退くんの恋人 2

山崎が悪い

最悪だ。何もかも、山崎が悪い。
紅涙が屋根から落ちたのも、落ちた時に打ち所が悪かったのも、…記憶障害になったのも。

『これは記憶障害ですね』
『…はい?』
『どうやら過去の記憶がバラバラに組み替えられてしまったようです。今の彼女は山崎さんとお付き合いしていると思っていますよ』
『はァっ!?どこをどう組み替えたらそんなことになるんだよ!!』
『ふっ副長!俺に言われてもっ…!ぐっ、苦じっ…!』
『断定することは出来ませんが、直前の行動や言動が強く表れているんじゃないでしょうかね。思い当たることはありませんか?山崎さん』
『あっはい…あの、早雨さんが落ちる直前、俺の名前について話していたんです。その少し前には副長のことを話していて…。』
『…そのせいで、俺と山崎の立ち位置が入れ替わっちまったってのか?』
『えー!?じゃあもしかして俺のこと『副長』だと思ってたりなんかしちゃったりして!?山崎副長とか思ってたりして!?』
『ああその辺に誤認はありませんでしたよ』
『そ…そっすか…』
『山崎、やはりお前が原因だ』
『やっ、そりゃあ直前まで一緒にいたのは俺ですけどっ…』
『切腹』
『せせせ切腹ゥゥゥ~!?』

何もかも山崎が悪い。山崎だから悪いんだ。

「あの…、…副長。」
「なんだよ。」
「『山崎だから悪い』なんて言ったら、全国の山崎さんから怒られますよ。」
「ああ悪い悪い。『山崎 退だから悪い』だ。」
「固有名詞!?…ってか愚痴が全部ダダ漏れですから!」

紅涙の記憶障害は、抜け落ちている部類ではないらしい。そのおかげで回復は比較的早めだと予測されている。

だが直接的な治療法はなく、『時間』と『忍耐』から解決を待つものだと言われた。
俺達から無闇やたらに情報を与えると、困惑して本来の記憶すらも改ざんしてしまうらしい。
あくまで今の紅涙が思っている世界観を、極力壊さないよう経過を見守ることが大事…だそうで。

「お前はいつまで彼氏気取りでいるつもりだ?」
「いや、それは俺に言われましても…。」
「馴れ馴れしくアイツのことを名前呼びしやがって。」
「そこは副長の案でしたから!」
「同棲までしやがって…っ!」
「そこも副長の案!!」

歯がゆい。
だが紅涙を護るためには、そうすることが一番だった。

本来の紅涙は副長補佐として屯所に住み込みしている。しかし屯所にいれば、他の隊士から余計な情報が流れ込むだろう。混乱必死だ。俺は紅涙をしばらく別宅で住まわせることにした。

とはいえ、紅涙一人での生活は認められない。気掛かりなことが多すぎる。
本来の紅涙なら、そこまでの心配はない。が、今の紅涙はあまりに頼りない。
『おしとやか』というか『女らしい』というか。隙だらけの柔らかい雰囲気をまとっちまっている。

だから一人では生活させられない。
俺が一緒に住めればいいが、今の俺は紅涙にとって『ただの真選組の副長』。一緒に暮らすことなど不可能だった。
ならば張り込ませようとしたが、どうせ張り込ませるなら住まわせても同じということで今に至る。

もちろん俺は山崎の同棲を快く思っていない。いるわけがない。だが、そこは山崎。手は出さないだろうと妥協してやった。
出さない…よな?釘刺しまくったし。え…出さないだろ?やべ。なんか心配になってきた。

「山崎、お前…紅涙に何もしてねェだろうな?」
「疑心暗鬼ループ!副長、その質問毎日聞いてますよ!」
「毎日来てんだから毎日聞くに決まってんだろうが。」
「な、なんか違う…。」

そう。
俺は毎日ここへ来ている。当然の責務だ。
仕事が終わって、…いや無理矢理に終わらせて、ここへ来て紅涙の顔見て、紅涙の飯食ってから帰る。

通常、彼氏の上司が毎日来るなんてウザくて仕方ねェはずだ。だがアイツはそんな顔ひとつしない。むしろ山崎よりも俺と話す時間の方が長いし、楽しそうに見える。
……それでもやはり、

「…ふふ、退さんたら。」

紅涙の中で山崎は彼氏で。

「今日はお疲れみたいですね。」

部屋の隅で座りながら眠っていた山崎を見て、愛おしそうに微笑む。静かに羽織りを掛けてやるその姿は…正直こたえた。

お前はいつ戻るんだ?いつ俺とのことを思い出すんだ?

「……。」

ふとした時に言いたくなる。
お前が好きなのは俺だろ?なに忘れてんだよ、って。
その手を掴んで引き寄せてしまいたい。よく知る髪の感触も、唇の柔らかさも、その肌も…何も考えずに触れていた時が、今では嘘のようだ。

「……、」
「…土方さん?」

嘘のように…遠い。

「土方さんもお疲れですか?」
「あ、ああ…すみません。」

俺の敬語も、二人の距離が遠いことを証明している。

「…さてと、今日はこれで失礼します。」
「まあ…、…そうですか。」

そうやって寂しそうな顔をしないでくれ。
俺はお前のことが好きなんだぞ?やろうと思えば、お前のことを力でねじ伏せることも出来る。
だがいつか…必ず元に戻る日が来るはずだから。

俺は、紅涙に言うんだ。

「…また明日。」

お前を安心させたくて、言ってるんだぞ。

にいどめ