来ねェ。こりゃあ随分遠回りしねェといけやせんね。」
「せめて遊郭じゃなきゃなァ…。」

煙草の灰を灰皿に落とす。それを近藤さんは腕組みして見ていた。

「…、……この話、」

灰皿を見つめ、難しい顔で呟く。

「…なかったことにしないか?」
「近藤さん…、」
「本気ですかィ?捕縛命令が出てるってのに、高杉を見て見ぬふりすると。」
「…そうだ。やはり場所的に難し過ぎる。何言われるか分からん。」
「…。」

近藤さんの立場からすれば、そうなるだろう。…けど、

「アンタの気持ちは分かるが…信念だけは曲げたくねェ。」
「トシ…。」

上からどんな文句言われても、邪険に扱われても、俺達はやってきた。大事な部分を曲げず、汚されずにやってきたじゃねーか。

「俺達がここで曲げちまったら…もう元には戻せなくなる。この先ずっと、幕府の流れに沿うだけの真選組になるだろうよ。」
「…だが…、…。」
「心配いらねェさ。たとえそれで真選組がどうなっても、不満を言うヤツなんて一人もいねェよ。ここにいる奴らは皆そういう奴らだ。」

アンタが決めたことなら喜んで従う。それが俺たちの真選組だ。

「そうですぜ、近藤さん。」
「総悟…。」
「土方コノヤローに賛同するのは癪ですが。変に目ェつむるなんて気持ち悪ィことはせず、行けるとこまで行きやしょうや。」
「……フッ、」

近藤さんは小さく笑って、

「そうか、…そうだな。やれるところまでやってみるか!」

大きく頷いた。
俺達は器用な人間の集まりじゃない。上手くしようとするほどボロが出る。だから真っ直ぐ生きて、それなりの障害を乗り越えていく方がよっぽど向いてんだ。

「そうと決まれば、この件について取り決めをしておこう。」
「取り決め?」
「ルールみてェなもんだ。当面の間、この件はここにいる者のみで共有する。隊士に下ろすのは、詳細が明確になってからだ。」

『この件は極秘扱いとし、近藤・土方・沖田・山崎以外に口外しないこと』
『有力な情報を得た際は即座に連絡すること』
『捜査する場合はくれぐれも慎重に行動すること』

俺達は三つの誓いを立て、

「もし何かあっても、一人でどうにかしようと考えるな。相手は大戦の生き残り。甘く見てると命取りになるぞ。」
「「「了解。」」」

解散した。

自室に戻り、途中になっていた書類に目を落とす。

「……、」

…が、集中できない。
こうしている今も攘夷志士はすぐそこにいるんだぞ?じっとしてていいのか?何か出来ることを今すぐにでも始めた方がいいんじゃねェのか…?

「…はぁ。」

焦る気持ちに溜め息を吐いた。煙草に火を点け、胸一杯に広がるよう吸い込む。

「夢路屋ねェ…。」

白い吐息と一緒に吐き出した。
まさか遊郭を使っていたとは。

「紅涙…。」

女が実在するなら、なぜ攘夷に肩を持つんだ?
元から高杉、もしくは攘夷志士の誰かの女という可能性も捨てがたい。

「…見に行ってみるか。」

中へ入れるかどうかは分からねェが、外観を見るだけでも価値はある。

「……よし。」

吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付けた。
着流しに着替え、静かな屯所を出る。

「…今日の星は綺麗だな。」

煙草片手に空を見上げた。
…この時はまだ、明日からも大して代わり映えしない日々が淡々と過ぎていくものだと思っていた。

にいどめ